SKY外伝『once upon a time』

  5.

 奈月ちゃんが作ってくれた告知ポスター(ただの張り紙です、と力説してたけど)は、なかなかいい出来で、でも書いてある言葉はこれだけだった。
『春日美奈presents レクイエム・ナイト 5月31日 open 18:00 start 18:30 in ハードビートカフェ』
「バレるかバレないか微妙なセンで作ってみました」
 って奈月ちゃんが言ってた。
「確かに微妙なセンだね」
 望が、そう言った。
「ファンならわかるんじゃないか?」
「でも、本名でやるって思うかなあ?」
 雅樹の言葉に、宏伸がそう返した。
「始まってみればわかるんじゃない?」
 あたしの言葉で、その話は終わった。


 ライブは、真っ暗な中でスタートさせることにした。
 きっと、イントロを聴いてもわからない人が多いと思う。
 八年前に一度だけしか歌わなかったあの曲を、一番最初に持ってくることにしたから。
あの曲は、実は望がちゃんと書いた曲じゃなかった。
 編曲は確かに望だったんだけど、作曲は拓。
 その方がいいだろう? って言ってた。一晩で作るのは大変だった、とも言われたけど。
 ところどころに、拓の作った音が入っていた。
 だから、あたしは歌えたのかもしれない。
 あの場面で。

 
  どんなに嘆き哀しんだって
  容赦なく 朝はやってくる
  全ての人の上に 僕の上にも
  とても長い夜が来ても 必ず 明ける

  忘れはしないさ
  君がいたこと その証も

  どこまでも飛んで行け
  君の目指す夢も追い越して
  君のことばは 僕が継いで行こう
  いつか君の大事な人が
  君に愛していると 伝えられる日まで

  どんなに泣いて過ごしたって
  間違いなく 朝はやってくる
  全ての人の上に 僕の上にも
  とても辛い夜が来ても 必ず 明ける

  忘れはしないよ
  君がいたこと その証も

  どこまでも飛んで行け
  君の目指す夢も追い越して
  君のことばは 誰も忘れないさ
  いつか君の大事な人が
  君に愛してると 伝えられる日まで

  忘れはしないさ
  君に逢えたこと その喜びを

  どこまでも飛んで行け
  君の目指す夢も追い越して
  君のことばは 僕が継いで行こう
  いつか君の大事な人が
  君に愛していると 伝えられる日まで


 歌い始めと同時についたほのかな照明と、そもそもこの声で気づいたお客さんが、歓声をあげたけど。
 その中でも、あたしにはちゃんと伝わっていた。
 あの頃を知っている人が……ちゃんといたこと。


『今晩は、春日美奈です』
 歓声。あたしの名前だけじゃなく、当然望や雅樹や宏伸の名前も出てるけど。
『あの、今日はこの人たち、バックバンドなんで』
 と、一応言っておいた。ら、笑われた。
『なんかねえ……今日のライブ、言い出しっぺがあたしなもんだから、オマエひとりでやれ、って言われてねえ……やりましたよ、照明のプランだの曲順だの、そういうプランすべて。でもさ、普通俺らバックバンドで出てやるからライブもオマエひとりでな、まで言う?』
『自業自得』
 あたしのMCに望がぼそっとツッコミ入れて、またお客さんから笑い声。
『あれ? おかしいなあ、バックバンドのMCっちゅーのは設定してなかったはずなんだけど』
 あたしもやり返してやったら、また笑ってた。
『まあ、どーでもいー話はおいといて。次の曲なんだけど、知ってる人いるかなあ? あたしたちのバンド……じゃなかった、あたし今ソロなんだった』
 また笑い声。間違えるなー、ってお客さんからのツッコミ。
『ごめんねー。えーっと、なんて言えばいいかな……あたしの好きなバンドの』
 笑い声。
『もう笑い事じゃないよー。必死なんだよ、こっちは。本当のことだし。で、あたしの好きなバンドの、アマチュア時代の曲なんだけど。テーマソング的歌です。……知ってる人いる?』
 試しに聞いてみたら。
 ……ちゃんと返ってきた。SKY DREAMER、って。
 嬉しかった。
『そう、それ正解。凄く嬉しい。知ってる人には……歌うのがあたしで申し訳ないけども、聞いてください』
 その言葉を合図に、イントロが流れた。
 拓が作ってくれた曲。あたしと拓とでは、歌い方も違うけども。
 でもしょうがない。あたしは拓にはなれない。
 ……だから、憧れるんだけども。
 あたしが歌っているのを聞きながら、うつむいている人がいるのが見えた。
 泣いてるのかな。思い出してるのかな。
 忘れていないのかな。
 ごめんね。ここに立っているのがあたしで。
 なんだか、そういうふうに言いたくなった。いじけた気持ちとかじゃなくて。
 覚えていてくれてありがとうって、そう伝えたくて。


