宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 81/81

「あなたのお父さんはもう帰ってゐますか。」博士は堅く時計を握ったまゝまたきゝました。
「いゝえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。
「どうしたのかなあ、ぼくには一昨日(をととひ)大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」
 さう云ひながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。
 ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云へずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思ふともう一目散に河原を街の方へ走りました。