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熊本道場長 廣田将之
Kumamoto Dojo-cho Masayuki Hirota
滋賀道場長 成宮隆行
Siga Dojo-cho Takayuki Narumiya

 合氣柔術秘伝目録

第一条
相手ニ対シ心ト心ヲ結ビ速カニ和合シ右手ヲ以テ相手ノ頭上又顔ヲ打突ク事

第一条
相手ノ應ジタル右臂ヲ左ニテ上ゲ右ニテ相手ノ手首ヲ右返シフミ込ミ倒ス事
来ル者ハ迎ヘ二八十ナリノ和ヲ忘ルベカラズ

第二条
左ニテ打又突キ出シノ事

第二条
相手ノ左臂ヲ右ニテ上ゲ左ニテ相手ノ左手首ヲ左ニ返シフミ込ミ倒ス事

第三条
左ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ右ニ捻リ右手ニテ相手ノ水落ヲ突キ右手ニテ
相手ヲ打チ又突ク事

第四条
右ニテ相手ノ目カクシヲ打右手ニテ相手ノ右手ヲ左ニ捻リ左手ニテ
相手ノアバラヲ突ク事

第五条
左ニテ目カクシヲ打胸ヲ捕ル事

第五条
左ニテ手首ヲ取リ右ニテ水落ヲ突キ右ニテ相手ノ臂ヲ押ヘ左ニテ
相手ノ手首ヲ右ニ返ス事

第六条
右ニテ目カクシヲ打チ相手ノ肩ヲ左ニテ押ヘ相手ノ面ヲ右ニテ打ツ事

第六条
左ニテ目カクシヲ打チ右ニテ相手ノアバラヲ突キ相手ノ右手ヲ左ニ捻リ
左ノ手ノ臂ニカケ押倒ス事

第七条
左ニテ目カクシヲ打チ相手ノ肩ヲ押ヘ相手ノ面ヲ打ツ事

第七条
右ニテ目カクシヲ打チ左ニテ相手ノアバラヲ突キ左ニテ相手ノ右手ヲ
左ニ捻リ左ノ手ヲ相手ノ臂ニカケ押倒ス事

第八条
目カクシヲ打チ相手ノ両手ヲ掴ム事

第八条
拍手打相手ノ右手ヲ右ニテ捻リ右ノ手ニテ相手ノ拇指ヲ掴ミ捻リ倒ス事

第九条 取放シノ事
右ニテ相手ノ目カクシヲ打相手ノ右手首ヲ掴ミ左手ニテ相手ノアバラヲ突キ
頭上ヲ越シテ右ニ捻リ外ニ投ベシ

第十条 取放シノ事
左手ニテ相手ノ目カクシヲ打相手ノ左手首ヲ掴ミ右ニテ相手ノアバラ突キ
頭上ヲ越シテ右ノ膝ヲ据ヘ身ヲ右ニ捻リ投ベシ

第十一条 取放シノ事
右ニテ目カクシヲ打チ左ニテ水落ヲ突キ左ニテ相手ノ右手ヲ押ヘ右ノ足ヲ
相手ノ右ニ入レ頭ヲ越シ右ニ抜ケ相手ノアバラヲ右ニテ突キ捻返し相手ノ
手ヲ押ヘ其儘後腰ニ付捻リ返ス事

第十二条 取放シノ事
右ニテ相手ノ目カクシヲ打右手ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ左手ヲ添ヘ外ニ
捻リ倒ス事

第十三条
後ヨリ立テ両肩ヲ押ヘル事

第十三条
左手ニテ右ノ手首ヲ掴ミ頭上ヲ越シ左ノ脇ニ落ス事

第十四条
後ヨリ立テ両肩ヲ掴ム事

第十四条
右ニテ相手ノ左手首ヲ掴ミ頭ヲ越シ右ノ脇ニ抜ケ捻リ返ヘス事

  右座取 二十二ヶ条


 合氣柔術秘伝目録(2)

第十五条
坐シタル相手ノ目カクシヲ打立テ両手ヲ掴ム事
 
第十五条
右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ左ノ足ヲ相手ノ左ニ入レ頭ヲ越シ身ヲ変シ
右脇ヲ捻リ返ス事
  
第十六条
坐シタル相手ノ目カクシヲ打チ両手ヲ掴ム事
 
第十六条
相手ノ左手ヲ左ニテ掴ミ右ニ抜ケ身ヲ変ジ投ル事
  
第十七条
坐シタル相手ノ目カクシヲ打左ニテ右手ヲ押ヘ右ニテ相手ヲ打ツ事
 
第十七条
右ニテ相手ノ左手首ヲ掴ミ右足ヲ相手ノ右ニ入レ身ヲ変シテ右ニ投ル事
  
第十八条
坐シタル相手ノ目カクシヲ打右手ヲ両手ニテ掴ム事
 
第十八条
左手ニテ相手ノ右手ヲ押ヘ左ニ身ヲ変シ投ル事
  
第十九条
坐シタル相手ノ目カクシヲ打両手ニテ掴ム事
 
第十九条
相手ノ右手首ノ下ヨリ左ニテ掴ミ右ノ足ヲ相手ノ右ニ入レ手ヲ絞リ落ス事
  
第二十条
坐シタル相手ヲ目カクシヲ打チ押ヘル事
 
第二十条
相手ノ目カクシヲ打チ左ニテ相手ノ右手首ヲ掴ミ右足ニテ相手ノ
右アバラ蹴ル右手ヲ相手ノ右手首ニカケ捻リ倒ス事

  右半座半立 十二ヶ条


 合氣柔術秘伝目録(3)

第一条
身魂ニ宇宙ノ眞氣ヲ吹吸シ氣海旦田ニ鎮メ相手ト合氣和シテ電撃雷飛ノ
光ノ如ク氣ヲ以テ打突ク事

第一条
一九ノ十ナル和ノ勝速ノ理ニ依リ左ニテ相手ノ臂ヲ押ヘ右手ニテ相手ノ
右手首ヲ掴ミ右ニ引倒ス事

第二条
前ニ準ジ左ニテ打突ク事

第二条
前ニ準ジ右ニテ相手ノ臂ヲ押ヘ左ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ左ニ倒ス事

第三条
右ニテ目カクシヲ打チ右手ニテ相手ノ右手ヲ内ヨリ掴ミ左手ニテ水落ヲ突キ
左足ヲ右ヨリ相手ノ前ニ入レ頭上ヲ越身ヲ変シ前ニ投ル事

第三条
相手後ヨリ右手ヲ掴マルトキハ左ノ手ヲ相手ノ手首ノ外ヨリ握リ左足ヲ
相手ノ前ニ右ヨリ廻リテ相手ノ前ニ入レ投クベシ
 但シ 百十八ヶ条ノ外

第四条
相手目カクシヲ打胸元ヲ両手ニテ捕ル事

第四条
目カクシヲ打右ニテ相手ノアバラヲ突キ左ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ右手ヲ
相手ノ臂ニカケ捻倒ス事

第五条
前ニ準ジ相手ノ胸元ヲ両手ニテ捕フル事

第五条
目カクシヲ打チ右ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ捻上ケ左ニテ突キ相手ノ右ニ抜ケ
身ヲ変ジ相手ヲ後背ニ倒ス

第六条
相手ノ両手ヲ掴ム事

第六条
右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ左ニテ目カクシヲ打捻上ケ左手ヲ相手ノ臂ニカケ
身ヲ変シ上肩ノ上ヨリ投ル事

第七条
相手ノ目カクシヲ打左ニテ肩ヲ押ヘル事

第七条
左ニテ目カクシヲ打右ニテ突キヲ入レ左ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ捻倒ス事

第八条
相手ノ両手ヲ掴ム事

第八条
右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ左足ヲ相手ノ左ニ入レ身ヲ変シ投ル事

第九条
目カクシヲ打相手ノ左手ヲ掴ム事

第九条
右手ニテ相手ノ右手首ヲ掴ミ右肩ニカケ肩ノ上ヨリ越シテ投ル事

第十条
右手ヲ右ニテ掴ム事

第十条
左ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ右足ヲ入レ相手ノ右脇ニ抜ケ頭上ヲ越シテ
横ニ投ル事

第十一条
目カクシヲ打右ニテ胸元ヲ捕フル事

第十一条
右ニテ相手ノ手首ヲ掴ミ捻上ケ身ヲ変ジ頭上ヲ越シテ前ニ投ル事

第十二条
左ニテ右手ヲ掴ム事

第十二条
左ニテ相手ノ右手首ヲ掴ミ捻上ケ肩ニ掛ケ肩ノ附根ヲ放ス事

第十三条
右ニテ左手ヲ掴ム事

第十三条
右ニテ目カクシヲ打水落ヲ突キ右足ヲ相手ノ右ニ入レ脇ニ抜ケ相手ノ
手ヲ後脇ニ回シ付ケ下ル事

第十四条 取放シノ事
目カクシヲ打右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ左手ニテアバラヲ突キ身ヲ変ジ
前ニ投ル事

第十五条 取放シノ事
右ニテ右手ヲ掴ミ捻上ケ相手腰ニ肩ヲ付アヲムキニカツキ身ヲ変シ
前ニ投ル事


 合氣柔術秘伝目録(4)

第十六条 取放シノ事
右ニテ右ノ手首ヲ掴ミ左ニテ相手ノ二ノ腕ヲ押ヘ左ノ足ヲ相手ノ右ニ入レ
捻上ケ頭上ヲ越シテ前ニ投ル事
  
第十七条 取放シノ事
右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ左手ヲ相手ノ臂ニ添ヘ捻上ケ後ニ引ク
 
