0.序章
あらゆる技術は、まず夢物語から始まる。そう言い切ってしまうことは、果たして行き過ぎだろうか。しかし、新しい技術は実用化された時代よりほんの100年ほどさかのぼれば夢物語とよばれたか、夢想だにされなかったかのどちらかではなかっただろうか。それが、机上の空論と呼ばれるようになり、理論的には可能といわれ、実験室で成功し、実用化される。これが、あるときは100年かかり、あるときは10年ですむ。
ここに、1年足らずでこの過程を済ませて実用化にいたった技術がある。このみじかさを「幸運にも」と形容する人はごく少数であろう。それは「N機関」「Nドライブ」と呼ばれる技術である。原子炉以上の高エネルギーを発し、放射能の心配が一切ない技術。とある小国の民間会社が発表したこの技術は、当初一笑に付された。が、わずか1年後に発表された実用化製品に、世界は驚愕した。瞬く間に原子力はN機関に置き換えられていき、エネルギー革命と呼ばれた。
N機関への転換は、兵器へも及んだ。動力はもとより、核弾頭すら、N機関を応用した爆弾「Nボム」に置き換えられた。Nボムは弾道ミサイルはもとより、通常兵器にすら、置き換えられていった。戦術核代わりのNボムミサイルや敵戦闘機を一挙に排除するNボム防空ミサイル、ついには戦車砲や航空機の機銃にまで、Nボムが使われるようになった。
核汚染の心配のない大量破壊兵器に抑止力はなかった。大国間での戦争が始まる前に、世界中で内乱が勃発した。NボムとNボムが相打つ内戦は瞬く間に国力を低下させた。
そんな中、奇妙な現象が確認された。Nボムを使用すると、電磁波が使用不能になるというのである。メカニズムは不明ながら因果関係だけははっきりしていたので、N因子というものが仮定され、N機関で発生するこの因子の濃度が、電磁波障害に影響すると理解された。この電磁波障害は、当初は数秒から数分程度のものだったのが、Nボム使用が進むにつれて数時間から数日に及ぶようになり、ついには動力としてのN機関使用ですら電磁波に障害を及ぼすようになった。そのため、まず誘導兵器が使用不能になり、ついで航空兵器の使用が制限されるようになった。無線通信による航空管制が不能になり、レーダーも使えない状態では、計器に頼らない有視界飛行をせざるをえなくなったのである。
国力の低下とこの電磁波障害のため、内乱は急速に鎮まった。どの陣営も継戦能力を失っていたのだ。そのため互いの陣営を独立国家として認め合うことで、内乱は終了していった。結果として大国は消滅し、無数の小国がひしめき合うこととなったのだ。
しかし、戦闘はなくなっても平和が訪れたわけではなかった。各国とも電磁波障害の謎を解き明かそうとし、それが無理とわかると、その環境下で効率よく運用できる兵器の開発に着手した。そして内乱終結後、小国が小国なりに国力を充実させ始めた頃、小国の一群が「あらゆる意味での政治的中立」を宣言して合併、国家ではなく技術産業体であるとして「カンパニー」を名乗り、取り戻した戦前の技術をもって、あらゆる国にハイテク製品を輸出し始めた。そのなかで各国が飛びついた兵器が、かつて非効率であると退けられ、物語のなかでのみ存在し得たロボット兵器であった。しかし、複雑な人間の動きを再現できるだけの技術は「カンパニー」にもなかった。そこで、人間の動きをトレースする機械強化服方式がとられた。「装甲強化服」と呼ばれるこの兵器種は、兵士が肉眼で状況確認し、判断、戦闘をしなければならないという条件下では、他種をはるかに超える威力を発した。
この兵器を手にした一部の国々は、戦争を再開した。「先手必勝」という言葉が背中を押したのである。そして、対抗上、その他の国々も兵器の供給を受けざるを得なくなっていった。
兵器の生産母体がただひとつ「カンパニー」であるということが、ひとつの特異な現象を生み出した。敵と味方の兵器に互換性が生じたのである。独自技術を開発するよりもはるかに安価に兵器が手に入るため、各国は兵器開発を止め、その供給を「カンパニー」に頼りきったのである。
開発予算を組む資金があったら、その分ひとつでも多くの兵器を購入する。こういった姿勢は、軍の人事にも影響した。人材育成は、兵器の購入以上に資金がかかるのである。どうせなら人材も「買う」ほうが安くつく。そう思った国々は、傭兵を雇うようになった。指揮官レベルならともかく、消耗品である一兵卒にまで、金をかけられる国は少数だったのである。
「カンパニー」は、この状況を維持するため、大量破壊兵器としてのNボムの供給を停止した。
こうして、装甲強化服を着た傭兵、機動歩兵が戦場の主役となる戦乱の時代が訪れたのである。
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