「ちょっと四人でてきとーに遊んでて。俺、一人の世界にこもってるから」
家に着くなり、拓はそう言い残してキーボード類の置いてある部屋にこもってしまった。ご丁寧にドアを閉めた上、ヘッドホンして音を聞こえないようにして。部屋に入ってすぐにカタカタ、とキーボードを弾く音が聞こえてきたから、作曲の続きだということはわかったんだけど。
「客のもてなしぐらいするよね、普通……」
宏伸くんが溜息混じりに言う。そりゃ確かにね。
「ま、。てきとーにっって言われたことだし。勝手に冷蔵庫でもあさるかね」
望さんはそう言うと、キッチンへ向かう。そこからジュースのペットボトルとコップを出してきて、器用にそれらを一度に運んで来た。
「いいんですかー?」
あたしはそう言いつつも、望さんを手伝ってジュースをみんなに配る。
「ノープロブレムでしょ。これくらい拓だって予想済みだって」
そーかなあ。そーだな、きっと。そういうことにしておこう、うん。
「でも、何して遊ぼうか?」
さっきの拓の言葉を受けて、望さんが冗談めかしてそう言う。とたん、宏伸くんが笑みを浮かべて言い出した。
「古今東西!」
はぁ?
「たばこの名前」
宏伸くんがそう言ってあたしを指さす。あたしは反射的に言い返してしまった。
「セブンスター」
すると宏伸くんは、時計回りね、とでも言いたげに、あたしの右側に座っていた望さんを見る。
「キャスター」
望さんも一応ノッて、答える。その次は宏伸くんの番で。
「ラッキーストライク」
言ってから、雅樹さんを見る。
「マールボロ」
ああ、なんか雅樹さんもノッちゃうんだ、こんなの……。
「セーラム」
あたしは半ば感心しながら答える。
それから、その古今東西は意外と長く続いた。あたしは過去にコンビニでのバイト経験があるから全然平気だったんだけど、意外にも早く脱落したのは雅樹さんだった。知っていそうなのになあ……。で、その次に落ちたのが望さん。
しかし……本来まだ未成年の二人が残るなんて、いいのかなあ……。
「マイルドセブンスーパーライト」
宏伸くんはさすがにネタがつきてきたのか、同じ銘柄のライト系にはしっている。
「そういうのアリかぁ?」
望さんが呆れたように言う。でも、あたしとしても負けられないよ、こうなったら。
「ジョン・プレイヤーズ・スペシャル。略してJPS」
マイナーな煙草の長ったらしい名前を、フルネームで言ってやる。
「普通は知らんぞ、そんな煙草……」
雅樹さんが呆れたような感心したような、何とも複雑そうな声で言う。
「バージニアスリムライトメンソール」
宏伸くんが得意そうに言う。
「長い名前で勝負してどーすんの」
とは、望さんのツッコミ。
じゃあここは短い名前でいこうと、あたしが次に答えたのは、
「峰」
という、これまた超マイナーな煙草だった。
宏伸くんがそういう短い名前系の煙草を知らないらしく、
「……キャビンプレステージ」
と、値段で対抗してきた。
……とは言っても、最近じゃどこでもあんまり見かけない。値段がいくらになったかも知らない。高かったのは確かだけども。
それにしても、この古今東西、長くてそろそろ飽きてきたんですけども。もうやめたいよぉ……。
「じゃあ、とっておきのを出しちゃおう」
あたしはくすくす、と笑って言う。これは本当に一部の人しか知らない(はずの)煙草の名前なんだ。
「北海道限定の、ホリデーだっ」
「はあっ? そんなのあるのっ!?」
宏伸くんはやっぱり知らなかったらしく、驚きの声を上げる。ふふふんっ、ちょっとだけ優越感があるぞ。
「ああもう、俺の負けっ。ちぇーっ。なんでそんなに煙草の名前知ってんのさ、十八歳のくせにっ」
宏伸くんが悔し紛れにぶつぶつと言う。
「高校のとき、コンビニでバイトしてたからね」
あたしがくすくす笑って言うと、宏伸くんは
