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「…なぁ」
「不可だ」
「聞きもせずにいきなりそれか」
「どうせ、ろくでもないことに決まっているのだろう」
 こちらを見もせずに掛軸を物色している店主に、後ろから緋勇が声を
かける。が、相手はまともに受け取りはしない。まるで客より品が大事
だと言わんばかりに、その目は新たな軸に向けられる。
「…少し休まないかって、思っただけなんだけどな…」
「誰のせいでここまで蔵の中身が動いたと思ってるんだ?」
「それは俺たちが買い込むから…って」
「そうだ。だからこうして蔵の整理をしているんだろう。わかったら、
そっちの焼き物を並べなおしてくれないか」
「…俺たち上客じゃないか。客をこき使って…」
「普通の客は、週に四度も夕食を食べに来るとは思っているのかい」
「…冷てぇな…」
 文句を言う声も小声になる。そこまで言われては反論できない。
 ――実際、すべて事実なのだ。
 いつものように、緋勇は放課後に如月骨董品店までやってきた。
 迎えた店主は一言。『蔵の整理を手伝ってくれないか』。
 その笑顔に妙な威圧感があった。言外に『問答無用』と言っているの
がわかってしまうのが悲しい。
 夕食は彼のところでとるつもりだったし、いまさら新宿まで戻るのも
面倒だ。結局、彼に従うほかなかったのである。
 まず先に一通り中の掃除をさせられ、今度は品物ごとに分類だ。昼前
に来たというのにすでにもう夕方近い。
 如月はといえば、今度はこまごました小物に手をだしている。女物の
かんざしやら手鏡やらを手際よく分けていた。
 自分たちが購入するものは、だいたい剣や槍といった武器が主である。
こういった、正しい意味での「骨董品」を買うのは他の客だろう。
「…如月」
「なんだい」
「これ、壷じゃないよな」
 焼き物の棚をあさっていた緋勇が見つけたのは、妙にかさばる木箱。
桐で出来ているらしいそれは、一メートル強はある。場所を確保して、
床の上まで引きずり出す。何が入っているのか、かなり重い。
「箱書きはない、か…。大きさからみて焼き物じゃないだろうが…」
「開けるぞ」
 くくってある紐をほどき、やたらと大きな蓋を開ける。ほこりが舞い、
二人とも咳き込んだ。
「これって…」
 中に入っていたのは、着物だった。それも一着や二着ではない。
「時代はそれほど古くないな…たぶん、明治か大正かというくらいだ」
「…充分古いじゃないか」
「そうかい? 着物は孫の代まで着るのは当たり前だろう? それに、
これは正絹だ。大事にしてもおかしくはない」
「しょうけん?」
「絹のことだよ」
「高いんだよな、それ…」
 そばに置いていた桶で手を洗い、包んでいた和紙(たとう紙というの
だと、以前如月から聞いた)から、中の着物を取り出す。
 一番上の着物を取り、如月は眉をしかめる。
「着物は専門じゃないんだが…」
「…いつも着てるじゃないか」
「僕が女物を着るとでも?」
「似合うと思うけどな」
 即座に飛んできた正拳。武器持ちでなかったのは幸いだった。
「で、高いやつなのか、それ」
「品は悪くない。だが、これを売るとなると…」
「なんか問題あるのかよ」
 いまさらという気がした。この店の品揃えはどうも広範囲すぎる。
「僕の専門ではないからね。値段がつけにくい」
「そんなもんか?」
「変な値段をつけたら、品物に悪いだろう」
 彼には彼なりに、骨董に対する愛着があるらしい。それが祖父譲りの
ものか、父譲りのものなのかは、微妙なところだが。そもそも彼に専門
があることすらおもしろい。
「正絹の振袖が五着と…あとは…」
「なんか重いぞ、これ」
 取り出した緋勇は首をかしげた。今までのものに比べてかなり重い。
しかも厚みもある。
 たとう紙を広げた二人は理由を察した。たしかに重いはずだった。
「あー。これなら俺も何だかわかるな。花嫁衣裳だろ」
「白無垢と赤のうち掛け、か…たぶん、全部同じ女性のものだろうな」
 白の地に、同じく白で鶴が舞う姿が刺繍されている。めでたい図柄を
揃え、花嫁の幸福を祈る衣装。
「…それがなんで骨董品屋にあるんだよ」
「さあね。僕だってすべての品の由来を知っているわけじゃないし…、
それに、昔は着物を質にいれることだってめずらしくなかったから」
「お前の家、質屋もやってたのかよ」
「たとえだよ。たとえ」
 丁寧にそれをたたみなおし、如月はため息をつく。
「ブランド物を質に入れるようなものか?」
「…当たらずとも遠からず、だ」
 かっては純白だったであろうそれは、年月を経て色あせてはいるが、
それがかえってあたたかみのある白色となっている。
「これさ、今買ったらどのくらいするんだ?」
「白だけかい? それとも両方?」
「…とりあえず一着だけ、かな」
 だいぶ前に、美里や小蒔たち女性陣が、結婚式の衣装について話して
いたことがあった。女性にとって、結婚式で何を着るかということは、
かなり重要な問題であるらしい。
 緋勇も、結婚式の衣装が高いということくらいは知っている。ただ、
細かい相場まではさすがに知らないが。
「今同じ物をあつらえるなら、…白でだいたい六百万ぐらいかな。安く