『はやいもので、というか少なくて申し訳ないんだけども、次の曲で最後です』
歌い終わったあとのMCで、あたしがそう言ったら。
 やだーっ、という言葉が返ってきた。
『いや、あのね。本当に申し訳ないとは思うのね。でもこのライブは本当に急遽やることになったもんだから、なにぶん練習時間も少なくてこれが限度なんだよね』
 更なるブーイングが聞こえるけど、仕方がない。
 デビュー曲にもなった『MOON』は、ここで歌う気はないし。
 そうなると、ここで歌うべき曲は、もうないんだ。
 拓がいた頃の曲は、もう。
『次の曲はねえ……あたしの大好きな人が初めて作詞作曲を手がけた曲です』
 好きな人いるの!? と、客席からの声。
『うん、いるの。ごめんね。もう逢えないんだけどね』
 あたしはそう言って、少しだけ笑った。
『この曲がなかったら、あたしは今ここで歌っていたかどうかわからないって、自分では思います。強いて言うなら、あたしが今日のバックバンドの人にナンパされる原因になった歌?』
 客席から笑い声。
『元々その曲は、ちゃんとギターも本物が鳴っていたんだけど……今日鳴らすにはギタリストを天国から呼んでこないとならないし、呼んできたらその人に歌ってもらうことになるから、ちょっと無理でした。まあ、中にはその方がいいって人もいるだろうけど……』
 そんなことないぞー、という声。……知らないから言えるのかな。
『そう? あたしはもう一度聞きたいけどね。でも、とにかく今日はあたしが歌います。ごめんね』
 なんか今日は謝ってばかりのような気がする。
 あたしはそう思いながらも、タイトルを口にした。あの頃の拓のように……約束、と。


  ずっとずっと愛してる なんて
  言うのはすごく簡単だけど
  ずっとずっと愛し続けてくなんて
  すごく 難しいね

  幼い頃に交わした指切りを
  まだ 今も憶えているけど

  大人になるたびに捨てたものの数
  数えることもやめてたけど
  壊されたことを嘆くよりも
  何度も 何度でも 約束をしなおそう
  譲れないものが 確かにあるから

  ずっとずっと側にいる なんて
  言うのは すごく簡単だけど
  ずっとずっと側に居続けてくなんてこと
  すごく難しいね

  幼い頃に交わした指きりは
  まだ今も 憶えているけど

  約束は永遠だと信じてた頃
  大切だったものは いつか
  指先を擦り抜けていったけど
  何度も 何度でも 約束をしなおそう
  永遠なんて どこにもないから

  大人になるたびに捨てたものの数
  数えることもやめてたけど
  壊されたことを嘆くよりも
  何度も 何度でも 約束をしなおそう
  譲れないものが 確かにあるから


 この曲を一緒に口ずさんでいる人がいたことに、あたしはしっかり気づいていた。
 ライブで何度か歌いはしたはずだけど、それもそんなに多くはなかったのに……。
 嬉しかった。涙が出そうになった。
 なんだか、あたしだけが幸せな気持ちになっている気がした。
『どうもありがとうございました』
 曲が全て終わってから、一礼してあたしたちはステージから降りた。
 すぐに、客席からアンコールがかかる。
 そう言えばあの頃はアンコールなんかなかったなあ……。
「良かったねえ、アンコールかかって」
 宏伸がそんなふうに茶化す。
「かかってくれなきゃ困るよ。あたしのとっておきが歌えないじゃない?」
「とっておきねえ」
「とっておきだよ。できたてほやほや」
「それがちゃんと歌えるようにしてやるのが誰なのか、忘れないようにね」
「すすすすいません、望さん」
 横からツッコミを入れてきた望に、あたしが思わずそう言うと。
「おやまあ、懐かしい呼ばれ方」
 今更懐かしいもなにもあったもんじゃないと思うけど。これだけ懐かしい曲ばかりやっているんだから。
「頑張って歌ってこい」
 あたしの頭にポンと手を置いて、雅樹がそう言う。
「うん。じゃあ行ってきます」
 あたしはそう言って、望と二人でステージに出た。拍手が大きくなった。


