1.士官学校
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥ
ブザー音が部屋中に響き渡った。非常呼集のアラームなどではない、ただの起床ブザーだが、鳴り始めてから2秒以上ベットの中にいる者はいない。大部屋に据えられた15台の2段ベットから30人の男女が一斉に飛び出し、トレーニングウェアに着替え始める。起床ブザーが鳴るのが0600時。0615にはグランドで整列していなければならない。だが、これでも楽になったのだ。一般兵の時には0530時起床だったのだから。しかも掃除洗濯なども自分でやらねばならない。しかし、士官候補生になった現在は、すべて一般兵に任せることができる。候補生とはいえ、士官としての待遇を受けることができるからだ。
グランドに整列したら、ストレッチの後ランニング。30分ほどランニングをしたら、シャワーを浴びて制服に着替えて朝食となる。トレーニングウェアだの、作業着だのを着ての食事は許されない。食堂(士官と一般兵の区別はない)の配膳コーナーで調理担当の一般兵からトレーを受けとって、好きな席で食事をとることになる。
「ここ、いい?」
そう言ってメイリンの隣りに座ったのは、ルー・シャオリン上等兵だった。多少控えめながらもバランスのとれたプロポーションの上に少し幼く見える顔が乗っている。性格も(軍隊にいるにしては、であるが)素直で、調理担当兵の中でも候補生達に男女の区別なく好感を持たれている。
「あ、おはよ、シャオ。でも、われらが食堂の天使が、こんな時間にのんびりしてていいわけ?」
メイリンが椅子を引いてやりながらたずねると、シャオリンはにっこり笑った。
「非番よ。交代してもらったの」
「なんだ、また休日の非番を誰かに譲ってやったのか」
「というより、平日の非番を譲ってもらったっていうのが正解ね。休日に非番もらっても、休みにならないもの」
そういえば、最近彼女に群がっている恋人志願者達を見ないな、とメイリンは思った。
「だけど、今だって『朝食を一緒に』なんていうのが群がってくるかもよ?」
「大丈夫。虫よけがいるから」
「虫よけ?」
「そ。候補生の中ではコワオモテで通っているんでしょ?」
シャオリンの視線はメイリンに注がれている。
「そーゆーことを言うのはこの口か」
「ぎょひぇんひゃひゃい・・・」
しばらく頬をつまんでぐにぐにとやってから、メイリンはシャオリンを開放した。
「まったく、こんな可憐な乙女のどこがコワオモテなのよ」
「・・・・・・」
腕を組んで胸を張るメイリンの身体は引き締まった筋肉質で、筋骨隆々としたマッチョとは言えなくても女性らしさからは少し離れた存在だ。だが、メイリン自身はそんな自分の肉体を結構気に入っている。そんな彼女をしばらく恨めしげに見ながら、シャオリンは口を開いた。
「軍人を目指す人がなんで可憐なのよ」
「シャオだって軍人なのに『可憐な乙女』で通ってるじゃない」
「あたしは一般兵だもの。射撃訓練とかは一応やったけど、しょせんは基地内で働くただの労働者よ。強化服着て戦場に出ようなんていうメイとは違うわ」
「へーへ−、どーせあたしはがさつですよ」
メイリンはすねたフリをしたが、顔が笑っている。
「なんかいいことでもあったの?」
シャオリンの問いに、メイリンは「よくぞ聞いてくれました」という顔をした。
「いよいよ今日、完成するんだ。私の強化服」
「へぇ、おめでとう!」
「謝々(シェシェ)シャオ。これで戦闘訓練ができるわ」
「そいつは不正確な認識だな」
そのとき正面の席に座った男の台詞に、メイリンの表情は一変した。
「てめぇ、コウ・レイ! どういう意味だよ」
「今日完成するというのはあくまで予定だ。しかもロン・メイリン、貴様の場合は『予定は未定』という奴だからな」