「それを先に言ってよ」
と、恨めしそーに言った。
そーんな、先に教えちゃったら楽しくないじゃんねー。
「ああもうっ、古今東西やめやめ! ウノやろう、ウノ」
そう言うと宏伸くんは拓の寝室に入って行き、出てきた時にはウノのカードを持っていた。
「なんで場所知ってんのかねえ、コイツは……」
望さんが溜息混じりに言うけど、宏伸くんはそれを無視して――いや、聞こえてなかったのかな?――にこやかにカードを切り始めた。
「美奈ちゃんのために、ルール説明をしましょう」
ウノをやるときに、各々によって特別ルールが作られる場合が多く、それはSKYメンバーでやるときにも言えることらしかった。
SKY特別ルールでは、まずあがるときは色を変えることのみ出来るカード以外なら、なんのカードでもあがれる(ドローツーだろうが、ドローフォーだろうが、である)というのがひとつ。ふたつめは、ドローツーとドローフォーは同時に出せるし、何枚合わせて出しても構わない。みっつめは、ドローツー及びドローフォーを出した次の人は、それらを持っていれば出してもいい。……ってとこかなあ。
実はあたしは基本ルールってのを知らないから、何がどう違っているのか、よくわからないんだけど。
で、宏伸くんがうきうきして(だって鼻歌歌ってんだもん……)カードを配って、さあやろう、って時だった。
いきなりキーボード類の部屋のドアが開いて、拓が出てきた。
「ウノなんていいからさ、ちょっと曲聴かない? すっごくいい出来なんだけどさ、聴きたいでしょ?」
拓はそう言いながら、既に出力を調整したりして、もう準備できたってとこまでして、あたしたちの返事も待たずに、曲を流し始めた。
「まっだ返事してないんだけどなー」
宏伸くんがボソッと言うのが聞こえたけど、何を言ってるのかあたしは理解出来なかった。
もう、曲にはまっていたから。
さっき――カラオケ行く前に――聴いたその曲よりも、数倍凄くなっていて。
同じ曲だっていうのはわかるんだけど。
拓が、歌い出そうとするのがわかる。
ああ、離れて聴かなきゃ。
冷静なまま、聴かなきゃ。
そうじゃなきゃ、感想が。
きっと……言えなくなるから。
遠い空を見つめていた
昔よりも近くなった空は
それでも手には届かなくて
あのとき空に映していた夢を
今ではもう 思い出すことさえ出来なくて
いつの間に僕らは
大人になっていたのだろう
蒼い空は 今でも
何も変わらないはずなのに
高い空を見つめていた
子供の頃憧れていた空は
いつでも僕らを見下ろして
あのとき空に重ねていた夢を
今ではもう 思い出すことさえ出来なくて
あの頃の僕らは
大人になんかなりたくなかった
いつまでも このままで
変わらないままでいたかった
いつの間に僕らは
大人になっていたのだろう
蒼い空は 今でも
何も変わらないはずなのに
曲が終わる。静かな余韻を残して。
もう……終わっちゃうんだ。
「どう? いい曲でしょ?」
拓があたしを見て聞いてくる。
そっか……今気づいた。
これ、あたしがこないだ書いた詞じゃん……。
「うん、いい曲」
あたしは何とか笑顔を作ることに成功して、そう言う。
「あ、今日は生きてる……」
拓がボソッと呟く。
「……あたし死んだ憶えはないんだけど」
「でも似たようなもんだよね?」
あたしの反論に、間髪入れずに返してきた。
「……拓はあたしを殺したいのかなもしかして?」
「んにゃ、そーゆーわけでもないけど」
けど、なんだと言うんだろーか。
「そーいえばさ、美奈。この曲って、タイトルついてないんだけど。勝手に決めちゃっていいの?」
「えっ駄目っ。ちょっと待ってっ」
拓が何気なく言った言葉に、あたしは思わずむきになって返してしまう。