第十八条 取放シノ事
立向ヘハ左ノ手ニテ相手ノ左ノ手ヲ取リ右手ニテ水落トアバラヲ突キ
相手ノ右脇ヲ抜ケ身ヲ変シ右手ヲ相手ノ肩ニカケ逆ニ引倒ス事
 
第十八条 取放シノ事
相手右足ヲ出シ両拳ヲ握リ立向ヘバ左ノ足ヲ出左ノ手ヲ下ヨリ相手ノ
右手首ニカケ右ノ手ヲ相手ノ上手首ニカケ右足ヲ外ヨリ相手ノ後ニ回ス事
 但シ 百十八ヶ条ノ外
 
第十九条
頭ヲ両手ニテ掴ム事
 
第十九条
左手ヲ下ヨリ相手ノ左手首ヲ掴ミ右手ヲ上ヨリカケ相手ノ右手ヲ左ニ捻リ
相手ノ左脇ニ足ヲ入レ捻リ返ス事
 
第二十条
後ヨリ肩ヲ押ヘル事
 
第二十条
左手ヲ肩ノ上ヨリ相手ノ右手ニカケ右足ヲ相手ノ右ニ引テ相手ノ後腰ニ付
捻下ル事
 
第ニ十一条
後ヨリ右手ヲ左ニテ押ヘル事
 
第ニ十一条
左ニテ上ヨリ相手ノ左手首ヲ掴ミ肩ニカケ前ニ投ル事
 
第ニ十ニ条
前ニ同ジク押ヘル事
 
第ニ十ニ条
左ニテ上ヨリ相手ノ左手首ヲ掴ミ捻上ケ頭上ヲ越シテ身ヲ変ジ右足ヲ
前ニ出シ左ノ足ヲ引ク事
 
第二十三条
後ヨリ両手ヲ搦ミ押ヘル事
 
第二十三条
手ヲ拍チ両臂ヲ張リ左手ニテ相手ノ右手ヲ握リ頭上ヲ越シテ相手ノ
右ニ抜ケ相手ノ後腰ニ捻ル事
 
第二十四条
後ヨリ相手ノ右手ヲ掴ミ左ニテ相手ノ胴腹ヲ打左足ヲ相手ノ後ヨリ
右ニ入レ頭上ヲ越シテ後ニ投ル事
 
第二十五条 取放シノ事
並行ノトキ右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ左ニテアバラヲ突キ左足ヲ相手ノ
前ニ入レ左ノ肩ニカケ投ル事
 
第二十六条
後ヨリ耳カラミヲ打左ニテ相手ノ胴腹ヲ打相手ノ後襟ヲ掴ミ身ヲ変シ
頭上ヨリ前ニ捨ル事
 
第二十七条
後ヨリ右ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ身ヲ変シ左ニテ相手ノ臂ヲ押ヘ前ニ投ル事
  
  右立取 第四十四ヶ条


 合氣柔術秘伝目録(5)

 二人詰之事
 
第一条 
前ヨリ両手ヲ掴ミ後ヨリ腰ヲ抱シムル事
 
第一条
左手ニテ相手ノ右手ヲ掴ミ右ノ足ヲ相手ノ左ニ入レ中腰ニナリ頭ヲ越シ
身ヲ変シ前ノ相手ヲ後ノ相手ノ両腕ニ投ル事
  
第二条
両方ヨリ左手ニテ両手ヲ掴ミテ打掛ル事
 
第二条
右足ヲ右相手ノ前ニ入レ右ノ相手ノ左手ヲ右手ニテ掴ミ右ノ肩ニカケ
右手ヲ抜キ直チニ左ノ相手ノ左手ヲ右ニテ外ニ捻倒ス事
  
第三条
両手ヲ左右ノ人両手ニテ掴ム事
 
第三条
右ノ足ヲ右ノ相手ノ前ニ入レ右ノ手ヲ以テ右ノ手ヲ捻ル事 
 
第四条
但 二人取左右ノ人及前ノ人ニ向フモ同ジ
 
第四条
以上 二人詰三人詰四人詰皆其ノ理ニ同ジ
  
 傘取之事
 
第一条
サシタル傘ヲ人ニ掴ルル時及サシタル手ノ上下ヲ掴ルル時
 
第一条
傘ノ外ヨリ右ニテ人ノ手ヲ掴ミ及右手ナラバ左ノ足ヲ人ノ左ニ入レ
頭上ヲ越シテ投ル事
 
 棒術之事
 
目カクシヲ打チ右手ニテ人ノ右手首ヲ内ヨリ掴ミ左足ヲ右ニ進ミテ
頭上ヲ越シテ投ル事
 
  右 百十八ヶ条


 合氣之術(1)

第一条 
面ヲ打チ敵ノ手首ヲ両手ニテ絞込ム事

第二条
面ヲ打チ脾腹突膝進敵手ニ両手ヲ添テ小脇ニ押込ム事
  
第三条
面ヲ打チ膝進敵手首ヲ肩ニ着ケ転身シ押込ム事

第四条
面ヲ打チ敵手首ヲ絞リ転身敵手ヲ肩ニ着ケ押込ム事

第五条
転身横面打出シ敵ノ受身首ヲ絞リ込ム事

第六条
転身横面打出シ敵ノ受手関節ヲ小脇ニ巻込ム事
 外ニ 二条敵ヨリ打出ノ事
 
第九条
敵ノ左肩ヲ掴ム事
 
第九条
打面敵ノ右手首ニ両手ニテ絞込ム事

第十条
敵ノ左肩ヲ掴ム事

第十条
右ニテ打面右手首ヲ絞リ転身右関節ヲ押込ム事

第十一条 
敵ノ左肩ヲ掴ム事
 
第十一条
右ニテ打面右手首ヲ絞リ転身押込ミ更ニ両手ヲ背ニ合セ肩ヨリ脱臼ノ事

第十ニ条 
右ニテ敵ノ左肩ヲ掴ム事

第十ニ条
左ニテ打面左手甲ヲ折リ倒ス事

第十三条 
敵ノ左肩ヲ掴ミ右手打出ノ事
 
第十三条
打手ヲ受ケ面打右手甲を折倒ス事

第十四条 
敵ノ両肩ヲ掴ム事

第十四条
面打一方ノ手首ヲ絞込ム事

第十五条
敵ノ両肩ヲ掴ム事

第十五条
面打一方ノ手首ヲ絞リ転身関節ヲ両手ニテ小脇ニ押込ム事


 合氣之術(2)

第十六条
敵ノ両肩ヲ掴ム事

第十六条
面打一方ノ手ヲ中止ヨリ巻込ミ転身ノ事

第十七条
敵ノ左袖ヲ右手ニテ掴ム事
 
第十七条
右ニテ右手甲ヲ掴ミ臂ニテ手首ヲ圧シ絞込ム事

第十八条
敵ノ左袖ヲ右ニテ掴ム事
 
第十八条
面打転身敵ノ右手ヲ脇腹ニ巻込ム事

第十九条
敵ノ左袖ヲ右手ニテ掴ム事
 
第十九条
打面左手甲ヲ返シ折倒ス事

第ニ十条
敵ノ胸元ヲ右手ニテ掴ム事
 
第ニ十条
打面右手首ヲ絞込ム事
 
第ニ十一条
敵ノ胸元ヲ右ニテ掴ム事
 
第ニ十一条
打面左手甲ヲ折返シ倒ス事

第ニ十ニ条
首ヲ綾ニ締ル事

第ニ十ニ条
打面敵手ノ内ヨリ右手ヲ敵手ノ後ニ廻シ転身シテ小脇ニ締込ム事

第ニ十三条
首締メノ事

第ニ十三条
打面敵ノ上部ノ手ヲ掴ミ転身両手ニテ関節ヲ脇腹ニ締込ム事

第ニ十四条
敵ノ左手首ヲ右ニテ掴ム事

第ニ十四条
打面転身敵ノ右手首ヲ絞リ更ニ右ニ関節ヲ押込ム事

第ニ十五条
敵ノ左手首ヲ掴ム事

第ニ十五条
打面右手首ヲ掴ミ左手刀ニテ切リ転身両手ニテ押へ込ム事

第ニ十六条
敵ノ両手首ヲ掴ム事

第ニ十六条
両手ヲ外側ヨリ上ニ両手刀ニテ切リ下シ両手斜上下ニ分チ膝ヲ
敵側ニ進メテ顎ヲ上方ノ手ニテ突倒ス事

第ニ十七条
両手首ヲ掴ム事

第ニ十七条
右手ヲ切リ放シ右手甲ヲ掴ミ打面両手ニテ折リ返シ倒ス事

第ニ十八条
両手首ヲ掴ム事

第ニ十八条
右手首ヲ取リ転身関節ヲ小脇ニ押込ム事

第ニ十九条
対坐ノ敵ノ打面右手甲ヲ両手ニテ折リ倒ス事

第三十条
対坐ノ敵ノ右手甲ヲ取リ左ニ返シ水月ヲ突キ両手ニテ絞込ム事
 
 以上 坐取柔術六拾条



 秘伝奥儀之事(1)

第一条
右手ニテ横ヨリ打事

第一条
敵ノ手首ヲ内ヨリ左手ニテ掴ミ目カクシヲ打敵ノ右手ヲ左ニ下ゲ左足ヲ
敵ノ右ヨリ左ニ入敵ノ手首ヲ両手ニテ掴ミ頭上ニアゲテ右ノ足ヲ後へ引テ
投ル事

第ニ条
右肩ヲ左ノ手ニテ打事

第ニ条 取放シノ事
左手ニテ目カクシヲ打右手ニテ敵ノ臂ヲ打左ノ手ニテ敵ノ手首ノ上ヨリ上ゲ
右手ニテ水落ヲ突キ右ノ足ヲ敵ノ左ノ足ヨリ右ニ入レ敵ノ手首ヲ右ノ手ニテ
掴ミ直ス事