そう言うレイの顔には嘲りの色があからさまに見えている。
「今日は外装の取り付けから入るんだ。完成しない訳ないだろう!」
メイリンはドン、とテーブルを叩いた。
「事実認識に誤りがある。すでに同期生のうち私を含めた半数は昨日の時点で外装の取り付けに突入している。残り半数は確かに今日から外装にとりかかる。だが、他の者は貴様と違って、内部機構のチェックはすでにパスしているんだ。つまり、貴様は同期の中で最も作業が遅れているということになる」
「そんなの、今日の作業でとり返すさ。チェックにパスすれば、後は外装の取り付けだけじゃないか」
「パス、すればな」
感情をまじえない冷静な口調が、生半可な嘲り以上にメイリンに火をつけた。
「てめえ、喧嘩売ってんのか! なんなら今ここで勝負をつけてやってもいいんだぜ」
「私闘は軍務規定に違反する。だが、今日は仕上げにいいイベントがある」
「イベントだと?」
「明日の修理実習のために、完成した強化服を壊し合う。素手で、しかもバーニア機動なしでだ」
「格闘戦、ってわけか」
メイリンは、にやりと笑った。
「面白い、受けてやろうじゃないか」
「だったら死に物狂いで組み立てるんだな。完成しなかったから貴様の不戦敗だからな」
レイの男性にしては痩身だが、決してひ弱なわけではない身体が立ち上がった。男性平均を少し上回るメイリンより、さらに頭半分背が高い。言い合いをしながら食事もきっちり済ませたらしい。口にモノをいれたまましゃべったりはしていなかったのだが。
「ふっふっふ。生身での格闘実習じゃ、あたしがトップだったんだ。叩きのめしてやる」
ポキリ、ポキリと指を鳴らしはじめるメイリンに、会話においていかれていたシャオリンが心底不思議そうにたずねた。
「ねえ、なんでメイはレイを眼の敵にするの?」
「その台詞はあいつに言ってよ。聞いてたでしょ? いつもいつも喧嘩売ってきて」
「相手にしなきゃいいだけじゃない」
メイリンの反論を、シャオリンはあっさり封じた。
「それをいつもいつも律儀に付き合っちゃって。ホントは好きなんじゃないの?」
言われた内容を、一瞬メイリンは理解できず、一拍おいてからコーヒーを吹きだした。
「ゲホゲホ。シャオ、どっからそーゆー発想が出るのよ」
真顔で問い返すメイリンに動揺の色を欠片も見出せなかったシャオリンは、「あーあ」と大げさにため息をついた。
「反目し合う二人にいつしか愛が・・・・・・って、小説ならなるんだけどなぁ」
「いっしょにしないでよ」
苦笑するメイリンにシャオリンが続けて言った。
「どうやったらこーゆーお姫さまができあがるんだか」
「あたしはオヒメサマなんかじゃないわ。親が大統領をやってるだけよ」
不機嫌にメイリンが言い返す。
「でも、ずーとお父さんが大統領じゃない。その前はずーっとおばあさんが大統領。世襲で大統領やってる家系の娘って、やっぱりお姫さまって言うと思う」
「たまたま当選しつづけただけ。ロンホウは仮にも大統領制の国家よ。それとも、なにか裏工作でもしたかな」
「そんなことしてないと思うわ。あたしもメイのお父さんに投票したもの」
しれっと言うシャオリン。
「じゃあ、奴が引退したら誰に投票するつもりだよ」
「メイにしようかな」
「だあぁぁぁ、やめてっ」
メイリンは頭を抱えた。
「柄じゃないぃぃぃ。大体、そのせいでこんなとこに放り込まれたんだから」
「なに言ってんの、天職だとか思ってるくせに」
「それは否定しないけどね。だけど、こっちはそんな気はないってのに妙な警戒されて兄貴達にここへ放り込まれたのは事実よ。戦死でもしたら喜ぶだろうな。肉親を犠牲にささげたなんてのは、格好の美談だから」
「でも、メイは戦死する気はないんでしょ」
「当然」
「だったら許してあげる」
