Scene.5 進歩とは自分を壊すこと、と彼女は言う

 脱出前、記録ディスクに添えて、フライハイト宛てのメッセージ・テープをユリアに託すセリスタ。
「……基地、及びアルカ内での、極限状況下におけるツヴァイの生存データです。……あの子を護り通すこと、叶いませんでした。
 ……プランの完遂に何も協力できず……申し訳ありません……」

「帰れっこないもの」
 エグゼクター離反組の多くが身を寄せるサーカス団の幕の中、セリスタは相手の視線を避けるように言った。
「あの子を、護れなかった。『アルカ』を失ったのも、ブリッジのドールたちを殺したのも自分のせい」
 フライハイト様に会わせる顔がない。
 そもそも、プランの本質とは何だったのかと、セリスタは考える。人になりかわり世界の盟主になるなど、思い上がりだったのだ。そんなことは最初からわかっていたのだ。きっと。
 希望は与えられたのだと思おうとした。救いのない未来を、希望に満ちたものに摩り替えることで、現実を直視しなかった。
 セリスタはこのことから、なにかの教訓を引き出そうとした。
「みんな自分のことばかりだわ。自分、自分、自分。自分もそう」
 セリスタの引き出したのは、極めて自虐的な回答だった。
「一人の個人が、自分の視野だけで、自分の真実を貫こうとするから、争いは起きる」
 自らの利益にまったく相反する場所に立脚することで、自分の私欲を滅することができるのではないか。それによって自らを超越できるのではないかと考えた。あのツヴァイのように。
 自分とは、まったく視野の異なった存在。それに思い当たるものがあった。デチーソ。彼らは、自分に新しい価値観を与えてくれるであろうか。
 進歩とは、自分を壊すこと。他者を取り入れ、新しい自分へと組みかわること。そうセリスタは解釈している。

 実のところ。すぐにセリスタは幻滅することになる。己を捨て、自分の愛したものを憎み、誇りも信念も捨ててしまうことは、すなわち自分の大切なものたちを裏切ることに繋がる。しかも、それは問題を解決しない。それはただ問題を裏返しただけにすぎないのだ。
 己を利己主義者と自己嫌悪し、打算や駆け引きに塗れた友情を嫌悪し、無償の奉仕こそがこの世で至上のものだと、無邪気に信じるセリスタ。とんだお笑い種だ。フライハイトならこう言うだろう。
「愚か者め。離反や贖罪が、問題を解決するとでも思っているのか」
 自分を犠牲に捧げることで、世の中の多くの問題が解決するとでも言うのか。

Scene.6 身代わり人形

 計画のミーティング中。何か苛立たしそうなセリスタ。膝に置いた手がぎゅっと握りしめられる。
「……もっと、計画を早めることはできないの……パレードのあとでは、遅すぎるわ」
 アヴニールの子たちが、デチーソとの戦いで傷つくのを、放っておきたくない。ユリア博士や、デチーソの仲間を、囮に使うのだって本当は嫌だ。
 しかし、なにかを言おうとした仲間をさえぎって、思い直したようにセリスタは続ける。
「……そう、わかっているよ。
 ……ここにいるジャーナリストのみんなに、迷惑がかかるもの」
 きっと責任を問われるのは、彼等だから。自分だけの問題ではない。
 だれだって自分の命が大切なのだ。それに、成功の可能性を考えれば、市民の混乱が甚大なものになる危険を犯しても、パレードで警戒が薄くなるこの時期しかチャンスはないだろう。

 放送局、放送本番のスタート直前。セリスタは準備に忙しい仲間たちに聞こえぬように独白する。
「……感情がないことは『不自然なこと』で、『形だけの生存』ときみも言うのね。そういった生命を生み出す行為は、それ自体で『罪深いこと』だって」
 そう。スレイヴ・ドールである自分は、きみにとっては『不自然な存在』で『生まれながらの罪』なのね。
 そうは言っていない?
 ……同じことだわ。

 単なる贅沢品としてメモリウムをただ消耗するスレイヴ・ドールだから、メモルギア・テクノロジーを放棄すれば、自分たちは抹殺されるだろうと思う。
 奉仕以外に生きていく価値はない。本当にそうなのか。でも、自分たちの人権が保証され、次世代に、自分の子孫を遺せるのなら、デチーソの主張を受け入れるのも悪くないと思う。
 死。
 だれのために、自分は死ぬのだろう。鉄屑の山に還る意味。人と、クリーチャーに未来を譲って滅びを選ぶ。結局自分は奉仕する種族なのだろう。だから、俗っぽい人間社会のモラルなどに従って、この方法を選んだのだと思うから。

