love letter

 



 ――君が望んでいるのは「これ」だろう?


 女のあえぐ声が、呼吸が。激しくなった動悸が。薄暗い部屋に拡散
していく。――いつものことのような顔でそれを受け流す。
 彼女の腕が自分の肩にまわる。それを引き剥がすこともなく、求め
られるまま、彼女に応えた。
 荒い息。劣情で満ちた部屋。自分がとても好きにはなれそうもない
はずのこの環境にも、もういいかげん慣れてしまった。
「翡…翠…」
 からみつく腕がわずらわしかった。自分を呼ぶその声も。
 それでも彼女と一緒にいるのは。

 度し難い衝動の消去。――それ以外の、何物でもない。

 肌に触れる、汗ばんだ女の体。それすらも不快だ。
 ――かっての記憶を思いださせるから。

 彼女の体がさらに熱くなる。冷静すぎる自分が、滑稽にすら思えた。


「仕事…早く終わりそう?」
「さあ」
 いつから彼女とのつきあいが始まったのか。それすら覚えていない。
最低な男だろう。それを気にしてもいないのだから。
「つれないのね、相変わらず」
「必要最低限でいいと言ったのはそちらだろう」
 ――「必要最低限のつきあい」。
 それが、こういう関係ということだ。
 服を着ながら、時計に目をやる。思っていたより時間がたっていた。
「それに、仕事の話はしないと言ったはずだ」
「…そうね」
 彼女は悲しそうな顔をした。――如月の知ったことではない。
「次、いつ会える?」
「早くても、月末」
「――そう」
 失望の色が声に出ている。それすらも無視した。
 上着に袖を通し、襟元をただす。
「元気でね」
「……」
 彼女をかえりみることなく、扉に手をかける。
 返事もせずに、如月は部屋を出た。


 知り合ったきっかけは、彼女から声をかけてきたことだった。
 仕事(骨董の仕入れだ)のあと、やはり仕事のつきあいで、如月は
新宿の方へ出ざるをえなくなった。
 面倒な酒宴を早々に切り上げ、駅へと歩いていたとき、彼女が声を
かけてきたのだ。
 気紛れの類というより、自分自身をもてあましていた時期だったの
が、彼女の誘いにのった原因だろう。

 《龍脈》は沈静化し、自分の役目もひとまず果たした。
 が、それに代わる「何か」を見つけ出せないまま、自分の中で脈々
と広がる空虚がある。その焦燥を表に出すことこそなかったし、察知
する者もいなかったが。
 それを――なんとかして埋めたかったのだ。

 その空ろな虚しさが何に起因しているのか。
 自分自身もおぼろげにはわかっている。
 決して、「他の誰か」では満たせないということも。
 それでも、如月はなんとかして自分の空虚を埋めたかった。

 見上げれば、闇の空に月が出ている。わずかにある細雲も、月光を
はばむものではない。
 ふと歩みを止める。人の気配がした。「押し殺された」人の気配が。
「――出てきたらどうだい?」
 敵意はない。姿は見えずとも、如月には相手が誰だかわかっている。
慣れた気配の殺し方に、覚えがあった。
「久しぶり、ですね。如月さん」
「…僕相手に気配を消すこともないと思うが。――仕事かい?」
「いえ。私用ですよ」
 かっての仲間――壬生紅葉が現れても、如月は驚きはしない。仲間
なら、彼の特技ぐらい、十二分に承知している。
「貴方相手に、完全に気配を消せるとは思ってませんでしたが」
 長身に黒いコートを着込んだ姿は、以前とさほど変わっていない。
「さすがに、勘がいいですね」
「…君に言われても困るな」
 彼の稼業を思えば、苦笑せざるを得ない。
 横に並び、二人は歩き始める。
「――如月さんも、めずらしいですね」
 わずかに、壬生が眉をしかめた。
「何がだい?」
「香水の匂いがしますよ」
「そうか。気がつかなかった」
「……」
 気づかなかったのは本当だった。無意識のうちに、わざと意識の外
に出していたのかもしれない。
「――らしくないですね」
 不意にもれた。そんな口調だった。
「何が?」

「いえ、ただ貴方らしくないな、と」

 壬生は、あまり物事を直接語るということがない。もってまわった
ようなしゃべり方だという者もいるが、頭のいい者ならば、彼の言い
たいことは察しがつくはずだ。
 どういうわけか、如月は仲間の中でも彼と波長が合う方だった。彼
の言わんとするところも、おおむね理解できる。

「僕らしくない、か…。それもあるかもしれないな」
「違いますか?」
「“僕”の定義がどこにあるかの違いじゃないか?」
「かもしれませんね」
 以前の仲間と語ることは少なくなった。相変わらず賭け事に誘いに
くる村雨は別として、他の仲間も店に来るのは年に一度というところ
だろう。村雨は元が他人に無頓着な男だ。そういう状況だから、特に
如月の様子を気に止める者はないといっていい。
「ただ、以前の貴方は、それほどに自分をもてあましてはいなかった。
――そう思えますが」
「影響を受けたんだろうな、やっぱり」


 ――お前が望んでいるのは「これ」だろう?


