「確かにね……」
ソルはアレフの前に立ち、小さく呟いた。背後でアレフが力を溜めているのがわかる。
ささやかな風の流れ。あとは放出するだけ。
(だけど、まだ早い)
まだ相手のペースに乗ってしまっている。これでは力押ししたところで、勝機は何もない。
「確かにあなたは憎しみだけで動いているようだ。ご立派ですよ。同族まで踏みにじって復讐しようとするんですから」
「何を言っても無駄ですよ。あの日、心に誓いましたから」
彼はソルの言葉など聞いてもいないかのように、顔に笑みを浮かべたままソル達の方へと歩み寄る。少しずつ、力をその手に集めて。
「ええ、無駄なようですね。……自身がハーフエルフだということさえ忘れているのだから」
その言葉に宿る意味を悟り、アレフはソルを見上げた。
ハーフエルフ。それは、つまり。
「あなたにも人間の血が流れているというのに」
「……言うなっ!!」
彼は左手に収束された力をソルに向かって放つ。が、その力はソルに届くよりも先に、一瞬吹き荒れた風により消された。
「俺の存在、忘れないでよね」
アレフは得意げにぽつりと呟く。読めている攻撃など、痛手にはならないのだ。
「あなたは僕の素性を知っていた。ということは、それなりに王族のこともご存知なのでしょう。ならば、これは知っていますか」
ソルは意識を集中させる。
……使わない、と決めていた。初めて知ったその日から。
『昼と夜があるように、人を救う力があればまた滅ぼす力もある』
幼き日の、父の声。これは歴代の王にのみ伝わるものなのだと。
『正しいもののみが力ではない。誤ったものもまた、力なのだ』
ただ、それを知らなければ、自分が誤ったことさえわからずにいるから。
代々伝わってきた、幾つかの力。幾年もの時を越えて、止めることが出来るようにと。
『知らない、では済まされない時もあるのだよ』
知った夜は眠れなかった。ただ哀しくて。そんな術しか用いることができなかった人もいるのだ、ということが。
(だけど今は、守るためなら)
大切なものが、あるから。
「正直に言って、どうなるかは僕にもわからない。伝えられてきただけで、もう幾年も使われなかった力だからね」
もし失敗したら……その時に、アレフの力を借りればいい。そう、少なくとも、試すだけの価値はあるだろう。もし、言い伝えが真実ならば。
「あなたには感謝するよ。僕の素性を言い当てられなければ、一生忘れていたかもしれない」
「……聞いたことがあるぞ。歴代のハーフエルフの王にのみ伝えられてきた力。決して使ってはいけない、と諭されているはずだ」
「そうだね。父も言っていたよ。……人の生死は操るべきものではない、と」
ソルの言葉に秘められた、ある種剣呑な響きに、アレフは耳を疑った。
「アレフ、もしも駄目だったら、そのときは力を貸すよ。アレフの思うとおりにやればいい。だけど、その前に僕にも試したいことがあるんだ」
「……ソル?」
「フィーユさんのためなら、出来ると思うよ」
優しい口調とは裏腹に、強い意志を持った声。アレフは戸惑いながらも、頷いた。
「お喋りの時間は終わりだ、と言ったね。……終わらせてもらうよ。永遠に眠るといい。あなたの忌み嫌う人間の中で!」
急速に、ソルの手の中に光が溢れた。白銀の、光。まるで、全てが消えたあの日を彷彿とさせるような。
「貴様……まさか本当に禁呪を使う気かっ!?」
「そのまさかだ!!」
アレフとレイネ、そしてセレネは、生涯で二度目の、世界が銀の光に包まれる瞬間を見た。
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