「……これは結局、自分たちで判断できないことを……他者に押しつけているだけではないの?」
 まだ迷っている。自分たちの身は護れても、市民の暴動で人が死に、スレイヴ・ドールの同胞たちは廃棄されてゆくだろう。なにが正しくて、なにが間違っているのかなんて、わからない。
「……身勝手な自分。孤独が怖いくせに、他人の幸不幸と、自らの損得を天秤にかける。
 ……そんな自分が、嫌い。」

 ビルの谷間を吹き抜ける風の中、薄紅色の花びらが視界の端に舞う。
 第三街道を巡回していた女性警備員がふと足を止め振り返ったが、街路樹が緑を揺らす他には花らしいものなど何もない。気のせいだったのか? 
 あれから半月が過ぎた。パレードは無事終了し、多忙な時期は去り、彼女は通常期の持ち場に戻っていた。パレードの最中、この場で自爆テロがあったと聞く。パレードを止めたデチーソの少女テロリスト。黒く焼け焦げたタイルがその場の惨状を物語る。
 自爆とは言えスレイヴ・ドールだ。全てのスレイヴ・ドールには服従回路が組み込まれており主人の命令には逆らえない。自爆も彼女の本意ではなかったのだろう。酷いことをするものだ、と彼女は同情して見せた。

 ふと物思いから我に返る。はっとして振り返ると、先ほどの薄紅色の花が視界に飛び込んできた。人ごみの中、喪服のような黒いコートの女がその花束を抱え、焦げ付いたタイルの前で黙祷している。痩せていて背が高い。
 黒いコートの女は、その仕草から見てスレイヴ・ドールのようであった。例の事件でだれかが死んだのかと女性警備員は訝しむ。救急車両が間に合わなくて……。
 いや、待て。
「あれは、確か……?!」
 はっとして女性警備員は振り返った。手配書だ。アイゼンヴォルフを名乗る反逆者の一員に、良く似た顔のスレイヴ・ドールがいなかったか?
 だが果たして振り返ったとき、コートの姿はもうそこにはない。ただ薄紅色の花びらが、強い風の中で風に舞い揺らいでいた。

Scene.7 死、自分の心の。護りたかった者たちの

 フライハイト・フォルケンが自殺したと報じられたとき、セリスタは動揺を隠せなかった。
 涙は流れなかった。涙腺は装備されていなかったから。

 ずっと感じてきた、苛立ちの正体。今は、それが何であったのかを強く自覚する。
「……自分たちの信じた希望は、こんなものだったのですか」
 プランが、皆の思いの結晶だというのなら。何故、誇らしくプランの全貌を世間に公表できないのか。何故、こんな姑息な手段で、辛い思いをせねばならないのか。何故、世間の理解を得られることができないと考えるのだろう。
「何故なのですか? フライハイト様、ユリア博士」
 日の当たる道を進めない、暗い絶望が彼女の心を支配する。それはさしあたっての目の前の敵、プラン内反者たちに向けられた。
「ツヴァイは、アリス司令は、多くの命は、そんなもののために」
 ナイフを口にくわえつつ、全身の骨格構造を高機動形態に整形。獣のような低い姿勢で吼え、相手に飛びかかる。
「そんなもののために失われていったというのですか!?」
 突き出された相手の攻撃をリベット・ナックルで受け止め、そのまま腕の骨格形態を戦闘形態に整形。
「自分は、そのようなもののために生まれてきたというのですか!!」
 両手に嵌め込まれた《能力増加》のメモリシアが起動する。
「そんなの嘘。信じない!」
 心臓に嵌め込まれた軍用規格のメモルギア・エンジンが最大出力を搾り出す。
「認めない!」
 暴力的な加圧が相手の顎を掴み、そのまま背後の壁に叩きつける。
「悔しい」
 肋骨に内蔵された6対12本のパイルが、瞬時に相手を串刺しにする。破裂音と共に薬莢が弾けた。

「無意味なことだが、あり得る。もともと人間のダミーであったのだ。不思議なことではない」
 彼がそう語ったのは、いつのことだったろうか。擬似的なものであれ、スレイヴ・ドールに人間のような恋愛感情が芽生え得るか、という問いだった。彼は続けた。
「だが、無意味なことであるよ」
 自分は、奉仕人形などではなかったのだ。ダミーであっても、心ある存在として設計された存在であったのだ。
 悩むことを止めにしたのは、いつのころからだろう。
 たとえ自分の頭を銃で打ち抜いて、飛び散るものがマイクロチップの破片であっても、人間の脳漿であっても。それはスレイヴ・ドールとして生を受けた自分の部品。
 もとにに他者である生物から採取した有機部品が使われていようと、それは自分ではない他人のこと。人形である自分には、もう関係ない。
 はずだった。なのに。