見積もって」
「六百万…」
 どこをどうやったらそんな値段になるのか。緋勇には見当もつかない。
「今は機械で織っているものが出回っているだろう。織りから刺繍から
全部手作業でやれば、それぐらいはかかって当たり前だ」
「ときどき、お前の感覚ってわからなくなるよ…」
 現代人らしくないというか、なんというか。そんな人間ばかりの仲間
たちの中でも、かなり彼の感覚は独特のものがある。
「君に言われたくないね。問題は、これをどう扱うかだが…」
「店に出さないのか?」
「どうもいわくがありそうだからね。少し調べてからにする。隠すよう
に置いてあったのも気になるし」
「…似合いそうだったのに」
 再び、音速の正拳。
「――こりるということを知らないのかい、君は」
 容赦がない。殴ってからこれである。
「本音が口に出ただけだって」
「それがこりてないと言うんだ!」
 ここまで狭い蔵の中で大声を出す必要もないだろうに。これが緋勇の
感想だった。これで、「クール」な人らしいから世の中は不思議だ。
 ――もっとも、そんな顔を見せるのは自分の前くらいだけということ
ぐらい、自分はとっくに知っている。
「でさ、報酬はあるのかよ。労働の」
「夕食一品追加」
 なんともそっけない答えだった。
「半日の労働の成果がそれだけかよ…」
「労働はまだ終わってないんだが」
「あ、俺残業お断り」
「……」
 やばいかもな、と、一瞬警戒する。如月がこうやって黙ったときは、
たいてい激怒が待っているものだったから。
 それくらいなら、いっそのこと。
「とりあえず、ここを片付ける。それまでは終わらないと…」
 言い終わる前に、如月の頭上から降ってきたものは。
 白無垢の上にしまわれていたはずの、黒い着物だった。
「…どういうつもりだい、龍麻」
「やっぱお前なら、黒が似合うかなって」
「ほう」
 いつもの和装の上に、黒の振袖がかぶさっている。黒地に金の刺繍は、
薄暗い蔵ではかなり映えた。
「如月肌白いしな、それでも黒に負けないし」
「龍麻!」
「…似合うのを似合うって言ってなんで悪いんだよ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題?」 
「話をすり替えるなと…」
「わかった」
 うなずいてから、両手で如月の頬を包み込む。
「俺はやりたいからやった。似合うだろうなって。以上、説明終わり」
 説明は終わり。後は、やりたいことをやる。
 どうせ怒らせるなら、せいぜい怒らせた方がいいのだ。――怒った顔
が好きだからとか言ったら、それこそ無言で怒るだろうけれど。
 首筋へ手をずらし、肩を引きよせる。思ったほど抵抗がなかったのが
意外といえば意外だった。
「君という奴は…」
「こっちの方が声がもれなくていいだろ?」
「なっ…!」
 抱き寄せた肩は細くて、黒い布地からのぞいた肌が妙に扇情的で。
 そのまま強引に唇を奪った。舌で相手の唇をなぞる。肩から愛撫して
いた腕が、床についた彼の掌にまわり。熱っぽくなった息が、なんとも
いえず甘美で。
「もう少し、場所を選んでくれないか…?」
「だったら本気で抵抗しろよ。そうしたら俺も考える」
「よく言う…」
 抵抗しろと言ってはいるが、すでに緋勇の手は如月の手の動きを封じ
ている。――本気で抵抗されたら命が危ないのだが。
「別に悪くはないだろ?」
「…そういうのをマニアというんだ」
「ひどいなぁ」
 首筋に少し歯をたてる。のけぞる首筋がなんともいえない。
 歯形をつけぬように注意しながら、襟の裾を広げていく。それと同時
に、足元の裾をさばいてみる。
「……」
 声をたてたがらないのは、彼の習慣だった。それを知ってはいるのだ
が、わかっているとなおさら声をあげさせたくなるのは――自分だけで
はないと思いたい。
 直に肌に触れ、舌を這わす。つかんでいた手を離し、彼の唇にもって
いく。舌がからんでくるのを確認して、彼の胸に沈みこんだ。
「…龍麻…?」
「こうしてると落ち着くんだよ」
 彼の鼓動が聞こえるからだ。その鼓動を速めているのが自分であると
いうことが嬉しくもあるからだ。だが、それは如月には言わない。
 自分だけの、秘密だ。
 薄暗い蔵の中、誰も邪魔をする者はない。すでに日が落ちたのか、窓
から入っていた光もない。
「…このままほっとくってのも、あれだよな」
「……」
 答えてくれるような素直な相手でないことぐらい、百も承知だったが。
「ここまできたら、一緒だろ?」
 しばし黙って、ようやく一言。それも目をそらして。
 わざと、呆れたように。
「――好きにしてくれ」
「素直じゃないなぁ」
 軽く口づけて、彼の足を抱き上げて。
 昂ぶるものに手をのばし、何度も何度も愛撫して。
 喘ぐ声が途切れる間もないほどに、何度も何度も肌を寄せ。
 それでもまだ物足りないとばかりに、互いの唇を合わせ。
 自分を呼ぶ声に答えるように、彼の中へと入っていく。
 ――絶対に離さないとでもいうように、強く相手を抱きしめながら。
 煽り、煽られ、時を過ごし。かすれた声が、何かを耳元でささやく。
いつのまにか、如月の腕が自分の首にまわっていたのに気づいたのも、
かなり後のことだった。
 