「許すって、なにを?」
「さあ、なにをでしょ☆」
きょとんとするメイリンをおいて、シャオリンは席を立った。
訓練は0900時開始である。組み立て実習中のメイリン達士官候補生30名は、作業着姿でハンガーへ集合し、昨日の作業の続きを開始した。
「エラーなんか出ないでよ・・・・・・」
教官の前でチェック用端末を接続しながら、メイリンはつぶやいた。問題がなければ外装の取り付けに移れるのだ。接続はすぐに済み、チェックプログラムを走らせる。
待つこと数分。結果は・・・・・・
《必須ユニットが存在しません。ユニットが接続されていないか、機能を停止させているか、破損しているか、コントロールソフトウェアに異常がある可能性があります。欠けている必須ユニット:左肩関節駆動ユニット,右脚部ユニット群》
やりなおしである。
「ツァイ少佐、まさか初期不良なんてことは・・・・・・」
「組み立て前にチェックしただろう。バラして接続状況を確認するんだな」
「アイアイサー」
教官のありがたいお言葉である。メイリンはとりあえず脚部のチェックにとりかかった。
「よかったじゃない」
隣りで作業していたカオリ・コミヤ候補生が話しかけてきた。人種的な違いは感じさせないが、親はロンホウの出身ではなく、帰化二世なのである。
「なにがよかったのよ」
憮然としながらも手を止めず、メイリンはカオリに応じた。カオリはメインフレームへの基本装甲の取り付けをほぼ終えつつあった。外部装甲や基本兵装その他のオプション類はこの基本装甲に取り付けるのである。内部機構だけでは、単なる筋力増強用の機械式強化服に過ぎない。
「だって、エラーが出たのが動作検出ユニットやNRジェネレーター周りだったら、ほとんど全部バラさなきゃいけないのよ?」
動力レンチを操る手を止めて、カオリは言った。
「だって、左足そのものがないなんて、どーすればいいのよ」
右脚部ユニット群がないとは、そういう事なのである。
「ったく、ちゃんと付いてるのに、節穴かよ」
「節穴はメイリンでしょ」
チェックモニターをにらむ彼女にカオリは言った。
「丸ごとないなんて、いっそ簡単じゃない」
「だったらちょっとみてよ」
「だーめ。自分の力にならないでしょ。生き残れないわよ」
「くうぅぅ、やっぱりバラさなきゃダメか。早く完成させないと、コウ・レイの奴に好き放題言われちゃう」
「ナニ、またやったの? しょうがないわね。じゃ、ヒントだけ」
カオリの言葉にメイリンの顔がぱっと明るくなった。
「うん、うん。ヒントヒント」
尻尾を振らんばかりのメイリンに、カオリは調子をつけてヒントを言った。
「1にスイッチ、2に接続。3,4がなけりゃ、もう一度。ツァイ少佐が言ってたでしょ?」
「でも、足1本丸々無いことになっちゃうミスなんて・・・」
言いながら接続部分を覗きこんだメイリンは、あっと声を上げて隙間から指を突っ込んだ。
「ここの固定レバーが下がってなかっんだ。さすがカオ、愛してるわ」
「はいはい、愛してなくていいからさっさと肩も見たら」
いつもながら調子のいい台詞にあきれてカオリは自分の作業を再開した。
「おっけー」
嬉々として肩を覗きこむと、こちらは駆動装置のパワースイッチが入っていなかっただけであった。教官立会いのチェックもOK。後は外装をひたすらとめるだけである。
その時ツァイ少佐の声が聞こえてきた。
「全員そのまま聞け。今、完成第1号が出た。コウ・シンファだ。ここでひとつ発表がある。今日は全員が完成したところで軽く格闘戦をやる。だが、強化服を着れば気づくことだが、生身でとはかなり勝手が違ってくる。そこで、完成した者から、すぐ外のCフィールドで慣らし運転をすることとする。早く完成しないと、強化服に不慣れなまま戦うことになるから、完成を急げよ。以上だ」