「“彼”に?」
「…ああ」
 一瞬、何かを思い出した。だがそれは、完全な絵になる前に、粉の
ようになって消えた。
「いい意味でも、悪い意味でもね」
「……」
 何か考え込んでいるらしい。壬生の思考というのは、他人には推し
はかりがたいものがある。
「言うべきかどうかと思っていたんですが」
「何だい?」
「近頃、身近で不穏な動きはありませんでしたか?」
「不穏な動き?」
 妙なものだが――狙われる理由なら、それこそ売るほどある。
 首魁を倒したとはいえ、数百年の怨恨は、そうそう消えるものでは
ない。いまだに、自分を狙う者があるのも事実だが。
「ここのところは落ち着いている方だと思うが…」
 壬生が言うということは、それなりの根拠があるということだろう。
彼は、憶測だけで物事を語る男ではない。
「…知り合いが担当している男が、妙な動きをしていると言っていた
ので調べてみたんですが」
「それが、僕がらみだと?」
「おそらく」
「――そうか」
 まだ動いている一派があるらしい。なんとも余裕のあることだ。
「貴方にかぎって、不意をうたれることはないと思いますが」
 場慣れしているのはおたがいさまだが。
「それは、皮肉かい?」
「まさか」
 壬生の唇がかすかに動いた。笑うと表するには、微妙に問題がある。
「ただ、無用の言であればと」
「そうかい」
 ただ、彼が忠告したという事実だけは、胸にとめておいた方がいい
だろう。裏の情報で彼にかなう者はそうはいない。
「それはそうと――」
「?」
 彼らしくない、急な話題の転換だった。

「皐哉から連絡は?」

  彼は東京を去った。残った龍脈がそれを教えてくれる。
 行先も目的も、誰にも語ることなく。彼は、この東京に来たときと
同じように、誰にも知られることなく去っていった。
 
 
 ――俺は純粋に狂っているのさ。


 嗤う男の顔。その表情。濡れた唇。
 男は言う。
お前が望んでいるのは「これ」だろう? 
 その言葉だけは、いやにはっきりと覚えている。

「特に…何もないが」
「…そうですか」
 壬生の声には、失望も何もない。
「貴方にぐらいは、連絡があるかと思っていたんですが」

 彼は核だった。《龍脈》を巡る戦いの中、常に。
 気性も生き様も違う者たちをまとめる、星の核。

「彼にも、彼なりの考えがあるということだろう。――それ以上は、
僕もわからないがね」
「そうですね」
 壬生にも、龍の添え星という《宿星》がある。人間とのかかわりを
避ける彼が仲間になったのも、その《宿星》のせいだ。
 そして、その星は誰よりも《黄龍》に近い。
「そろそろ、僕は失礼しますよ。…まだ仕事が残っているので」
「ああ」
「では、また…」
 出会ったときと同じように、彼はまた姿を消した。
(私用というのは…雑談のことなのか?)
 気づいた如月が問いただそうにも、かっての仲間の姿はない。
 あきらめて、再び一人、如月は歩き出した。



 自宅のポストをのぞくと、白い封筒が入っていた。今日のあいだに
着いたらしい。差出人の名はなかったが、筆跡だけでそれはわかった。
 上着を脱ぎ、壁にかける。手紙の封を開け、味気のない便箋を取り
だすと、見覚えのある字が並んでいた。

 飛水本家からの手紙である。
 今まで何回も無視してきた呼び出し状。
 玄武の能力を発現させたのは、ここ数十年では自分一人だけだ。
 その血を確実に残す必要がある。
 何のために? ――後世のために。

 ――笑わせるな。
 そう言った彼の顔は、怒っていた。
 ――そうしてまた、お前は過去の檻に入るわけか。
 他人の生き方などどうでもいい。そう言い放つくせに、彼は真剣に
怒っていた。
 ――後のことは後の時代の人間にまかせておけばいいのさ。
 ――そういうわけにはいかないだろう。
 彼はまた笑った。
 怒っているのだ。
 ――ならお前は、いつまでもこのまま血に縛られるつもりか?
 彼の手がのびてくる。
 拒む理由は山ほどあった。抵抗する手段もあった。
 ――君に指図される覚えはない。
 彼は――皐哉は嗤っている。
 ――そうか。

