SKY外伝『once upon a time』

  4.

「美奈ちゃん、やっぱり言ったのねえ……」
 ハードビートカフェに着いてからの、和実さんからの一言がそれで。
「もしかしてあの頃の学祭ライブもこんなノリで……?」
 途中宏伸がお手伝い要員を呼ぶと言って電話で呼び出された奈月ちゃんの一言がこれだった。
「言ったね、やっぱりね」
 望は望で、苦笑しながらこんなこと言ってるし。
「あの頃ねえ……こんなノリだったねえ……。でもそれ、言い出しっぺは美奈だったって言ったと思ったけど、俺」
「いやまさかこんな電光石火で決まったとは思ってないし」
「大丈夫、あのときはもう少し時間かけたから」
「どのくらい?」
「……一週間くらい?」
「大して変わらない気がする、それ」
 宏伸は奈月ちゃんとそんな会話してるし。
「ちょっと待って、そこ。あのときは二泊三日でもっと全然ちゃんとしたライブもこなしてます、ってこと忘れてない? しかも告知ありだし」
 望がそんなことを言うもんだから。
「ああそうだ! 今回のオフみたいのじゃないんだ!」
「しかも俺、今回里帰りオフの話が出たときからちゃんと事務所に話通してんだけど」
「ってゆーかそれ、先を読みすぎなんじゃ……?」
「ねえ、どーでもいーから、練習しようよ」
 ちょっと、あまりにも自分が可哀相になってきたから、話を逸らすためにそう言ったのに。
「オマエが言うな」
 雅樹に、頭をポンと叩かれた。ちぇー……。
「ところで、お手伝い要員って何をすればいいんですか?」
 相変わらず真面目な奈月ちゃんがそう聞く。
「告知ポスター作って欲しいなぁ」
 あたしはちょっと甘える感じで言ってみた。
「出来る限り安っぽく。パソコンで、白黒のみで。A4サイズでコピーで」
「何故安っぽく……?」
「シークレットっぽいでしょ?」
「あのそれ、何かすごーく間違えてる気がするんですけど……」
 奈月ちゃんは首をひねりながらも、和実さんにパソコンの場所を聞いてる。
「SKYの名前、出さないでね〜」
 その後ろ姿に追加希望を出したら、出したらシークレットになりません! って怒られた。それもそうか。
「それで? カズミは何をすればいいのかな?」
「音はもう出せる?」
「当たり前」
「さすが和実。愛してる」
 ……あのー、独り身の前であまりいちゃつかないでください、二人とも……。
「じゃあ、奈月ちゃん手伝ってあげて」
「了解」
 和実さんはにっこり笑って、奈月ちゃんの方へと行った。
「じゃあ、譜面もなんもないから、思い出しながら、ってことで」
 望がそう言う。
 やる曲は、車の中でもう決めていた。一番心配だったシンセの音データは、何故か望がしっかり持っていた。多分、読まれていたってことだと思う。
 デビューする前に歌っていた曲。
 各自それぞれの得物を手にして、チューニングしたりしてる。
 あたしはマイクスタンドの前で、深呼吸をした。
 ……大丈夫。歌える。
 あたしは無言で雅樹を見る。
 雅樹はみんなを見回してから、スティックを鳴らし始めた。
 そこから始まる音を、あたしは前奏分、目を閉じて聞いていた。


  遠い空を見つめていた
  昔よりも近くなった空は
  それでも 手には届かなくて

  あのとき空に映していた夢を
  今ではもう 思い出すことさえできなくて

  いつの間に 僕らは
  大人になっていたのだろう
  蒼い空は 今でも
  何も変わらないはずなのに

  高い空を見つめていた
  子供の頃 憧れていた空は
  いつでも 僕らを見下ろして

  あのとき空に重ねていた夢を
  今ではもう 思い出すことさえできなくて

  あの頃の僕らは
  大人になんかなりたくなくて
  いつまでも このままで
  変わらないでいたかった

  いつの間にか 僕らは
  大人になっていたのだろう
  蒼い空は 今でも
  何も変わらないはずなのに


「えええっ!? ちょっと待って、その曲初めて聞くんですけども!!」
 歌い終わったら、余韻に浸る間もなく奈月ちゃんが我に返ったように言ってきた。
「うん、そーだろうね。あたしも初めて歌ったし」
「えっ、じゃあそれってもしかしてっ」
「拓のいた頃の歌だよ」
「今のが思い出しながらって次元ですかっ!?」
「そうだよー。もうどきどきだよ。間違えるんじゃないかー、ってね」
「間違えない美奈がおかしいと思うけどな、俺は……」
 宏伸が苦笑しながら言うけど。
「だって、あたしの詞だし」
 拓の曲だし、ってとこまでは言わなかったけど。……通じたかも、しれない。
「もしかして今日は全部そんな感じですか」
「正解」
「えええっ!! じゃああの、ちょっと練習待ってください! 今これ終わらせちゃいますから!!」
 奈月ちゃんはいきなりあわてふためきながら、キーボードをカタカタ打ち始める。
「いやあの、そんな慌てなくても……」
「だって! あたしが今聞くのもったいないですから! 今思い出しながらバージョンを聞くよりも、あとでライブで完全バージョン聞きたいですし!」
 ……もったいないって言葉は、そのどこにかかるんだ……?
「せめて練習中だけでも、昔に戻ったつもりでいてください」
 奈月ちゃんが、何気ない感じで言うから。
 やられた、って。思った。本当は、そうしたい気持ちも確かにあったから。
 でも。
「駄目だよ。ちゃんと聞いて」
「え、でも……」
「ちゃんと聞いてて。奈月ちゃんも仲間だから」
 あの頃、みんなと同じ場所にはいなくても。今は、ここにいるから。
「仲間って……」
「だって奈月ちゃんのスタンス、あの頃のあたしみたいなんだもん」
 ニヤッて笑ってそう言ったら、一瞬だけ奈月ちゃんはキョトンとして、それから。
「了解です、拓」
 なんて言ってきた。
「物わかりのいい子は大好きだよ」
「あたしも美奈さん、大好きです」
 きっと、女だけのテレパシーってのがあると、思った。
 うまく言えないけど、絶対あると思った。
「あの、そこ、彼氏無視しての同性愛宣言はどーかと思うんだけども……」
 宏伸が情けない声で言う。
「ごめんね、宏伸。あたし、美奈さんの方が好きになったみたい……」
「あーのーなー……」
「宏伸くんファイト」
「ありがとう美奈ちゃん……ってだから!」
 みんなが笑ってる。いじけてるのは宏伸だけ。
 楽しいな。こういう空気。
 やっぱり好きだな……。




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