2.傭兵たち

 翌日の補修実習もハンガーが集合場所だった。昨日と同じ作業デッキで、教官の指示を待つ。だが、ただ一人メイリンだけは昨日と違う位置、すなわち中央にいる教官のすぐ横の作業デッキに、自分の強化服とともにいた。
「これから補修実習をおこなう。予定ではパテアーマーの修復のみ実習でおこない、後は講義で済ませるはずだったが、昨日、基本装甲まで壊した者がいるので、その修理手順を実際に見学した後、パテアーマーの補修実習へと移ることにする」
 ツァイ少佐は全体を見回すとメイリンに指示を出した。
「機体状況をチェック」
「アイアイサー」
 メイリンは教化服にコードで接続したコントローラーを操作して、機体状況を表す2D(2次元)図を呼び出した。強化服着用時には常時パイロットに示される簡易図で機体前後の2つある。同じものがコントローラーを通して全員が注視する大型モニターに映された。
「詳細図に切り替え」
「アイアイサー」
 メイリンの操作で2D図が消え、3D図が現れる。立体的に再現された強化服が、ゆっくりと回転している。ブルーで表された強化服の左下腕部の一部だけ、黄色で表示されている。
「青い部分はダメージがないか、パテアーマーの破損のみですんでいることを示している。パテアーマーのみの被害なら、『軽損』だ。この黄色は、基本装甲に無視できない歪みが生じているという意味だ。大雑把な言い方をすれば『小破』ということになる。この段階ではまだしばらく攻撃に耐えることが出来るが、この歪みは時間がたつと接合部に影響し、メインフレームそのものを破損させてしまう。したがって交換が必要だ。さらにダメージを受けると赤い表示になる。基本装甲の耐久性が著しく落ちているという意味だ。『中破』だな。こうなると、悪ければ次の一撃でダメージが内部にまで及ぶ。内部までダメージが及べば、当然その部分の機能は停止する。その部位は黒く表示され、内部構造やメインフレームの交換が必要になる。『大破』という奴だ。そしてその次がパイロットの死亡、『撃破』というわけだ」
 「撃破」のところで候補生達の喉がゴクリと鳴るのを聞いて、ツァイ少佐は言葉をとめた。
「パテアーマーが開発される以前は、装甲といえばこの基本装甲のように金属などを整形した板をつなぎとめるだけだったが、それでは機体各部のすべての装甲パーツを十分に用意しておく必要があった。これは補給に相当の負担をかけることになり、たとえばある前線基地では腕を覆う装甲パーツが底をついたのに足のパーツは倉庫にあふれている、などということがたびたび起こった。だが、現在でも基本装甲や内部構造はストックが必要とされる。装甲パーツがなくて、廃材の鉄板を整形して使う、などということはないようにしたいものだな」
 ツァイ少佐は言葉を切って候補生を見まわした。
「さて、その貴重な装甲パーツをだめにしたロン・メイリン候補生に基本装甲の交換を実演してもらおう」
「アイアイサー」
 ロン・メイリンは慎重に動力レンチを差しこみ、トリガースイッチを引いた。だが、うなるような音を立てるだけで、回転しない。
「歪みでボルトが硬くなっていることがよくある。パワーを上げてみろ」
「アイアイサー・・・・うわっ!」
 パワーダイヤルを回したとたんボルトが一気に回転し、飛び出すようにはずれた。
「こんなこともあるので、自分達がやることになったら注意すること」
 こんな調子で冷や汗をかきながらメイリンは基本装甲を交換し、外部装甲をとりつけた。
「それではここからパテアーマーの補修実習にうつる」
 そう言ってツァイ少佐はメイリンが取り付けたのと同じ外部装甲パーツのひとつをとりあげた。
「この外部装甲、つまりパテアーマーは、装甲用の特殊素材でできた粘土のようなものをあらかじめ必要な形状に整形して固化したものだ。非常に軽く、破砕することで衝撃を吸収するという性質がある。だが最大のメリットは、この部分の補修は原則としてパーツ交換ではなく欠けた部分にまだ固まっていない粘土状の素材、つまりパテを盛り付けて修理するというところにある。あらかじめ部位ごとにパーツを用意しなくても、必要な分量のパテを使うだけで補修できるため、パーツのストックが少なくてすみ、補給に負担をかけないのだ」
 装甲パーツを置き、補修用具をとりあげる。
