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「え、じゃ、じゃあ、僕らのこと、知ってて……」
「まあね……あ、いいかげん帰らないと、お父さんたち、困ってるかも」
早足に歩き始めたフィーユを、慌てて追いかけながらソルは言葉を続けた。
「いや、でも、それならどうして……」
「関係無いじゃん? ソルはソルだし、アレフはアレフ。種族がどうとか、そういう細かいところは気にしない性質なの、わたし」
ごく当然、というフィーユの表情に、ソルは、衝撃を受けると同時に、何か心の中にあるわだかまりが消えていくような気がした。
「第一、一生懸命隠してるあんたたちには悪いけど、村のみんなのほとんどが、もう気づいてるんじゃないかな?」
「え……まさか」
「だって、年がら年中フード被ってる兄弟なんて、滅多にいないでしょ?」
「そ、それならどうしてハンターに突き出さないんですか?」
「わたしと同じ考えなんじゃない? もしくは、あんたたちの人望ってやつ?」
フィーユの話を聞いていくうちにつれ、ソルの驚きはますます増していった。そしてその一方で、心の中にあったわだかまりの正体に気が付いた……
(種族ってことを気にしていたのは、僕らの方なんじゃないか? 妙な劣等感、差別、そういうものを意識していたのは、僕らの方なんじゃないか……? そうだ。ハーフエルフにいろんな人がいるように、人間にだっていろんな人がいるんだ。僕らのことをわかってくれる人だって、大勢いるはずだ……)
考えれば考えるほど、ソルは自己嫌悪に陥っていった。もしかしたら、過剰な差別という意識を持ってしまったために、自分は人との間に、ある種の境界線を引いていたのではないか。心のどこかに、逆にハーフエルフは人間と違って高尚な生物なのだ、という意識は無かっただろうか。
(そう、差別していたのは、僕らの方だ。その証拠に、そんな意識の無いアレフは、村の子どもたちと無邪気に遊んでいる。僕はと言えば……いつも人の目線を気にしてばかり)
ソルは唇をきつく噛んだ。と、ポンと軽く背中を叩かれて、ソルは我に返った。
「まーた何か考え込んでる。悪い癖よ」
いつのまにか戻ってきてしまったようだ。いつもの見慣れた二階立ての建物。少し錆がかった「宿屋」の看板。こちらも古ぼけた、夜間用のランプ。
「まあ、いろいろ反省することはあるでしょうけど、大事なのはその後。反省だけじゃ何の解決にもならない。それを今後に生かさなきゃね」
フィーユは照れたような笑いを浮かべた。
「あー恥ずかしい。こんなこと、ソルぐらいしか言えないよ。さっ、仕事仕事! あ、荷物はわたしの部屋にでも運んでおいてね」
よし、と一声挙げると、フィーユは中に入って行った。
「……ありがとうございます……」
ソルは声を震わせた。彼女の気持ちが嬉しかった。いつもは厳しいけれど、自分のことをよく見ていてくれていたのだ。そのことに気づかなかった自分の馬鹿さに呆れてしまう。
地獄耳のはずのフィーユだが、聞こえなかったのか何も言わず、いつものように宿屋の仕事に取り掛かった。
「よし」
買い物に付き合わされたおかげで大量に残ってしまった仕事を何とか終え、帰途につきながら、ソルは思った。
「明日からは、もっといろんな人と接してみよう。もっといろんな人と話してみよう」
まだこの帽子を取る勇気は無い。それには、自分たちの受けた傷が深すぎる。が、こちらが引け目を感じていれば、相手もなんとなくよそよそしくなってしまうに違いない。
(これからは気持ちを入れ替えて、ソルという一個人として、人と付き合っていこう。まずこっちがハーフエルフであるという意識を捨てなきゃ。それはかなり厳しいこと。現実として、僕やアレフはハーフエルフだ。でも、気持ちだけは、みんなと対等でありたい……)
彼の目には、もはや惑いは無かった。いつもどこかに感じていた後ろめたさが、少しではあるが無くなってきているような気がした。彼の中で、確実に何かが変わろうとしている。
「それはともかく、アレフ、お腹すかせてるだろうな」
家の中で、腹へったと騒いでいるアレフの姿を想像して、ソルは苦笑いしながら家へと急いだ。もうすでに日はすっかり落ちてしまっている。だから、ドアのところに何か張り紙がしてあるのをあやうく見逃すところだった。
「ん? 何だろこれ……」
ソルは手にとって紙面に目を走らせた。読んでいくにつれ、彼の顔はみるみるうちに青ざめていった。乱暴に書かれた字は、アレフをさらった、返して欲しくば村の隅にある空き地に来い、という文面であった。
「そんな……アレフ!」
一応家の中を調べてみたものの、アレフの姿は見えなかった。ただ、多少の格闘があったのだろうか。いすがひっくり返ったりしていた。
「アレフ……」
ソルは持っていた紙をぎゅっと掴むと、一目散に走り出した。
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