 パイルに刺し貫かれた相手の血が、頬に付着して、涙のように流れた。

Scene.8(a) 受け入れがたい結末

 提案が受け入れられなくても、最後まで何らかの努力を怠る気はなかった。自分にはあとがないのだ。すぐさまデバイスに送られる予定のプログラム・コードのコピーをとって分解し、電子メールで世界各地の研究所に分配する。
「アヴニールとなった人類に、本能レベルでの目的を与えるの。真性種に関する研究や、メモリウムを必用としないテクノロジーの研究、安全に感情をとりもどす手段の確保。
 人類がアヴニールとなったあとなら、時間はありあまるほどあるのよ。何千年と研究をつづけて、成果が出なくてもかまわない。どうせ結果がおなじなら、可能性にかけて、努力をつづけるほうがいいでしょう?
 心を失いたくなければ、協力しなさい。それはあなたたちが望んだこと」
 正式な許可は下りていない。だが、ユリア博士も認めるような成果が出れば、だれもがこの計画の成功を認めるだろう。認められなければ、強硬手段を使うまでだ。プラン内反者だろうが、デチーソだろうが協力者は歓迎だ。ハッキングでも何でもやってやる。市民を護るのがエグゼクターの義務?……いいえ。所詮、我々は必要悪、憎まれ役だもの。この期に及んで、世間体を気にする必要なんて、ない。
 理想的なプランの運用法は、きっとある。人間が問題にしているのは、感情を選択の自由なく奪われることなのだ。そしてプランの本質とは、エネルギー資源の枯渇対策にすぎず、感情を奪うことは本来の目的ではない。ほかの効果もまた付加価値にすぎない。この戦いはゼロサム・ゲームではないのだ。
 プランの成功こそが至上。そのあとなんて無意味。 
 ずっとみんなが探してきた、プランと人類が和解し、手をとり合う妥協点。そうだ、プランが人類を救うのだ。そうでなくてはならない。

 突如、警告音が鳴り響く。画面中に広がるエラー・コード。

「どうしたの?!」
 そこで始めて、自分の声がかすれていることに気づく。あまりに予期されたものが、現実となり、そこにあった。
 まずはウィルス・プログラム。侵入を示す警告メッセージ。かつてセリスタと対峙した、プラン内反者と同じく、人類救済のためのプログラムを改竄し、己の都合の良い世界に塗り替えんとする権力欲の走狗。あるいはアイゼンヴォルフと同様、正義の名の元に異なる正義を頭から否定する正義の使徒。それがプログラムに群がり、辱め、貪り食わんとしている。
 我に返って、次々と送られてくるメールを見よ。改良を発注したプログラムの完成品、などでは決してない。誹謗、中傷、罵り、嘲り、ありとあらゆる負の感情の列挙。爆弾メール。
「人類とは、こうも愚かしい生き物だというの?!」
 いや。まっとうなプログラムが送られてくるはずがないのだ。そんなことは最初からわかっていた。セリスタの提案は受け入れられるものではない。不確かなものに賭けるなど、不安に決まっているのだ。肉体の死か魂の死か、不自由な二択より、プランの阻止を願うほうが何百倍も利口だ。だれでも一時的にせよ、感情を失うなんて嫌に決まっている。相手の立場に立ってみればわかりそうなことだ。人間とはそういう生き物ではなかったか。
「……結局、辛い現実から目を背けていただけなのね」
 現実とは、すなわち滅びだ。辛い現実を、皆で忘れたかった。セリスタの提案したプランというのも、遠い将来、人間性を復元できるかもしれないという不確かな可能性に賭けることで、罪悪感から逃れるということにすぎないのだ。
 きっと、フライハイトは正しかったのだ。セリスタはそう思う。彼が見切ったこのような世界には、いかなる意味も価値もないというのか。