「まず、脆くなっているところをハンマーで叩き落とす。生身の人間の力で砕けるようでは用をなさんからな。それが終わったら、ポルト穴の確保をする。パテが固化したら最後、メンテナンスができなくなるなどというのでは困るからな。紙製の筒でレンチを差しこむ穴を確保するんだ。それからこのパテ・ガンでパテを補修個所に少しずつ盛り付ける。トリガーを引いている間だけパテが出るから、最初は少し出したらへらで伸ばすように塗り付ける。気泡が入らないように十分気をつけろ。破損部分が覆われたら少しずつ厚塗りして元の厚さに戻し、形を整形したら作業は終わりだ。厚さにもよるが、2〜8時間で固化し、補修完了となる。なにか質問は?」
 少佐は候補生を見まわした。
「サー、そのような継ぎ足し修理で、耐久性は保たれるのでしょうか」
 組み立て実習で最初に機体を完成させたシンファが質問した。
「いい質問だ。今説明した補修では、厳密には新品のパーツと同じ耐久性は取り戻せない。だからある程度以上の破損は、交換にしたほうがいい。ただ、パテアーマーができるまでは、ストックの数を気にして多少の破損は交換せずにほうっておかれるということが頻繁にあった。そのような事態が起きにくいという点でこの補修法のほうがすぐれていると言える。また、激戦が予想されるときに厚めにすれば、より一層のダメージに耐えられる。ただ、そのぶん機体の運動性が落ちるのが難点だがな」
 他に質問は出なかった。
「では各自、補修作業を開始。それから、ハンマーで落とした破片や交換したパテアーマーは回収するからまとめておくこと」
「アイアイサー」
 慣れた者なら1、2時間ですむ作業も、はじめての候補生達は手間取り、結局1日がかりの仕事となってしまった。パテアーマーの層にとどまるダメージはセンサーでは検出できないので、目視点検せざるをえないのだ。


「次」
 言われて先頭の5人ほどが水蒸気の尾を引いてジャンプする。そのまま空中で定められた姿勢をとって、逆噴射しつつ着地。そのまま走って次のフィールドへと急ぐ。
 機体の組み立てから1ヶ月が経過した。連日強化服の操作だけで戦闘訓練は一切なかったが、不満を漏らす候補生はいなかった。強化服に慣れなければ戦闘どころではないということが身にしみて判ったからだ。しかし1ヶ月という期間は候補生達が強化服に慣れるのに十分だった。
「メイリン、聞いた?」
 ジャンプの順番待ちの間にカオリが話しかけてきた。
「聞いたって、何を」
「基地に傭兵が来てるんだって」
「傭兵がこんな後方の基地に? デマじゃないの?」
「ミンメイが見たんだって」
「ミンメイがねぇ」
 シン・ミンメイは同期の士官候補生だ。
「次」
 自分達の番になったので、カオリとメイリンはフリアティックロケットをふかした。ロケットモーターに送られた純水が水蒸気爆発を起こし、轟音とともに機体を持ち上げる。純水の量を調節しながら落下スピードを殺して着地、すぐさま走り始める。
「見間違いじゃないの」
「だったらあとで本人に聞いてみれば」
「そうね」
 そこで2人は教官の待つゴールにたどり着いたのでお喋りを中止した。

「ふぅわぁぁぁ」  訓練後にシャワーを浴びるとつい、声が出るのは候補生共通の特徴だ。メイリンもまずざっと汗と汚れを流して、それからミンメイを探した。
「だから、ホントだって」
 とたんにミンメイの声がした。レイとしゃべっている。
「それって、傭兵を見たって話?」
「そうそう、メイリンは信じてくれるよね」
「何を根拠に言ってるんだか。見間違いじゃないの?」
「あ−、メイリンも信じてくれないんだぁ。ぐすぐす、泣いちゃうぞ」
 こいつホントに軍人かよ、と毎度毎度思わせる口調に苦笑するメイリンはを置いてレイが聞いた。
「ミンメイが見たのが傭兵だという根拠は何だ?」
「強化服がロンホウ国軍のタイプじゃなかった」
「スタンダードじゃなくても、カスタムタイプなら結構正規兵でも使ってる」
「カスタムじゃないもん。あれは絶対、イチから自分でデザインした、オリジナルタイプだったよ!」
「まあ、ミンメイが強化服を見誤るとは思えないけど」
「でしょ、でしょ」
 メイリンにこくこくとうなづくミンメイ。
「しかし、傭兵なんていうのは、前線で戦闘するのが仕事だ。したがってこんな後方の訓練基地にいるはずがない。やっぱり見間違いだな」
 そう一人で結論付けて、レイはシャワー室を出ていった。
