花集院MAID隊

第2話 〜可愛さ爆発!あの娘もこの娘もメイドさん〜

作:サイバスター



「ただいま〜!誠君!ビル掃除終わったよ〜!」
誠がディスプレイのメニューを何ページか見終わって、一息ついた頃、便利屋唯一の社員、榊梨絵が誠のいる部屋に入ってきた。
「あ!美咲さん!聖さん!すみません。あのぉ〜〜。」
香苗と麻利亜に気付いた梨絵は肩を竦めたが、
「大丈夫よ、引き受けてくださったわ。誠様は。」
と、優しく梨絵に声を掛ける。
「何だ、梨絵も仲間だったのか?」
「すみません。ご主人様。」
「今さら“ご主人様”はないな。今まで通りでいいよ。」
「よかった。」
梨絵は屈託のない笑顔を誠に向ける。
「では、MAID隊金組、榊梨絵、任務に戻りますっ!」
「頑張ってくださいね。」
梨絵は麻利亜と香苗に声を掛けると、元気よく部屋を出て行った。
「金組。か。なるほど。彼女の考案した道具は仕事に役立ってたな。」
どうやら誠の生活をサポートするMAID隊には役割別に〜組と区分けをされているようだ。
誠は麻利亜に尋ねた。
「なあ麻利亜、一寸聞いていいかな?」
「はい、なんなりと。」
「衣装によって役割とか決まってるの?」
「はい。香苗先生はMAID隊蕾組チーフ。私はMAID隊隊長。みんなのまとめ役。服はブルーで、香苗先生は縁と黄色のツートンカラーです。」
「なるほど。で、他には?」
「カーキ色の服が金組梨絵さんの所属している組ね。このお屋敷の設備保守とご主人様のお使いになる様々な道具や機械の開発、製造なんかが主な役目ね。」
「それって、商品化できないの?販売したら売れると思うけど。」
誠の中では生活用品で一儲け計画が沸いていた。
「しかしなあ、香苗先生に何かお願いなんてなあ。」
「ご主人様は誠様。私たちはご主人様の命令には絶対服従を基本としております。それに誠様、このお屋敷では私どもを呼び捨てにしてください。」
「と、言う事は、よし!俺が勉強するときに家庭教師をしてくれると言うことで、今後も香苗先生って呼ぶよ。いいよね?」
「はい、ご主人様。」
誠は自分が“ご主人様”と呼ばれるのにむずがゆさを感じていた。そこで、自分がここで生活するのによい環境を創ることから着手することにした。
「さて、香苗先生、ここで俺が一緒に生活をするのですから、たとえMAID隊の皆さんといえど、俺の家族になるわけです。MAID隊の皆さんと、その他のスタッフの皆さんをここに集めてきてください。麻利亜も頼むよ。俺の家族として。」
「分かりました。」
麻利亜はすぐさまMAID隊司令室に走ると、館内コールの回線を開く。

「館内の隊員に通達、至急Aルームに集合されたし。繰り返します。至急Aルームに集合されたし。」
麻利亜の声が館内スピーカーを通して全員に伝わる。物の数分でMAID隊の中核に少し欠けるが、総勢十数名が誠の部屋に集まった。役割別の組別に自然と整列している。
「隊長、お待たせしました。」
「ご苦労様です。これからご主人様からお話があります。皆さん心してお聞きになってください。」
麻利亜の言葉に隊員たちは固唾を飲む。誠は集合したMAID隊隊員たちのいずれ劣らぬ可愛らしさと美しさ、そして何より部屋中に広がる女の子の香りにくらくらしそうだった。
「えーと、皆さん、今日から私がこの家の主となりました桂木誠です。宜しく。皆さんはここで私と生活をしていくわけなのですので、私は皆さんを家族として考えています。そこで、私は皆さんを呼びやすい呼び方をします。当然皆さんも私の事を呼びやすい呼び方で呼んでください。私が皆さんにお願いする最初のお仕事です。宜しくお願いします。」