第三条
左ノ手ニテ敵ノ胸元ヲ捕フル事

第三条 取放シノ事
目カクシヲ打テ敵ノ手首ヲ左ノ手ニテ下ヨリ掴ミ右手ニテ横眼ヲ突キ
右ノ足ヲ敵ノ左ヨリ右ニ入レ肩ノ上ヲ越シ両手ヲ掛ケ臂ヲ張リテ投ル事

第四条
敵ノ両手ヲ掴ム事

第四条 取放シノ事
敵ノ右ノ大指ヲ左ノ手ニテ取リ敵ノ手首ヲ右手ニテ掛直シ右ノ足ニテ
敵ノ水落ヲ突キ押倒シ事

第五条
敵ノ右袖ヲ左ニテ掴ミ右ノ手ニテ敵ヲ打事

第五条 取放シノ事
敵ノ左手首ヲ左ニテ下ヨリ押へ左ノ足ヲ後ニ廻シ頭上ヲ越シテ投ル事

第六条
敵ノ右手ノ指二本ヲ押へ上ル事

第六条 取放シノ事
左手ニテ敵ノ大指ヲ掴ミ左足ヲ後ニ廻シアヲニ投ル事

第七条
後ヨリ敵ノ袂ヲ両手ニテ押ヘル事

第七条 取放シノ事
敵ノ右手首ヲ左手ニテ掴ミ左足ヲ敵ノ右ヨリ左ニ入レ身ヲシタニ頭上ヲ越シ
右ノ足ヲ後へ引キアヲニ投ル事

第八条
敵へ立向フ事

第八条 取放シノ事
右ノ手ニテ目カクシヲ打左ノ手ニテ敵ノ右手ノ甲ノ上ヨリ掴ミ右手ニテ
水落ヲ突キ右ノ足ヲ右ニ入頭上ヲ越シテ敵ノ後ノ右コムチニ付ケ下ル事

第九条
後ヨリ羽織ノ裾ヲ捕フル事

第九条 取放シノ事
敵ノ右ノ手首ヲ右手ニテ内ヨリ?ミ左ノ手ニテ胴脇ヲ突キ左ノ足ヲ右ニ入レ
身ヲシクミ頭上ヲ越シテ右ノ足ヲ引敵ノ右手ヲ右ニテ捻リナガラ人指シ指ヲ
喉首ノ右ノ方ヨリ差シアヲニ投ル事

第十条
袂ノ中ニ手ヲ入レタルモノヲ右手ニテ袂ノ手ヲ掴ミ左手ニテ敵ノ臂ヲ押ヘル事

第十条 取放シノ事
右ノ手ニテ敵ノ右手首ヲ掴ミ左足ヲ右ヨリ左ニ入レ身ヲシクミ頭上ヲ越シ
右足ヲ引キアヲニ投ゲ右ノ手ニテ水落ヲ打ツ事



 秘伝奥儀之事(2)

第十一条 
一人ノ人ヲ四人ニテ押ヘル事 
但シ 左右ノ腕ヲ二人ニテ押へ前一人ニテ胸元ヲ両手ニテ掴ミ
後一人ニテ後襟ヲ掴ミ放サザル事

第十一条 取放シノ事
左ノ足ヲ前ニ出シ左ノ敵ノ左手首ヲ右手ニテ上ヨリ掴ミ我身ノ左手ヲ放シ
其手ニテ右敵ノ右ノ手首ヲ下ヨリ掴ミムツチリ抱キシメ上ゲ身ヲ越シテ
左足ヲ前ニ引キ投ル事

第十ニ条
敵ノ傘ヲ上ヨリ下ニ手ヲ掛ケ押ヘル事

第十ニ条 取放シノ事
敵ノ右手首ヲ右手ニテ傘ノ手ノ外ヨリ内ノ方ヲ掴ミ傘ノ両手ニテ上ゲ
臂ヲ張リテ左ノ足ヲ敵ノ右ノ方ヨリ左ニ入レ肩ノ上ヲ越シテ投ル事

第十三条
左足ヲサシ敵ノ持チタル棒ヲ両手ニテ押ヘル事

第十三条 取放シノ事
敵ノ右手首ヲ左ノ手ニテ内ヨリ右手ニテ掴ミ持ツタル棒ヲ上ゲ頭上ヲ越シ
左足ヲ敵ノ後へ廻ハシ投ル事

第十四条
左足ヲサシ敵ノ持ツタル棒先ヲ両手ニテ掴ム事

第十四条 取放シノ事
敵ノ右手首ヲ左手ニテ掴ミ右ノ足ヲ敵ノ左ヨリ右ニ入左足ヲ後ニ引キ
持ツタル右手ヲ上ゲ頭上ヲ越シテアヲムキ投ル事

第十五条
脇指ノ柄ニ手ヲ掛ケ三寸鯉口ヲ切ル事

第十五条 取放シノ事
左手ニテ敵ノ手首ヲ掴ミ左足ヲ敵ノ前ニ出シ右手ニテ敵ノミケンヲ
鉄扇ニテ打其儘肩ヲクハヘ右手ニテ刀ノ柄ヲ押ヘ右足ヲ敵ノ後ニ入レ
身ヲ変ジテ投ル事

第十六条
指シタル刀ヲ敵ニ押ヘラルル事

第十六条 取放シノ事
左手ニテ鍔ヲ押ヘ左ノ足ヲ敵ノ右ヨリ左ニ入右手ニテ敵ノ右手首ヲ
内ヨリ掛ケ頭上ヲ越シ右ノ足ヲ引アオムキニ投ル事

第十七条
三人ニテアオニ臥セラルル事 
但シ 一人ハ胸元ヲ両手ニテ押ヘ二人ハ左右ノ両手ヲ両手ニテ押ヘ
放サザル事

第十七条
三人ニテアオニ臥セラレタルトキハ我体ヲ先ニ進メ右敵ノ左ノ手首ヲ
左手ニテ内ヨリ掴ミ真乗ノ敵ガ胸元ヲ掴ミシ間ニ左右ノ敵ノ手ヲ寄セ
膝ヲ添ヘテ前ニ投ル事

第十八条
敵前ニ立向ベシ事

第十八条
右手ニテ目カクシヲ打敵ノ右手首ヲ左手ニテ取リ右ニ返シ左足ヲ後へ
引キ右手ニテ再ビ打ツ事

  計 三拾六ヶ条


 月之抄          柳生十兵衛三厳

寛永三年拾月日、さることありて、若之御前ヲ退テ、私ならず山にわけ入ぬれば、みつから世をのか
るゝと人は云めれと、物うき山のすまひ、柴の庵りの風のみあれて、かけひならては、つゆ音ノウモノナ
シ、此世の外ハよそならし、侘ても至つれつれ、先祖の跡をたつね、兵法の道を学といへとも、習之心
持やすからす、殊更此比は自得一味あけて、名を付、習とせしかたはら多かりけれは、根本之習をも
ぬしぬしが得たる方に聞請テ、門弟たりといへとも、二人の覚は二理と成て理さたまらす、さるにより、
秀綱公より宗厳公、今宗矩公ノ目録ヲ取あつめ、ながれをうる其人々にとへは、かれは知り、かれは不
レ知、かれ知たるハ、則これに寄シ、かれ不レ知ハ又知たる方ニテ是をたつねて書し、聞つくし見つくし、
大形習の心持ならん事ヲよせて書附ハ、詞にハいひものへやせむ、身に得事やすからす。折ふし関東
へひとゝせくたりしに、夏の稽古はしまりける寛永拾四年五月初日より、秋終に至テ是を学、老父の相
伝一々書留テ此ヲ寄スル也、此左に寄シタル数々の習、重々ノ心持ヲ三ツにわけて、三つをひとつに
寄シテ予の得道とせり、然とも、向ふまたかくのことく我にひとしくあらん敵ニハ、勝負いかんとも心得か
たし、さるによって、おもふその至極を一巻ニ述る、老父に奉レ捧ハ父の云く、これ不レ残やき捨タラン
ニしくハあらしと也、尤至々極々せりと思ふ心は心のにこり成と得とくしてはあれとも、其にこりなき心を
自由に用得事かたいかな、于レ時沢庵大和尚へなけきたてまつり、一則のかふあん御しめしをうけ、
一心得道たらすといへとも、忝なくも御筆ヲくはへられ、父かいしんてんしんの秘術、事理一体、本分之
茲味ことことくつきたり、此ほとの予かむねの雲はれにけり

  尋行道のあるしやよるの杖 つくこそいらね月のいつれば

よつて此書を月の抄と名付ル也、ここに至テみれは、老父のいはれし一言、今許尊感心不レ浅也、
如レ此云ハ、我自由自在を得身に似り、サニハあらす、月としらは、やみにそ月はおもふへし、一首

  月よゝしよゝしと人のつけくれと またいてやらぬ山影のいほ

     寛永拾九壬午 二月吉辰筆ヲ染


 月之抄(2)          柳生十兵衛三厳

遠飛、面太刀なり
遠飛、猿廻、月影、山陰、浦波、浮舟、切甲、刀棒

三学
一刀両断、斬釘截鉄、半開半向、右旋左伝、長短一味
右の太刀のくだき三つづつこれ有り
老父云く、此の五ツは構えをして保つを専とするなり、待の心持ちなり
また云く、目付は二星、身の受用は五箇、三学、恩無邪の心持ち専なり

九箇
必勝、逆風、十太刀、和ト、睫径、小詰、大詰、八重垣、村雲
右の九ツは構えをしている者に、また構えをして先を仕掛け、打損じて二の目を勝つ稽古、残心の習
なり、これ老父の教えなり