「うう、見間違いなのかなぁ」
「他に何か見なかったの?」
 落ち込むミンメイにシャワーを浴びながらカオリが声をかけた。
「ほかには・・・。あ、大型トレーラー!」
「とれーらー?」
 メイリンが聞き返す。
「うん、あれは絶対キャリア・ハウスだ」
 キャリア・ハウスとは、装甲強化服を予備パーツとともに運びながら長期間移動するための特殊トレーラーである。
「だとすると、ミンメイが見たのはやっぱり傭兵かもしれないよ。キャリア・ハウスなんて、使うのは傭兵ぐらいだもの」
「ありがと、カオリ☆ さぁ、メイリンもこれで信じたよね」
「う、うん・・・」
「くちゅん!」
 メイリンが返答に困って言いよどんだとき、ミンメイが派手にくしゃみをした。つられてメイリンも一発。
「くしゅん!」
「ほら、2人とも裸のままおしゃべりしてるから」
 カオリがシャワーノズルを二人に向ける。
「よく暖まってから出てきなさいよ」
 そのままメイリンにノズルをパスすると、カオリはシャワー室を出ていった。

 翌朝、食堂でメイリンはシャオリンに傭兵のことを聞いた。
「傭兵かどうかは別として、このあいだ増員があったのは事実よ」
 それがシャオリンの答えだった。
「人数の増減は、調理担当に直接かかわってくるもの」
「で、増えた面子、見た?」
「四人見たわ。来てるものはすごいラフ。3人は軍服ですらなかったわね」
「作業着かトレーニングウェアでも着ていたの?」
「ううん。全員、綿パン。で、トップスは一人がタンクトップ、ひとりがTシャツ。あとの一人は綿シャツだったんだけど、これがすっごい美人なの」
 シャオリンは話しているうちに興奮してきたようだ。
「民間人じゃないの?」
「どうして民間人が基地の食堂で食事するのよ」
「えーと・・・」
「出入り業者は食堂は使わないし、お客さんなら別室でもっといいもの食べてるはずよ」
 シャオリンの正論にメイリンは反論できない。
「かといって、わが軍の正規兵にあそこまでラフなのがいるとも思えないし、やっぱり傭兵なんじゃない?」
「でも、じゃあなんで傭兵なんかが後方の訓練基地にいるわけ? しかもここは未来の指揮官を育てる士官候補生の訓練施設だよ?」
「うーん」
 シャオリンは考え込んでしまった。だが、メイリンも反論はしたものの、正解が見出せたわけではなかった。2人が考え込んでいると、放送が流れた。
「64期候補生に連絡。64期候補生に連絡。本日の訓練は0900時に第8ミーティングルームへ集合せよ。なお、その際は制服着用のこと。繰り返す。本日の訓練は0900時に第8ミーティングルームへ集合せよ。なお、その際は制服着用のこと。以上」
「制服着用で訓練? 今日は座学か・・・」
 講義内容が退屈なものでなければいいけど、とメイリンは思った。

 候補生の集合したミーティングルームに入ってきたのはツァイ少佐だけではなかった。階級章は全員少佐。ぴしっと制服を着こなした7人がツァイ少佐の横に並ぶ。
「アテンション!」
 全員注目、の号令に一瞬ざわついた候補生が気を付けの姿勢をとる。それを見渡してからツァイ少佐は口を開いた。
「本日より装甲強化服を着用した戦闘訓練を開始する。それに際し、諸君らを4人1組の小隊編成とする。さらに、本日から3個小隊、つまり中隊ごとにわかれて訓練することとする」
 メイリンは顔をしかめた。1個中隊は4×3イコール12名。同期の候補生は30名だから、2個中隊を編成して6名余る。他の候補生も同じ考えらしく、ざわめきが室内を走った。
「静かに!」
 一声でざわめきを押さえて、ツァイ少佐が話を続けた。
「ではこれより編成を発表する。第1訓練小隊。キム・ジョンユウ・・・」
 次々に名前が読み上げられる。
「・・・、ロ・チャム。以上3個小隊をもって第1訓練中隊とする。次、第4訓練小隊・・・」
 次々と読み上げられる名前に、残されたものの緊張が高まる。残り6名になったらどうなるのか。そしてそれはすぐに判明した。
「・・・以上3個小隊をもって第2訓練中隊とする。第1訓練中隊はこの場に残り、第2訓練中隊は隣りの第9ミーティングルームへ移動する。なお、リュウ・シン、コウ・レイ、カオリ・コミヤ、ロン・メイリン、シン・ミンメイ、コウ・シンファの6名は第7訓練小隊とする。第14ミーティングルームへ移動すること。以上だ。すぐに移動しろ」
