|
向ふ岸も、青じろくぼうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがへるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたやうに見え、また、たくさんのりんだうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火のやうに思はれました。
それもほんのちょっとの間、河と汽車との間は、すすきの列でさへぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、ぢきもうずうっと遠く小さく、絵のやうになってしまひ、またすゝきがざわざわ鳴って、たうとうすっかり見えなくなってしまひました。ジョバンニのうしろには、いつから乗ってゐたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼さんが、まん円な緑の瞳を、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝はって来るのを、虔(つつし)んで聞いてゐるといふやうに見えました。旅人たちはしづかに席に戻り、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語(ことば)で、そっと談(はな)し合ったのです。
「もうぢき白鳥の停車場だねえ。」
「あゝ、十一時かっきりには着くんだよ。」
|