そういえば、この曲に正式にタイトルはついてなかったんだ。いや、つけてなかった、と言うのが正しいんだけど。
「あのね……嫌なら、いいんだけどさ」
どうもあたしは、口ごもってしまう。声も、心なしか小さくなっちゃって。
「何?」
拓がそんなあたしを不思議そうに見ながら聞いてくる。
「うーんと、ねぇ……」
うわあああっ……顔が赤くなってしまうんだけどっ。
「……『SKY DOREAMER』……ってのは……駄目だよね、うん、やめよう」
あたしはボソボソッと言った挙げ句に、さっさと一人で却下する。
「なんで? いいんじゃないの?」
という賛成の言葉は、思わぬ所からやってきた。
雅樹さん、だ。
「うん、俺もいーと思うけど」
望さんが、それに続いて言って。
「なんかさっ、爽やかっぽいタイトルだよね。俺もいいと思うけどなあ」
と、宏伸くんも言って。
「みんなああ言ってるけど、美奈は嫌なの?」
と、ご丁寧に拓が追い打ちをかけて下さった。
「え、いや、あたしは別に嫌いではないんだけどー……」
バンド名が入ってるってのが、みんな嫌じゃないのかなーって思って、と小さく続けると、数秒後にいきなり拓が吹き出した。
ななっ、なんでっ?
「そーんなの気にしないよ、別に。ねえ?」
拓の問いかけに、みんながコクコクと頷く。
なんだ。なんだ、なんだ。
「心配して損した……」
ちぇーッ、とあたしがいじけた振りをすると。
ずりずりずり、と宏伸くんが近づいてきて、ポンポン、とあたしの頭を軽く叩くように撫でた。
「美奈ちゃんいじけないの。俺が遊んであげるから。ね?」
あたしは思わず三秒程宏伸くんを見つめてしまって。それから、おもむろに口を開いた。
「じゃんけんぽん」
宏伸くんは反射的にグーを出す。で、あたしがパーで勝ったものだから、あたしは続けてこう言った。
「あっち向いてホイ」
すると、あたしが指さした方向と宏伸くんが向いた方向が同じだったもんだから、みんなで大笑いしてしまって。その中宏伸くんが一人ふてくされたような顔をして、呟いた。
「俺は遊んでやる、って言ったんであって、遊ばれてやる、と言ったわけじゃないのにぃ……」
その言葉で更にあたしたちは笑ってしまって、その笑いがひとしきり収まってからあたしは、
「じゃあ、そろそろ帰るね」
と言って、立ち上がった。
「えっ? なんでっ? まだ十九時前じゃんっ」
宏伸くんが、上目遣いで(当たり前か。あたしを見上げてるんだもん)言ってくるけど。
「あたし、あんまり寝てないからさ。そろそろ眠くなってきちゃったし」
あたしはそう言い訳するけど。それは実は半分嘘。
眠らなきゃ明日キツイとは思うけど、でもあまり眠れそうもない。拓の曲、聴いちゃったからね。
「ま、また遊んであげるから。ね?」
あたしはしゃがみ込んで宏伸くんの目線に合わせてから、にっこりと笑ってそう言う。
「…………遊ばれるのはあんまし嬉しくないんだけどなあああ」
宏伸くんは溜息混じりにそう言う。あたしはくすくすと笑ってからみんなに向かって、じゃあまた、と言うと、雅樹さんがジャケットを持って立ち上がった。
「送ってく」
そう言って雅樹さんはすたすたと玄関に向かう。あたしは、すいません、と言ってその後についていって、リビングのドアのところで振り返った。
「じゃあね」
あたしがもう一度そう言うと、拓と望さんは笑顔で、宏伸くんはほんの少しだけ恨めしそうな顔をして、手を振ってくれる。あたしは手を振り返してから、玄関へと急いだ。
そこでは既に雅樹さんが靴を履いて、あたしのことを待っていた。あたしが玄関に行って靴を履こうとすると、雅樹さんはドアを開けて、外に出たところでドアを押さえたまま立っていた。
「すいません」
あたしは靴を掃き終えてから、もう一度そう言って、ドアを押さえている雅樹さんの横を通って外に出た。雅樹さんはすぐにドアを静かに閉める。