 言われて18名の候補生がぞろぞろと部屋を出る。だが、すぐ隣りへ入って幾12名と別れ、メイリン達は不安を抱えたまま階段を降りた。
「14ってことは、12名以下用の小会議室だよねぇ」
 不安に耐えかねて、ミンメイが口を開いた。
「まさか、強制除隊とかじゃないよね」
「大丈夫よ」
 カオリがミンメイの頭に手をのせる。
「メイリンだのレイだのと一緒だと思うと不安にもなるけど、シンファも一緒なんだよ」
「そっかぁ」
「なんであたしの名前が出るのよ!」
「ミンメイも納得するな。心外な」
 抗議する2人にカオリはすまして答えた。
「このあいだ、バカやって基本装甲壊したのは誰だっけ」
 何も言えずに口をパクパクとさせるメイリンと黙って視線をそらすレイに、場の雰囲気はなごんだ。
「とすると、われわれを別扱いする理由は何なんだ?」
 改めて疑問を口にしたのはリュウ・シンである。熱血軍人を地でいく男で、とりたてて背が高いわけではないが、がっしりとした体躯を持っている。
「スキップで、もう卒業だったりして」
「それはないわ」
 シンファはミンメイの言葉を即座に否定した。
「私達6名はたしかに、客観的に見て同期の中でトップだとは思う。だが、卒業するものをわざわざ第7訓練小隊として編成する理由がないわ」
「それはぁ、たとえば他の子達が嫉妬しちゃうのを防ぐためとか、実は特殊部隊としてヒミツ作戦に出るから表向きはここで訓練していることにするとかぁ」
「この娘は、そこまで自惚れるか」
 ミンメイのジョークにカオリが突っ込んだところで、6名は第14ミーティングルームの前に着いた。

 コンコン
 シンファがドアをノックする。
「入ってよし」
 中から女性の声がした。
「失礼します」
 シンファを先頭に部屋に入る。
「申告します。コウ・シンファ候補生以下、第7訓練小隊6名、出頭しました」
「座ってよし」
 先程と同じ声が、着席を命じる。
部屋の中には、4人の女がいた。1人目はメイリン達に指示を出した人間で、軍服をかなりラフに着崩していた。中年の、痩せすぎず太りすぎずといった普通のオバさんにも見えたが、眼光の鋭さが平凡さを拭い去っていた。2人目は背が高く、がっしりとした大柄な身体の持ち主だった。綿パンにタンクトップを着ていたが、はちきれんばかりの筋肉が布を押し上げていた。3人目は小柄で、綿パンとだぶだぶのTシャツを着ていた。興味深そうに6人をじろじろと眺めている。4人目はひとことで言って美人だった。綿パンに綿シャツを身につけていたが、2人目とは違い、シャツの布を押し上げているのは見事な曲線のバストだ。誰を見るというわけでもなく、ただ無表情の顔をメイリン達のほうへ向けていた。
「おまえ達6人のお守は、あたし達がすることになった」
 『オバさん』が口を開いた。
「あたしはマリア、でかいのがジェーン、小さいのがヒルダ、暗いのがケイだ」
 くだけてはいても親近感を感じさせない口調でマリアが自分たちを紹介した。
「あの、皆さんの階級は・・・?」
 一拍、間を置いてカオリが口を開いた。階級社会の軍隊では、互いの階級がわからないとコミュニケーションもままならない。
「階級か」
 面白くもなさそうに襟を裏返して、マリアが答えた。
「とりあえずあたしが中佐、あとは少佐だよ」
 マリアがめくった襟の裏には、確かに中佐の略章が縫い付けてあった。ただ、通常のものと違い、赤い縁取りがある。
「暫定中佐・・・」
 メイリンがうめくように言った。階級に「暫定」の文字がつくのは傭兵だ。正規の軍人ではない「部外者」の証として「暫定」の階級がつけられるのだ。
「やっぱりあたしがあってたんだぁ。あのカスタムメイドは4機だったから、中佐たちのだったんだね」
「ちょっと黙ってて」
 はしゃぐミンメイをメイリンが押さえた。
「どうして傭兵が中佐なんですか」
 シンファが全員の疑問をたずねた。傭兵はせいぜい小隊長、大尉どまりで、それ以上の指揮官は正規の軍人がなることになっている。
「たいした理由じゃない。ロンホウ国軍では士官候補生の教官は少佐がなることになっている。だからこいつらが少佐に任じられた。あたしはこいつらのボスだから、一階級上の中佐になった。それだけのことだ」
「わかりました、中佐どの」
 シンファが無表情に敬礼し、他の5人もそれにならった。