 強引な手段にも慣れるほど、彼との対話は多かった。
 それでも、彼を真に理解できたとは思えない。
 彼はあまりに違いすぎた。生き方も考え方も何もかもが。

 だから、惹かれたのか。

 
 今となっては、彼が何を望んでいたのかなど知るよしもない。
 如月にわかるのは、彼は自分に対して、異様に執着していたという
ことだけだ。その理由すら、如月にはわからない。
 
 手紙にざっと目を通し、明かりを落とす。
 やけに今日は眠かった。




 息があがっていた。
 自分が抑えつけている腕がある。
 女は何かを言っている。
 それを聞き取ることすらせず、ただ息を継ぐ。
 女を抱きながら、他の人間を思い浮かべる。
 彼女は笑っていた。
 愉しそうだ。
 決して、他人には見せることのない恍惚の顔。

「ね、え…」
 熱い体がわずらわしい。それを鎮めることなど不可能に思われた。
 自分を求める声すら、わずらわしいものでしかない。
「早く…!」

 ――まるで商売女のように。

 息があがる。
 自分を抑えつける腕がある。
 男は何かを言っている。
 それを聞き取ることすらできず、ただ息を継ぐ。
――まるで、女のようだな。
 やはり、彼は笑っている。
 愉しそうに。
 決して、他人には見せない表情をして。

 ――お前の望みは何だ?


 ――滑稽だな。
 女を抱きながら、抱かれた記憶をたどる。
 相手がそんな記憶をたどっていることなど、彼女は気づきもしない
のだろう。
 彼女のつかんだ腕に、力がこもる。
 絶頂すらも、如月にはうとましいものでしかなかった。


「――誰か、好きな人でもいる?」
 彼女にそう聞かれたときも、表情は変わらなかった。
「どうしてそう思う?」
「…なんとなく」
 女の勘、というものだろうか。
「別に、そういうのはない」
「嘘つき」
 髪をまとめながらつぶやいた一言。
「本当のことなんだが…」
 如月は苦笑する。

 ――君は何を欲しがっている?

 彼が欲していたのは愛情なんかではない。
 彼が必要としていたのは隷属だ。
 ――そうとしか思えなかった。
 だから、二人の間に恋愛関係は存在しない。
 理屈としては――間違っていないはずだ。

 ならば何故、自分は彼にこだわったのだろう。
 
「だって、他人に関わるのが嫌いなくせに、いつも何かを気にしてる
みたいだし。時々、らしくない顔をするし」
「らしくない、ね…」
 壬生も同じことを言っていた。
 心当たりがないわけではない。
 『こういうこと』をしていることがすでに、自分らしくないと思う。
 これも、彼の影響なのだろうか。
 だとしたら――迷惑な話だ。
「しばらく、会えなくなる」
「何? 突然」
「所用でここを離れるから」
「そう…」
 あからさまな、失望の声。それに気を回す如月ではない。
「だったら、今度、私のピアノ聞いてくれる?」
「…予定があえば」
 たしか音大出身だったと、以前に聞いた記憶はあった。
「一月は戻らないかもしれない。…予定はわからないが」
 彼女の返答を待たず、如月は歩き出した。

 別れの挨拶すら、彼女に与えないまま。



 夜の空気が、わずかに湿り気を帯びている。そのわずかな水の気が、
肌に心地良くしみわたった。
 洋装は肩がこる。今時らしくないと言われようとも、昔からの習慣
というのはそうそう変えられぬものらしい。
 夜型人間というわけではないが、何かあればすぐに睡眠を削る癖が
如月にはある。もともと、修練のおかげで人ほど睡眠を必要としない
体質ではあったのだが。
 ――そういえば、彼は夜型だった。
 ヴァンパイアではないが、夜になると活力を得る人種というのは、  
結構いるらしい。彼も、その一人だった。
 夜の月が好きだと、よく言っていた。太陽の光のように、目を射る
こともないからと。
 まったく、そういう他愛ないことをよく覚えているものだ。忘れら
れようはずのない一年ではあったことは確かだが。

 足を止め、立ち止まる。
 
 気配がする。かっての仲間というわけではない。
 自分の知った者の気配ではなかった。

「――何用だ? 用があるならば聞くが」

 返答はない。

「用もなく、複数で他人を追いまわす趣味でもあるというなら、別に
かまいはしないが――なんとも変わった趣味だな」

 闇に広がる沈黙。

「飛水が末裔、如月か」
「如何にも」
 ――やはり来たか。それが本音だった。
 油断をしていたつもりはない。いつ来るかと待ち構えていたほどだ。
「主が仇。その報い、刃で受けてもらおう」
 わかりやすい理由だ。如月には、それで充分だった。

