「おや、これはなんじゃろう。」
そんな吾作が田に向かう道すがら、なにやら光るものが、おちておった。
「はて、これはいったい…。」
この絵本を読んだよい子諸君の中には
なぜ吾作が拾ったものを交番に届けないのか、不審を感じられる向きもあるだろう。
しかし日本において警察制度が発達したのは明治期以降であり、
この時代においてはむろん交番など存在しなかった。
「大岡越前」などの町奉行が裁判権をもち、同心や目明しなどが
捜査にあたったりするのは江戸、大坂、京など大都市のみであり、
農村などでは殺人、年貢のがれなど領主権の侵害にあたるような事件以外は、
村役人、すなわち名主、組頭、肝煎などにある程度の専断権が与えられていた。
いわゆる「村八分」などはこの農村自治における制裁であり、
これに領主が介入することはありえない。 落とし物はこの場合は
まず名主などの村役人などに届けるのが筋ではあるが、この村の名主は
どうにも存在感が薄く、何か言う時にも蚊の鳴くような声であった。
もっと自分に自信を持って、ポジティブに生きたほうがいいよと
皆にも言われているのだが、こういうのは本人が一番よくわかっているのである。
わかっていてもどうにもできないあたりが人類の苦悩である。
吾作の脳裏を名主の存在がよぎることは、そういうわけでまったく無かった。
組頭は、この際置いておくことにしよう。
「いったい、これは、なんじゃろう。」

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