「第7訓練小隊の6名は中佐殿らのご指導を受けさせていただきます。以後、よろしくお願いします」
「いい心がけだ」
 マリアが揶揄するように言った。
「では最初の指示だ。5分後に強化服着用の上、候補生用ハンガー前に集合せよ。武装は必要ない。では解散」
 ハンガーはすぐ近くだが、インナースーツへの着替えと強化服の着用だけでも5分近くかかる。加えてNRジェネレーターの起動に要する時間がパワースイッチを入れてから10分弱。要求されたことを理解した6人は復唱もそこそこに部屋を飛び出した。
「ジェネレーターの起動だけで遅刻だぜ。どうする?」
 インナースーツを着ながらリュウが、誰にともなく聞く。
「とりあえずバッテリーモードで起動、ハンガー前に移動しながらパワーオン。これしかないわ」
「そうか、標準バッテリーでも30分くらいは保つわ」
「ジェネレーターは集合後に起動してもかまわないわけか」
 シンファとレイがメイリンのアイディアに賛同した。
「では、それでいくぞ」
 リュウが脱いだものをロッカーに放り込み、自機へ走り出した。メイリン達もあとを追い、強化服をバッテリーモードで起動するとその中に身体を滑り込ませた。
「NRジェネレーター、起動シークエンス、スタート」
 歩きながらジェネレーターのオートスタートを実行し、ついで機体チェックをする。
「純水タンク、残量チェック、OK。バッテリー、残量チェック、OK。機体、ダメージチェック、OK。武装チェック、武装なし」
 パイロットの声に合わせて、強化服のコンディションが、外部モニターに重ねて表示される。
「間に合ったか!?」
 メイリン達がハンガー前に整列したときには、コンディションチェックは終了していた。だが、そこにはすでに1機の機動歩兵がいた。一見してわかるオリジナルメイドの機体には、赤い縁取りの中佐の略章がペイントされている。
「第7訓練小隊、集合しました。コンディション、オール・グリーンです」
 1番最初にたどり着いていたリュウ・シンが報告したが、マリアは一言もしゃべらず、じっとしている。ただ、頭部にある外部カメラが、左右に動いてメイリン達を威圧している。そのまましばらく沈黙を続け、ジェネレーターが起動し始めた頃になってやっとマリアが「とりあえず合格」と言った。
「言われなくてもバッテリーモードで起動したのは誉めてやる」
「何を試されたのでしょうか」
 シンファが生真面目に聞いた。
「ロンホウ国軍では、スクランブル(緊急出撃)は10分以内となっていますが」
「たしかに前線の基地は大抵、どんなに戦力差があっても10分は当直だけでしのげるような防衛体制をひいていることになっている」
 そこでマリアはいったん言葉を切った。
「だが、実際は10分という時間は当てにはならない。それに、保ったとしたって増援が遅れれば遅れるほど、当然味方の被害は大きくなる。だからあたしは、スクランブルは5分を最低ラインにしている。10分以内と言われて10分までなら時間をかけてもいいなどと考える『案山子』は実戦の役には立たないよ」
 そこまで言って、マリアはくるりと背中を見せた。
「お喋りはここまでだ。準備はとっくにできているからな。じゃあ、ついてこいよ」
 言うなりジャンプしたマリアの強化服が、みるみる小さくなっていく。メイリン達は慌てて後を追ってジャンプした。

 メイリン達が連れてこられたのは、射撃練習場だった。ひたすら広い荒野に、標的代わりのバスやトラック、そして装甲強化服などの残骸が転がっている。そこには2機のオリジナルメイドの機動歩兵が待っていた。一機は右手に巨大なハルバード(長槍斧)を、左手に全身を隠すほどのヒーターシールド(方形盾)を持ち、通常よりはるかに厚い装甲で全身を覆っている。もう一機はバトルアックス(戦斧)を腰に下げ、バックラー(小型の円形盾)を左腕につけていた。
「おまえ達は、今日から戦闘訓練に入る。今日から機動歩兵用の武器を使うわけだ。だがな、機動歩兵同士で戦闘しているとひとつ、よく誤解することがある。自分の使ってる武器はなんて貧弱なんだろうってな。だから訓練の最初に、自分たちの使う武器がどれだけ強力かよく見ておけ」
 マリアはそう言って、そこに用意されていたコンテナからマシンピストルを取り出した。
