5.
ドキドキが続いて、なかなか眠れなかったその次の日。つまり、学祭二日目。
今日は楽器の搬入もあるからって、お迎えには行かないで済んだ。
SKYの控え室代わりになってるのは、実はうちのクラスだったりする。体育館から一番近くて、でも使ってない教室、ってことで。
「おはよーございまーす」
あたしがそこで待ってたら、元気にSKYの皆さんが来た。
「おはようございます。今日もよろしくです」
あたしは、昨日よりは全然くだけて挨拶する。
「昨日は楽しかったかい?」
望さんが、こそっと聞いてくるから。
「勿論です。夢で終わらせるなんて絶対嫌ですから」
なんて、あたしが答えた。
「偉いね」
頑張れ、って言って、望さんがあたしの頭をくしゃってしてくれた。
「望さんって、お兄さんみたいです」
「そう? じゃあなんか宏伸が悪さしたら俺に言ってね」
「はい、そうします」
「ちょっとそこ! 俺の悪口言ってない、なんか?」
「秘密ーっ」
少し焦り気味の宏伸くんに、あたしが笑ってそう言って。
「あ、そうだ、春日さん!」
「はいっ。あ、何?」
「文月拓って人、かっこいいね!」
「うん。って、え、なんで!?」
春日さんが、モロに焦るから。あたしは自分の机から、あるものを出した。
「これ。探しちゃいましたー」
「卒業アルバム!?」
ピンポン♪ と言う代わりに、あたしはページを開いた。
昨日、宏伸くんから彼が後輩だってこと聞いたから、探すのは意外と簡単だった。
「ほら、三年C組、文月拓」
「……ほんとだ……拓だ……」
春日さんが、そっとアルバムの写真に触れた。
「拓だ……あはは、おかしー……制服なんか着てるよー……拓……」
見たことなかったのか、春日さんはしっかりとそれを見てから。
いきなり、あたしに抱きついた。
「ありがとう、奈月ちゃん」
そう言った声は、凄く掠れていて……肩が、少し震えていた。
そのとき初めて、あたしは……年上の人なのに、彼女を凄く可愛いって、思った。
SKYライブ、午前の部。
あたしは、本当だったらステージ前で見たかったんだけど、仕事上やむを得ず横から見ていた。そう、楽屋と化している用具室で、だ。
(昨日、あたし行くことに反対ではなかったんですか?)
さっき、雅樹さんにそう聞いてみた。雅樹さん、あまり喋らないから。
(俺は、奈月ちゃんが来てくれて良かったって思ってるよ。美奈のためにも宏伸のためにも。俺らも楽しかったしな)
雅樹さんは、そう言ってくれた。
(奈月ちゃんがこういう子で良かったよ)
望さんが、そう言った。
(事情を知って、それでも拓を美奈に見せるような子でさ)
(やばかったですか?)
(逆。良かったって言ったでしょ? ……あいつは、泣いた方が良かったんだよ)
みんな、春日さんを大事にしてる。
春日さんに、凄い教えたかった。
誰も、春日さんを文月拓の代わりだなんて思ってないよ、って。
『ちょっとね、昨日凄くいい出来事があって』
MCで、春日さんが秘密を教えるような言い方を、した。
『その関係で、実はひとつ詞が出来たんだけど。それで、どうしても今日それをやりたくて、望さんに無理言って曲作ってきました。できたてほやほやです。聞いてください』
掌の中の星、と春日さんが言って。
綺麗な、きらきらと光るような音が、流れた。
忘れていたね こんな時間を
あの頃は普通に過ごしていたのに
いつの間にか僕らは
時間に紛れて 忙しさに飲まれて
大切なこと 見落としていた
間違えないで 僕らも
君と同じ時間を過ごしていたんだから
諦めない限り 何かが見つかるよ
諦めない限り 夢はつかめる
すべてはここからはじまるんだ
掌の中の星を大切にして
忘れていたね こんな感覚
あの頃は普通にそばにあったのに
いつの間にか僕らは
大人になって 視界が狭くなって
大切なこと 見落としていた
間違えないで 僕らも
君と同じ時間を生きてきたんだから
諦めない限り 何かが見つかるよ
諦めない限り 夢はつかめる
すべてはここからはじまるんだ
掌の中の星を大切にして
今の気持ちを忘れないで
メッセージソング。そんな気がした。
キーボードのきらきらした音だけで、春日さんが歌った。
掌の中の星は、昨日降ってきた真夏の夜の夢だ。
あんな短時間で、この詞を書いたんだ。
(凄いね、宏伸くんの好きな人)
みんなの、大事な人。
負けたくないなって、思った。
これからが大変だ。
昨日撮られたかもしれない写真の行方とか。
これからはじまるあたしの遠距離片想いとか。
でももう隠さない。だってあたしは一介のファンで終わりたくない。
真夏の夜の夢は、いつか覚めるだろう。
だけど、その先を作るのは自分だ。
夢を夢で終わらせないために。
あたしの元に降ってきた、たったひとつの小さな星を。
掌の中の星を、大切にして。
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