(背水の陣……なんちゃって)
アレフはぼんやりとそんなことを考える。その隙にも、狼は一歩一歩近づいてくる。
「喰われるのが嫌なら……」
アレフは考えるのをやめて、声に出して呟く。
喰われるのが嫌なら。だとしたら、選ぶべき道はただひとつ。
「飛んでみるしかないじゃないか……っ」
言うが早いか、アレフは向こう岸に向かって飛び出した。
ガッ、と音をさせてギリギリのところでアレフは対岸の地面に手をかけ、片手だけでぶら下がった。狼はそれを見やって、数秒そこに立ち止まってたかと思うと、すぐに退散していった。
「狼はこれでよし、と……」
アレフは思わず呟くが、どうにもそこから上に上がれそうにない。もう片手を伸ばしてはみるものの、地面に手が届かない。
「やばいんじゃないの、これって」
時と場合を考えなければ呑気とも思える科白を、それでもアレフは必死で呟く。ここで呟くことさえやめてしまうと、道がなくなるような気がするのだ。
「下から……すっごい勢いで風が吹き上げてくるとか」
アレフが思わず呟いた、その瞬間。
息が詰まるほどの勢いで風が吹き上げ、その勢いでアレフの体が宙に舞った。
「う……っわ」
その中でうまく体勢を整え、アレフはなんとか地面に両足を乗せることに成功する。
「ひー、あぶなかったあ……」
これは絶対あとでソルに報告だな、などと呟きながら、アレフがそれまで全ての体重を支えていた腕をさすった、そのとき。
「あら……出てくるんじゃなかったかしらね」
聞こえてきたのは、アレフと同い年くらいの女の子の声。アレフは顔をあげた。
「あなたって精霊使い? 久しぶりに見たわ、精霊を操るところ」
そう言ってにこやかに笑う少女の……その耳。
「キミも……もしかして」
アレフは思わず目をみはった。
「そうよ。あたしはハーフエルフのレイネ。あなたとはお仲間みたいね」
アレフの驚いた顔をにこやかに見つめて、少女……レイネが自己紹介する。
「俺はアレフ。レイネはなぜこんなところに……? 誰かと一緒なの?」
「あたしは独りよ。森に住んでるの、今も昔もね。そういうあなたはどうしてこんなところに? 森には慣れてないみたいだけど」
「俺……俺の大事なソルが、ハンターに捕まって、それで……」
「ソル?」
「俺の、兄貴みたいな人なんだ」
「そう……」
レイネはそう呟くと、微かにうつむいた。
「どうしたの? レイネ」
アレフはその顔をのぞき込むかのようにして見ながら、そう尋ねる。
「あたしにも兄さんがいたわ……もう、死んじゃったけど」
レイネは顔をあげて、ごめんねと呟く。その顔に、哀しげな笑みを浮かべて。
「アレフはソルを助けに行くのね。あたしも手伝ってあげようか?」
いきなりと言えばいきなりなレイネの発言に、アレフは一瞬なにを言われたかわからずに沈黙して……その後、呆気にとられて黙り込んだ。
「あのねえ……レイネ」
暫くしてから立ち直ったアレフは、ひきつった声で教え諭すように返事をした。
「遊びに行くんじゃないんだよ、わかってる?」
「わかってるわよ。ハンターの根城に行くのよね」
直後に返ってきたレイネの言葉に、アレフはまたしても言う言葉を失う。
「だからねえ……遠足とかとは違うんだよ?」
「わかってるってば。あたしも姉さんが捕まってることだし、ちょうどいいじゃない?」
またしても直後に返ってきたレイネの言葉に返事をしかねて……今度は別の意味で絶句する。
「これで姉さんを救い出したら感謝されるわけだしー。一石二鳥ってやつよね、まさに」
うんうん、とレイネは一人で納得する。その肩を、アレフががしっとつかんだ。
「おねーさんが捕まってるの?」
よろよろ、といった感じでアレフが問う。
「ええ、そうよ」
「助けようとか思わなかったの?」
「あたしの家では、自分のことは自分でしなさいってのが方針だったのよね」
「そんで今になって助けに行くの?」
「もっちろん。一人じゃ淋しいし頼りないけど、二人ならなんとかなるでしょ」
「……レイネなら一人で大丈夫そうだよ……」
「えー? なにか言った?」
「いいえ、なんにもっ」
アレフは、はあああああっ、と深く溜息をつく。
確かに一人だと淋しいってのはわかる。それは嫌と言うほど味わったから。
だがしかし、である。
「俺ってもしかしてカモネギ状態……?」
「アレフって鴨だったの?」
ふと呟いた独り言に的外れな返事を返されて、アレフは更に脱力した。
「仕方ないっかー……」
ここで逢ったのも何かの縁、である。アレフはそう思うことにして、観念した。
(旅は道連れ、とも言うし……)
「一緒に行こうか、ハンターのとこまで」
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