「こいつはもっともパワーの小さい火器、16−40口径マシンピストルだ。こいつで装甲強化服を撃つと、こうなる」
 腰だめに構えて、撃つ。メインフレームに装甲だけとりつけた張りぼての、パテアーマーが軽くはじける。続けて数発連射するが、パテアーマーはほんの少ししか削れない。
「こいつは、装甲の隙間を狙わなきゃ、ほとんど役には立たない。だが、それでもこれだけのパワーがある」
 狙いを変えて一発撃つと、バスのスクラップがはじけ跳んだ。パテアーマーの損傷度とのあまりの違いに、メイリン達は声も出ない。
「次はこれだ」
 マリアはアサルトライフル(突撃銃)を取り出した。
「こいつは機動歩兵が中距離から至近距離までのあいだで使う標準的な火器で、22−60口径アサルト(A)ライフルだ。こいつだとこうなる」
 アーマーのもっとも厚い胸部を狙い撃つと、左胸のパテアーマーが派手に撒き散らされる。そのまま同じところに次々と撃ちこむと、合計5発でパテの層がなくなった。さらに3発で基本装甲を貫通する。
「至近距離でもこれだけ撃ちこまなきゃならない。中距離ならさらに2、3発は必要だろうな。だが、それでもこれだけのパワーがある」
 狙いを変えて、正面をこちらに向けた廃トラックを撃つと、トラックを貫いた弾が地面に着弾し、トラックの破片もろとも大量の土砂を噴水のように巻き上げた。トラックは原型をとどめていない。
「次は長距離狙撃用ライフルだ。口径は20−70だ」
 マリアが腕を上げると、張りぼての右胸のパテアーマーが砕けてなくなった。さらにもう一発で基本装甲がひしゃげる。両方とも着弾のあとに発射音が聞こえた。
「もう防御力は残っちゃいない」
 ひしゃげた基本装甲をアサルトライフルで撃つと、一発であっさりと貫通した。
「狙撃地点はあそこだ」
 マリアが指し示した先に、米粒のような影があった。カメラをズームすると、巨大な長物を持った機動歩兵だとわかる。その機影が、ジャンプしながら次第に近づいてきた。
「昔から狙撃は一発でしとめることが基本とされてきた。狙撃手の居場所を悟られては、標的に警戒されて一層やりにくくなるからな。だが、機動歩兵の装甲を一発で貫くのは難しい。これはライフルのパワーが足りないんじゃなくて、装甲が頑丈すぎるからだ」
 そこまで言ったところで、巨大なライフルを持った、やはりオリジナルメイドの機動歩兵がたどり着いた。そのライフルの銃身は、太さが人間の胴回りほど、長さは身長の1.5倍ほどもある。 「かと言って、こんなデカブツで接近戦をする気にはなるまい?」
 そう言ってマリアはメイリン達を見回した。
「すると機動歩兵同士の射撃戦は、同じところに当てることと、同じところに当てられないことが重要になる。次は白兵用武器だ。ヒルダ」
 言われて、バックラーを装備したほうの機動歩兵が腰のバトルアックスを抜き、張りぼてに切りつけた。スナイパー(S)ライフルほどではないが、Aライフルよりはるかに多くのパテアーマーの破片が飛び散る。
「見てのとおりだ。白兵用武器は、銃弾よりはるかに遅い速度しか出ないが、その質量と強化服のパワーが生み出す破壊力は火器を大きく上回る。よく肝に銘じておけ」
 言われるまでもなかった。実際に戦場に出れば、それらの武器が自分たちに襲い掛かってくるのである。
「さて、明日からはおまえ達にこれらの武器を使って互いに戦ってもらうわけだが、あたしらもおまえ達を最初から殺すつもりの訓練をやる気はない。そこで訓練弾を使う。そこの、実弾と訓練弾の違いがわかるか?」
 指されたのはミンメイだった。
「えっと、訓練弾はレーザー射撃システムで命中判定をおこなう、です」
「ちがう。他のやつらはともかく、あたしらの訓練は実際に弾を撃ち合うんだ」
 マリアの言葉にメイリン達がざわつく。
「じゃあ、実弾の弾頭の仕組みを説明してみろ」
「ええと、弾のうしろに固形発射薬があって、そのうしろに雷管がついていて、それで・・・」
「ちがう。それは実包の仕組みだ」
「一般的な弾頭は硬い芯を柔らかい金属で包んだ、通称バナナビュレットといわれるものです。着弾の衝撃で軟金属が対象にへばりつくように変形するため、跳弾する確率が減り、運動エネルギーを効率よく破壊力に転換することができます。さらに変形しにくい芯が、貫通力に乏しい軟金属の欠点を補っています」
 しどろもどろのミンメイをシンファが助けた。
