いや、ワールドカップだよ。
ホームズ。
 
 

ワールドカップだよ。
由緒正しいイングランド人の
我々にとってはぜひとも
イングランド代表に
優勝してもらいたいものだね。

まったくだな。

 
 

そしてあの
紫紺の大優勝写真入り絵皿を
このブリテン島に
持ち帰ってほしいものだな。

写真入り絵皿?
ワールドカップでもらえるのは
ワールドカップのトロフィー
じゃないのかい?
 
 

ははは、最近は君のように
英語を知らないやからが
このイングランドにも増えてきたようだ。
いいかい?たしかにカップだけだと
トロフィーや杯の意味だけどもね、
前にワールドがつくと写真入り絵皿の
意味になるんだよ。
君も知っておきたまえ。

はー。
そういうものだったのか。

 
 

はっはっは。
君も三流出版社の辞書を
使っていないで
このワズナイチの辞書に
乗り換えることをおすすめするよ。

嫌だ!  
 

何ィ!?

あの、そろそろよろしいでしょうか。  
 

なんだね、この
体から緑色の液体を出している
ちびっちゃいうすらハゲな男は。

ヘンリー・バスカヴィル卿の
執事だよ、
前回のことをもう忘れたのかい?
 
 

ああ、あれか、
なにしろボクは有益でないことを
すぐ忘れるタチでね。

そんなことでは
この話自体成立しないよ。
 
 

まあおかけなさい。
そんな緑色の液体を出してないで。
ヘンリー・バスカヴィル卿が
殺害されたそうですね。

ええ、あなたが話を
聞いてくれないうちに。
 
 

まあそんな
つまらないことはどうでもいいんです。
ヘンリー・バスカヴィル卿が
殺害された状況はどうなっているんだい、
レストレード君。

はい、レストレード君でーす。
あのですねえ、バスカヴィル家には
一つ奇怪な伝説があったのですよ。
当主になったものは犬にかみ殺されると言う…。
 
 

ああ、その伝説なら
美容院でパーマをかけている時に
見た女性週刊誌にのっていたね。

そうなんですよ。
で、例によって三年前に先代がかみ殺されまして、
後を継いだのがヘンリー・バスカヴィル卿なんです。
 
 

ヘンリー・バスカヴィル卿は
そんなわけで伝説を
たいへん気に病んで
いらっしゃったんです。
それで、一週間前に…。

一週間前に何が起こったんですか?  
 

わかった!
ドッグフードメーカーの
CMキャラクターに起用されたんだ!

ヘンリー・バスカヴィル卿あてに
恐ろしい脅迫状が届いたのです。
「一週間後の満月の夜、
お前にもバスカヴィルの呪いが
降りかかるであろう…。 」
 
 

犬、まっしぐら!

やかましい!  
 

それで今日になって
ヘンリー・バスカヴィル卿の死体が
屋敷で
発見されたというわけなんですよ。

ふーむ、
やっぱり犬に食い殺されたのかい?
 
 

犬、まっしぐらっ!

ああっ…
ヘンリー・バスカヴィル卿は
喉笛を食い破られて見るも無残な…
うう…。
 
 

君の状況も
ずいぶん無残なような
気がするが。

それだけならまだしも
さらにもう一つの喉笛と
左足の喉笛と
最後の喉笛まで。
 
 

えらく喉笛の多い人間だね。
ヘンリー・バスカヴィル卿は。

そんなことを言ってる場合じゃないだろう。
ヘンリー・バスカヴィル卿は
脅迫状どおり犬に食い殺されたんだよ。
ホームズ、これはただの伝説だけとは
言い切れないよ!
 
 

うーむ。そのとおりだ。
これは事件のにおいがするよ。
しかもただならぬ匂いだ。
すぐヘンリー・バスカヴィル卿の
屋敷に行くよ!

ありがとうございます。
ホームズさん。
 
 

で、交通経費だがね、
バスカヴィル家の屋敷のある
ショスフリーまでの汽車、
もちろん一等客車で、
それとむこうでの滞在費、
それと汽車の中での暇つぶしに
極上の冷凍みかんを頼むよ、
執事さん!

あのう、それは依頼料とは…。  
 
もちろん別だ!
それじゃさっそく行きましょう。
あ、執事さん、 我々警察も同行いたしますので
あと12人分お願いしますよ、列車と宿舎の手配。
 
 

け、警察まで
なんで我がバスカヴィル家が
面倒を見なければならないんですかっ!?

それは仕方ないさ。
そもそも名誉革命以降
貴族階級はジェントリー(郷紳)層の
発達に世って徐々に勢力を抑えられていく運命なのだよ。
近代的資本家に転身していかなかった貴族や領主は
国家によって収奪される存在に過ぎないのさ。
 
 

どうでもいいよ、そんな事。

なんだとこのヒゲ。  
 

うるせえよバーカ。

とたとたとた。
ホームズさんホームズさん、
お出かけですか?
ホームズさんホームズさん。
 
 

ああ、ハドスン夫人。
そうなんだよ、一週間ほど…
いやホテル次第で
一ヶ月ほど留守にするので
その間よろしくお願いしますよ。

……。  
 

そうですかそうですか。
お弁当は持っていかれませんか?

ああ、そうだね。
じゃあにぎりパンを6つほど
作ってもらおうか。
 
 

に、握りパン?

そうだよ、行楽の弁当は
握りパンに決まっているじゃないか!
 
 

握りパンって…
パンを握るのかい?

当たり前じゃないか!
そしてそのパンの中にローストビーフや
プラムプディングやフィッシュ&チップスを入れるんだ!
それをタイムズ紙で巻いて
食うのがイギリスの行楽弁当だ!

 
 

そ、そんなの食った事あるのか、
ホームズ…。

…レストレード君、君は食った事あるのかね。

 
 

はい!

ほうら見たまえっ!
伝統的でトラディショナルな
イギリス人は、行楽には握りパンだ!
君のほうがどうかしている!
 
 

そ、そうだったのか…。
うちはめずらしい家庭だったんだな…。

まったくもって君の常識はずれには
恐れ入るよ。
イギリス各地をまわったことで高名な
ネイキッド・ジェネラルこと
マウントアンダー将軍の伝説も
知らないようだね。
彼の好物も握りパンだったのだよ!
 
 

そうなのか…。
そのマウントアンダー将軍も
知らないなあ…。

まったく持って君は
物知らずだな。
王立ネイムマン劇場の
アッシャーの芝居を見ることを
おすすめするよ。
彼の芝居は実にすばらしいからね。

 
 

嫌だ!

なにいッ!?  
 

とたとたとた。
ホームズさん、ホームズさん。
お弁当ができましたよ。
ホームズさん。

おお、ごくろうさま、ハドスン夫人。
…これはまたよく握ったねえ…。
 
 

どうぞ一つ味見してください
ホームズさん。

そ、そうですか。
じゃ、じゃあ遠慮なく…
…ガリ…
…ガリ…
…ガリ…
 
 

…まずいだろう?
ホームズ。

……………………………………
…まずいねえ………………………。
 

 

嫌だろうけどまだまだ続くよ!つづきへ

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