リレー小説光坂第二十一回

   第5章


『辛いことに、なるかもしれないよ?』
 不意に耳を打つ声。これはフィーユの声だ。そう、確か、住み慣れた村を出てソルを探しに行くときに言われた……。
 辛いことなんか、何もなかったよ。ソルが、背を向けたとき以上に辛いことなんか。
 だって、全てはソルを迎えに行くためのものだったから。
『じゃあ、アレフはソルを助けに行ってあげて。わたしは、ここでずっと待ってるから……二人が帰ってくるの、ずっと待ってるからね』
 きっと、彼女はいつまでたってもその言葉を真実にし続けただろう。そして、言うのだ。何年たったとしても……お帰りなさい、と。
『アレフ! ソルも! 二人とも逢えたのね!?』
 再会を喜んでいた声。どれだけその時をフィーユ自身が望んでいたのかが、よくわかるような、そんな。
 逢えたよ。ちゃんと逢えた。だって、逢うために……また逢うために、旅をしていたのだから。
 今度は、自分から手を差しのべるそのために。


『おいで。僕も独りなんだ。一緒に行こう』


 目を開けると、そこには静寂な闇が広がっていた。
 木々を揺らす風。ただ、静かに。
「……終わった、の……?」
 風が伝える言葉はただひとつ。――大丈夫。
「……アレフ……?」
 小さな声に振り返ると、身を起こそうとしていたソルの姿が目に入った。
「ソル、大丈夫?」
「ああ。ちょっと力を使いすぎたかな……でも大丈夫だよ」
 ソルは軽く頭を振る。そして、すぐ隣にしゃがみ込んだアレフの頭をくしゃっと撫でた。
「アレフが助けてくれたからね。アレフの力がなかったら、駄目だったかもしれない」
「駄目なんかじゃないよ。あの時の意志の強さは凄かったもん」
 だから自分は手伝ったのだと……手伝えたのだ、と言外に伝える。
「ああもう、まだ目がちかちかしてる」
 ちょっと拗ねたような声。見ると、レイネが瞬きを繰り返していた。その隣に静かに佇むセレネの姿。
「もおおおおおっ!! アレフの力が強いことはよおおおおっくわかったわよ! なあによ、折角姉さんと力を合わせて、頑張ろうとしたのに!」
 ……ちょっと、ではなく、相当拗ねているのかもしれない。これは。
「頑張ろうとした、じゃなくて、頑張ったでしょう? あれだけの力、俺が方向性を与えるの、苦労したんだよこれでも」
 本当はアレフが、ではなく、風が、なのではあるが、その辺を詳しく説明してもレイネは拗ねたままであろう。ここは機嫌を取るしかない。
「駄目よ、レイネ。確かにあのままの方向性で力を解放していたら、彼女の肉体は残らなかったと思うもの」
 セレネが優しく諭す。
「……姉さんがそう言うなら……」
 やや不満を残しつつも、あっさりとレイネは引き下がった。
(え……姉妹だとこんなにあっさり引くの?)
 それではここへ来るまでのあのやりとりは一体なんだったのだろう。何の為にあれだけの精神的疲労を重ねたのか……。
(まあ……いいけどね。楽しく旅することができたし)
 今更四の五の言っても始まらないだろう。そう、レイネがいたからこそ、こんな旅でも楽しくやることが出来たのだ。
 こんな旅でも。
 アレフはふと思いついて、ソルを見た。
「どうしたの?」
 優しい声で問うソル。何も変わっていない。そう、いつだってソルはソルだ。その優しさで、自分に背を向けることしか出来なかったあの時さえも。
「へへへへへ」
 アレフはじっくりとソルを見てから、はにかんだように笑った。
「お帰り、ソル」
 ずっと言いたかった言葉。かけがえのない人へ。そう、これを言うための旅だったのだから。
「……ただいま」
 ソルもアレフの気持ちに気づき、変わらぬ笑みを浮かべて答えた。
「……ブラコン……」
 ぼそっとレイネが呟く。その声は微かなものであったが、しっかりとアレフの耳に届いた。
「そーだよ、なんか悪い? それを言ったらレイネだってそうじゃん。やーい、シスコン!」
「なあによお! あたしの方が姉さんに全然逢えなかったんだから! アレフにそんなこと言われる筋合いないわよ!」
「時間の問題じゃないもんねーっだ。素直に事実認めればいいだろ? どんなに理屈言っても、シスコンはシスコンなんだしさー」
「なっまいきー!! あたしの方が年上なのよ!?」
「じゃあ年上らしくしてよー。じゃないと認めないもんねーっだ」
 ……緊迫していたのはつい先ほどのことなのに、この和やかさは一体なんなのだろう。ソルは多少呆気にとられつつ、二人のやりとりを見ていた。
「やっぱり子供は元気なのがいいわね」
 セレネのにこやかな言葉に、アレフとレイネが揃って子供じゃないもん、と言い返した……その時。
 アレフの髪を、一筋の風が揺らした。


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