「――消えろ!」
 
 一人が跳躍する。「飛ぶ」といっていいほどの高さだった。
 如月はその動きを目で追う。
「…下が土なら、もう少しやりやすいが」
 相手が刃をひるがえした瞬間、足元のアスファルトに亀裂が走った。
 わずかな、細い亀裂である。

「――飛水!」
 仲間が声をあげたときには、もう間に合わない。
 如月の足元から、亀裂は四方八方へとのびた。その亀裂から、水が
噴き出し、天へと向かう。
 細い水の束。だが、その細さゆえに。
「極限まで高めた水圧は、鉱物すら貫く」
 つぶやいた如月の目の前で、男は着地した。
 明らかな失敗だった。痙攣する男の体から、大量の血が流れ出る。
「…それに比べれば、人間の体など紙のようなものだ」
 水の刃は、正確に相手の心臓を「撃ちぬいて」いた。戦闘どころか
生存すら不可能にして。

 沈黙と、周囲に走る緊張感。
 男の痙攣が止まった。

「――龍脈が沈静化して、玄武の力も消えたと思ったか? ならば、
見当違いもはなはだしい」
 自分の力は消えたのか。――否。
 自分が戦う理由はなくなったのか。――これも否。

 女と会った帰りである。
 当然、武器の類など持ち合わせている――はずがない。
 口元が歪む。
 ――笑っている。
 水が動いた。
 さっきのように、激しい圧力がかかっているわけではない。むしろ、
その流れは緩慢としている。下方から上方へと。宙を巡りながら。
 まるで主を守るように。水の蛇が如月の周囲を巡っていた。

「北の玄武の力、その身で思い知るがいい」

 ――亀と蛇。水性の獣に象徴される極陰。それが玄武の特性。
 かって、大陸の四方を守護した神獣。
 そのもっとも古い姿は、二つの獣にあらわされていた。
 しかし、長い時を経るうちに、一方は忘れられ、姿を消し、現在の
四神――青龍・朱雀・白虎・玄武が残る。
 玄武はその、もっとも古い形を残す、唯一の行だった。

 そしてその神獣は、武を司るものでもある。

 如月が動いた。その手が動いた瞬間、水はもっとも薄く、もっとも
強固な壁となっていた。
「な――!」
 その動揺を見逃さず、如月が大地を蹴る。その速さは彼らの予想を
越えていた。
 武器も持たない素手の相手と、相手は如月をそうとらえていた。
 その慢心こそが、一番の敗因だと悟ったか否か。
 無手のはずの如月によって、彼の体は両断されていた。
「かかれ!」
 半ば恐慌の色をなしながら、頭らしき男が叫んだ。人目を気にする
ことがないところを見ると、すでに結界を張っていたのだろう。
 如月が手首をひるがえす。
 周囲を巡っていた水は、刃の形をなし、愛用の刀の形をとった。
「――この力は、龍脈とは縁はあっても同一ではない」
 相手の背後に回り、首をとる。一人が倒れる前に、如月は次の相手
へと動いていた。
 その動きは、玄武の力によって生まれたものではない。その身に、
脈々と受け継いできた、血と家の力である。
 ためらいも迷いも何もない。それだけにまた、容赦もなかった。
「玄武の力と飛水の技――耐えられるものなら耐えてみよ」
 語れるだけの余裕がこちらにはある。相手はどうか。
 ――問うまでもない。
 耐えられるはずがない。だからこそ言ったのだから。
 屈強の男でも、深海に匹敵する水圧の壁は破れない。鉱石すら貫く
形なき刃は防げない。そしてそれを最大限に活かす、飛水の技。
 扱う者によって、それは無敵の陣となる。
「き、貴様…」
 残りは一人か。あっけないものだ。
 息もあがらない。スーツなのが少々窮屈だったが、それくらいだ。
「こちらから剣を向けることはない。…黙っておれば討たれまいに」
 しゃがみこんだ男の視線にあわせ、こちらも膝をつく。
「黙れ、貴様! 主を討ったは貴様らであろうが!」
「――それは事実。だが――」
 男の刃を指で止め、如月はつぶやく。
「勝てぬとわかっていて挑むのは、愚行でしかない」
 男の頚動脈を一閃する。それだけでよかった。
 瞬時に水の刀――“玄武”を逆手に持ちかえる。