Scene.8(b) 選択されなかったもうひとつの結末

 ……そんなにも傷ついて、憎まれて。
 ……でも、もうたくさん。そんな打算で動く自分が、たまらなく嫌い。
 何故、嫌いな人間たちのために尽くさねばならないの。かわいそうな自分。
 嫌な人間たち。人間になんて絶対、なりたくない。
 ……感情、感情、感情って、騒ぎ立てて。そう。あなたたちは、私たちとは違う生き物。
 いえ、生き物という表現も不適切ですものね。
 私たちスレイヴ・ドールなんて、作りモノの感情しか持たない道具、おぞましい人形だって、
 嘲っているんでしょ?
 嫌悪しているのでしょう?
 ……いい経験だわ。一度、その人形の心を味わってみるがいい。

 いや。嫌悪しているのはきみだ、セリスタ・モデルノイツェン。
 その言葉にはっとする。発言したのは他ならぬ自分自信。セリスタの、うめくような独白だった。
 結局のところ、セリスタは人間という種族が嫌いだった。創造主である人間に憧れる反面、嫌悪していた。だからこそ、救世主という肩書きの裏で、人類という種族に絶望しているような、フライハイトの一面に惹かれたのかもしれない。
 そうだ、ツヴァイを助けたことすらも、きっと自分にとっては打算だったのだ、とセリスタは思った。彼女の死を無駄にすまいと思ったのは、善意ではない。自分の保身、しかもデータの搾取が困難になるという理由にすぎなかったのだ。そのデータはこうして役に立っている。しかし、それもお終いだ。自分は、我欲に走った罰を受けるのだ。
 押し寄せる自己嫌悪。
 フライハイト様のいない世界に、希望なんて持てない。成功をだれにも喜んでもらえない。残るのは、憎しみばかり。希望のない未来。壊れてしまった、私の心。
 叶うことなら、もう、死んでしまいたい。
 叶うことなら、こんな世界、滅びてしまえばいいのに。

 突然の轟音。セリスタは我に返った。
「なに?」
 帝国軍の砲撃だった。攻撃に耐えきれず。ついにタワーが倒壊を始めたのだ。様々な通信装置を載せた棚が倒れ、傾斜した床を機器が転がり滑ってゆく。
「いけない!」
 必死で手を伸ばすが、それはむなしく空を切りすり抜けてゆく。アリス指令が、ツヴァイが、文字通り命と引き換えに護ろうとしたプランの要が、手をすり抜け滑ってゆく。機械の破片は派手な音と共に散乱し、極彩色のケーブルが壁面に奇怪な花を咲かせた。
「機械が、重要な装置が!」
 半狂乱になって叫ぶセリスタ。ガラスが割れて破片が飛び散り、非常事態を警告するサイレンが一斉に鳴り響く。
「危ない、逃げろ」
 誰かが大声で叫んでいる。
「まだ、まだやれる。やれます!」
「退避するぞ。我々の負けが決定した。プランは失敗だ」
 失敗だ。
 失敗だ。
 失敗だ。
 そう、今の衝撃こそが決定打だったのだ。アイゼンヴォルフ、サン・レリアナの発動した「秒」のメモリシアが、長い長い戦いに勝敗を下した瞬間であった。
「ううう……」
 失敗、失敗、失敗。アリス指令の死の意味、ツヴァイの生きた意味、スレイヴ・ドールたちの綴った声なき歴史、それらが全て鉄屑の山へと還るのだ。
「うう、うううっ……」
 もう、成すすべがないのだ。プランの失敗が決まり、皆が避難を始めていた。セリスタが立ちあがろうとしたとき、足元のフロアが崩壊を始めた。
「きゃあっ」
 再度の轟音。デリケートな聴覚センサーが麻痺し、セリスタは耳を押さえる。ソナーがシェイクされて視界が回転した。
「だ、だれか。助けて」
 セリスタは震えていた。避難しようにも、足がすくんで動かなかった。もう限界だった。
「……フライハイト様」
 キーボードに伏せて、顔を覆って、嗚咽していた。