少佐が言い終わると、横に立っていた長身の女性が機体を離れて、ハンガーの隣りの更衣室へと歩いて行った。作業着では強化服に乗ることはできない。
「コウ・レイの奴、自分だって組み立ては早くないじゃない」
「そうでもないわよ」
言ったとたんカオリに否定される。
「ほら、レイも更衣室に行ったわ」
言われて見れば、確かに更衣室のドアを開けるところだ。
「早く組み立てないと、慣らし運転不足で負けるわよ」
カオリに言われるまでもなく、その後メイリンは黙々と作業を続けた。
「よし、ロン・メイリン候補生、最終チェック・オールクリアー」
ツァイ少佐の言葉は、メイリンを安心させはしなかった。結局、強化服を完成させたのは、最後から3番目だった。しかも、残る二人も組み立ては終わったらしく、教官立会いの最終チェックを待っている。慣らし運転の時間はほとんどゼロと言っていい状況だ。
「やばっ」
メイリンは更衣室へ駆け込んで、急いで着替え始めた。身につけているものを全部脱いでから、強化服用のインナースーツを身につける。インナースーツは、頭からつま先まで顔と股間を除くすべてが身体にぴたっとつく極薄の素材で被われている。機密性に富み、汗を外に漏らさないので、強化服の中が汗臭くなるようなことはおこらない。一見てかりを帯びたグレーに見える表面だが、それは光の干渉によるもので、実際はミクロン単位の白黒のチェック模様になっている。強化服の内部センサーは、圧力センサーとこのチェック模様を検出する光学センサーの2系統で、着た者の動きを感知するのである。股間は金属の弁がとりつけられている。強化服を着ているあいだはこの弁を通して機体のタンクに排泄するのだ。頭にはヘルメットをかぶる。顔は透明なプラスチックのフードになっているが、簡単なエアーコンディショナーが組み込まれているため、曇ることはない。
着替えているあいだに残り二人も更衣室に入ってくる。
「トロトロしてると、追いぬいちまうぜ!」
言われて慌てて更衣室を飛び出す。スーツのてかりがメイリンの身体の凹凸を強調して、筋肉の動きが手にとるようにわかるほどだったが、そんなものを気にする候補生はいない。急いで自分の機体に戻ると、開閉スイッチを押し、はしごをよじ登る。その間に頭部が持ちあがり、両肩が横に開く。そして搭乗を手助けするための支えが伸びてくるので、松葉杖の要領で両脇の下に支えを入れて上半身を保持し、下半身を機体に滑り込ませる。それから支えのスイッチを押すと、メイリンの身体はゆっくりと機体に滑り込んだ。両足も両手の指もちゃんと納まったのを確認して、
「ハッチ閉鎖」
と言うと、肩と頭が元に戻る。内部モニターに出撃前機体チェックのメッセージが流れ、映像が出る。外部カメラが作動したのである。そして、それが、装甲強化服の全機能が起動した証でもあった。
「行くぞ」
緊張しながらメイリンは1歩踏み出した。はじめての強化服での行動である。パイロットの動きをそのままトレースするとは言っても生身での行動とは感触が違うと、頭ではわかっていたつもりだった。だが、頭での理解と実感には、雲泥の格差があった。
「お、重い・・・?」
足が思うように動かない。まるで濡れてぴったりと足に張りつくジーンズをはいているようだ。上半身も似たようなもので、足に合わせて手を振る動作すら緩慢にしかできない。それでもメイリンは無理矢理走り出した。こんな感触だからこそ、慣らし運転の時間が取れない今は集合場所までの距離を利用しなければならない。
全身の駆動系が作動する音と強化服の足が地面にあたる音を聞きながらメイリンは走った。まるで悪夢の中で逃げ回っているときのように足はもつれ、転ばないようにするだけで精一杯だった。
「こんなので格闘しろってのか」
ぼやいている間に集合場所についてしまった。