天狗抄、太刀数八つ
花車明身、谷待、手引、乱剣、序破急
老父の云く、この太刀は構えを習いとして、これより切掛、序のうちにて表裏をもととして用いる太刀こ
れなり、是より敵の転変に随う心持ちあり、ふたつ具足打もの、二人相手にして勝つ心持ちを、此の内
にて秘事とするなり、皆太刀なり、此のほかに切られぬ構えを専として遣う太刀二つあり
私云、古流には、天狗の名を回録に書せる有りまま多し、老父はかくのごとし

極意之太刀、数六つ
添截乱截、無二剣
此の構え二つなり、敵添截を遣う時、仕掛けを無二剣にて勝つなり

活人剣
これより構えなくして仕掛けを先にして、敵のはたらきに随い、拍子あい、この心より出ずるなり、いず
れも序、截相を稽古して敵の様子を見ること是より始まるなり
私云、右の六つの太刀の外に八箇必勝口伝に有り、くだき重々これ在りと書入れたる亡父の目録有り



 月之抄(3)          柳生十兵衛三厳

二十七ヶ条之截相之事
序 上段三つ  中段三つ  下段三つ
右此ノ上段三つの仕様ハ、斬釘截鉄 大詰 無二剣これ三つなり
中段三つの仕様は、右旋 左転 臥切これ三つなり
下段三つの遣いようは、小詰 半開半向 獅子忿じん懸これ三つなりと
亡父の目録に書せるなり

破 上段三つ  中段三つ  下段三つ
此上段三つは刀棒に三つこれ在り
中段三つは切合に三つこれ在り
下段三つは折甲に三つこれ在りと亡父目録に有り

急  上段三つ  中段三つ  下段三つ
此上段三つは陰の拵を云う
中段三つは陽の拵を云う
下段三つは動く拵を云う也
仕様はいずれも一拍子なりと亡父の目録に有り

また云く
序 上段三 中段三 下段三 
破 上段三 中段三 下段三 
急 上中下ともにいずれも一拍子と書せる目録も有り

また云く
序 上段三 中段三 下段三 
破 刀棒三 切合三 折甲三 
急 上中下いずれも一拍子と書せる目録あり

また急付けたり上、中、下いずれも一拍子なりと書すも有り

老父云く、右の太刀を以って、二十七の截相を稽古すれば、大形これにて相済むなり、いずれも太刀
を遣うなり、この外に、向上 極意 神妙剣
古語に云わく、運二策於幃幄中一、決二勝於千里之外一、これ新陰流の極意これにて極まるなり
添截、乱截の構えをするものには、無二剣にて勝ち、それを活人剣にて勝ち、向上にて活人剣を勝ち
極意にて向上を勝ち、神妙剣にて極意を勝ちこれに極まるなり、上無き事を云わんために、神妙剣を
名付くるなり、是より兵法の心持ち皆一つに成り、一心のきはまりなり、けなげは申すに及ばず、一心
の心のはたらき、受用をするに一心なり、心の理りを分け、その理を知る事兵法の根本なり、然るに
よって心持の習いを専とす、習のいろいろ左の如し



 月之抄(4)          柳生十兵衛三厳

二星之目付之事
老父ノ云ク、敵ノこふし両のウテ也、此はたらきをえる事肝要也、亡父ノ目録ニハ二星、不断ノ目付
左右ノこふしと書セル也、私云、二星付り、色ト云心持アリ、是ハ、二星はアテ処ナリ、二星ノウコキヲ
色ト也、二星ヲミント思ふ心より、色々心付ク心第一ナリ、重々ノ心持、至極まて是を用ルナリ
老父かしら書ノ目録ニ二星付タリ不断用ルト書モアリ、亦云、二星敵モロテにて持時よしと書セル目
録もあり

遠山之目付之事
我太刀サキ何時も嶺の目付、敵の胸に心を付て打込むべし

紅曲之事
父云、二星之勤ヲ色ト云、曲にいろの付ク心持也、能々心ヲ付テ、動キニ我心ソミテくれなひのちしほ
ニそめよと也、心持面白し、分五郎流ニハ、紅葉之目付、観念大事ト秘する心持同意也、亦云、分五郎
流ノ紅葉観念と云ハ、我心ヲ敵に付しハ、近クよせぬもの也、よそよそしく或ハ向ふの山の紅葉なとを
見ル心ニテ仕掛レハ、近クよるニも敵心ヲ付さるヲ打テあとへ退ク也。サルニより、かたて太刀、センタ
ンノ打を用いルトいへり

大拍子小拍子 小拍子大拍子之事
父云、敵ノ目付の動きに随て速き事を小拍子と云、敵、こまかに切掛、拍子のとられざる所なり、対し
大拍子に勝つ、声をかけ、おふきく切を大拍子と云也
亡父云、小拍子ははやくこまかなる心を云、大拍子は仕懸けの心、大きにして軽き心なり

小太刀一尺五寸之外し之事
父云、我身左右の肩先一尺五寸のはじと定むる也、切に随て其身をはづせば、小太刀敵のくびへあ
たるものなり、三尺の太刀もおなじ也

残心之事
父云、勝たりとも打ちはづしたりとも、とりたりとも、ひくにも掛るにも、身にても、少も目付に油断なく心
を残し置事、第一也。亡父ノ録ニ理なし



 月之抄(5)          柳生十兵衛三厳

太刀間三尺之積り之事
父云、我が足先より敵の足先迄の間、三尺迄よる事を専とす、三尺の太刀にてはあたる也、三尺之内
の太刀にてはあたらぬもの也

風水の音をきく事
父云、此習は、三尺より前にては、いかにも心をしづめ、風の音も聞、水の流れ迄もたえだえ聞ほど
の心を付よといふ構持なり

十字手利見之事
十字也、古語ニ曰く、心は万鏡に隋て転ず、転ずる処実に能く幽なり、手裏見は手の内也

有無の拍子之事
父云、手裏剣也、見様也。目付之動かざる処を能みて、心懸れば、シユリケン之動き能みえるもの
なり、無を心がくるにより、有が能ゆるもの也、亡父ノ録ニ理なし

水月附其影之事、位を盗む心持之事
古語ニ曰く、心は水中の月に似、形は鏡の上の影の如し
父云。敵の身のたけ、我身のたけを、三尺の習のごとく積るなり

左足積り運び様之事
父云、詰べきト思ふ心アラバ、水月ヲ近ク積リ取ルべし、はづさんと思ふニハ水遠ク取たるよし、足ノ
はこびハ何時モ後の足ノ早くよせかくる事専也、当流ニハ、カラスザソクト云心ナリ、亡父ノ録ニハなに
ともなし、亦云、左足ハウキタツテカロキヨシ、はこびはいかにもしづかに、こあしなるよし、大形一尺バ
カリほどづヽ、ヒロヒアルク心也、下心はつミて上しづかなるにしくハなし



 月之抄(6)          柳生十兵衛三厳

神妙剣之事
古語曰く、心地含諸種 普雨悉皆萌 頓悟花情己 菩提果自成
老父云、中墨と云也、太刀のおさまる所なり、へそのまはり五寸四方なり、手字手利剣、水月、神妙剣、
此三つは人間の惣太体の積り、兵法之父母たり、此三つより心持種々に出る也、大形此三つに極るなり、
水月も是神よりの儀也、思ひつく心を月と定、神妙剣を鏡とする

歩之事
父云、水月ノ前ニテハ、いかにもしづかに心懸、アユミタルヨシ、水月ノ内ヘナリテハ、一左足早く心持
よし、亡父ノ録ニハあゆミの事、シヤウガアリト書セルアリ、亦云、アユミハ、はつミてかろき心持ナリ、
一アシノ心持専ナリ、千里ノカウモ、イッホヨリヲコルト云々、亦云、他流ニカラス左足、ねり足などと云ハ、
後ノ足をよせ、サキノ足ヲ早く出すためなり、惣別あゆミハこまかにして、とどまらぬ心持専也、ねり足と
云ハ、搆をして、ぢんぢりねりかかるヲ云也

間之拍子歩之事
老父ノ録ニ此儀無之、亡父ノ目録ニ在之、理りハ何ともなし、弥三ツイウ、歩ハ不断アル心持也、何心
モなくロクニシヅカなる事よしと宗厳公被仰シト語モアリ、云、何ノ心モなし、不断あるくあゆミハ、拍子ニ
あらすして拍子也、拍子ノ間ダ也、間ニは拍子なき所也、なき所拍子也、拍子なきとて拍子がちがへは、
けつまずくなり、なき所間の拍子、不断ノ歩也、こゝぞといふ時ハ、不断の様にあゆまれぬ也、心がはた
らかぬゆへと知べし

一理之事
父云、向構ハツク事、切ルよりも早く、ミヘニクキモノ也、然ル故ニ、ツク一つ心に思ひ入ハ、切事ハミ
へよき心也

病気ヲ去事、付リサル去ル所三つ
父云、立相テ敵ノかお、敵の太刀ヲミタク、ヲクスル心出ルモノ也、是ヲ病気ト云う、此三ツヲ去テ、シュ
リケンバカリニ心ヲ付ル事専也、亡父ノ目録ニ在之

一ニ去ル事
父曰、病気ノ内ヲ、動キ一つニサレト云事也、三つノ病ヲを去テ、手利剣一つニセヨト云コト也
習之数々ヲ思ふモ病なれハ、いつれも皆去テ一心ひとに至ル心持、一去真之位ナリ


