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社会的な性別(ジェンダー)ってナニ?



さて、今回はジェンダーです。
ジェンダーというものは、学者の数だけ解釈があるんじゃないかというほど複雑というか、ビミョーというか、とにかくよくわからんものなのですので、ここでの説明も多分にオレ様解釈的になってしまうと思いますが、がんばって書いてみます。

産まれたての赤ん坊というのは、当然「自分は女(男)だ」などという自覚はないわけで、成長にしたがい、だんだんと(意味はよく判らないながらも)自覚していくわけですが、これが固まるのがだいたい三歳くらいだといわれています。つまり、3歳の時点で「自分は女だ」という自覚があった場合、SEXのレベルでは男であったとしても、もう、変更は利かないわけです。(「いまさら男だって言われたって、困るよ」というわけです)
これを「性自認」といいます。

また、成長とともに、だんだんと「男らしい行動」「女らしい行動」を身につけていきます。ズボンを好むか、スカートを好むか。腕白か、おしとやかか。自分を「オレ/僕」と呼ぶか、「私/あたし」と呼ぶか。
現代ではだんだんと、この男らしさ/女らしさの境界はぼやけてきましたが、いまだに残っているのはご存知のとおり。女は家庭に入り、男は外で働くという「性別役割分業」もジェンダーのひとつです。いわゆる性差別(女性差別/男性差別)のほとんどはこれが原因といわれています。(このあたりの問題についてはまた別の機会に)

普通「ジェンダー」と言った場合、2番目のほうのみを指すみたいですが、私は「後天的に身についた性別」という意味で、1番目も含めてとらえています。
ただ、ひとつ注意が必要なのは、1番目と2番目の性別は、必ずしも連動していない、と言うことです。男性型の行動様式をしていても、自分のことを女性だと思っている、などという事があるわけです。この点に関してよくある誤解が、「女装する男性は、自分は女性だと思っている」というものです。もちろん、「肉体は男性でも自分は女性なのだから、婦人服を好むのは当然である」という理由の女装者も多数いる(多分こっちのほうが多いとは私も思うけれど、根拠があるわけじゃない)わけですが、「自分は男性であるが、婦人服が好きなのだ」という理由の女装者もいるのである。

というわけで次回はセクシャリティです。


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