レイを探すのは骨が折れそうだった。集合場所にはまったく同型、同色の機体が群れていて、肩に書かれたナンバーでしか区別がつかない。きょろきょろしていると(パイロットの頭の動きに合わせて外部カメラが動くので、本当にきょろきょろしているように見える)1機の機動歩兵が近づいてきた。ナンバーは13、レイだ。
「ずいぶん待たせたな」
レイの強化服のスピーカーから、彼の声が流れた。電磁波が使用不能の環境下での戦闘を主眼にデザインされた強化服は、コミュニケーション方法が原始的だ。すなわちパイロットの声を外部スピーカーで流し、マイクで拾うのだ。
「大昔のナントカって剣豪は、決闘に必ず遅れたそうだぜ」
そう軽口を叩きながらもメイリンはあせっていた。レイの身のこなしが、メイリンよりはるかに滑らかだったのだ。
「それではさっき言った通り、2人1組になって1対1の格闘戦をやる。ただし、これは格闘の技術を高めるためのものではない。明日の補習実習のために軽く機体を壊すとともに、強化服の着心地を実感するのが目的だ。したがって壊していいのはパテアーマーまで。間違っても高価な部品まで壊すなよ」
ただ1機だけ盾を持った強化兵のスピーカーからツァイ少佐の声が流れた。
「では、始め!」
ツァイ少佐の号令でメイリンとレイは向き合ったまま身構えた。組み上げたばかりの機体はまだ火器の類は装備していない。白兵戦用のアックス(斧)などもない。使えるのは、下腕部から拳をカバーするように伸びた、動物の牙のような「ラムナックル」だけだ。装甲強化服の「手」は可動部分の中では最も精密にできている。そのためそこだけは直接パイロットの手が納まっているのではなく、下腕部の中に納まったパイロットの手の動きをトレースする形になっているくらいである。そんなもので、強化服のパワーをもって相手に殴りかかっては、一発で殴ったほうの拳がひしゃげてしまう。そのため、硬度と柔軟性を兼ね備えた金属製の「牙」で殴りつけるのだ。だが、標準構成の装甲強化服は、利き腕にしかラムナックルはない。反対の手には盾を持つため、邪魔になるからだ。盾は防御以外にも叩きつけることでラムナックルの代わりになるので必要ないからでもあるのだが、今はそれもない。他にはラムナックルと同じ材質で靴のように覆われた足しか使うことはできないだろう。
「だけど、こんなに動きにくいのに足技なんか使えるのか?」
自問したとたん、レイの右のラムナックルが襲い掛かってきた。生身でなら緩慢と感じただろうその一撃を、メイリンは避けきれなかった。硬いものがぶつかる重い音がして、メイリンの胸部装甲が派手に砕け散る。だが、砕けることで衝撃を吸収するパテアーマーはそれ以上の被害を食い止めた。胸部のパテアーマーもまだ半分以上の厚みを残している。
「この程度か、ロン・メイリン!」
続いて回し蹴りが来た。
「くっ!」
スウェイ・バックしようとして足がもつれ、結局どたどたと後退することでなんとか避ける。だが続いて反対の足が蹴りを放ち、メイリンはそのままどたどたと後退を続けざるをえなくなってしまった。
「こんなのを着て、連続回し蹴りだと? なめるな!」
メイリンは後退を止めて代わりに1歩前に出て、レイのつま先でなく脛をラムナックルで受けた。脛のパテアーマーとラムナックルが激しくぶつかり、パテアーマーが衝撃で砕ける。そしてバランスを崩したレイに向かってラムナックルを叩きつけようとしたが、レイは受け流しつつメイリンを蹴り上げた。
「巴投げまで・・・!」
レイが強化服にかなり慣れてきていることをメイリンは認めざるをえなかった。その一瞬の自失をのあいだに、レイが体勢を立て直して、向かって来ていた。立ち上がる間もなくすくいあげるような蹴りが飛び、メイリンはやっとのことでそれをかわした。だが、それはレイのフェイントだった。体勢を崩したところに振り上げた足での踵落しが襲い掛かり、メイリンはつい、左腕で受けてしまった。
