解説(宗紀評議会について)

  ■元監督HMさんによる今回の宗紀評議会についての解説
 

モルモン教会における「宗紀評議会」については「教会指導総合手引き」にて実施方法等が詳細に規定されている。同「手引き」に基づき、本件の解説を試みたい。

 
教会宗紀の目的

「教会宗紀の目的は以下のとおりである。(1)背罪者を救う。(2)罪のない人々を保護する。(3)教会の純粋さと高潔さと名誉とを守る。教会宗紀には、個人面接の形で行われる計画、保護観察期間を設けてその間権利を制限すること、それに正会員の資格や教会員としての登録を取りあげることが含まれる。」

A子さんの場合、(1)に該当するとの判断が下されたわけである。しかし、レイプされたA子さんは被害者であり、当然、「背罪」にあたるわけがない。

 
教会宗紀に関する責任

宗紀上の処置を行なう必要がある場合、その手続きは、背罪者の会員記録のあるワードが行なうこととなっており、その責任者は監督である。そのため、A子さんは、監督の主催する「宗紀評議会」に召還されたのである。


教会宗紀評議会を開催するケース

宗紀評議会が必ず開催されなければならないのは以下の場合である。

1.殺人

殺人とは正当化できない理由で故意に他人の生命を奪うことである。殺人を犯した人は破門にしなければならない。この場合、堕胎は殺人とはみなされない。また、過失や正当防衛、あるいは戦争などの不可抗力によるものも殺人とはみなされない。

2.近親相姦

3.背教

背教とは、教会員が以下のことを行なうことである。
  1. 教会または教会の指導者に対して、故意に、公の場で明白な反対を繰り返し唱える。
  2. 監督もしくは監督よりも高位の神権指導者に是正を促されたにもかかわらず、教会の教義と相容れない事柄を教会の教義として教える。
    監督もしくはより高位の神権指導者に是正を促されたにもかかわらず、背教者のグループ(一夫多妻を提唱するグループなど)の教えに従う。
  3. 教会にまったく不活発な状態にあったり、単に他の教会に出席したり、またその教会の会員となったりしただけでは、背教とはみなされない。
  4. 教会の重要な役職にあるときの重大な罪
  5. 人の弱みにつけ込むことを常習とする背罪者
  6. 重大な罪の繰り返し
  7. 人々に知れ渡った重大な罪

A子さんの場合、いずれにも該当しない。

必ず宗紀評議会を開催しなければならないわけではないが、開催を検討すべきケースはは以下のとおり。

1.堕胎

但し、強姦や近親相姦によって妊娠した場合、母親の生命や健康が危機に瀕している場合、また胎児に重大な欠陥があって、出産後生命を維持できないことがわかっている場合は、宗紀上の処置の対象としてはならない。

2.性転換手術

これらについても、A子さんの場合、いずれにも該当しないが、姦淫の罪を犯したと認められる場合、特に既婚者ならばまず間違いなく「宗紀評議会」は開催される。しかし、A子さんはレイプの被害者であり、そのこと自体は罪にあたらない。監督は当然のことながら、姦淫のような重大な罪を犯した背罪者に対して面接を行ない、事情を確認する必要がある。A子さんがレイプ被害を訴えているにも関わらず、A子さんを背罪者とみなすには、それなりの調査をしなければならなかったはずだ。

また、教会の規定では、「監督は、宗紀評議会を開く前にステーク会長と協議しなければならない」とされている。A子さんの場合、監督はステーク会長と協議を行なっているはずであり、ステーク会長が宗紀評議会の開催やむなしと判断したと考えられる。後日、ステーク会長がA子さんに謝罪したということは、同評議会の開催に関してステーク会長は、事情を正確に把握しないまま、誤った判断をしたことになる。

 
略式の処置

教会宗紀は、必ずしも「教会宗紀評議会」を開催して行なわれるものではない。監督は副監督に相談せず、単独で教会宗紀上の処置を背罪者に対して行なうことができる。この「略式の処置」には次の二つがある。

1.略式の勧告と警告

軽微な罪に陥った人に対して、重大な罪に発展することがないよう、特別なカウンセリングを行なって力づけることを言う。しかし、モルモン教会の監督は「カウンセリング」のトレーニングを受けていることが資格要件ではなく、カウンセラーとしての技術はない。