「じゃ、あたしは“誠君”にしよ。」
「便利屋でのいろんな発明品、梨絵の役目だったんだね。これからも宜しく。金組の皆さん。」
最初に声を発したのは梨絵だった。梨絵は金組の班長だ。配下にはあと二人、宮野名栗と、相原桐子の両名がいる。3人は聖上学園で理科学研究会とパソコン同好会に所属し、聖上学園の技術屋と異名を取るほどのメカフェチだ。何故か3人ともメガネを掛けていて、レンズの奥から覗く理知的な眼光、その更に奥にあるご主人様を想う熱いまなざし。マニアの人にはたまらないメガネっ子軍団だ。
「じゃ、私は誠様。」
と、名栗。
「私は年下だから“お兄ちゃん”にしよ。いいよね?」
と、桐子。
「風組の葉山美由です。ご主人様のプライベートな移動の際にそれぞれの交通機器の運転や操縦を勤めています。」
「運転や操縦?」
「はい。自動車は勿論、船舶や飛行機、ヘリコプター、列車などの運転をこなします。」
「へ〜。運転資格を見せてくれない?」
その一言に、風組の3名、班長の葉山美由を始め、柳ミレイ、楠木裕香は足下のアタッシュケースを開き、様々な免許証や、技能証明書を差し出した。二十代前半にして、あらゆる免許証が取得されている。因みに緑色の衣装だ。
「先代の隊長や指令から教育されました。因みに整備については金組の皆さんにお願いしてますが。」
「潜水艦もあるのか。すげえ。遊びに行くときにはぜひ頼むよ。」
「承知しました。」
風組の人たちはMAID隊の中でも香苗と同じ大人の女性だ。主の移動距離に応じて出動人数が違うらしい。彼女たちの本業について少し触れておこう。美由はプロのラリードライバー。ミレイはレースクイーン。裕香はカースタントのスタントマンだ。
「あれ?そう言えば、風組の人たちって、若葉園のお姉ちゃんたちじゃない?美由姉ちゃん、ミレイ姉ちゃん、裕香姉ちゃんでしょ?」

「思い出してくれたの?まこちゃん。」
昔の事を、辛いけれども楽しかった孤児院の生活のことを思い出してくれた誠に美由は涙ぐんでいた。そう、彼女たち風組メンバーは孤児院若葉園のOGで、誠をいつも可愛がっていた3人娘だったのだ。そして、若葉園時代にひそかに誠を見守り、健雄に状況を定期的に報告もし、誠は彼女たちの初恋の相手である。
「まさか先代の倅だったとはねえ。聞いたときには驚いたわ。」
ミレイは壁にもたれながらクールに振舞う。しかしながら、昔のままの誠の笑顔に<変わってないな。誠。嬉しいよ。>と、ときめきさえ感じるのだった。
「でもよかった。またまこちゃんのお世話が出来るんだし。頑張りましょ。ミレイちゃん、美由ちゃん。あ、美由ちゃん泣いてる!だめだよ。ご主人様の前で泣いちゃ。」
「ええ。そうね。班長が泣いていちゃ、恥ずかしいよね。」
裕香はいつも元気で、泣き虫美由と勝気なミレイのいい緩衝材の役回りだ。風組はこれでいいチームワークが取れているのかも知れない。
そして最後に控えしは花組だ。彼女達は聖上学園の1年生。三つ子の姉妹だ。ピンク色の衣装が彼女達の可愛らしさを際立たせる。
「あの。始めまして。桂木先輩。」
「おお!尽志三姉妹!」
「きゃう〜ん!私たちって有名!ご主人様知ってた〜!」
右目尻に黒子、オレンジ色の髪飾りが付いてる三女のミミがはしゃぐと、次は額の中央に黒子、赤い髪飾りがついている長女のヒトミが続く。
「私たちは一番ご主人様の近くのお世話をするの。お着替えとか、御髪の手入れとか。お風呂でお背中だって流して差し上げます。」
そして姉妹の中で一番色気づいている左目尻の黒子、緑色の髪飾りが識別マーク、次女のフミが最後に妖しく挨拶。
「夜だって寂しくさせないよ。んふふ。」
「へ?夜?」
