3.
どどどどうしよう!?
朝から思っていたことは、それしかなかった。
だってだって……
学祭初日!!
なんだよ今日は……。
おかしい。絶対おかしい。
あの、問題大有りの、超嬉しい大役があたしに回ってきた委員会から、既に二ヶ月半くらい。
……経ってるとは、どーしても思えない。
昨日のことじゃないの!? って感じで。
でも実際……もの凄く多忙だったんだこの二ヶ月半……。
その間、呼び出しくらうこと実に十回。(数えたあたしって……)
しかし、何の問題も(一応)なかった。
用件がSKYに関することでしたら、この事実を実行委員会へ持っていってライブ招待券の権利について委員長とお話しさせていただくことになるんですが、それ以外の用件でしたでしょうか?
と丁寧に聞いたら、人違いだったわごめんなさい、と去って行ったのが九組。いきなりあたしの志望校なんぞ聞いてきたのが一組。……そんなの聞いてどーするんだ!? 話題転換にしても、そりゃ凄すぎだって……。
実行委員会の方でも、みんなのスケジュール管理が大変だったらしく、ぎゃーぎゃー騒いでる間に、我関せずな人たち(あたし込み)で諸々を決めなきゃいけなかったので、そりゃもう大騒ぎさっ。
……よく今日に辿り着いたよ……。
でも、今日が一番大変な日かもしんない……。
あたしは朝、いつもより二時間も早く学校へ行って、今回運転手をしてくれる、伊藤先生(数学の先生だ)と一緒に……なんとSKYのお迎えに行ったのであった……。
市内の某ホテルに泊まっているというSKYの皆さんをお迎えに行くのが、なんであたしとこの先生なのかというと。
「ああ、なんか佐山宏伸の担任だったんだってさー」
ということと(呼び捨てにするな、呼び捨てに!!)、お世話係なんだから行くの当然、と言い切られてしまったからだったりする……。
とにもかくにも、来てしまったからには仕方がない。
……ポーカーフェイスが通用しますよーに。
そう祈ってたら、ホテルの前に先生が車を止めた。そこで初めてあたしがわざとそれまでぼかしてた視界をクリアにしたら……うわ、本物いるし!!
伊藤先生はホクホクと、あたしは冷静に努めて、車を降りる。
「よう佐山、久しぶりだなあ」
先生がそんな風に声をかけた。
「あ、伊藤先生、お久しぶりですー」
あああ……宏伸くんがにこやかに……本物が……。
「叶も元気そうだな」
「おかげさまで」
雅樹さんが……。
「初めまして、伊藤先生。SKYのバンドリーダーの三塚望です」
「ああ、初めまして」
ああう……望さんが……。
「そちらが君たちの大事な子かい?」
先生が、なんだかお茶目な聞き方をする。
「はい、うちの大事なボーカルの……」
「文月拓です。よろしくお願いします」
先生の言葉をとって望さんが紹介しようとしたら、文月拓が自己紹介した。
「……いつもその名を?」
「ええ、今はこれがあたしの名前ですから」
「そうか」
……? なんだか今。とても不思議な会話を聞いた気が。するんだけども。
SKYの皆さん、なんだか微妙な顔をしてる気がするんだけども。
「ああ、こいつが今日と明日お前らの世話をすることになった奴だ」
先生が、構わずあたしを紹介してくれるので、あたしの疑問はそこまでになった。
「初めまして、瀬戸奈月です。今日と明日、皆さんのご案内役を勤めさせていただきます。至らぬ点もあるとは思いますが、よろしくお願いします」
あたしは目一杯優等生した。ら。
「うわー、すごー、いたらなさすぎーっ!」
と、妙な感心の仕方をしてくれたのが、他でもない宏伸くんで。
……は?
「丁寧にありがとう。でも、二日間お世話になるのはこちらだから、あまり堅くならなくていいからね。よろしく」
笑顔で宏伸くんを小突きながら(ああ……っ)、挨拶してくれたのが、望さんで。
「よろしく」
「よろしくね、奈月ちゃん」
雅樹さんと文月拓もそう言った。
あたしはもっかい頭を下げた。
堅くならずにって……どーすればいいのよ?
