山歩日記「谷川岳」1/5
四十何年か前の連休の新聞には、国鉄の土合(どあい)駅に夜行列車で着いた登山者の大行列の写真がよく載ったようです。
今はそんな混雑は無いようで、平年なら梅雨末期の大雨の時期で平日でもあり、駅は閑散としていました。
帰りは天神平からロープウェイで楽をしようと、どあいぐち駅の駐車場を借り、少し戻った湯檜曽川(ゆびそがわ↓)沿いの新道を蓬(よもぎ)峠に向かいました。
新道手前に遭難慰霊碑が立ち、石の壁に遭難者の名前が彫ってあり、岩壁登攀の困難とそれに挑む人の多さに感心しました。
ただ、谷川温泉から上がって来たような、タオルを前に下げた裸の男の石像があるのが、ちょっとユーモラスな感じでした。

この道はマチガ沢出会い近くまで車ではいれますが、舗装してないデコボコ道で、水が流れて大きな水溜まりがあったりします。車道終点に駐車場とあずまやがあり、手前の林内にテントも張れるようです↑。
←次の一ノ倉沢出会い付近から見上げる一ノ倉岳(右のピーク)。
次の日、その左脇の沢の源頭(くぼんだ所)から下を覗くことができました(ノゾキという名前が付いていました)。
 
時々「旧道」への道を示す道標がありますが、この道と並行して一段上を通っている道があり、明治十何年に出来た清水峠を越える国道で、馬車が通れるくらいの道幅があったそうです。
現在はハイキングとJRの送電線監視のための山道になっているようです。
谷川連峰東面の幾つかの沢を横切り、最後の武能沢沿いに湯檜曽川を離れて尾根について登ります。名は白樺尾根ですが白樺は殆ど無く、ブナの木ばかりです。↓その樹林の中で見掛けたギンリョウソウ(銀竜草)。

午後から遠くで雷の音がしていましたが、先の旧道と合流して少し上の白樺避難小屋↑に着いた頃には相当近く大きな雷鳴になっていました。
ちょうどよいのでここで泊まることにして、清水峠への道を10分ほど歩いた沢で水を汲み、駆け足で小屋に戻ると、待っていてくれたように猛烈な雷雨になりました。
 
小屋はJRの監視用で、登山者にも開放されています。
三人寝たらいっぱいという大きさで、冬の豪雪に備える内部の鉄骨も、168cm の頭がぶつかるほどの低さですが、簡易テントならずぶぬれの豪雨の中、悠々と居眠りしていられました。
 
雨は一時間半ほどで止み、東隣の朝日岳方向に大きな虹がかかりました→。