リレー小説亮第九回

「なんでもないよ。レイネの心配することは何も無いから。今日はもう寝よう。レイネの買い物に付き合ってたら疲れちゃったよ」
 まだはっきりしたことが分からない以上、むやみに心配をかけることも無い。アレフはそう思い、ベッドに横になった。
(ともかく、あの男の言っていた海沿いの街に行ってみよう)
 もしかしたらまったくのでたらめかもしれないが、少しでも手がかりがあるなら、行ってみる価値はあるだろう。
 レイネはなおも不満そうだったが、しぶしぶといった調子で自室に戻っていった。


 その夜。
 アレフはふと目が覚めると、何かただならぬ気配を感じた。
 壁を向いて寝ているのだが、その背後、ベッドの傍らに、何者かの気配がする。
 立ちはだかる黒い影。今日のあの男のこともあり、アレフの体に緊張が走った。
 もしハンターだったとしたら、即座に自分を殺すだろう。いや、騒ぎになることを恐れ、何らかの方法で、自分たちをどこかに連れ去るのかもしれない。人気の無いところのほうが、やつらもやりやすいだろう。
 この場をどうやって切り抜けるか。自分一人であれば逃げ出せないこともないが、隣室のレイネのことも気になる。ある意味、アレフが連れてきたようなものだから、置いていくわけにもいかない。人質にでもされたら、もはや万事休すだ。
 アレフの背中に、じっとりと汗が流れた。影からは、じっとこちらを見つめる視線をひしひしと感じる。
 ふいに影が動いた。ベッドに一歩近づいたのだ。ナイフでも持っていたら、一突きできる距離。
「うわああぁ!」
 思わず声を上げてしまって、アレフは飛び起きた。
「きゃっ」
 影の主は、小さな悲鳴を上げた。まだ数日しか経ってないが、既に聞きなれてしまった声。
「……レイネ……」
 窓から月明かりに照らされて、影の姿が浮かびあがった。掛け布団を握り締め、不安そうにレイネが立っている。
「お、驚かさないでよ……」
 アレフはぺたりと床に座り込んだ。冷や汗がどっと流れ落ち、一気に緊張が解ける。息を止めていたために肺に溜まっていた空気が、口からため息となって吐き出された。
「お、驚いたのはこっちよ。急に大きな声出しちゃって」
「そ、そりゃ驚くよ。こんな夜中に、寝てる側に誰か立ってれば。いったいどうしたの?」
 見上げたアレフに、レイネは気まずそうな顔をした。そして、口の中で何か呟く。
「…………」
「……え、何?」
「だから、……」
「何、そんな小声じゃ分からないよ」
「ここで寝かせてって言ってるのよ!」
 怒っているのか、顔を真っ赤にしてレイネは叫んだ。
「……はい?」
「あ、でも、誤解しないでね。あっちの部屋のベッド、どこかが壊れてるみたいで、寝心地良くないの。一人じゃ怖いとか、そういうことじゃないんだから!」
「な、何怒ってるのさ」
「怒ってなんかないわよ! とにかく、今晩はこのベッドを使わせてもらうからね!」
 言うが早いか、レイネは強い足取りでベッドに向かい、すぐさま横になってしまった。
「ちょ、ちょっと……」
「あ、あんたは床。か弱い女の子を床に寝かせることなんてできないわよね。じゃ、おやすみ」
 アレフの言葉を無視して、レイネは掛け布団を頭からかぶってしまった。呆気に取られているうちに、アレフはベッドを占領されてしまっていた。
「えー……?」
 何が何だか分からないまま、アレフはとりあえず床に横になった。まだ寝ぼけているせいか、いまいち頭が回らない。
(な、何か間違ってないか?)
 附に落ちない物を感じるが、熟睡しているレイネを起こす勇気も無い。仕方なく、アレフは冷たい床の上で浅い眠りを繰り返した。
 結局アレフはそのまま、レイネの安らかな寝息を聞きながら、固い床で寝返りを打つのであった。
 翌朝、睡眠不足でふらふらなアレフは、良く眠ったという表情のレイネに引っ張られるようにして宿を出た。向かう方向は決まっている。
(た、たまには平穏な朝を迎えたい……)
 アレフの心の叫びは、こだまとなって空しく空に吸い込まれていった。
 一路、海沿いの街へ。


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