SKYの皆さんを乗せた車が学校に着く頃には、学校は結構ざわめいていた。
校門には、我慢大会の係員、朝イチにその名誉を獲得した子たちが既に待機していた。そこに先生はあたしたちを降ろして、先生は駐車場へと向かった。
「ようこそいらっしゃいましたー☆ 早速で申し訳ないんですけどもー、皆さんが学校に着いた時点から我慢大会始まってますので、あたしたちが審査員としてご一緒させていただきまーす☆」
……やめろその馬鹿っぽいしゃべり方……。
でも、SKYの皆さんは気にした風でもなく、ただ望さんがありがとうと言って(そんでもって彼女らがきゃーっと騒いで)、学校の中に入って行く。
ちなみに、我慢大会の係員は、基本的にSKYの皆さんと直接話してはいけないことになっている。可哀想って言えば可哀想だけど、それを許可してしまったら、実行委員ではない一般生徒が可哀想だからだそーだ。そりゃまあそうだろうなあ……彼女ら、職権乱用しまくりそうだからなあ……。
「まずはどこに行けばいいんだっけ?」
望さんが、ふと振り向いてあたしに聞いてくる。
え……ってか、うわ……っ。
「体育館へお願いします。開会式でカルトクイズの第一問目がありますので」
内心の動揺を押さえつつ、あたしは答える。
「了解。ほら宏伸、案内せい」
望さんが……あの、そこでなんで小突くんですか?
「のぞみちゃああああん、そんなに頭ぼかすかやられたら、俺馬鹿になるよっ」
「これ以下はないだろ」
「……叶さん……」
「宏伸くんふぁいと」
「……ありがとう今その言葉胸に染みたよすっごく」
こ、これがこの人たちの普通なのかな。なんか……いいなあ、じゃれてて……(違うぞあたし、何かが違うっ)。
「あ、えっと、あの……案内はあたしが……」
仕事ですから、って言おうとしたら。
「ああ、そんなに気にしないでいいよ。一応ここ俺らの母校だし」
宏伸くん、立ち直り早いし。
ってか、それは知ってるんだけども、でも!
「でも、あの、あたしの仕事が……」
「奈月ちゃん、偉すぎ」
文月拓が、にっこり笑って言った。
「そんなにがちがちに考えなくてもいいよ。宏伸くんと雅樹さんねえ、久しぶりに母校を闊歩できるからって、凄い喜んじゃってんの。だからさ、好きに歩かせてやってよ、ね?」
……はあ、そうっすか。
「じゃあ、あたしは少し離れて歩きますので、何か不明な点とかありましたら……」
いつでも聞いてください、と言おうとしたら、また。
「え、なんで? 俺らと一緒に歩くの嫌!?」
いや、嫌か嫌じゃないかって聞かれたらそりゃ勿論一緒に歩きたいけども!!
「お邪魔かな、と思ったんですが」
「そんなことないよ、一緒しようよ。卒業生と在校生、一緒に歩いたって全然問題ないでしょ?」
「は、はあ……」
いえあの、あたし的に問題大有りです、宏伸くん……。
(駄目もう、ドキドキ止まらないし)
……えへへ、会話しちゃった。
「お邪魔しまーす」
文月拓がなんかこの場にそぐわないようなある意味適切なような、そんな言葉を言って、校舎に入った。
へえ、結構綺麗な校舎だよねー、とか文月拓が言って、そりゃ俺たちが通っていた学校だからね、とか宏伸くんが言って、まっすぐ体育館に向かう。
体育館には、まだ一般生徒はいない。いるのは、生徒会役員と実行委員と放送局員だけ。生徒会室と放送室は、今日はそれぞれの控え室代わりになって、学祭期間中はここが本部になるんだ。ちなみに、この体育館から全校放送がかけられるようにもなってる。いつもはそうしてないみたいだけど。
「おはようございます。ようこそ我が校へ。ここの生徒会長です」
会長がにこやかに挨拶する。……が、緊張してんの見え見え。全校生徒相手ではここまで緊張しないのに、やっぱりこの人たちは特別らしい。
「どうも、リーダーの三塚です。よろしく」
望さんも挨拶をして、とりあえず俺らどこに行けばいいの? と聞いていた。
「これから生徒が体育館に入りますので、それまでステージ横で待機していてください」
「了解です。では」
望さんはそう言うと、あたしの方を見て、どこ? って目で聞いてきた。
あ、あううっ。
「こちらになります」
あたしはそう言うと、率先して歩き始めた。
うう、歩くのってこんなに大変だったっけ!?