「しまった!」
胸部への打撃よりはるかに派手に装甲が砕け散る。パテアーマーの層はほとんど残っていなかった。
だが、メイリンも足を捕まえようと手を伸ばし、それを避けてレイが後退した隙に立ち上がることに成功した。
「ほとんど慣らしをやってない割にはやるじゃないか」
「丁度いいハンデよ。でなかったらあんたは今ごろとっくに沈んでたわ」
「たいしたはったりだ」
言ってレイが右のラムナックルを繰り出す。それをあえてメイリンは左腕で受けた。
「なに!」
わずかに残ったパテアーマーが砕け散り、基本装甲がいやな音を立てる。だがメイリンはラムナックルを正面から受け止めず、相手の勢いを殺さずに受け流した。そして自らもラムナックルを繰り出す。カウンターの形となったメイリンのラムナックルはレイの頭部へと迫った。
「やめんか」
ヒット直前に横から突き出された盾が、メイリンのラムナックルを受けてパテアーマーの破片を撒き散らした。
「全員止め!」
「アイアイサー!」
号令で全員が戦闘態勢を解いた。
「ロン・メイリン候補生。俺がこの格闘の目的をなんと言ったかおぼえているか」
「イエッサー!」
直立不動でメイリンは答えた。
「では言ってみろ」
「アイアイサー! この格闘の目的は、明日の補習実習のために機体を壊し、また、強化服の着心地を実感することです。サー」
「その通りだ。では、コウ・レイ候補生。そのあと俺がなんと言ったかおぼえていたら言ってみろ」
「イエッサー、アイアイサー。壊していいのはパテアーマーまで。間違っても高価なパーツを壊さないようにとおっしゃいました、サー」
同じく、レイが直立不動で答えた。
「バカもん! だったら加減せんか!」
「「申し訳ありません、サー」」
2人は同時に声を出した。
「全員ハンガーへ戻って強化服を脱いだら解散。NRジェネレーターは停止、強化服のメインスイッチも切ること」
そこまで言ってからツァイ少佐はふたりに向き直った。
「ロン・メイリン、コウ・レイの両名は、そのあとハンガー周りを20周だ」
「アイアイサー!」
二人は少佐に敬礼した。
他の候補生が宿舎へと引き上げて行った後、二人はインナースーツのままハンガーの周囲を走り出した。軍のランニングは無言で走ることはない。声を出しながらでも走ることができなければ、実戦では困るのだ。
「コウ・レイ。おまえなんであそこまでやったんだ? こうなることぐらい判ってただろうに」
最初は訓練歌を歌っていたメイリンが、ふとたずねた。
「貴様を思いっきりぶちのめせるなら、ランニングくらい安いものだ。貴様は違うのか?」
「あたしだってそうさ」
逆に問われて、まさか「熱くなってころっと忘れていた」とも言えず、メイリンはそう答えた。
「それに手加減はするのもされるのも嫌いだからな」
しかし、独り言のようにボソッと言ったコウ・レイの言葉には「同感だ」とは言わず、メイリンはまた、訓練歌を歌い出した。レイは1フレーズだけそれを聞いてから、わざわざべつの訓練歌を歌い始めた。
ランニングが終わったとき、夕食の時間はすでに終わっていた。二人がハンガーの更衣室に戻ると、バスケットがひとつおいてあった。中には二人分のサンドイッチとパック入りのミルク。それからカードが1枚あった。
『おばかさんたちへ あんまり手間をかけさせないでね☆』
レイはさっさと着替えると自分の分だけ持って出て行った。そしてメイリンは、
「シャオ、感謝」
と言って、カードにキスをしてから、その場で食べ始めた。
コメント(その1)
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