いやあ長かった夏も
ようやく終わったな、ホームズ。
 
  

まったくだ。
クーラーでヒートアイランド現象を
巻き起こしている現代社会と違って
この19世紀の大英帝国には
クーラーなどないからな。
暑いったらない。

だけどクーラーの使いすぎは
地球温暖化の
一因ともなっているという話じゃないか。

 
 

はっはっは。みんな深刻に考えすぎだね。
いいかい?地球温暖化というから
なんだか悪いことのように感じるんだ。
こんなものはちょっとした気の持ちようで
いいとも悪いともなるものなのさ。

気の持ちよう?  

たとえば、「温暖化」を
「ほかほか化」と言いかえてみるんだ。
「地球ほかほか化」。
どうだい、なんだか心が休まる気が
しないかい?

まったくしないよ。

 

「地球ポッカポ化」というのも
いいかもしれないな。うん。

まだ暑さで脳が煮えたぎってる
ようだな。
 

そんなことはないさ。
すっかり涼しくていい気候なのだよ。
初秋というのはもっとも快適な気候だと
ボクは思うね。
いますぐ野や山に出かけていって
初秋の空気を満喫したいものだよ。
…………………。

……………。  

このくそいまいましいギプスさえ
なければなっ!!!!

バシッ!
 

ええいっ!この足めっ!足めっ!
事故から一ヶ月もたったというのに
なぜ治らんのだっ!
このアホ足! アホ足! アホ足!
(ばしっ!ばしっ!ばしっ!)

そうやってステッキで
日夜、けがした足をたたいているから
治らないんだよ、アホホームズ。
 
   

ええぃっ!
あのヒゲやつぶれ執事が治ったというのにっ!
ヒゲかっ!治るにはヒゲを生やせと
いうのかっ!
イヤだっ!それだけは絶対にイヤだっ!
イヤっ!イヤっ!イヤっ!
(びしっ!ばしっ!びしっ!)

別の医者にみてもらったほうが
いいんじゃないか。
精神科とか。
 
 

はっはっは、心配してくれなくても
ボクはいたって平静だよ。
だが、こうしている間にも
あのモリアーティ教授がバスカヴィル家で
何かよからぬ動きをしているのではないかと
それが心配なだけだよ。

ああそうそう、
僕らはバスカヴィル家の事件を
解決しに行っていたんだっけね。

 
 

忘れてもらっては困るよ、ワトスン君。
あの悪の天才モリアーティ教授が
このすきを見逃すわけがない、
きっと新たな計画をおしすすめているに
違いないんだっ!

こんばんはーっ!
検温の時間でーっす!

 
 

うぬうっ!
その異常に白い肌、ルビーを埋め込んだ
ループタイ、甘樫の杖!
そして邪悪のかたまりのような金色の眼!
お前は、モリアーティ教授だっ!!

ふっふっふ…
よく気づいたなホームズ君。
そのとおり、私が、モリアーティ教授だ。
はい体温計。
 
 

モリアーティ教授!
どうもギプスの中の足が
かゆいんだがっ!


ふっふっふ…
その時にはこの細い棒を
使うとよいだろう…。
 
 

うぬうっ!
かける!かけるぞ!
かゆいところがかける!
まさにかゆいところに手が届くようだっ!
おのれモリアーティ教授っ!

ふっふっふ、熱は平熱のようだが、
最近は朝晩が涼しくなってきたので
寝冷えに気をつけたまえ!
さらばだホームズ君!
 
 

まてっ!
お前の思い通りにはさせないぞ!
モリアーティ教授ーっ!!

…疲れないか?
毎日毎日それやって。
 
 

くそう…一刻も早く
けがを治さないと大変なことに…。
治れ!治れっ!治れっ!!
(びしっ!ばしっ!ばししっ!)

…。
痛くないか、それ。
 
 

痛いっ!だがこれくらいの痛みに
負けていては真の、真の治癒は
やってこないっ!
はうっ!あうっ!だうっ!
(びしっ!ばずっ!だすっ!)

なんだか本当にやばい感じだな。
精神科の専門家を呼んだほうが
いいようだね。
 
 

はっはっは、ワトスン君。
君は確かに西洋医学の
医者かもしれないが、
東洋の医学には詳しくないようだね。

東洋の医学というと
針とか灸とかかい?
 
 

ふっふっふ。
そんな中途半端な東洋医学じゃないよ。
もっともっと東洋の医学なのだよ。


もっともっと東洋?
 
 

森本さん!?

うわっ!
いつからいたんだ
レストレード警部!

 
 
はっはっは、ボクだよボク。
ホームズだよ、ワトスン君。
ホ、ホームズっ!?
なぜいきなりそんな変装をっ!?
 
 

はっはっは。
これこそが東洋の治療術「デグマ」だよ!

デグマっ!?  
 

そうだよ、
傷をたたいてたたいて虐待することで、
傷に「こんな体にいるのはいやだ」と
思わせて、傷自ら体から去っていく
ように仕向ける、東洋の秘儀だよっ!!

うわあ嘘臭い治療法。  
 

おかげさまで
足もこのとおりぴんぴんしてるよっ!
はっはっはっ!
さあバスカヴィル家に行こうじゃないかっ!
ワトスン君っ!

 
で、どうしてレストレード警部の
姿になったんだい?
 
 

あはははははははは!
副作用だよっ!
ふ・く・さ・よ・う!

明るく言うなっ!  
 

さあ病院を抜け出そう!
そのシーツを使ってロープを作るんだ!

ちょっとまてっ!
なんで抜け出さなきゃ
いけないんだっ!

 
 

決まってるだろう!
いきなりこんな姿になってたら
医者にあれこれ調べられて
ややこしいことになるじゃないかっ!

…まあたしかに
調べたくはなるなあ。
 
 

さあ、シーツを切って切って。

いやだなあ…
びりびりびり。
ん?
あ?
ああっ!!
うわあああっ!

 
 
 

うわああああっ!
シーツにホームズの姿が
写っているうううっ!!

 
 

あははははは。
副作用だよ、ふ・く・さ・よ・う!
さあぼやぼやしてないで
シーツを切りさきたまえ、
ワトスン君。

…なんで君が笑っていられるか
よくわからないが、
まあ君が笑っているんなら
いいんだろうねえ。
びりびりびり。
 
 

びりびりびりびり。
ふう、これくらいでいいだろう。
ワトスン君、 さあきっちりと
結びたまえ。

やれやれ、めんどくさいことになったなあ。
 
 

さあこのシーツで作ったロープを
窓からたらして、と。
よし降りよう。

だいじょうぶかー。

 
 

ああー。
なかなか快調に降りているよ。
ただ、ちょっと外は熱いな。

暑い?さっき初秋って言ったじゃないか。
どんな風に暑いんだい?
 
 
うーんなんだかグツグツとした
熱さだねえ。
ぐつぐつ?  
 

そういえば、この病室は
地下28階だったかねえ…。
ぐつぐつ。

マグマかっ!  

 

嫌だろうけどまだまだまだまだまだ続くよ!

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