「私たち花組は世界のマッサージ術をマスターしてます。勿論殿方のお悦びになる術も。ですから、ご主人様のアチラのモヤモヤも・・・そのぉ。」
ヒトミは衣装の色より肌を桜色に染め、もじもじしていると、フミがフォローする。
「エッチな事だってあたし達に任せな。気持ち良くしてあげるよ。な、ミミ。」
「うんっ!お姉ちゃんには負けないよ!ミミ。」
ピョンピョンと跳ねながら、ちゃっかり誠の膝の上に座るミミ。
「襟が曲がってるよ。先輩。」
「あーっ!ずっこいぞ!ミミ!」
「ははは。元気があっていいや。宜しくな。」
「うんっ!ミミ頑張るよ。」
大体終わったかと思いきや、遅れて二人のMAID隊隊員が入ってきた。
「遅れてすみません。ご主人様の健康データをチェックしてたら遅れました。」
「早く自己紹介なさい。紀華さん。」
白いスーツ姿の上に白衣を羽織った格好のまさに女医という幹事の美女が自己紹介を始める。
「私は花集院家当主専任侍医。星組チーフ、皇紀華です。君が今度のクランケね。素晴らしい研究素材だわ。題して“ハーレム状態に於ける男性の精神構造と肉体的変化の相関について!”特に思春期の男性のデータは貴重だわ。じっくりとサンプルを取らせてね。んふ。まあ、もう異性と肉体的接触を?実に興味深いわあ。脳内のアドレナリンと発汗に於けるフェロモンの発散量が知りたいわね。」
「ちょっと紀華さん。それぐらいにしてくださいな。」
好奇心を刺激された萌え萌え状態の紀華を制するのは香苗のみできる役目だ。
「あ、ちょっとノルアドレナリンの量が少なくなった。失敬失敬。でも、今度の健康診断が楽しみだわ。うふふっ。じゃあね。かわいいクランケ。」
そう言うと紀華は投げキッスを誠に投げかけ、うきうき気分で部屋を後にして医務室に戻っていった。誠は<いったい何をされるんだろう?>と少し不安になっていた。
「お兄ちゃんが新しいご主人様?私、アイリ。それにこの子、ハムスターのハムちゃん。宜しくね。」
「アイリちゃんか。ハム、宜しくな。」
エンジ色の衣装に立て巻きロールのパーマがトレードマークのアイリ、アイリ=エレ=ダールストンは、MAID隊のマスコット。聖上学園小等部の4年生。ハムスターのハムとはいつも一緒だ。誠がハムに手を伸ばすと、普段は人見知りして動かないハムが、誠の手から肩へと移り、頭の上にまで一気に駆け上がって前足でほっぺたをぽりぽりと掻き始めた。これにはアイリも驚いた。
「ハムちゃん、お兄ちゃんが気に入ったの?分かった。本当のご主人様だね。お兄ちゃん。さ、ハムちゃん、おいで。」
アイリはハムを呼び戻すと、ほっぺたをりんご色に染めながら誠に最上の笑みを奉げた。
「さ、皆さん、自己紹介はおしまいです。それぞれ持ち場に戻ってください。」
「はい。」
誠の部屋には麻利亜と花組の三つ子が残り、全員各自の持ち場に散開した。
「どうやら皆に歓迎されてるみたいだね。麻利亜。」
「はい。」
「そうだ!いい事思いついた!麻利亜、今日はMAID隊皆と晩御飯が食べたいな。」
「桂木君、それは・・・私たちの規則で・・・」
「だめなの?」
「ごめんなさい。ご主人様と食卓に着けるのは妻、または婚約が成立したときのみ。そう決められてます。」
「つ、妻!」
「はい。言わばMAID隊はご主人様将来の伴侶候補。隊員たちはいろんな方法でご主人様にご奉仕します。それはそれぞれに考えたご主人様への愛の形です。」
「と、言うことは、香苗先生も、麻利亜も、俺のこと。」
「はい。最低でも“恋”の相手と考えておいていいでしょう。」
「はあ、じゃ、責任重大だね。それに、麻利亜も、ヒトミちゃんも、フミちゃんも、勿論ミミちゃんも、皆可愛らしいし、誰にしろって言っても、決められないなあ。」
