SKY外伝『once upon a time』

  1.

 八年前に歌った歌を、今でも歌える自分に気づいたら、涙が出そうになった。
 練習なら、したけど。でも、たった一度しか歌ってなかったのに……。


 今のあたしたちからみたら、ほんの一握りの人しか知らないはずの、その歌を。


 キッチンから、なんかの音が聞こえて来る。
 この匂いは多分、トーストと目玉焼きとベーコン。それから紅茶。
 あたしの大好きな、イングリッシュブレックファースト。
 だけど、あたしは起きるのに勇気が必要だった。
(八年)
 それだけの年月は、それでもまだあたしに期待をさせるらしい。
(拓じゃないんだ)
 ここがたとえどこであっても。それだけは、絶対にないのに。
 ……まだ期待している自分が、いるんだ。
(おはよう、拓)
 そう言いたい、自分が。
 あたしは勇気を振り絞って起きあがる。キッチンから、鼻歌が聞こえてくる。
 この声は……ってゆーか、こーゆーことするのって、あたしが知ってる人の中ではただ一人かもしんないけど。
「おはよう、宏伸」
「おそよう、美奈」
 あたしがリビングに行くと同時にかけた言葉に、宏伸がそんなふうに返してきた。
「いーじゃんよー、たまのオフにゆっくり寝てたってえっ!!」
「悪いとは言ってないけどね、誰もね」
「ってゆーか、アナタは何故こんな朝早くからここへ?」
「美奈の寝顔見に」
「ほー。へー。ふーん」
 あたしはひとしきり冷たい返事を送ってから、ぼそっと呟いた。
「奈月ちゃんにちくってやろ」
「うわ待ってそれ反則! ってゆーか奈月はきっとわかってくれるし!」
 待って欲しいのか平気なのか、ちょっとわからないです、それ。
 ちなみに奈月ちゃんってのは現在の宏伸の彼女で、以前仕事中に知り合ってからというもの、遠距離にもめげずに猛プッシュした挙げ句、見事片想いから両想いへと昇格させた強者のことである。
 凄いなー、あたしには真似できないなー、と言ったら、美奈といい勝負、と望から言われたことがあったが……あたしは結局昇格なしだったようなもんだから(そこんとこ微妙なんだけど)、やっぱり奈月ちゃんのが強者だと思う。
 遠距離じゃなかったし。あたしは。
「奈月には言ってきてあるし。ちゃんと」
 あたしの目の前に朝御飯を置きながら、宏伸が言う。
 相変わらずこの部屋にはテーブルというものが存在しないから、床に直に、なんだけど。
「あたしの寝起きを襲いに行くって?」
「違ぁうっ! 拓の部屋に行くって!!」
「まあ、冗談だけどね」
 そう、ここは拓の部屋。もっとも、今の借り主はあたしだけど。
 現在あたしたち(勿論SKYのメンバー全員のことだけど)は、里帰りオフ中なんだ。
 ちなみに、里帰りオフってのの名付け親は宏伸だったりする。
「美奈って、いつもはもっと寝起きいいと思ったんだけどなあ」
 宏伸がぶつぶつ言いながら、目玉焼きをフォークでつついてる。
「やめなさいって。失明するよ?」
「うわちょっと、変なこと言わないでくれる!? 目玉焼き食べれなくなったらどーするの!?」
「大丈夫、まだ他に食べられるものいっぱいあるから。魚の死体とか、解剖済みの動物の一部とか……」
「だからっ! そーゆーことを……ああもうっ!!」
 宏伸は何故か自棄になってベーコンと目玉焼きを一気に食べてる。……いいなあ、食欲あって。
「それで? 美奈は俺の作った朝食になんか文句でも?」
 あたしが朝食に一切手をつけてないのを見て、宏伸が言う。
「いいえぇ、別に文句なんてこれっぽっちもありゃしませんよー。ただ、拓が作ってくれたなあ、とか思い出してただけで」
「すいませんね、拓じゃなくて」
 宏伸がいじけたように言うから。
「宏伸くん、ファイト」
 なんて、昔を思い出して言ってみる。
「ありがとう、美奈ちゃん。優しさが歯にしみる〜」
 宏伸は昔から本当にノリがいいと、あたしは思う。
「それって虫歯じゃないの? 歯医者行っておいで〜? ほら、芸能人は歯が命らしいから」
「ってゆーか、その言葉自体がもう聞かないような気がするのは俺の気のせい?」
「気のせい気のせい」
 あたしは思わず笑って、そのついでみたいな感じで、言ってみた。
「拓とえっちしたーい」
 ……えっち、って……。いやあの、抱きしめて欲しいとか、なんか他に言いようが……でも同じかなあ、やっぱり……。
「美奈、今日変! 絶対変!!」
 宏伸が何故かむせかえりながら言うけど。
 それ、自分でも思うし。
「いくら今日が拓の命日だからって、それはないんじゃない? 毎年こんなんなってるんなら話は別だけど」
「んー……毎年ではないんだけどね。でも……」
 思い出しちゃったから。あの歌を。
 あの歌を、今でも間違えずに全て歌える自分に、昨晩改めて気がついたから。
「ライブやりたぁい」
「今日の美奈って、全てが唐突じゃない?」
「そう?」
「だと思うけど。俺は」
「ハードビートカフェで。今日。やりたくない?」
「ちょっと待って、それは唐突すぎなんじゃないの!?」
「だって今日土曜日だよ?」
 あたしがそう言うと、宏伸は黙り込んだ。
「今日土曜日だよ。んで、拓の命日だよ。更に、あたしら里帰りオフ中だよ? 折角札幌にいるんだよ? これでやらないって、SKYとしてどーなのよ?」
 あたしは更に畳みかけるように言った。……ら。
「……のぞみちゃんがオッケー出したら」
 苦肉の策って感じで、宏伸がそう言った。
「よしっ。じゃあ食べよう」
「じゃあ、って何!?」
「体力つけておこう、って話」
 あたしはそう言うと、いただきますってちゃんと言ってから食べ始めた。
 一瞬、また泣きそうになったけど、それは無視した。




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