ステージ横の、普段用具室として使われている場所までの短い距離を、あたしはもう千里の道のように感じながら案内した。
「本当は綺麗にしたかったんですが、どうしても中の物を移動出来なかったので汚いままなんですが、こちらでお待ちいただけますか」
そう言ってあたしは、なぜか観音開きの用具室のドアを開けた。
「うわ、懐かしい感じする、凄く」
「ああ、学校だねー」
「こんなもんだろ?」
「俺、ここで待機って一度やってみたかったんだよねー」
それぞれがそれぞれの感想を述べて、中に入った。あたしも一緒に中に入って、ドアを閉めた。ちなみに全然存在忘れてたけど、我慢大会の係員は、今は本部の方で待機してる。
「なに? その『ここで待機』って?」
文月拓が宏伸くんに聞く。
「ああ、ここねえ、なんか全校集会とかあると放送局員がここで待機してんだよね。今もそうなのかな?」
いいいきなり話ふらないでっ!!
「はい、今もそうですね」
「ああ、やっぱりねー。そんでさあ、結構放送局員ってばこんなかで賑やかにしてんだよね。俺それが羨ましくてさあ」
……今も昔も(ってそんなに以前の話ではないが)変わらんな、放送局員。
「ふーん、そっかあ……」
文月拓はそう呟くと、ふと用具室の中を見回して……いきなり、戸を開けて外に出る。
「あ、美奈……っ」
「あたし行きます」
宏伸くんが彼女を呼び止めるのと、あたしが自己申告して文月拓を追ったのと、同時だった。
まあ、追ったと言ってもそんなに離れていたわけではないが。
「あの、今は何も言わずに動かれると困るんですが、何かありましたか?」
用事があるなら仕方ないけど、ってニュアンスを含めてあたしがそう言うと。
「あ、ごめんね。ただ見てみたかっただけ」
……そう答えた文月拓は、なんだか淋しそうな笑顔をしていた。
「あの、開会式終了後はいくらでも見て回れますので、とりあえずそれまでお待ちいただけますか?」
「そうだね。ごめんね、奈月ちゃん」
「いえ……」
文月拓が用具室に戻って、あたしが戸を閉めると。
「そう言えば奈月ちゃん、あたしの名前知ってたの?」
「はい?」
――うわ、やば!! さっきの宏伸くんの言ったの、本名じゃん!!
「美奈、って」
「あの、女性のお名前だからもしかしてって思っただけなんですが」
くく苦しい……。
「あ、そっか。なるほどね」
女の子ってあたしと奈月ちゃんだけだもんね、と……どーやら納得してもらえたらしい。
もうやばいっす……心臓もたないっす、マジで……。
そんなこんなのうちに、生徒全員入場終わったらしく、開会式が始まった。
生徒会長挨拶とかなんとかやってる間に……なんと彼らは、じゃんけんをしていた。
「よっしゃ、俺の勝ちっ!!」
「なにこいつこーゆー時だけ強くなってんの?」
「お祭り好き……」
「母校にかける執念とかそういう類?」
な、なんだかわけわかんないですけど、どーやら宏伸くんが勝ったらしいことだけはわかりますが。
「んじゃ、一問目は超絶簡単カルト問題、ってことで」
……はいい?
ちょっと待って、今回のこのカルトクイズ、問題は実行委員ですら知らないんだけど……もしかして。
「あの、カルトクイズの問題って……」
「あ、それね、じゃんけん勝った人がその場で気分で決めれるんだよね」
そ……そんないい加減でいいのかっ!? ってゆーか、そんなの直前に決めていいもんなの!? 内容すら決まってないのーっ!?
ど、どれに驚いていいのかわかんないっ!!
