宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 43/81

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたづねました。
「何だかわかりません。」もう大丈夫だと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑ひました。

「よろしうございます。南十字(サウザンクロス)へ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向ふへ行きました。
 カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたといふやうに急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草(からくさ)のやうな模様の中に、をかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見てゐると何だかその中へ吸ひ込まれてしまふやうな気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたやうに云ひました。
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんたうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこぢゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈(はず)でさあ、あなた方大したもんですね。」
「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答へながらそれを又畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめてゐましたが、その鳥捕りの時々大したもんだといふやうにちらちらこっちを見てゐるのがぼんやりわかりました。