真之捧心之事について一尺二寸
老父云、まづまづ四所の専に心懸るべし、敵の眼と、足と、身の内と、一尺二寸と、此四所にて知るる
もの也、心のゆく所へば目をやりたく、掛らんと思へば足出るべし、心に思ふすじあれば、身のふり常に
替り、みえるもの也、一尺二寸はもとよりはつする也、此れはつする所、五体の内にていづくにても捧心
と知べし



 月之抄(7)          柳生十兵衛三厳

西江水之事
引歌ニ、中々に里近くこそ成にけり あまりに山のおくをたすねて
父云、心をヲサムル所、腰より下ニ可得心、是専一トス、油断ノナキ事、草臥サルサキニ、捧心万ス
ニ心ヲ付ケサセンカタメナリ、油断ノ心アレハ、ナラサルモノ成り、其心持肝要也、夫ヲ忘サル事ヲ、心
ノ下作ト云也、三重五重モ油断ナク、勝タルト思ふへからす、打タルト思ふへからす、夫に随イ油断ナク
スル事肝要也、上泉武蔵守親ニテ、宗厳公之伝これより外ハナシ、此心之受用ヲ得テハ、師匠なし
と云ナリ、受用ヲ得テ、敵ヲウカヽイ懸ケ引キ、表裏アタラシク取ナシスルより外ハ是なし、是無上至極
の極意也、亡父ノ録ニ西江水之事、付心也、置所、シムル心持一段大事口伝ト書ル、引歌はま一のこ
とし、亦云、此西江水之習ニ、亡父ノ用ト、老父ノ用ニ替りタル差別アリ、亡父ノ用ハ、ケツヲスボムル也、
これ西江水ト号ス、老父ノ用ニハ、ケツヲハル也、これ西江水ト号ス、すぼめたるヨリハはりたる方身モ
手モクツロキテ自由ナル心アリト也、然レとも、是ハいつれニても、主々カ用エン方可然也、詞ハ替れと
も心之置所一つ也、心ヲ定テしつかなる時ハ、捧心能ミユルナリ、秘事至極ナリ、抑此習ハ、亡父年シ
老シテ体足心ならサルに、冬天ノ寒時ニ、外ニアルセッチンエ通ふに、山中之事なれハ、氷とけず、な
めト也テスヘリ、老父かなひがたけりけれども、通ふとて、たヲれんとせし時、此心持ヲ、得道して今此
西江水ト秘シテ、無上至極、極意ト号ス、此所に至レハ万事ハ一心トナリ、一心ハタ西江水一ツニ寄ス
所ナリ

真之活人剣之事
老父云、是レ新陰流之、タテハ也、ヲツトツテ、ひつさけたる構也、太刀之内ニも是アリ、新当流ニハ
下段之太刀ヲハ、殺人刀ト、コロシ不用也、陰之流ニハ、是ヲ活人剣トイカシテ用ル也、心ハ、構ヲ不用
ユエナリ、下段の活人剣ハ構ニアラデ、敵のハタラキニ随ヒ構トスルニより、殺人刀ヲ、陰ニハ活人剣ト
遣ナリ、上段、中段、下段、長キ、短キ共ニ構ノナキ所ヲ構とする心持真之活人剣也、構なくして、敵の
はたらきニ随テ構になす所、新陰之流之タテハ是也、不切、不取、勝ス、負ザル流也、是根源也、亡父
ノ録ニハ真之活人剣之事、付構ナキ心持一段大事根本也、口伝ニ有、不切、不負サル口伝、重々可
秘者也、ト書ル、亦云、当流ニハ所作ヲ捨テ、心ニアル本理ヲ構トスルナリ。構ハ不知トいへり



 月之抄(8)          柳生十兵衛三厳

先々之事 父曰、是勝所の極也、兵法之至極なり、習之数々も此に至らんためなり、此に至れば、習はいずれも
非なり、あしし口なり 
我が心を敵にして仕合すれば、はやくひ初めたる方、勝也、無理に仕掛て無理にかち、是も非も入らず、
初一念はやき方、センセン勝口也
をこる初一念を指目と云う也、心は念の本なれば、心がセン也、心先也、初一念はワザのセン也、よつ
て、センセン也。これ至極也、初一念、ワザの本也、初一念に、マのなき打を茂拍子と云也、心先を先性
と云心持有、心の至極と知るべし、空先と云も心なり、平常心なり、亡父ノ録ニ理なし
公方様沢庵大和尚へ御尋に、たつよりセンを取てゆくと思へども、せんのぬくるは何故ぞや、沢庵御請
に、思ひはじめたる心は替らねども、中にて物にとらるるなり、一本の木が末まで一本にてとおきとも、
枝葉有がごとし、習、からまれたるほどと云べし、たとへば、すぐに行人後から、左りを見るな、右を見る
な、すぐにゆけと云にとられて、すぐにゑゆかぬがごとし、はいはあかりへ出ん出んとして、しやうじなど
に行あたるなり、あたりたらば、後へかへらば、あかりへ出るを知らざるなり、仏法の上にも、本文々々と
斗思ふは、彼のはいのたとへを申也と云々

仕相之心持之事
父云、初メ一度二度ヲ専ら心得へし、むかしヨリ、サル事アリ、シナイニスミヲぬり、付タル方ヲ勝ト定メ、
ウタレテモ、シャウインセサリシトいへり、キヤウニジヤウツルトモ、数ヲセザレノイマシメナリ、心得ヘキ
ナリ、亡父ノ録ニ替儀なし

稽古之心持之事
父云、仕合ヲ重へからす、おしへヲまもり、ツゝシミヲ可得心
亦、初 中 後之けいこ至り、習ヲ知りテ、シロウトト仕合シテ稽古トすへし。初、中、後三段、習ヲ未極シテ
ハ無用也、稽古のびざるものナリ



 月之抄(9)          柳生十兵衛三厳

無刀取心持之事
父云、無刀ニテ無理リニ取ト云心ニテハナシ、万事無刀之心持ニアル心ヲ以テ、極意トセリ、偏ニ取
間敷ニモアラス、拾人シテハ六七人、拾度ニシテハ六七度ハ、取モセンモノ也、サレハ取リテ頼ニセン
モノカ、鑓ナリ、刀ナリ、不叶所ニテハ、取テミヨ、ヤラレンヨリハ、取ルへし

真実之無刀之事
父云、此心持ハ、手ぶりにてセンよりハ、何にても取り持テすへし、座敷ならハ、盃はちなになりとも、
すハと云時ハ、手に取、持合テ、取心持真実ノ無刀ト云也、諸道具ハあるにまかせよ、かたなナクシテ
不被切心持ヲ可知ト也、万事ヲ、無刀ト可心得、活人剣ノ心持ノ根本也、至極也。亡父ノ録ニ理なし、
亦云、此心得、亡父ノ自由也、陰ノ流ニモなし、亡父此かたの儀也、たとヘハ手ニハ長短とも、何ヲ持
モ無刀之心持にてすへし、此心持ヲ以、亡父ハ無刀流我か法ナリトいはれしと、老父かたりたまへし也、
無刀ノ心ニハ、太刀も鑓モ道具ハナクシテ、道具有也、是真実ノ無刀心持也、亦云、真実ノ無刀之事、
古語云ク、空手地鋤頭、歩行騎水、人従橋上過、橋流水不流。ト書にアリ、是は、秀忠公御稽古之時
分之目録ニアリ

師匠之心持之事
老云、ヨメガシウトニ成トイヘバ、これそ習ニスルト云儀モさしてあらす、諸事万法ニ入り、其心ヲ心ト
心にて、師弟ト成テ可知ト云々、サル人ノ云。我かゑたる所ハ、再々セルモノ也トいへり、父云、四つノ
ヲシヘアリ、主人ト子ト徳ト深キ執心ノ人ト、是四ツニハ不残可伝者也、其のくるゝ人ニ、ヲシヘヨト云バ、
ヨクニ似タレトモ、タカラヲ入テ習ぬれハ、アダニセザルナリ、ソツヂニモサヌモノ也、古今伝授モ黄金ヲ
ツム也、云、師道上手ノヲシヘハ、本ヲハつサザルト

三段一無ト云習之事
父云、稽古之心持也、三つツヽ三段ナリ、身手足自由ヲ得る、三学也、太刀構色々ハ三ヶ三見ナリ、
勝負亦三拍子ナリ、是ヲエル心三段ナリ、一とハ一見也、三段ヲ得テハ、三段モ一ツニ成ト也、無とハ
心ナリ、三段モつニ成、一つモ又無ト成り、無ハ心也、末ヨリ本へ入ルナリ、本より末に出レハ、序、破、
急習之数々也、本ハ唯一無ナリ、亡父ノ録ニ理なし

多敵ト仕合心持之事
亡父ノ録ニ理なし、老云、多セイニ無セイならぬ也、然レとも、知テとへ仕なしの心もある也、拾人きり
掛ルトモ、一方より追イ懸ケ、出タラン敵ヲ打テ取心持也、タセイモ、一人ト成仕懸心持専也



 兵法家伝書(1)          柳生但馬守宗矩

進履橋

三学に就き、又五ヶの習
一、身を一重になすべき事
一、敵の拳を我肩にくらぶべき事
一、我拳を楯につくべき事
一、左の肱を延ばすべき事
一、さきの膝に身をもたせ、あとの膝をのばすべき事

三学の初手、是はかまへ也 
初手を車輪と云ふ、是は太刀の構也、まはるを以て、車と名付けたり、脇構
也、左の肩をきらせて、きるに隋つて、まはりて勝つ也、ひきくかまゆべし、
惣別かまへは敵にきられぬ用心なり、城郭をかまへ、堀をほり、敵をよせぬ心
持也、敵をきるにはあらず、卒尓にしかけずして、手前をかまへて、敵にきら
れぬやうにすべし、故に先づ構をはじめとする也

