花集院MAID

最初の一週間〜急転直下!俺が大富豪!?〜

作:サイバスター



市街を見下ろす二つの丘陵の上に、日本経済界を騒がせている洋館が建っている。地元の人々はその家を“白御殿”と親しみと羨望の想いを込めて呼んでいた。
その住人は日本のみならず、世界の経済市場で名を馳せていた。そして、世代交代の時期に差し掛かり、後継の準備がほぼ完了していた。
「そろそろ潮時かね。準備はいいかな?香苗さん。」
「全て恙無く。跡はお任せ下さい。全ては愛するお方のために。」
白御殿の主を去ろうとしているこの男、名を花集院健雄。還暦を明日に控え、勇退の意志を固めた初老の紳士だ。健雄の視線は窓から見えるある建物、私立聖上学園に向けられている。
そこには彼の後継者となる少年、桂木誠が大勢の友人たちに囲まれ、楽しく学園生活を送っていた。彼は明るい少年で、学生生活の傍ら、生活費の捻出のために小さな便利屋業を興して2年間、まちの人々の信頼を掴みつつも少しずつ利益が生まれてきている。ニックネームは“若社長”と呼ばれ、地元の情報誌にも時折彼の業績について取り上げられているちょっとした有名人だ。
彼には孤児院で育てられた過去があり(これがこれからの彼の生活を左右する大きな要因なのだが。)、そんな事など微塵も感じさせない普通の、それでいて忙しい高校生活をエンジョイしている。
今日は珍しく学年主任の佐原先生が誠のクラスの教壇に立ち、ホームルームをしている。
誠は隣席の聖麻利亜に話し掛ける。
「あれ?今日は香苗先生、休みなのかな?」
「え?遅刻じゃないの?」
さりげなく答える麻利亜は学園投票で2年連続グランプリに輝く美少女だ。ついでに誠とは中学校以来の付き合いで、聖上学園広しと言えど、麻利亜と何の気なしに話す事の出来る唯一の男子生徒が誠である。
誠は佐原先生がまだ担任の先生がどんな状況なのか口にする前にしれっと答えた麻利亜になにやら不思議な感覚にとらわれた。<何で知ってたのかな?>と。それでも、誠はあまり気に留めずに佐原先生の話に耳を傾ける。暫くすると、教室のドアが開き、美咲香苗先生が入ってきた。かなり慌てていたらしく、肩で息をしている。
「ごめんなさい〜!遅れちゃった〜!あ、佐原先生。すみませんでした!」
必死に頭を下げて詫びる香苗に、佐原先生は穏やかに教壇を降りる。
「今後、気を付けて下さいね。それでは宜しく。」
佐原先生を見送った香苗はなにやら口をもぞもぞと動かすと、ホームルームの続きを始めた。その唇の動きを見逃さなかったのは麻利亜だった。
その日の昼休み、聖上学園の一部の女子生徒の携帯電話に一通の電子メールが一斉に送信された。その中には、麻利亜の携帯電話も含まれていた。
その頃、誠が一人住まいをしている町外れの事務所を兼ねた2DKのアパートには引越し業者がトラックを乗り入れ、誠の部屋にある一切合切の荷物や家財道具一式が白御殿に搬入されていた。
新たなる主を迎える準備は整った。
その日の放課後、誠は依頼されたビル掃除の仕事をするため、住み慣れたアパートに道具を取りに戻った。
「あれ?こんなところにでかい車。まあいいや。」
アパートの前に黒塗りのリムジンが異彩を放っていたものの、依頼の仕事のことで頭が一杯だった誠にはそんなことはどうでもいいことだった。何しろ今日は突然のクラブ活動の延長時間で時間が押していたのだ。
「畜生!原田のせいでこんな時間になっちまった。早く行かなきゃ。」
同輩の失敗をぼやきながら、金属製の階段をとんとんと上がり、自室のドアをばたんと開けた誠は目の前の光景に目を疑った。
「な!何だ!」
今朝まであった筈の部屋の中のものがきれいさっぱりなくなっているのだ。誠は動転した。今日の仕事はどうするのか、そして明日以降の仕事のことも頭の中を渦巻いた。
「どうしよう・・・・。」
がっくりと肩を落とした誠に背後から声を掛ける聞き覚えのある声。
「大丈夫よ。あなたの仕事はお友達が立派にこなしています。」
麻利亜だった。
「麻利亜、まさか梨絵がやっているのか?」
振り返った誠の視界に入った麻利亜が身に着けているのは膝上10cmほどの丈の某○ン○ラ風のいわゆる青いメイド服だった。
「ええ。」
「それに、お前のその格好、どうしたんだ?」
「はい。それは追々、先代からお話をさせていただきます。」