一応、この実行委員ですら先に知ることが出来ないということで、トランシーバーをあたしは持たされていたんだけども。問題を出したあと、五分後に正解をカルトクイズ係の人間に伝えるために。そんで、一問ずつ答え合わせをする、ということになってんだけども。
そーか、こんな風になるからなのか……。
『それじゃあ、ここでそろそろ今回の学祭のメインゲストをお呼びしましょう!!』
司会者の素晴らしく張り切った声が聞こえてくる。
「あ、出番だ」
宏伸くんがそう言ってステージに出れるドアの方へ行った。
『SKYの皆さんですーっ!!』
「行ってきまーす」
司会者のキレた声に、文月拓があたしに手を振ってから先頭切ってステージに出た。
四人が出てしまったら、なんだかあたしは急にぽかんとなった。
「……もしかして、この時間があたしの休息時……?」
ドキドキしたまんまと、この時間いっぱいあって欲しいのと、両方な気持ちに困ったから、体育館から聞こえてくる彼らの声に耳を澄ませた。
『おはよーございますー』
宏伸くんの声。それから、歓声。
『あの、実行委員及び生徒会員へ多かった質問があるんですが、この場で聞いてもいいでしょうか?』
『答えられることなら何でも』
あ、これは望さんの声だ。
望好きーっ、とマイクを通さない遠い声。
『ありがとう』
望さんが簡単に答える。また、きゃーっ、って歓声。
拓ーっ俺とつきあってーっ、とやっぱりマイクを通さない声。
『ごめん、それはちょっと無理かも』
文月拓が、なんだか苦笑してるっぽい声で答える。
他にもなんだか色々声が響いてるけど、司会者がそれを止めた。
『まあそういうことではなくてですね。なぜ我が校の学祭に来られたのか、と』
『来ちゃ駄目でした?』
望さんがさらっと言ってる。
『いえいえ、とんでもありません! 我々生徒一同、心より歓迎しております! ただ、やはり高校の学祭で、というのが珍しく思えるのですが……』
『それはね、んー……あとでカルトクイズの問題にしようかな』
えー、嘘ー、教えてくれないのー?
『俺ら帰るまでにはちゃんと教えるよ』
生徒からの声にも答えてるあたり……アットホームって言うのかなこれって?
『そうですか。では、それまでのお楽しみということにしまして。カルトクイズの話題が出たところで、早速問題をお願いします! 生徒の皆さんは、ちゃんとカルトクイズの解答用紙とペンをお持ちですね? では、どうぞ!』
『はーい、じゃあ一問目は俺、佐山宏伸からの出題です。超絶簡単なので、正解してください。
問題。俺たち全員札幌出身である。マルかバツか』
……それは本当に簡単過ぎないか?
『二者択一問題できました。えー、SKYの皆さんは全員が札幌出身である、マルかバツか、ということです。いいですか、ちゃんと解答用紙に答えを書いてくださいね。それでは、SKYの皆さんにはこれからも一時間に一度、出題をしていただきますので、よろしくお願いします』
『よろしくー。頑張ろうね』
『はい、ありがとうございます。SKYの皆さんでしたーっ!』
歓声と、もっといてーっ、とかって声。いやまだいるし。今日はずっと。学内に。
「ただいまー」
ドアを開けて、皆さんが戻ってくる。
「おかえりなさい」
反射的に、答えてしまう。……けど、その挨拶はこの場合有りか?
ちなみに、マイクは確かそこのドアの外で放送局員が待機して受け渡ししているはず。
「マルかバツか」
宏伸くんが、いきなりそう聞いてくる。
ささ、さっきの問題の答えですかっ。
「マル」
「正解」
すんなり答えたあたしに、宏伸くんが良くできましたとばかりに……あああ頭なでたーっっっ!!
これはっ! あたしはどうしたらいいっつーんですかーっ!?
「五分後に正解を送るんだっけ?」
「あ、はい。あの、開会式の時のみ、開会式終了後となってますが」
「そう、じゃあよろしくね」
「はい」
もしかして……この先の問題でも、毎回これあるのかなー……。
ガンバレあたしの心臓。壊れるならライブ終了後にしてくれ……。
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