Scene.9 約束の地

 なぜ戦うの?
『生きるためには、それしかないもの』
 それしかない? ほかの有効な選択肢があったなら、ほかの選択肢を選んだというの?
『そう。だれが好き好んで、そんなことをするというの?』
 それが唯一、きみと似ていない点ね。
『なぜ』
 自分は……少なくとも今の自分は、そうではないと思うわ。
『全てを諦めて、鉄屑の山に還ることをよしとするの?』
 いいえ。
『ほかになにがあるというの』
 数多くの選択の中から、自分で選んだ道だもの。
『同じことだわ』
 ううん。自分を殺して、嫌々選んだ道とでは、大きな違いがあると思う。
『話が抽象的で理解できないわ。具体的には何だというの?』
 そうね……犠牲になったみんなに、誇れる自分でありたいからかな。
『ふうん。
 おかしなことを言うのね、きみ。死んだ人たちに義理立てするというの。その人たちは、もうこの世にはいないのよ。彼らには、今のきみを見ることができない。だれもきみのことを見ていないのよ』
 いいえ。他ならぬ自分のためだと思う。
『かわいそうな人。でも、それも今日で終わりだわ。さあ、今こそ、きみを見捨てた世間に復讐してやるの……世界を憎いと思ったことはないの?』
 以前はそう思ったこともあるわ。今はそんな気、もうないの。
『唯一の友を失っても?』
 そう。
『愛するひとを失っても?』
 そう。
『理解できない』
 あなたと私は似ていないわ。
『私はきみと同じ。同じ自分。一年前の自分自身』
 そうかな。進歩とは、自分を壊すこと。
 一年前のあなたは、自分の心の中には、もう残っていないのよ。さようなら、私。

 気がつけば、そこは鉄屑の山だ。アンゲルマ・タワーの残骸。倒壊に巻き込まれて……また生き残ってしまった。死地を生き残るたび、大切ななにかを失っていく。今失われたのは、フライハイトの遺産。
 惨めな気分で、バッテリーの残量表示にちらと目をやりる。もう長くない、とセリスタは思った。
 思えば、これまでずっと逃げてばかりだった。意志も弱くて、利己的で、いつも逃げてばかりだった自分。
 真に正しきもの、信じられるものを外に求めて、淫売のように、対立し会う組織を渡り歩いた日々。エグゼクター、アイゼンヴォルフ、デチーソ、放送局、プラン内反者。でも、最後に残った、まだ自分にとって大切なことがある。最後くらいは、その瞬間だけは、アリス司令に、ツヴァイに、サンクシオンに、フライハイト様に、そして護りきれなかった、死んでいった大切な人たちに。彼らに対して胸を張って誇れる、かっこいい自分でありたいから。

 第三セクション、アヴニールの研究施設。そこに、彼女に残された、最後の「護りたいもの」がある。自分に課した約束のようなものだ。
「もう今更、気にかけるものもいないと思うけれど」
 ツヴァイの系譜、アヴニール。セリスタが、自分の歴史を継ぐものとして希望を託した新しい種族。
「でも、もうたくさん。これ以上戦いたくはない」
 セリスタは本来、戦いが嫌いだ。人に傷つけたり、傷つけられたりするような場所に身を置くことは、避け続けてきたけれど。だけど。
「でも、あの子たちを、他にだれが護れるというの?」

「この子たちには、幾ら愛情を注いでも、人の目には機械的な反応を繰り返すばかり」
 ツヴァイの最後の瞬間、セリスタには確信したことがある。この世界で生きるには、彼女らはあまりにか弱い存在なのだということ。
 心宿らないモノは、人間の定義では既に「ヒト」ではないのだ。
「けれど、思うの。この子たちは、少し不器用なだけなんだって」
 それでも、これは我々の想いの結晶なのだ。独り立ちできるその日まで、自分が彼女らを護りたいと願う。

 護りたかったのは、アヴニールという新しい種族と、人間の支え合って生きる、新しい世界。それを邪魔する世界のあらゆる勢力から、彼女らを護りたい。
 人と、人ならぬものが協力し、支え合いうことで、二つの種族の新しい有り様を拓けるかもしれない。ふと思う。その新しい世界こそが、セリスタ・モデルノイツェンにとっての「約束の地」なのではないか。きっとそうだったのだと、今更になって気がついた。

●NPC一覧

 フライハイト・フォルケン
(エンタープライズ社主席博士、故人)
 ユリア・フォルケン
(エンタープライズ社次席博士)
 クライヴ・トールマン
(エグゼクター隊長兼教官。ひげオヤジ)
 ツヴァイ
(人造人間。アヴニールのテストタイプ?)
 サンクシオン
(もとクリーチャーの統率者。セクハラ大王)
 アリス・バーントシェンナ
(ミュラーの奥さん。人妻。故人)
 アドルフ・マイスター
(HAのセカンドリアに出没する見習いマギ)
 放送局の人々
(FAで関わった、JBブランチPC&NPC)
 熊の着ぐるみを被った爆弾少女
(泣きながら死んでいった自爆テロリスト)
 プラン内反者
(サテラ・ハルパニアさんの策略にかかった人々)
 アヴニールな人々
(先行量産型超越種。無感情で合理主義な人々)

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