   策を帷幄の中に運らして、勝つことを千里の外に決す
此句の心は、幕をうち、其中に居ながら様々のはかりごとをなして、千里の外
の敵に勝つと也、然れば、此句を兵法に簡要と用ゐる心は、我胸の内を帷幄の
中と心得べし、わが心のうちに油断もなく、敵のうごき、はたらきを見て、
様々に表裏をしかけ、敵の機を見るを、策を帷幄の中に運らすと心得べし、さ
てよく敵の機を見て、太刀にて勝つを、勝つことを千里の外に決すと心得べ
し、大軍を引きて合戦して勝つと、立相の兵法と、かはるべからず。太刀二つ
にて立相ひ、切合ひて勝つ心を以て、大軍の合戦にかち、大軍の合戦の心を
もって、立相の兵法に勝つべし、太刀さきの勝負は心にあり、心から手足をも
はたらかしたる物也

此一巻を進履橋と云ふ事は、張良、曾て石公に履をすゝめて、兵道を伝へて
後、張良がはかりごとにより、高祖天下を治め、漢家四百年を保ちし也、是に
よりて、其心を取りて進履橋と名付けたるなり、此一巻を橋となして兵法の道
をわたるべしと也



 兵法家伝書(2)          柳生但馬守宗矩

殺人刀

兵法は人をきるとばかりおもふは、ひがごと也、人をきるにはあらず、悪をろ
す也、一人の悪をころして、万人をいかすはかりごとなり

表裏は兵法の根本也、表裏とは略也、偽りを以て真を得也、表裏とはおもひな
がらも、しかくればのらずしてかなはぬ者也、わが表裏をしかくれば、敵がの
る也、のる者をばのらせて勝つべし、のらぬ者をば、のらぬよと見付る時は、
又こちらからしかけあり、然ば敵ののらぬも、のつたに成なり

懸とは、立ちあふやいなや、一念にかけてきびしく切つてかかり、先の太刀を
いれんとかかるを懸と云也、敵の心にありても我心にても、懸の心持は同事也
待とは、卒爾にきつてかからずして、敵のしかくる先を待つを云也、きびしく
用心して居るを待と心得べし、懸待は、かかると待つとの二也

身と太刀とに懸待の道理ある事
身をば敵にちかくふりかけて懸になし、太刀は待になして、身足手にて敵の
先をおびき出して、敵に先をさせて勝也、ここを以て、身足は懸に、太刀は
待也、身足を懸にするは、敵に先をさせむ為也

心と身とに懸待ある事
心をば待に、身をば懸にすべし、なぜなれば、心が懸なれば、はしり過て悪し
き程に、心をばひかえて待に持て、身を懸にして、敵に先をさせて勝べき也、
心が懸なれば、人をまづきらんとして負けをとる也、又の儀には、心を懸に、
身を待にとも心得也、なぜになれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にし
て太刀をば待にして、人に先をさするの心也、身と云は、即太刀を持手と心得
ればすむ也、然れば、心は懸に、身は待と云也、両意なれども、極る所は同じ
心也、とかく敵に先をさせて勝也

二目遣の事
待なる敵に、様々表裏をしかけて、敵のはたらきを見るに、みる様にして見
ず、見ぬようにして見て、間々に油断なく、一所に目ををかず、目をうつし
て、ちやくちやくと見る也、或詩にいはく、偸眼にして蜻?伯労を避くと云ふ
句あり、偸眼とは、ぬすみ見る事也、蜻?が伯労にとられじとて、伯労の方を
ぬすみ見に見て、飛びはたらく也、伯労とは、鵙の事也、敵のはたらきを、ち
やくちやくとぬすみ見に見て、油断無くはたらくべき也、猿楽の能に、二目つ
かひと云事あり、見て、やがて目をわきへうつす也、見とめぬ也

打ちにうたれよ、うたれて勝つ心持の事
人を一刀きる事はやすし、人にきられぬ事は成りがたき者也、人はきるとおも
ふてうちつけうとも、ままよ、身にあたらぬつもりを、とくと合点しておどろ
かず、敵にうたるる也、敵はあたるとおもふてうてども、つもりあればあたら
ぬ也、あたらぬ太刀は、死太刀也。そこをこちらから越してうつて勝つ也、敵
のする先ははづれて、われ返而先の太刀を敵へ入る也、一太刀打つてからは、
はや手はあげさせぬ也、打つてより、まうかうよとおもふたらば、二の太刀は
又敵に必うたるべし、爰にて油断して負也、うつた所に心がとまる故、敵にう
たれ、先の太刀を無にする也、うつたる所は、きれうときれまひと、まま、心
をとどむるな、二重、三重、猶四重、五重も打つべき也、敵にかほをもあげさ
せぬ也、勝事は、一太刀にて完る也

大拍子小拍子、小拍子大拍子の事
敵が大拍子にかまへて太刀をつかはば、我は小拍子につかふべし、敵小拍子な
らば、我は大拍子につかふべし、是も敵と拍子をあはせぬ様につかふ心得也、
拍子がのれば、敵の太刀がつかひよく成る也、たとへば、上手のうたひはのら
ずしてあひをゆく程に、下手鼓はうちかぬる也、上手のうたひに下手鼓、上手
の鼓にへたのうたひの様にうたひにくく、打ちにくき様に敵へしかくるを、大
拍子小拍子、小拍子大拍子と云也、下手のうたひは大拍子にながし、上手の鼓
が小拍子にかるくうたんとすれども、うたれざる也、又上手のうたひがかるく
うたへば、下手鼓がをくれて得うたざる也、上手の鳥さしは、さほを鳥に見
て、むかふから竿をぶらぶらとゆぶりもつて、つるつるとよつてさす也、鳥が
竿のぶらぶらする拍子にとられて、羽をふるひふるひたたんたたんとして、得
たたずしてささるるなり、敵と拍子ちがふ様にすべき也、拍子がちがへば、み
ぞもとばれずして、ふみこむ者也、か様の心持まで吟味すべき也

章歌の心付の事
まひもうたひも、しやうがしらずして、はやされまひ事也、兵法にも、章歌の
心もちあるべき事也、敵の太刀のはたらき如何様にあるぞ、何としたるさばき
ぞと、とくと見すへて、そこをしるが、舞うたひの章歌よく覚えたる心なる
し、敵のはたらき振舞よくしりたらば、こちのしかけ自由なるべし



 兵法家伝書(3)          柳生但馬守宗矩

殺人刀

風水の音をきく事
とにも角にも此道は、表裏を本として、様々に序を切かけ、色をしかけて、敵
に先手をさせて勝つ分別ばかり也、立あはぬさきは、敵は懸也と覚悟して油断
すべからず、下作専要也、敵懸也ともおもはずして、立相といなや、ほかと
急々にきびしく仕かけられてからは、わが平生の習も何の手も出ざる者也、立
あふてからは、心身足をば懸に、手をば待にする事簡要也、有をよく心にかけ
て見るべし、有を手にとれと云ふならひ是也、如何にもしづかに見ずば、太刀
の習も用に立つまじき也、風水の音をきくと云事、上は静に、下は気懸に持
つ也、風にこゑはなき物也、物にあたりてこゑを出す也、されば上を吹はしづ
か也、下にて木竹よろづの物にさはりて、その声さはがしく、いそがはしき
也、水も上より落つるには、声なし、物にさはり、下へおちつきて、下にてい
そがはしく声がする也、是をたとへに引きて、上は静に、下は気懸に持つと云
ふ也、うわつらには、如何にもしとりて、ふためかずして静に、内には気を懸
に油断無くもつたとへ也、身手足いそがはしきはあしし。懸持を内外にかけて
すべし、一方にかたまりたるはあしし、陰陽たがひにかはる心持を思惟すべ
し、動くは陽也、静なるは陰也、陰と陽とは、内外にかはりて、内に陽うご
けば、外は陰で静也、内陰なれば、うごひて外にあらはる、此の如く兵法に
も、内心に気をはたらかし、うごかし、油断なくして、外は又ふためかず、静
にする、是陽内にうごき、陰外に静なる、天理にかなふ也、又外きびしく懸な
れば、内心を外にとられぬやうに、内を静にして外懸なれば、外みだれざる
也、内外ともにうごけば、みだるる也、懸待、動静、内外をたがひにすべし、
水鳥の水にうかびて、上はしづかなれども、そこには水かきをつかふごとく
に、内心に油断なくして、此けいこつもりぬれば、内心外ともにうちとけて、
内外一つに成て、少しもさはりなし、此位に至る、是至々極々也

病気の事
かたんと一筋におもふも病也、兵法つかはむと一筋におもふも病也、習のたけ
を出さんと一筋におもふも病、かからんと一筋におもふも病也、またんとばか
りおもふも病也、病をさらんと一筋に、おもひかたまりたるも病也、何事も心
の一すじにとどまりたるを病とする也、此様々の病、皆心にあるなれば、此等
の病をさつて心を調ふる事也

病をさる初重
念に渉て無念、着に渉て無着、此心は、病をさらんとおもふは念也、心にある
病をさらんとおもふは、念に渉る也、又病と云ふも、一筋におもひつめたる
念也、病をさらんとおもふも念也、しかれば、念を以て念をさる也、念をさ
れば、無念也、ここを以て、念に渉つて無念と云ふ也、念に残りたる病を、念
を以てされば、後はさる念もさらるる念も共になくなる也、楔を以て楔を抜く
と云ふは、此事也、ぬけぬ楔を、又同じ楔を打こめば、くつろぎて楔がぬく
る也、ぬけぬ楔がぬくれば、後に打こみたる楔もあとには残らざる也、病気が
去れば、病気をさる念もあとには残らぬ程に、念に渉つて無念と云也