はぐらかされてしまった様な気分になった誠は、思い出した様に部屋の荷物の事をおもむろに麻利亜に尋ねる。が、それも“追々”ということではぐらかされてしまった。
「それよりも、私達に付いて来てもらえませんか?若社長。」
「どうして付いていかなきゃならないんだ?」
麻利亜が誠を若社長と呼んだ時は大抵真面目に話をしている事を誠は知っている。
「あなたの荷物の事を知りたくないの?」
「それは・・・よし、分かった。お前に付いて行きゃあいいんだな。」
何だか麻利亜は全てを知っているようだと辛そうな表情から見て取った誠は大人しく麻利亜に付いて行くことにし、今までの自分の部屋のドアに別れを告げ、先ほど上ってきた階段に差し掛かったその時、階下には先ほど泊まっていたリムジンのドアを開けて待機している20歳くらいであろうか、緑色のメイド服を着た美女が誠を待っていた。
「さ、行きましょ。」
「ああ。」
麻利亜に促され、リムジンに乗り込んだ誠の前に、向かい合わせに麻利亜が乗り込む。
「葉山さん、宜しくお願いします。」
どうやら緑色メイド服美女の苗字は葉山と言うらしい。葉山は運転席に乗り込むと、静かに車を発進させた。
「どこに連れて行くんだ?」
などと車中で誠が言葉を掛けるも、麻利亜を始めとする同乗者と運転手は黙っていた。しかし、町並みの流れからすると、車の向かう先は通称白御殿に向かっている。20分は車を走らせたろうか、誠の予想通り、静かに車は白御殿の門から玄関先に滑り込んだ。
「到着しました。どうぞ。」
葉山に促され、誠はリムジンを降りると、色とりどりだが、数色の色に分かれたメイド服に身を包んだ大勢の少女たちが誠を出迎えた。するとその集団は深く頭を垂れ、
「お待ち申し上げておりました。ご主人様!」
と、誠に挨拶するや否や、誠に駆け寄り、何人かのメイドがいきなり誠の唇を奪う。どうやらこれがこの屋敷のしきたりのようだが、流石に我先にと誠に寄って来るとたじたじだ。その様子を見て取った麻利亜が一声を発すると、メイド少女たちはさっと隊列を整え、玄関までの道が出来る。ずらりと居並ぶメイドたちの中には、誠自身出会った事のある少女達がその中に何人か見受けられた。
「おや?」
辺りをきょろきょろ見回す誠に、麻利亜は一つ咳払いをすると、屋敷の中に入るように促し、誠は屋敷の中に足を踏み入れる。中は先代以前から集められた調度品や美術品で飾られ、ヨーロッパの宮殿を思わせる作りだ。物珍しさに誠はおどおどするばかり。
暫く屋敷を歩くと、最上階の中央にあたる部屋の前に、美咲香苗が麻利亜と同じブルーのメイド服を身に纏い、誠を迎えた。
「香苗先生!?どうしてここに?」
「詳しくは中で。」
「はい。」
香苗は指示をすると、扉を開けた。
「失礼します。」
そして麻利亜は壁のスイッチを入れる。大きな書棚が横に移動し、モニタースクリーンが現れる。更にビデオがスクリーンに投影される。
「おお、来たか。待っていたよ。」
そこに映された紳士、花集院健雄は、回転椅子をくるりと回して誠の方を向いた。
「誰だ?あんた。」
「この家の今日、君の返事までの主、花集院健雄だよ。私は今、余生を過ごそうとしている南の島への飛行機の中にいる。初めましてと言うべきだろう。桂木誠、いや、花集院誠君。美沙には悪いことをした。美沙はお前の母であり、私の妻だった。仕事一本やりの私と別離し、お前を女手一人で育てようとしたが、体を壊し、お前を若葉園に残してこの世を去ってしまった。私は不憫なお前を精一杯援助しようとしたが、若葉園への援助だけにと止まってしまってすまなかった。将来、お前のために誠心誠意尽くしてくれる彼女たち、MAID隊を育成するのに全精力をつぎ込んでいたからな。」
健雄の一言に誠は敏感に反応した。ビデオは更に続いた。これからの誠の身の振り方について、この屋敷のことについて、などなど。

あまりのことに誠は言葉を失っていた。突然の父親宣言に。それがまた、国内のみならず、世界にまで影響を与える花集グループの長、花集院健雄が自分の父であることに。始めは信じられない気持ちであったが、健雄の目から頬を流れる涙に誠は健雄の気持ちを汲み取っていた。
「で、俺に何の用だ?」
ビデオに向かって話し掛ける誠にタイミングを合わせたように健雄は語り続ける。
「お前の便利屋の成功は聞いている。若くして企業家としての評判は上々だ。そこでだ。誠、お前に私の会社を任せたいと思っている。この屋敷もお前のものだ。自由に使うがいい。私も明日で還暦。会社を退職せねばならない。そこでだ、誠。さっき、あのアパートの荷物、きれいさっぱりなくなっていただろう?既にこの屋敷に全て運び込んでおいた。」
「何だって!?断りもなしに!」
荷物の行方が分かった誠はキレそうになったが、
「まあまあ、落ち着け。誠。」
と、すかさず制する。
「お前の便利屋の仕事の一環だ。ライバル社の土御門グループから我が社を守る。これが私からの依頼内容だ。」
流石に便利屋の仕事と言われては断りきれない。ビジネスライクの口調に誠の目は輝いた。「報酬は?」
「この屋敷の所有権と何不自由ない生活、そしてお前の後ろに控えている彼女たち、“MAID隊”の様々なサービス、勿論花集グループの経営権と総資産の全て。と言った所が主なものかな。」
<う〜ん。悪くない話だ。>誠は考えていた。
「ただ、必ずしも花集院の名前を告ぐ必要はないよ。ペンネームの代わりに使う分には抵抗がないだろう。時と場合を考えて花集院を名乗るといい。」
大きい会社を動かす。幼い時からの夢が今、手の中に入ろうとしている。誠は決断した。
「分かったよ。このビジネス、引き受けた。」
誠の返事を予測していたかのごとく、ビデオの健雄はにやりとすると、テーブルの上板が左右にスライドし、コンピュータのディスプレイが競りあがってきて、スピーカーから女性の声と共に、メインメニューが開いた。
「音声認識登録完了?ふむ。相続手続きおよび所有権移譲、便利屋カツラギへの業務依頼手続き終了。花集院メインシステム起動します。」
これで第7代花集グループ総帥、花集院誠が誕生した。


(作者より)さてさて、大きなものを受け継いだ誠君、これからどうなる?
第2話を待て。