「宏伸が、送ってくって騒がなかったでしょう」
雅樹さんはあたしの横を歩き出しながら、おもむろにそう言う。
「あ、そう言えばそうですね」
うん、宏伸くんってば、送ってくとも言い出さなかった。こないだ望さんに送ってもらったとき、今度は送るって言ってたのに。
「さっき、車ん中で、散々喚いていたんだ。こないだのぞみちゃんが送ってったしその前は拓ちゃんだったから今度は俺の番、って」
……なるほど、宏伸くんの言いそうなことだわ。
「そしたら望が、雅樹も送ってないよな、って言い出して」
望さんなら言うわ。きっと言うわ。うん。
「じゃあじゃんけんで決めよう、と……」
……ちょっと待て。
「雅樹さん運転中じゃないんですか、それって?」
あたしは思わず聞いてしまう。けど、雅樹さんは当たり前、ってな顔をして。
「事故んなきゃいーんだよ」
なんて言う。いやまあ、確かにそー言われればそーですけどもね。うーん……。
「それで、結局俺が勝ったというわけなんだ」
なるほど。
「でも、それで言うと、雅樹さんは成り行きであたしを送ってくれてるんですよね? なんか悪いなあ、って気がするんですけど、あたし」
そう言ってあたしがちらっと雅樹さんを見ると、雅樹さんはきょとんとした顔をして、言った。
「なんで? 嫌なら宏伸に譲ってるよ、俺」
あ……なるほど。
「でもなんか、雅樹さんとこんなに喋るのって、初めてですよねー。ずっと雅樹さんって無口なのかなーって思ってた」
「あいつらが喋りすぎるんだよ」
そう言って雅樹さんは肩をすくめる。うーん……確かにそれは一理あるかもしれない。
「あいつらが言い終わるの待ってたら、いつも俺が言うことが無くなってるんだよなあ。まあ、それはそれで楽だから何も言わないけどさ」
「だから無口に見えるんですよ、きっと」
あたしは思わずくすくすと笑ってしまう。
「そうだっ、あたし聞きたいことがあったんだっ」
あたしは不意に、手をポンと打つ。
「何?」
あたしのいきなりの行動に驚いたように、雅樹さんが聞いてくる。あたしは思わずニヤッと笑ってしまって、それから問うた。
「SKYメンバーの、な・れ・そ・め」
そうっ、これを一度聞いてみたかったんだっ。
だって、やっぱり気になるよ。四人がどうやって出逢ったのかって。
「なれそめ、ねえ……」
雅樹さんはそう呟くように言うと、少し考え込んだようで。だけど、案外あっさりと教えてくれた。
「俺と望が、中学ん時同じクラスだったんだ」
同じクラスって……あれ? 望さん二十歳で。雅樹さん二十一歳のはずで。……ってことはつまり。
「じゃあ望さんって早生まれなんですね?」
「え? ああ、そう。俺が四月で、あいつが三月なんだ。で、高校は別々だったんだけど、その望の高校の後輩ってのが、宏伸で。その更に後輩が、拓ってわけ。わかった?」
「うーん……四人の関係は、わかった。で、なれそめは?」
あたしが重ねてそう聞くと、雅樹さんはにっこりと笑って言ってくださった。
「ひ・み・つ」
……ちぇーっ。
それから家に着くまでの間、あたしはもう何度となくしつこく聞いたんだけど、結局雅樹さんは教えてくれなかった。
「じゃあね、おやすみ」
家の真ん前に着くと、雅樹さんはそう言ってさっさと来た道を戻って行った。
「ありがとうございました。みんなに、よろしく」
あたしがその背中に向かって言うと、雅樹さんは振り返りもせずに、手を軽くあげただけだった。……んだけど。
「うわぁ……格好いい……」
なんかそれが、もの凄く絵になるって感じだったんだ。
あたし、ファンになりそう……(って、もう充分ファンになってるか)。
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