『今日は本当にどうもありがとう。告知なんかしていないも同然だったんだけど、これだけの人が来てくれたこと、凄く嬉しく思います。ってゆーか、みんなちゃんとわかってて来たの?』
 わかってたぞーっ、という声と、わからなかった、という声と。
 両方が聞こえた。
『え、じゃあわからなかった人、もしかして期待はずれだったらごめんなさい』
 客席から笑い声。あたしも思わず笑ってしまった。
『これで本当に最後の曲になります。今日ソロでやることになった、一番の理由がこれだったりもするんだけど……。本当はね、何から何まで自分で完璧に出来たらいいんだけど、ちょっと機械音痴気味なあたしのために、助っ人が来てくれてます』
 と言ってあたしが望を指さしたら、望が肩をすくめた。
『この曲は、まだどこにも披露したことがないです。あたしの大好きな人が遺した曲に、昨晩あたしが歌詞をのせました。この曲、今後どうするかはまだ決まってないんだけども……今日と同じ形では世に出ることはないと思います。今日だけ特別、彼が遺したその音にあわせて歌います』
 客席から、嘘、と小さく呟く声が聞こえた。
 もう聞けないはずの拓の音。それを聞く気分はどうなんだろう……。
 あたしは、聞いてきたから。この八年間、何度も。
 だから、わからないけども。
『僕のonce upon a time 』


  あの頃は 綺麗な想い出だけを
  心にずっと 閉じこめていた
  「今だけが幸せ」だなんて
  本気で 思っていた

  忘れられないことなら
  少しずつ 増えていくけど

  いつだって昨日より今日が幸せ
  そして今日より明日はもっと
  だから 歌い続けていこう
  そんな僕の once upon a time

  あの頃は 哀しい現実だけは
  心にもう 留めたくなくて
  「早く忘れようよ」だなんて
  本気で 思っていた

  忘れられないってこと
  本当は 知っていたけど

  いつだって昨日より今日が大事で
  だけど過去は過去で大事だから
  だから 歌い続けていこう
  そんな僕の once upon a time

  ずっと 歌い続けていこう
  そんな僕の once upon a time


 あたしは最後に深々と礼をして、ステージを降りた。望もその後から降りると、客席が明るくなったのがわかった。
 いろんな声がまだ客席から聞こえてくるけど、あたしは胸がいっぱいだった。
「お疲れさま」
 楽屋に戻ったら、雅樹がそう言って頭を撫でてくれた。
「楽しかったねえ」
 あたしは他にもう何も言えなかった。泣く寸前だった。
 これで拓の声がここにあったら……。二度と叶わないことだけど。
 それでも。
 コンコン、と楽屋のドアが鳴る。あたしはドキッとした。
「みんな、お疲れさまーっ!」
「お疲れさまですーっ」
 入って来たのは、和実さんと奈月ちゃん。
 あるはずのない、一瞬の夢を見た気がした。……拓が来た、なんて。
「アンコール曲、いつの間に練習してたの?」
「和実さんと奈月ちゃんがポスター貼りに行ってくれてたときです」
 あたしは笑ってそう答えた。
 そう、最後の曲だけは、メンバー以外には秘密にしていたんだ。
「もう最高でした! 美奈さんが文月さんに惚れた理由がわかった気がします!」
 奈月ちゃんが興奮したように言うから。
「えっ、待ってそれ俺困るし!」
 宏伸が焦って言う。あたしらは爆笑した。
「だって俺、また拓がライバルになるかどうかの危機に立たされてるんだよ!?」
 宏伸が、本当に困ったように言う。
「大丈夫、理由がわかった気がするってだけで、あたしは宏伸が好きだから」
 奈月ちゃんの……フォローですか、それは。あたしには惚気にしか聞こえないんだけども……。
「あたし、ちょっと涼みに行ってくるね」
 あたしはそう告げると、一人で楽屋を出た。
 涼みに行くって言っても、まだ外にはファンがいるんだろうから、そんなに行く場所はないんだけども。
 ……とりあえずステージにでも向かうかな。
 あたしはそう思ってステージの方へ行った。けど、まだ客席に人影がちらほらしてるから、袖から出ることは出来なかったけど。
「よく頑張ったな」
 後ろからふいにそんな声が聞こえてきた。雅樹だった。
「どうして?」
 涼みに行くって言ったのに、って思ったら。
「じゃんけんで俺が勝ったから」
 雅樹が、そう答えた。
「美奈は拓の曲を聴くと、必ず死ぬから。今日もそうだろうって、みんな思っただけ」
 ……だけ、って。
「でもあたし、この八年間何度も聴いてるんだけど。拓の曲」
「曲作りのためとは、また違うだろう」
 きっぱりと、そう言われた。何を当たり前のことを、って、そんな感じで。
「だけどあたし、あの頃みたいに死んでらんないし」
「でも、泣くだろう」
 頑張って言い返してみたのに。当然のように言われたから。
 ……もう、耐えられなかった。涙が、溢れた。
「酷いよね……八年間ずーっと解放してくれないんだよ、拓。なんで今聴いてもこんなにいい音……もう新しい曲は聴けないのに……」
「だから好きになったんだろう」
 あたしの愚痴に、雅樹がきっぱりと言ってくれたから。
 あたしはもう、頷くことしか出来なかった。




『once upon a time』6章へ

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