2.略式の保護観察

背罪者の教会員としての特権を一時的に差し止めることを言う。「教会員としての特権」とは、聖餐を受ける権利や教会での責任を受ける権利、神殿に参入する権利などである。
また、これらの特権を制限する代わりに、定期的な教会への出席や聖典学習などの積極的な課題を与える場合もある。
これら「略式の処置」について、監督は誰にも口外しないし、公式な記録を残すこともない。

A子さんは、レイプの被害者でありながら、監督とステーク会長の判断で、「略式の処置」以上に厳しいと言える「教会宗紀評議会」の開催による処置が下された。

 
宗紀評議会の運営

宗紀評議会には、監督会の3名が必ず出席しなければならないこととなっている。副監督が出席できない場合は副監督の代理を務める大祭司をワード内から召すことができる。A子さんの場合、監督会3名が出席し、開催の要件を満たしている。

宗紀評議会では、祈りにより開会し、管理役員(A子さんの場合は監督)または管理役員の指名した人が、告発された違背行為を述べ、本人にそれに対する認否を求めることになる。もし本人が告発された違背行為を否認したら、管理役員または管理役員の指名した人が、違背行為を裏づける証拠資料を提示する。証拠資料には、事件の経緯を知っている人の口頭もしくは文書による陳述、信頼できる文書、それに本人の告白の要旨も含まれる。また本人も、告発された違背行為に関して同様に証拠資料を提出し、自分の意見を述べる。

A子さんは、自分がレイプされた経緯を述べたものと思われるが、A子さんの主張を裏づける物的証拠や証人を提示することはできなかっただろう。しかし同様に、監督会側も、A子さんが姦淫の罪を犯したことを裏づける物的証拠や証人も提示できなかったはずである。

にも関わらず、さらなる調査も行なわれず、「罪あり」の裁定が下されたというのは、とても納得のいくものではない。評議会に同席した副監督が、今になって、詳しい事情は知らないと述べていることから、A子さんからの告白を受けていた監督が、ほとんど自分の思い込みにより運営から裁定までをリードしてしまったのではないかと推測できる。十分な審理が行なわれたとは考えにくい。

 
宗紀評議会で下される裁定

宗紀評議会で下される裁定は、以下のいずれかである。

1.無罪

罪が認められない場合は当然、無罪であるが、罪が認められたとしても、公式の処置を下す必要はないと判断されれば無罪ということがあるし、「略式の処置」が行われることもある。

2.公式の保護観察

A子さんの裁定文にはそのことが記されている。具体的には、教会での一定の権利が制限される。

3.正会員資格剥奪

教会に出席したり献金を納めること等以外、聖餐を受けたり責任を受けたり神殿に参入したりする権利を行使することができなくなる。

4.破門

もはや教会員ではなくなり、教会に再加入する場合は承認を受けた上で再バプテスマを受けなければならない。

A子さんは、宗紀評議会の当日に「教会員資格停止処分」と伝えられたというが、そのような裁定は存在しない。また、手引きには「管理役員(注:A子さんの場合は監督)は、宗紀評議会により破門、正会員資格剥奪、公式の保護観察の裁定を受けた教会員が、(たとえ口頭で説明を受けているとしても)裁定とその処置の規定条件について文書にしたものを速やかに受け取れるように手配する」と規定されている。2ヶ月も経過して書面を受け取ったとなると、とても「速やか」とは言えない。また、裁定を受けた教会員は、不服申し立ての権利があると手引きには規定されており、「本人に不服申し立ての権利があることを申し添える」となっている。さらに手引きには「不服申し立ては裁定後30日以内に、裁定を下した宗紀評議会の管理役員に対して行なう」とある。A子さんの場合、不服申し立ての権利があることを知らされず、しかも正式の裁定の通知が30日以上経過してからなされており、手続き上、重大な瑕疵があったと認められる。

 
宗紀評議会と脱会届との関係

手引きでは、「監督またはステーク会長が登録抹消を請求している教会員に対して宗紀評議会への召還を考慮している場合、宗紀規定が適用されるかもしくは権能を有する管理者が宗紀評議会の開催を不必要と決定するまで、登録抹消の請求は保留にしておく。登録の抹消をもって破門や正会員資格の剥奪に代えてはならない。」と規定されている。A子さんの脱会が認められなかったのは、この規定によるが、信教の自由を侵害する規定として問題視すべきだろう。