平安兄氏絵巻


段の十二 咲く蕾

うふふ・・・よ。お兄様、私のお話、聞いて。

私は咲耶
年頃で、今が食べごろ
でも
想い人は気付いてくれないの
こんなにこんなに好きなのに
手頃な人にしてみろって?
ふん
あの人以上の殿方がいると思って?
だって、あの人は
天子様の息子なのよ

今日は私、お買い物にお出かけ。町の目抜き通りに来たわ。可愛い小物や雑貨、素敵な着物、それからお化粧品とか、新しい物が出ているか、確認もしなきゃね。あ、履物も必要よね。

いつもなら御付の人が出向いて買って来たり、お店の番頭さんとか、奉公人が館に売りに来るのですけれど、やっぱり自分の目で確認するのが一番よね。それに・・・

明日はお兄様とお会いする日。一番の私をお兄様に見ていただくの。とても人の薦める物なんか身に付けられないわ。そんなわけで、お買い物。

どんな香油をつけようかしら、こんな髪飾りもいいわね・・・紅は薄いほうがいいかしら・・・お兄様の姿を思い浮かべながらの品定めって楽しいのよ。うふふ・・・

私はうきうきしながら町を散策するの。こんな時、いつも思うのはお兄様の事ばかり・・・だって、

私のこの磨き上げたお肌につけた香油の香りをかいだら、お兄様は私を抱き締めてくれるのかしらとか、この紅を差した唇にお兄様のあのやわらかそうな唇が触れたりしたら・・・とか、その後はこの髪飾りを解いて乱れた髪にお兄様の逞しい指でそっと梳いてくれたらとか、この帯紐をお兄様に外して貰って、お兄様に私の全てを見て、触れてもらうのとか・・・

そう思っただけで、とっても素敵な気分になれるのよ。胸がどきどきして、わくわくして。

「あな麗しや、そこな姫君、是非とも粗茶を馳走申す。」

まあ、そりゃ私は綺麗よ。どこの馬の骨かしら?天子様の娘であり、天下に名だたる美青年の兄氏皇子将之お兄様の妹、この咲耶にお茶を馳走しようという無粋な殿方は。せっかくの私の美しい想像(それを妄想と人は言う)の一時を邪魔しようと言う輩は。私に声をかけるには、それ相応、お兄様以上の殿方じゃなければ許さないわよ・・・

私は声の方に振り返って、つま先から烏帽子の先まで見て差し上げたわ・・・何この人、図々しいにもほどがあるわ。何考えているのかしら・・・風体からしてようやく官位を頂いたばかりね。脇差も粗末だし、その服装で私に声なんてかけないでよねっ!

私はお兄様直伝の護身術で思いっきりその不逞の輩を投げ飛ばして、

「せめて兄氏様ぐらいになったら声をおかけくださいまし。」

と、吐きかけるようにして踵を返したの。うふふ、お兄様への操は守りましたわ。えらいでしょ?お兄様・・・。

そう言えば、この前、私のお友達が殿方を射止めたきっかけになった香り袋を見せてくれたのを思い出したわ。これは買いね。確かその店は・・・ここだわ。入ってみよう。

ふ〜ん。なかなか綺麗なお店ね。悪くないわ。あ、そうそう、香り袋・・・と・・・どこかしら?

「これは綺麗なお嬢さん、何かお探しで?」

店員が声をかけてきたわ。香り袋がどこにあるか聞かなくっちゃ・・・

ん?ちょっと待って。『綺麗なお嬢さん』・・・?言われて嫌な気分はしないけれど、またしても不逞の輩ならばすぐさまひれ伏させて見せます。言う方も自分の身分をわきまえて欲しいものですわ、全く・・・

私はどこかで聞いたような、ましてや忘れようもない優しいお声である事に気が付いたの。どきどきしながら改めて声をかけた殿方の方を向いたわ。

「お兄様!」
「どうされましたか?綺麗なお嬢さん。余では咲耶姫のお供に不相応かな?」
「そんな・・・私にはもったいないわ。ううん、最高の伴侶・・・」
「伴侶!?埒もないことを申すな。」
「うふふ・・・照れたお顔も素敵よ、お兄様。」

そう、そこには私の最愛のお兄様がいたのよ。やっぱりこれって、赤い糸の運命かしら。偶然出会ったお兄様と私はお互いに惹かれあって、熱い夜と肌を重ねて、行く末は神官の前で二人は・・・なんて・・・

「どうしてお兄様はここに?」
「ああ、明日は咲耶に会う約束だっただろ?だからお前に何か洒落たものでも上げようと思ってな。」
「ほんとに?」
「ああ。お前に会うとき、余が贈り物を忘れた事があったか?」
「うふふ・・・分かったわ、お兄様、じゃ、これ買って。」

私はすかさずお兄様におねだりしたわ。そう、あの香り袋を。

お兄様にお目当ての香り袋を買って頂いて、店の外に私達は出たわ。

「でもさ、こんな物持って、どうするんだ?こんな物なくっても、咲耶は十分すぎるほど魅力的なのになあ・・・」
「えっ・・・」

可愛らしい花の図柄の包み紙を胸に抱えて、私はちょっぴり嬉しくって、お兄様の手を引いて町を歩いていたらお兄様はそう言ったわ。その一言に、私はどきりとしたわ。『私は十分すぎるほどに魅力的?』今までそんな事一言も言ってくれなかったくせに・・・やっぱりお兄様は私のことを女の子として見てくれてたんだわ。これって一歩、ううん三歩ぐらいは前進よねっ!でも・・・

「それにしても世の中の男連中は見る目がないのかなあ。咲耶をほおって置くなんて・・・口説き落とすぐらいの器量のあるやつはいないのか?全くけしからん。なあ、咲耶。」

行き交う殿方たちを見やって、呆れたように呟くお兄様。もう、幻滅。

私を口説き落とせるのは、天上天下ただ一人、お兄様の他にはいないのよ。分かっているのかしら・・・でもいいわ。一日早くお兄様とこうして一緒にいられたんだもの、香り袋とあわせて差し引きなしね。うふふ・・・

明日こそ見てらっしゃい。お兄様、絶対私に振り向かせてあ・げ・る。

お兄様、覚悟してね。ラブよっ!


兄様の その一言が 聞きたくて 夢見る胸の 裂けんばかりに
まだ咲く前の 花の蕾よ


段の十二 咲く蕾 終幕

平安兄氏絵巻 完結


作者あとがき

ようやく全12話、終了しました。
ネタが浮かばずに苦労はしましたが、今回のこの作品は、キャラクターが自分に乗り移ってくれたかのように、
書き進む事が出来たのではないかと思います。
シスプリのSSリンクのサイトに投稿もしてまして、参照数もそこそこ稼ぎつつあり、
作者として嬉しく思っています。

さて、シスプリSSのシリーズは次回から設定なども大きく変えて新たに開始します。
現代でのお話になり、妹が全員登場するお話の予定です。
この平安〜シリーズでは、一人一人のキャラクターと兄の関係だけで進められたのですが、
新シリーズでは同じ舞台に妹全員が乗るので、
キャラクターを生かしながら、いかに兄に絡めていくか、
バランスを考えなければならないと思います。
なるべく読者、視聴者を退屈させないよう、頑張りますので、
よろしくお願いいたします。

感想、意見などがありましたら、トップページやコンテンツメニューから
掲示板やメールなど、頂けると
作者の刺激になります。
本作品をお読みになった後には
なるべくお立ち寄りの上、足跡をお残し下さいますよう
お願いいたします。

それでは新シリーズでまたお会いしましょう