13.
メジャーデビューは、拓の夢だった。
拓のいないSKYがメジャーデビューするなんて……なんだか、おかしかった。
だけどもう、動いてしまっている。
ファーストシングルはそこそこ売れて、だけどその実感はあまりなかった。
東京に行って、何度かテレビに出たりしても。
久しぶりに札幌へ帰ってきて、一日だけのオフの日に、あたしは本当に久しぶりにたぬきこうじのCD屋に入った。
あたしは何気なく邦楽のCDが並んでいる棚の所へ行って、ゆっくりとそこを眺めた。
『さ』……『し』……『す』。
「あの……」
横から、ためらいがちな女の子の声が聞こえる。
「文月拓、さん……ですよね? SKYの」
一瞬どきっとした。そういえば、拓と初めて出逢ったのは、この店だったな……。
そして、今ここにはSKYのCDも並んでいる。
変わったことなんて、それだけかもしれない。
あたしが拓の名前を使うのは、メジャーデビューをするにあたっての条件のひとつだった。そして、あたしの本名は隠したままで。
たとえ誰もが拓のことを忘れたとしても、SKYのボーカルの名前が『文月拓』だってことは憶えていてくれるように。
ただそれだけを願って。
いつの間にか、店内でかかっていた有線の曲が終わって、次の曲へと変わった、その瞬間。
……泣くかと、思った。
SKYのデビューシングルには、曲が三曲入っていて、そのうち二曲は元をただせば同じ曲で。デビューするずっと前から歌っていた曲がタイトル曲で、でも本当は三曲目の『オリジナルミックス』と書かれているその曲が、原曲だった。
ちょっとだけ音が悪いけど、それは仕方のないことで。
……ボーカルが入る。この声が、最大の武器。
「あ、SKYの曲だ」
店のどこかから、そんな声が聞こえてくる。
そう、これが本当の――本物の、SKYの曲。
「MOONでしょう? 持ってるよ、これ」
誰かの声。君はいい奴だ、うん。
「このボーカルの男の人、誰だろうねえ」
それが『文月拓』だってば!! ……と言ったら、きっとえらいことになるんだろうな。
「……拓の、声だ」
「え?」
声をかけられて、返事することを忘れていて一瞬存在すら忘れてしまっていた(ごめん……)子が、ぼそっと呟いていて。
思わずその子のほうを向いたら、あ、という顔をしたのがわかった。
拓のボーカルが入っている、この『MOON』を、CDに入れることもあたしたちが出した条件のひとつだったんだけど。
「春日美奈さん、ですよね」
その子が、何とも言えない顔をして、改めて聞いてきた。
そっか。あたしの、本名も知ってるんだ。
あたしが、そうです、と答える前に、さっきの店内のどこかから聞こえてきてた声が、また聞こえてきた。
「望か宏伸か雅樹の声だよ、きっと!」
「そうそう、なんかキカイとかでいじくって声変えてるんだよね!」
あたしは思わず、あたしを……拓を、知っている子と顔を合わせて、苦笑してしまった。
「まあ、これは内緒ってことで」
あたしはそう言って、人差し指を口に当てた。
それから、その場を去ろうと……したけど、ふと、その子に耳打ちを、した。
「拓の歌、うますぎて、未だに追いつけないんだ。ごめんね?」
あたしは結局何も買わずに――だけど『MOON』だけはしっかり聞いて――その店を出た。
明日にはもう東京へ戻って、今度はファーストアルバムのレコーディングが始まる予定だった。
|