 夕刻。
 緋勇が風呂から出てきてから、如月は不満そうにつぶやいた。
「今日片付かなかった分、ちゃんと明日やってくれるのか?」
 いったい何が不満なのかと思えば、如月は仕事が中途半端に終わった
ことが気に食わなかったらしかった。
「支払いがよければ、いつでも手伝うけど?」
 ?支払い?が何を指すのか、察しのいい彼は即座に気づいたらしい。
露骨に嫌そうな顔をして、玉露を飲む。
「…あの着物は、君につけておくことにする」
「あの着物って、黒いやつか?」
「君のおかげでしわがついた。床にそのまま敷いたりしたから、売り物
にもなりはしない」
「何もしわぐらいで…」
 反論は、一切受け付けない。そんな顔である。
「ま、お前が着てくれたら俺はぜんぜんかまわねぇけど」
「…一度、本気でやりあってみるかい?」
「やめとく。命は大事だ。それに…」
「それに?」
 言っていいものかどうか、一瞬だけ悩んだ。それも、一瞬だけ。
 彼の横に座り込み、艶のある髪に触れる。
 額に口づけて一言。
「好きな相手と斬りあいなんかできるわけないだろ」
 仕方ないとでもいいたげに、如月が首を振る。
「まったく…君という人は…」
 それ以上、何も言う気はないらしい。緋勇に抱き寄せられても、如月
は動かなかった。
「ま、性分ということで」
 笑いながら言う緋勇の腕の中で、如月がかすかに微笑した。  
   

 


 

先に真神庵に投稿させてもらいました。その後、里子に出された一品。
ひさしぶりの主如です。気合入りました。俺が。バカップル万歳。
主如への気合が作品に反映されているかは不明です。一晩で書くな、まったく。
この話は、そのまんまごませんべい様へ。いつもありがとうございます。
御希望の「甘々」にかなうかどうかはわかりませんが。すみません。これが限界です。

如月の着物へのこだわりは、そのまま四號のこだわりでもあります。
卒業式用の自分の着物が仕上がってきたとき、ためしに着たがった弟に、
「風呂に入ってない奴に着る資格なし」と断言した自分。…着たがる方も着たがる方だが。
あ、黒のうちかけって、結婚式にも使えるんですよ(笑)。略装ですが。

しかし、真神庵に投稿するのに、とんでもなく勇気がいるのは自分だけですか。

 

 

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