後重 
後重には、一向に病をさらんとおもふ心のなきが病をさる也、さらんとおもふ
が病気也、病気にまかせて、病気のうちに交て居るが、病気をさつたる也、病
気をさらんとおもふは、病のさらずして心にある故なり、しからば、一円病気
がさらずして、する程の事、おもふ程の事が着してする事に、勝利あるべか
らず、いかんか心得可きぞや。こたへて云く、初重、後重と、二たてたるは此
用也、初重の心持を修行して修行積ぬれば、着をさらんとおもはずして、ひと
り着がはなるる也、病気と云ふは、着也。仏法にふかく着をきらふ也、着をは
なれたる僧は、俗塵にまじりてもそまず、何事をなすも自由にして、とどまる
所かなひ者也、諸道の達者、其わざわざの上に付て着がはなれずば、名人とは
いはるまじき也、みがかざる玖は塵ほこりがつく也、みがきぬきたる玉は、泥
中に入てもけがれぬ也、修行をもつて、心の玉をみがきてけがれにそまぬやう
にして、病にまかせて心をすてきって、行き度き様にやるべき也



 兵法家伝書(4)          柳生但馬守宗矩

 僧古徳ニ問ふ、如何なるか是れ道。古徳答へて曰く、平常心是れ道
右の話、諸道に通じたる道理也、道とは何たる事を云ふぞととへば、常の心を
道と云ふ也とこたへられたり。実に至極の事也。心の病皆さつて、常の心に
成て、病と交りて病なき位也、世法の上に引合ていはば、弓射る時に、弓入る
とおもふ心あらば、弓前みだれて定まるべからず、太刀つかふ時、太刀つかふ
心あらば、太刀先定まるべからず、物を書く時、物かく心あらば筆定まるべか
らす、琴を引とも、琴をひく心あらば、曲乱るべし、弓射る人は、弓射る心を
わすれて、何事もせざる時の常の心にて弓を射ば、弓定まるべし、太刀つか
ふも、馬にのるも、太刀つかはず、馬のらず、物かかず、琴ひかず、一切や
めて、何もなす事なき常の心にて、よろずをする時、よろずの事、難なくする
するとゆく也、道とて何にても、一筋是ぞとて胸にをかば、道にあらず、胸に
何事もなき人が道者也、胸には何事もなくして、又何事成共なせば、やすやす
と成る也、鏡の常にすんで、何のかたちもなき故に、むかふ物のかたち、何に
てもうつりて明らかなるるがごとし、道者の胸のうちは、鏡のごとくにして、
何もなくして明なる故に、無心にして一切の事一もかく事なし、是只平常心
也、此平常心をもつて一切の事をなす人、是を名人と云也

 中峰和尚云く、放心の心を具せよ
右之語に付て、初重、後重あり、心を放ちかけてやれば、行さきにとどまる
程に、心をとどめぬ様に、あとへちやくちやくとかへしかへせと教ゆるは初重
の修行也、一太刀うつて、うつた所に心のとどまるを、わが身へもとめかへせ
と教ゆる也、後重には、心を放ちかけて、行き度き様へやれと也、はなしかけ
てやりても、とまらぬ心になして、心を放すなり、放心心を具せよとは、心を
放すこころをもて、心を綱を付けて常に引きて居ては、不自由なぞ、放しかけ
てやりても、とまらぬ心を放心心と云ふ、此放心心を具すれば、自由がはたら
かるる也、綱をとらへて居ては不自由也、犬猫も、はなしがひこそよけれ、つ
なぎ猫、つなぎ犬は、かはれぬ物也、儒書をよむ人、敬の字にとどまりて、是
を向状ともふて、一生を敬の字にてすます程に、心をつなぎ猫の様にする也、
仏法にも敬の字なきにあらず、経に一心不乱と説き給ふ、是即ち敬の字にあた
るべし、心を一事にをきて、余方へは乱さざる也、勿論、敬つて白す夫れ仏
と者、と唱ふる所あり、敬礼とて仏像にむかひ、一心敬礼と云ふ、皆敬の字の
意趣たがはず、然れ共是は、一切に付けて心のみだるるを治むるの方便也、よ
く治りたる心は、治むる方便を用ゐざる也、口に大聖不動と唱へ、身をただし
くして合掌して、意に不動のすがたを観ず、此時、身口意の三業平等にして、
一心みだれず、是を三蜜平等と云ふ、即ち敬の字の意趣に同じ。敬は即ち本心
の徳にかなふ也、然れども行ふ間の心なり、合掌をはなち、仏名をとなへやみ
ぬれば、心の仏像ものきぬ、更に又もとの散乱の心也、始終治りたる心にはあ
らず、心をよく一度おさめ得たる人は、身口意の三業を浄めず、塵にまじはり
てけがれず、終日うごけどもうごかず、千波万波したがひうごけども、そこの
月のうごく事なきがごとく也、是仏法の至極せる人の境界也、法の師の示しを
うけて爰に記す者也



 兵法家伝書(5)          柳生但馬守宗矩

 活人剣

百様の構あり共、唯一つに勝つ事、右きはまる所は、手字種利剣、是也

水月 附 其影の事
右、敵と我との間に、凡何尺あれば、敵の太刀我身にあたらぬと云ふつもりあ
りて、其尺をへだてて兵法をつかふ、此尺のうちへ踏入り、ぬすみこみ、敵に
近付くを、月の水に影をさすにたとへて、水月と云ふ也、心に水月の場を、立
あはぬ以前におもひまうけて立あふべし、尺の事は口伝すべし

水月、神妙剣、病気、身手足、此四の分別
一、水月は、立合の場の座取也
一、神妙剣は、身の内の座取也 
一、身手足は、敵のはたらきを見る、我身のはたらき 
一、去病は、手利剣を見む為也

右、然れば、極る所は手利剣の有無を見る事専一なり、四は大体也、病をさ
る、手利剣見む為也、病さらざれば必ず病にとられて、見そこなふ也、見そこ
なへば負也、病とは、心の病也、心の病とは心のそこそこにとどまるを云ふ
也、心を一太刀うつた所にとどめぬ様にすべし、心をすててすてぬ也、敵のか
まへ、太刀先き、我が方へむかはば、あぐる所につけてうつべし、敵をうつと
おもうて、我身をうたすべし、敵が我をうちさへすれば、敵をばうつた物也

水月の場をとれ、それより心持を専にすべし、われ場をとらんとするに、敵す
でに先づ場を取たらば、それをわがにすべし、つもりさへちがはねば、敵がよ
つて五尺も、わがよつて五尺も、敵と我との間の尺は同じ事也、人が場をとり
たらば、とらせて置がよき也、場をとるとかたまりたるはあしし、身をうきや
かに持つべし、足ぶみも、身のあてがひも、神妙剣の座にはづれぬ様にすべ
し、立あはぬさきから、此心がけわするべからず

   心は水の中に似たり、形は鏡の影の如し
右の句を兵法に取用ゐる心持は、水には月のかげをやどすも物也、鏡には身の
かげをやどす物也、人の心の物にうつる事は、月の水にうつるがごとく也、い
かにもすみやかにうつる物也、神妙剣の座を水にたとへ、わが心を月にたと
へ、心を神妙剣の座にうつすべし、心がうつれば、身が神妙剣の座へうつる
也、心がゆけば、身がゆく也、心に身はしたがふ物也、又、鏡をば神妙剣の座
にたとへ、わが身を影のごとくに、神妙剣の座へうつせと云ふ心に、此句を用
ゐる也、手足を神妙剣の座にはづすなと云ふ義也、月の水にかげをうつすは、
いかにもすみやかなる物也、はるばる高き天にあれども、雲がのくといなや、
はや水にかげがさす也、高天からそろそろと連々にくだりてうつる物にあら
ず、目まぢ一つせぬうちに、はやうつる也、人の心の物にうつる事、月の水に
移るがごとく、すみやかなと云ふたとへなり、意の速かなること水月鏡像の如
しと云ふ経文も、月が水に移りて、さだかにあれども、水の底をさぐれば、月
はないと云ふ儀理にはあらず、ただとをき天の上から、間なくそのままうつる
と云ふ心也、鏡にうつるかたちも、何にても物がむかふとはやうつる也、すみ
やかなど云ふたとへなり、人の心の物にうつる事、此の如き也、目まぢする
間に、大唐までも心はゆく也、とろとろまどろみ入るよとおもへば、千里の外
の古郷へも夢は行く也、か様に心のうつりゆく事を、水月鏡像にたとへて、仏
は説き給ふと也、経は呉音に読む程に、水月とよむと也

右の句を、又兵法の水月にあてても同じ事也、我が心を月のごとく場へうつす
べし、心がゆけば身がゆく程に、立あふてより、鏡にかげのうつる如く、場へ
身をうつすべし、下作りに、かねて心をやらねば、身がゆかぬ也、場にては
水月、身には神妙剣也、いづれも、身足手を移す心持は同じ事也



 兵法家伝書(6)          柳生但馬守宗矩

 無刀之巻

無刀とて、必しも人の刀をとらずしてかなはぬと云ふ儀にあらず、又刀取て
見せて是を名誉にせんにてもなし、我が刀なき時、人にきられじとの無刀也、
いで取て見せるなどと云事を、本意とするにあらず、とられじとするを、是非
とらんとするにはあらず、取られじとするをば、とらぬも無刀也、とられじと
られじとする人は、きらふ事をばわすれて、とられまいとばかりする程に、人
を切ル事ばなるまじき也、我はきられぬを勝とする也、人の刀を取るを、芸と
する道にてはなし、われ刀なき時に人にきられまじき用の習也