 後方へと、それを突き出す。肉を貫く、にぶい手ごたえがあった。
「まして、無駄に命を捨てるのは」
 血の匂いがする。とっくに麻痺したものと思っていたが。
「それが、私の役目よ」
 後ろから声がかかった。血を吐くような、低い嗚咽とともに。

 声の主。それは新たな刺客。
 それは、さっきまで自分が会っていた女。
 自分が、抱いていた女。
  
 如月が立ち上がると、水の刃は崩れて流れた。アスファルトの亀裂
から地中へとしみこんでいく。彼らの血も一緒に地中へと流れたのだ
ろうか。

「…どうして、わかったの?」
 彼女の呼吸は荒い。残された時間がわずかなのが見てとれた。
「ピアノをやっていると言った」
「それが…」
「短い爪のごまかしにはいいが、その手は音楽に関わる人間にしては
かたすぎる」
 幼い頃から何かしらの修練を受けた人間には、その結果が体に出る。
彼女の手は、剣を持つ者に特有のクセがあった。
「そう…」
「あとは――」
「他にもあったの」
「香りがきつすぎたな。装うのも結構だが」
「…女は着飾りたいものなのよ」
「そうか」
 彼女の真意など、如月に理解できようはずもない。する気もないが。
「一つだけ、言わせてくれる?」
「ああ」

「…好きだったわ、少しぐらいは。でも」

 彼女は笑った。

「――最低な人だったけど」

 それが、彼女の最後の言葉だった。





 自宅に戻ったのは、日付が変わったころだった。
 どういうわけか、このところ郵便物が多い。今日もある。
 どこかの海が写っている、絵葉書だった。消印はかすれて読めない。

『元気か?』
 
 それだけだった。宛名は自分だが、差出人の名前はない。
 ただ、そのぶしつけなほどの言葉と筆跡が、差出人を物語っている。
「まったく、何を言いたいんだか…」
 何をしているのか。何処にいるのか。そんなことは一切書かれてい
ない。それが、彼らしいといえば彼らしくはあった。

 ――君は何を欲しがっている?

 眞崎は何をしようとしていたのだろう。それすらも知らない自分。
 何のつながりも残っていないということに、会わないようになって
から気づくとは。
 『最低な人』と彼女は言った。それは、人間として最低という意味
だったのか、それとも他の意味だったのか。
 ――どちらでも、同じ気がする。

 『最低』だし、『自分らしくない』。
 たぶん、今の自分はどこか歪んでいるのだ。
 かってのように、自分の生き方にためらいを持たず進めなくなった。
 そのくせ、その力をもてあそんでいるふしもある。
 自分の中のどこか一部分が欠けている。それが何かもわからない。

 ――僕は純粋に狂っている

 もう一度、手紙を読み返す。「読む」というほどたいしたものでも
ない手紙だった。それでも。
 それでも、今の自分には一番必要なもののような気がした。

 ――君は優しかった。
 ――君は何を欲しがっていた?
 ――僕は君を必要としている。

 今の自分はどこかが違う。だが、どうするべきなのかわからない。
 こんな葛藤を植えつけたのは――彼しかいない。

 ――僕の魂を救ってくれ。
 ――僕に道を見せてくれ。

 

 ふいに――おかしくなった。
 こんな葛藤すら、彼は笑って愉しむのだろう。
 それが――眞崎皐哉という人間だ。
 

 置いてあったままの白い封筒。本家から来た手紙だ。
 如月はそれを手に取り、くずかごへと投げ入れる。
 絵葉書を引き出しの中へとしまい、上着を脱ぐ。


 彼がいたならば、何と言うだろうか。
 その答えが、無性に聞きたかった。
 
	

 


これに限っては、お願いします。原曲を持っている人はそれをかけて読んでください。
知っている人は思い出すだけでも。
BUCK-TICKのアルバム“Six/Nine”の二曲目に入っている「love letter」です。
(このアルバム名自体、すでにアレだとは思いますが…)
なんならテープをまわしたいくらいです。すげぇ好き。あああ。

今回の目標。『格好いい如月を書く』。さて達成できたかどうか。
クールで隠密な彼が書きたかったらしいです。ついでに男らしい彼が。
「別人じゃないか」と言われても、文句は言えませんね。 …だからといって、しょっぱなからアレか、自分。
ま、アレは四號の趣味ということで…。(弁解になってない)
ちなみに、作中の「二つの姿があるうんぬん」は、一応事実です。出典をド忘れしてしまったんですが。
ちゃんと陰陽五行は調べて書いているので間違いはないはず。では。

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