あふれゆく光の中で、セレネは思った。
今なら、可能性はある。
人の体に入り込むことができるということは、出て行くこともあり得るのではないだろうか。それが、自らの意志ではなく、外的要因のためであるとしても。
そして、空になれば、その中に別の精神を入れることも。
彼の中に、わずかながら迷いが生まれているのが感じられる。
成功するかどうかはわからない。自分の中に秘められた力がどんなものであるか、それはわかっている。本来であれば、迷える魂を安らかに天界に導くためのもの。使い方を応用すれば、あるいは。
限りなく不可能に近い。
それに、この力は、使用する者の体力を著しく消耗するという。加減を誤れば、命を落とすこともあるかも知れない。
だが。
それでも構わない。それが、ただ見ていることだけしかできなかったわたしの贖罪となるならば。
「だから……だから、力を貸して、レイネ!!」
あふれゆく光の中で、レイネは思った。
強烈な銀色の光。少しでも気を抜くと、すぐに意識をもっていかれてしまうようだ。
姉の考えは、手に取るようにわかっていた。
成功する確率は、恐ろしいほど低い。さらにそれは、姉の命を奪いかねない。
せっかく会えたというのに、大好きな姉をこんなことで失いたくない。たかが、一人の人間のために!!
けれど、けれど本当に人間は、あたしが思っているほど酷い存在なのだろうか。ずっと森の中で隠れて生きてきた自分は、どれほど彼らのことを知っているというのだろうか。
そもそも、そんなに価値の無いものに、あいつが、あんなに悲しむはずはない。あいつが、あんなに想うはずがない。
アレフ、あんた、間違ってないよね。
人間を、もっとよく知りたい。切実にそう思った。
「姉さん……わかった、力を貸すわ!!」
あふれゆく光の中で、アレフは思った。
ソルは、力を解放した。
大切な人のために、使ってはいけないと言われた力をあえて使った。
その意志の強さには、どこかとてつもない気高さが感じられた。
これが、ハーフエルフの王子。
大丈夫。ソルは失敗なんか絶対にしない。
それはアレフの中で、確信というよりも、すでに事実となっていた。
ならば、今、自分がなすべきことは。
その時、ふいに後ろにいる姉妹から、急速に思考の流れが頭の中に入り込んできた。
……いけない、例え戻せるとしても、帰るところが無くなっちゃ、どうしようもないじゃないか。
彼だけを追い出し、肉体は残す。
自分に制御できるだけの力はあるか?
「ま、成せば成る、よね。きっと」
あふれゆく光の中で、彼は思った。
秘めた力を暴走させれば、手に入れることは容易いと思っていた。
目標が無い力など、恐れずに足りず、と思っていた。
だが、今、自分に向かってくる力はどうだ。
明確で、力強く、そして純粋な意志。迷いなど、微塵にも感じられない。
彼はふと、自分に沸いた感情に気がついた。そして、それを認識すると、愕然とした。
それは、神聖なるものに対する、畏怖の念。
それほどまでに、この人間を想うのか。その想いに、私の憎しみなど意味は無い、ということか。
これが、王族の力というものか。
急速に衰えていく意識の中で、彼は無意識のうちに手をのばしていた。
「妹よ……私は……私は、間違っていたのだろうか……」
そして光は、全てを包み込んだ。
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