「そうだ。そして、訓練弾は、芯のない軟金属製の弾頭を使う。さらに発射薬の量を減らし、破壊力を減らす。したがって基本装甲を貫かれることはないわけだ。さらに、強化服の駆動系出力をノーマルの30%に設定する。これで白兵用武器や格闘戦でも基本装甲は簡単に破壊できなくなる」
 そこまで言ってマリアはライフルの弾倉を交換し、引き金をひいた。弾が地面をえぐったパワーは、先程とほとんど変わらないように見える。
「しかし、見たとおり生身で食らえば跡形もなく吹き飛ぶ破壊力をぶつけ合うことになる。気を引き締めてかかれよ。フ抜けた奴はあたしが殴り飛ばすからね」
 そう言って、マリアはAライフルをメイリンに渡した。
「全員出力を30%に設定。おまえは残り5人をこいつを使って攻撃しろ。他の5人はこいつの攻撃をかいくぐって格闘でこいつを撃破しろ。あたしが10数えたら戦闘開始だ。準備はいいね」
「あ、あの・・・」
「ぼやぼやするな、出力設定はすんだのか? 1、2、3・・・」
 メイリンの質問を封じてマリアがカウントを開始する。メイリン達は慌てて出力の再設定をした。
「ほら、攻撃開始はまだでも、行動自体ははじめていいんだよ。4、5、6・・・」
 そう言われてもどう動いていいのかわからないで棒立ちのメイリン達だったが、われに帰ったレイが叫んだ。
「メイリンを包囲するんだ。距離をとらせるな!」
「7、8・・・」
「はっとしたメイリンが動くまえに5人の包囲が完成する。
「しまった!」
 メイリンが慌ててジャンプし、5人もメイリンを囲んだままジャンプした。
「9、10!」
 フリアティックロケットの轟音の中、マリアが10を数えたのを聞いたメイリンは、空中でAライフルを構えようとして、気がついた。大出力を生み出すメカニズムと堅固な装甲板で構成される強化服は、中世の甲冑などよりはるかに関節の自由度が低い。つい、生身のときと同じように両手で保持して狙いをつけようとして、そこまで曲がらないことに気づいたメイリンは、マリアと同じように片手で腰だめに構えて、引き金をひいた。
「うわぁぁぁぁ!」
 射撃の反動で機体が安定を失い、頭から地面に突っ込みそうになる。あわてて姿勢を立てなおして着地したメイリンは、今の突発的な機動でわずかに包囲の外側に出たことに気づいた。
「よし」
 もう一度ジャンプして、追いつかれないようにしながら、メイリンは再度Aライフルを構えた。
「反動で飛ばされないためには、着地しないと」
 狙いのつけにくい腰だめの構えで、なんとか狙いをつけながら、ジャンプを続けるメイリン。と、アラームが鳴っているのに気づいた。
「ロケットモーターの温度低下? ジャンプしすぎか・・・」
 仕方なく着地し、すかさず1発撃つメイリン。しかし、慣れない腰だめでは弾はあさっての方向に飛んでゆく。それでなくても空中機動中の目標は狙いをつけにくいのだ。
「降りてくるまで待つか?」
 次の射撃のために狙いをつけつつメイリンは追っ手を待った。どうせ温度の低下したロケットモーターではジャンプ効率が悪いのだ。回復を待つ意味でもここは待ちだとメイリンは判断した。
 5機は、無理やりジャンプを続けて、メイリンを包囲する位置にダイレクトに着地した。とはいえ、即興の追撃部隊である。包囲が甘い。温度の回復を確認したメイリンは、間隔が開いているほうの機動歩兵に1発撃つとそのまま突破するようにジャンプした。弾は当たらなかったが、つられて5機がジャンプする。それを見てメイリンは空中で方向を変え、メイリンより無理してジャンプしていた5機がおいていかれた。すぐに着地したメイリンはもっとも近い1機に向けて狙いをつけた。目標は着地してもすぐには次のジャンプができない。しかし、ゆっくり狙いをつけて撃ったメイリンの弾は、またもや外れた。
「どうやら簡単には当たらないようだな」
 シンファが機動歩兵の射撃の難しさに気づいた。
「とすると、こっちは5機だ。強引に接敵するか?」
「それだ、いくぞ!」
 レイの意見に賛成したリュウが飛び出した。その後を四人が追う。ロケットモーターの温度が回復していないため、走っての移動である。
「なんで!?」
