宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 5/81

  二、活版所

 ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅の桜の木のところに集まってゐました。

それはこんやの星祭に青いあかりをこしらへて川へ流す烏瓜(からすうり)を取りに行く相談らしかったのです。
 けれどもジョバンニは手を大きく振ってどしどし学校の門を出て来ました。すると町の家々ではこんやの銀河の祭りにいちゐの葉の玉をつるしたりひのきの枝にあかりをつけたりいろいろ仕度をしてゐるのでした。
 家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはひってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは靴をぬいで上がりますと、突き当りの大きな扉(と)をあけました。中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転機がばたりばたりとまはり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌ふやうに読んだり数へたりしながらたくさん働いて居りました。
 ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子(テーブル)に座った人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚をさがしてから、
「これだけ拾って行けるかね。」と云ひながら、一枚の紙切れを渡しました。