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「うん、あのね」
アレフはパッと顔を上げると、嬉しそうに話しはじめた。
「広場でみんなと遊んでたんだけど、俺、思いっきり転んじゃってさあ。膝小僧すりむいちゃって、すごく血が一杯でたんだ。でも、さすってたらいつのまにか治っちゃった。すごいでしょ」
はいていたズボンを膝まで捲り上げ、アレフは得意げに見せた。
「すりむいたって……なんともなってないよ?」
「なあ、人の話聞いてたかい。だから、さすってたら治っちゃったんだってばあ」
さらに膝を近づけてくるアレフに、ソルは三回目の溜息をついた。彼の膝には何の跡形も無く、傷一つ付いていない。白い肌が、走ってきたためかほんのり赤く染まっているだけである。少し汗ばんだ小さな膝小僧は、いたって健康的に見えた。
「なんともなってないよ。夢でも見たんじゃないの?」
「夢なんかじゃないよぅ。最初は痛くて泣きそうになったけど、手で押さえてたら痛くなくなったんだ。それで見てみたら、知らないうちに血が止まってて、それで……」
(また悪い癖が出た)
ソルは、アレフの言葉を聞き流しながら思った。
アレフは明るく、とても活発な子で、村の同年代の子供たちからも慕われている。大人たちからの評判も良く、彼の笑顔は人々の心を和ませた。先の<ハーフエルフ最悪の日> 以来、家族も無く、天涯孤独の身となったソルにとって、アレフは、血はつながらないものの、本当の弟のような存在だった。
その弟がこれだけの人望を集めていることに、ソルは少なからず喜びを感じているのだが、いかんせん弟には悪い癖があった。時々、明白だとわかる嘘をつくことである。
例えば、この前は、
「俺、水の上を歩いたんだぜ」
と胸をそらしていた。もし本当なら空中浮遊の魔法であるが、まさか年端もいかない子どもがそんな芸当を出来るはずもない。そしてこの世界に、もはやそんな強大な魔力を持つ者はいないはずだ。力ある長老たちは、自らの欲望と共に、銀色の光に飲み込まれていったのだ……
ソルは、アレフの嘘について、自分の気を引きたいためだと理解している。家族を失った者同士、なんとなくそのあたりの気持ちはわからないでもないので、ソルは黙っていた。どうやら彼の嘘はソルにしか向けられていないようで、まわりの人たちに迷惑をかけてはいないようであるからいいや、という気持ちもある。
「聞いてるの!」
「いたたたた」
アレフに耳を引っ張られ、ソルは我に返った。エルフの血を引くだけあって、彼らの耳は長い。引っ張られてはたまったものではない。
「わかったわかった。わかったから、そろそろ夕飯の支度をしよう。さあ手伝って」
本をしまい、アレフにはがされたフードを直しながらソルは立ち上がった。フードは彼らにとって命綱のようなものである。もしこれが外で取れ、ハーフエルフであることが知れたら、もはやこの、人間の村で生活していくことは許されない。ただでさえ、いつもフードをかぶっている兄弟ということで、目立った存在であるのだから。
同じ種族、というだけで迫害されなければならない辛さを、ソルは身に染みて感じていた。中にはごく希に自分たちのことを理解してくれる人間もいるのだが、大概見つかれば、有無を言わさずハンターを呼ばれるのである。魔力あるものが滅んでも、無力のハーフエルフの迫害は続く。
(この子が大きくなった時、ハーフエルフの迫害は無くなるのだろうか)
テーブルに食器を並べているアレフを見て、ソルは思った。もちろん、到底無理なことはわかっているのだが、そう祈らざるを得ないのだ。
「何ボッとしてるの? 早く夕ご飯にしようよ」
先ほどまで膝小僧がどうのと騒いでいた事もすっかり忘れ、早くも空腹を訴える小さな弟に、ソルは目を細めた。
「よし、今日は何を作ろうかな」
ソルが腕まくりして料理の構想を練りはじめた瞬間。
こんこん。
ドアが叩かれた。
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