 包囲ではなく、それぞれがただまっすぐに迫ってくるのを見て、メイリンは混乱した。そのままもっとも近い機動歩兵にAライフルを連射する。連射とは言っても、反動がきついので1秒に1発がせいぜいである。それでも近づくにつれて当たるようにはなったが、着弾がまとまらず、パテアーマーが飛び散るだけでなかなか撃破できない。なんとか連射を続けて訓練弾が基本装甲まで達したことを示す耳障りな金属音が鳴り響いたが、その時には残り4機の機動歩兵が目の前まで迫っていた。すでに射撃戦闘の間合いではない。
「だあぁぁぁ!」
「くうぅぅぅ!」
 繰り出されたラムナックルをバックステップでよけると、メイリンは蹴りを返した。相手が横跳びに避けたのを見てそのままジャンプ。それを後続の3機が追ってジャンプする。空中での互いの距離は手を伸ばせば届きそうなくらいだ。メイリンはかまわずAライフルを構えて撃った。
「ぐはあっ!」
 今度は高度をとっていなかったので、メイリンは背中から地面に突っ込んだ。転がりながら衝撃を殺して立ちあがると、撃たれたほうの機動歩兵もバランスを崩したらしく、墜落していた。だが、まだ2機が空中で方向を変えて迫ってくる。さらに後方からは先程かわした1機もジャンプしてきた。メイリンは少しでも追いつかれるのを遅くしようと走った。格闘戦の間合いに入る寸前でジャンプするつもりなのだ。ついでに走りながらライフルを左に持ちかえた。ラムナックルが右、ライフルも右では、ラムナックルが使えないからだ。
「ここらかな?」
 相手との距離を勘で計ってジャンプする。強化服は真後ろが死角なのだ。そのまま空中で振り返って、狙いをつける。メイリンの思ったとおり、すぐそことはいかないまでもかなり近い。すぐに着地して一発。だが、命中させたものの足場を確認していなかったためふんばれず、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。
「しまった!」
「チャンス!」
 メイリンとレイの声が重なる。転がったメイリンの上にレイが馬乗りになった。
「このっ!」
 メイリンはラムナックルを繰り出そうとしたが、腕をつかまれて果たせない。かわりにレイの放ったものを左腕に受けてしまった。メイリンはライフルを向けようとしたが、近すぎて果たせない。そのまま次から次へと群がってきた機動歩兵に押さえ込まれ、メイリンの基本装甲は剥き出しになってしまった。
「そこまで」
 いつのまにか近くにきていたマリアの声で、メイリン達は戦闘をやめた。
「どうだ、Aライフルの使い心地は」
「とても撃ちにくいです」
 憮然としてメイリンは答えた。
「訓練不足さ。安心しろ、これからみっちりしごいてやる」
 機嫌よくマリアは請け負った。
「さあ、今日の訓練は終わりだ。帰ったらまず引越しだ」
「引越し、ですか?」
 カオリが聞き返した。
「第7訓練小隊は他の者とは別れて、あたしらのそばで寝起きしてもらう。ハンガーも移動する。丸1日、寝てる間も訓練だと思いな。それから、まったく同型の機体でカラーリングも同じだと見分けるのが面倒くさいからな。わかりやすいように色をつけておけ。修理と塗装は引越しが終わってからだ。では、勝手に帰投しろ。解散」
 言いたいだけ言って帰ろうとするマリアをカオリがあわてて呼びとめた。
「待ってください、引越しといってもどういう手順ですればいいのか・・・」
「帰ればわかるように指示してある」
 それだけ答えるとマリアはフリアティックロケットの水蒸気の航跡を残して先に帰ってしまった。
「ひっこし、ねぇ」
 ミンメイが何とはなしに言った。
「厳しい訓練になりそうね」
「ま、みっちり訓練を受けられて、それで腕が上がるのならいいんじゃないのか?」
 レイがシンファに答える。
「それにカラーリングというのはいい手かもしれない。追撃されているあいだ、どれが誰だかぜんぜんわからなかった」
「肩にナンバーがあっても、意外に見にくかったわね」
 カオリがメイリンに同調した。
「カラーリングのまえに修理だよ。俺のはメイリンにボロボロにされてしまったからな」
「リュウ、悪かったね。修理は手伝うよ」
「ありがたい」
 珍しくおどけたリュウのセリフにひとしきり笑うと、カオリがみなをうながした。
「さ、とにかくまずは引越しだ。基地に帰るよ」
「了解」
 6本の航跡を残して、メイリン達は帰投した。


 コメント(その2)

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