無刀と云は、人の刀を取る芸にはあらず、諸道具を自由につかわんが為也、刀
なくして人の刀をとりてさへ、我が刀とするならば、何か我が手に持て用にた
たざらん、扇を持てなりとも、人の刀に勝べし、無刀は此懸りなり、かたなも
たずして、竹杖ついて行く時、人寸のながき刀をひんぬいてかかる時、竹杖に
あしらひても、人の刀を取り若し又必ずとらずとも、おさへてきられぬが勝
也、此心持を本意と思ふべし

無刀は取る用にてもなし、人をきらんにてもなし、敵から是非きらんとせば、
取るべき也、取る事をはじめより本意とはせざる也、よくつもりを心得んが
為也、敵と我が身の間何程あれば太刀があたらぬと云事を、つもりしる也、あ
たらぬつもりをよくしれば、敵の打太刀におそれず、身にあたる時は、あたる
分別のはたらきあり、無刀は刀の我が身にあたらざる程にはとる事ならぬ也、
太刀の我が身にあたる座にて取る也、きられてとるべし

無刀は人に刀をもたせ、我は手を道具にして、仕合をするつもり也、しかれば
刀は長く手はみぢかし、敵の身ぢかくよりて、きらるる程にあらずば、成間
敷也、敵の太刀と我が手としあふ分別すべきにや、さあれば、敵の刀は我が身
より外へゆきこして、われは敵の太刀の柄の下になりてひらきて、太刀をおそ
ふべき心あてなるべきにや、時にあたつて、一様にかたまるべからず、いづれ
も身によりそはずば、とられまじき也

無刀は当流に是を専一の秘事とする也、身構へ、太刀構へ、場の位遠近、う
ごき、はたらき、つけ、かけ、表裏、悉皆無刀のつもりより出る故に、是簡要
の眼也



 兵法家伝書(7)          柳生但馬守宗矩

大機大用、用を用とよむべし、物の体用の時、用とよむべし、物ごとに体用と
云事あり、体があれば、用がある者也、たとへば弓は体なり、ひくぞ、いる
ぞ、あたるぞと云は、弓の用也、灯は体なり、ひかりは用也、水は体也、うる
ほひは水の用なり、梅は体なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は体也、きるつく
は用也、しかれば機は体也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用
と云也、しかれば機は体也、機から外へあらはれ、匂ひをはつするごとくに、
機内にありて、其用外にはたらき、つけ、かけ、表裏、懸待、様々の色をしか
けなどする事、内に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申


大とはほむる言葉也、大明神、大権現、大菩薩などと云も、大は褒美の言葉
也、大機なる故に、大用があらはるる也、禅僧の自由自在に身をはたらかし、
何事をいふも、何事をするも、皆道理にかなふて理に通ずる、是を大神通と
云、大機大用と云也、神通神変と云て、別に虚空から鬼神がくだりて、不思議
をなすなどと云を、神変とはいはず、何事をするも、自由自在をはたらくを
云也、数々の太刀構へ、表裏偽り諸道具のさばき、飛上りとびさがり、手にや
いばをとり、足に蹴おとし、様々にはたらき、習の外に自在を得事を大用と
云也、常々内に機を見せざれば、大用あらはれまじき也

座敷になをるとも上を先見、左右を見て、上より自然落る物あらば心懸け、戸
障子のきはになをるとも、ころびかせんと心懸け、門戸出入とも出入に付て心
をすてず、常々心にかくる、是皆機なり、此機常に内にある故に、自然の時、
きどくの早速が出合是大用と云、しかれども此機がいまだ熟せざる時は、用が
あらはれぬ也、万の道に心懸がつもる功がかさなれば、機が熟して大用がはつ
する也、機がこり堅り居たれば、用がなき也、熟すれば全身全体にのびひろ
ごり、手にも足にも耳にもその所々にて、大用がはつする也、此大機大用の人
に逢ては、習のたけをつかふ兵法は手を上る事もならぬ物也。見づめなどと云
事もなるべき儀也、大機の人の目にて、にらみたらば、そのまなざしに心をと
られて、太刀をぬく手わすれて、ただあるべし、めまぢ一つする程也とも、お
くれたらば、はや負を取るべし、猫がにらめばねずみが空よりおつる者也、猫
の眼ざしに気をとられて、ふむ足をも忘れておつる者也、大機の人に逢て鼠の
猫に逢たるごとく也

禅句に大用現前軌則を存せずと云、現前とは、大機の人の大用が前にあらはる
ると云義也、此大機大用の人は、そつとも習ひ法符にかかはらぬを、軌則を存
せずと云也、軌則とは、習ひ法符法度の事也、万つの道に、習法符法度と云事
有也、至極の人は、はらりとそれをはなるる也、自由自在をする也、法の外に
自在する是を大機大用の人と云也、機と云は、内に油断なく、物ごとにおもひ
まふけて居るを云也、しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたま
りて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功
をつめば、機が熟して、我が躰にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也

機とは、即気也、座によつて機と云、心は奥なり、気は口なり、枢機とて、戸
のくるる也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、気は戸口に
居て心を主人として、外へはたらく也、心の善悪にわかるは、此機が、外へ出
て善に行くも、此機によりて分るる也、戸口にきつとひかへ、たもちたる気を
機と云也、人枢を明て外にて、悪をするも、善をするも、神変神通をはたら
けば、外へ出て大用があらはるる也、何れも気と心得ては、ちがわぬ也、その
有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづ
くを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも
云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも
云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也



 兵法家伝書(8)          柳生但馬守宗矩

  摩拏羅尊者の偈に云く、心は万鏡に隋て転ず、転ずる処実に能く幽なり
右の偈は参学に秘する事也、兵法此意が簡要なる故に引合て爰に之を記す、参
学せざる人はとくと心得がたかるべし、萬境とは、兵法ならば敵の数々のはた
らき也、其一つ一つのはたらきに心がてんする也、縦へば敵が太刀をふりあぐ
れば、其太刀に心が転じ、右へまわせば右に心がてんじ、左へまわせば左へ転
ずる、是を万鏡に隋て転ずとは云也、転ずる処実に能く幽なりと云ふ所が兵法
の眼なり、其所に心が跡を残さずして、こぎ行舟の跡しら波と云ごとく、あと
はきへて、さきへ転じ、そつともとまらぬ処を転ずる処実に能く幽なりと心得
べし、幽なりとはかすかに見へぬ事也、心をそこそこにとどめぬと云儀也、心
が一処にとどまりたらば、兵法に負べき也、転ずる所に残たらば散々なり、心
は色も形もなければ、目に元より見へぬ物なれども、着してとどまれば、心が
其まま見ゆる者也、たとへば、しらぎぬのごとく也、紅をうつしとむれば紅に
なり、紫を移せば、むらさきの色に成者也、人の心も、物にうつせば、あらわ
れ見ゆる也、兒若衆に心をうつせば、やがて人が見しる也、おもひ内にあれ
ば、色外にあらはるる也、敵のはたらきをば、能く見て底心を留れば、兵法に
まくべき也、心をとむなと云事に此偈を引用る也、下の二句は略して之を記
さず、参学して全篇はしるべし、兵法は上の二句にてすむ事也

兵法の仏法にかなひ、禅に通ずる事多し、中に殊更着をきらひ、毎物にとどま
る事をきらふ尤も是親切の所也、とどまらぬ処を簡要とする也、江口の遊女の
西行法師の歌に答へし歌

   家を出る人としきけばかりの宿に 心とむなとおもふばかりぞ

兵法に此歌の下の句をふかく吟味して、しからんか、如何様の秘伝を得て手を
遣ふとも、其手に心がとどまらば兵法は負べし、敵のはたらきにも、我手前
にも、きつてもついても其所々にとどまらぬ、心の稽古専用也

   龍清和尚、衆に示して云く、是柱を見ず、非柱柱を見ず、是非巳に去り
了つて、是非裏に薦取せよ
此話を万の道におもひあて、爰に記置者也、是柱非柱とは是非が柱の立たご
とく、是非善悪がむねの内にきつと立てある也、是さへ胸に置事ははつたとい
やなるに、非な事ならば、猶々いやなり、さる程に柱を見ずと云也、是非の柱
を見るなと云儀也、此是非善悪が心の病也、此病が心を去らねば何事をなすと
もよからざる也、さるによつて是非のうつにまじはりて居よ、是非のうちより
至極の位に薦み登れと云儀也、仏法に達したりとも、是非をはなれたる眼、誠
に有り難き事也

   法尚応捨何況非法 
此文の心は、法とは真実の正法也、正法也とも、一度さとり終りては、心にと
むべからず、法尚応レ捨と也正法さへ悟て後是を胸にとどめず、胸の塵也、何
況非法をやと也。正法さへ捨べし、いわむや非法ならば、是を胸に置べからず
といへる也、一切の道理を見おはりて、皆胸にとどめず、はらりはらりとすて
て胸を空虚になして、平生の何となき心にて、所作をなす此位にいたらずば、
兵法の名人とは言い難き也、兵法は我が家の事なれば、さして兵法と申也、弓
射るに弓射る心がのかずば、弓の病也唯常の心に成て、太刀を遣ひ弓を射ば、
弓に難なく、太刀自由なるべし、何事にもおどろかず、常の心よろづによし、
平生の心を失ひて、何にても、其事をいはんとおもはば声ふるふべし、常の心
を失ひて人の前にて物を書ならば、手ふるふべし、常の心とは、胸に何事も残
さず置かず跡をはらりはらりとすて、胸が空虚になれば、常の心なり、儒書を
読む人此虚心の道理を不レ心得してひとへに敬の字の儀に落る也、敬の字心は
至極向上にはあらず、階の一二段にある修業也とぞ



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