「ですから、これから時間をたっぷり掛けてお考えになってください。新しい桂木君の生活は始まったばかりなんですから。」
麻利亜は自分の言葉ではっきりと誠に答えた。
「そうだよな。今すぐ決めろって言うことじゃないんだから、ゆっくり考えるとするよ。ありがとう。麻利亜。」
誠は少しほっとした。麻利亜の言葉に励まされたような気がした。
時刻はもう夕方。夕日が西側の出窓から差し込んでくる。麻利亜は時計を見ると、誠の夕食の心配を始める。
「桂木君、夕食は何にします?」
「晩御飯か?う〜ん。」
「先輩、これを見るといいよ。世界中のどんな料理でも食べられるんだよ。」
フミは誠の机に付いているボタンを押すと、机の上板がスライドして開き、タッチ式液晶パネルが姿を現す。パネルにはMAID隊への指示と、食事のメニューが表示されている。
「すげ〜。なになに?“食事メニュー”。これを押すのか。」
“食事メニュー”と書かれたアイコンをタッチすると、朝食、昼食、夕食、夜食、おやつのアイコンが並び、ここで選択すると、世界地図が次に表示される。
「“地域を選択してください”?アジア、オセアニア、アメリカ、チュウナンベイ、チュウキントウ、アフリカ、ヨーロッパ。よし、最初はアジア。」
アジアのアイコンをタッチすると、地区詳細の地図に変わり、右側のフレームにアジア地区に登録されている全ての国の国名のアイコンが表示される。
「和食和食。日本だね。」
次に表示されたのは日本地図だ。前菜選択、先付け選択、焼き物、煮物、向う付け、汁物、デザート、飯物とアイコンが揃っている。それぞれに県別に選び、料理名が並んでいる。料理名にはそれぞれにリンクが貼ってあり、リンク先には料理の写真が掲載されている。誠にとっては見たこともないものが並んでいた。とりあえず見た目でうまそうだと感じたものを都合8品選んで、白いご飯とワカメと豆腐の味噌汁をつけて、料理のメニューを閉じた。
<結構食事を頼むのも大変だ。>そう思う誠だった。
「そうだ。明日の朝も頼んでおこう。朝だとまた時間かかっちゃうしな。」
翌朝の朝食も注文しておく誠だった。
この時選択した料理は地下にある厨房に送られ、総勢250人の料理人達が腕を振るう。料理を出すタイミングや、順番などは総料理長の前田ホウメイが取り仕切る。ホウメイは香苗にその全てを伝え、香苗は食卓の準備を始める。今日は和食。部屋は勿論和風の“連雀の間”にセットだ。
その頃、誠はまだ学校の制服を着ていること、緊張して汗を書いていることに気付いて、風呂に入ろうとしていた。しかし、そこは始めてきた家。風呂の場所すら分からない。
「麻利亜、悪い、風呂、どこ?」
「案内するわ。来て。花組の皆さんは準備を。」
「はい。」
誠から風呂の場所を訊かれ、麻利亜はすぐさま花組みに指示をする。3人娘は素早い動きで入浴と着替えの準備にいち早く部屋を出る。
「お風呂だお風呂〜〜。」
ミミは鼻歌交じりで嬉しそうだ。
麻利亜に案内され、浴室に向かう誠の前に、ハムを追いかけるアイリが来た。
「ハムちゃん!だめ!待って!」
「おっと、やあ、ハム。また会ったな。そうだ、ハムはお風呂好きか?」
「お兄ちゃん、これからお風呂なの?アイリも入りたいな。」
「アイリちゃんも入りたいってさ、ハム。お前も一緒に入ろうか?」
「ハムちゃんはだめ。熱いの嫌い。それに、ハムちゃんはお友達だから、アイリの裸見られるの恥ずかしい。」
「俺とならいいの?」
「うん。お兄ちゃんはアイリの恋人だから。アイリの全部、見てほしい。」
わかっているのかどうなのか、アイリの一言にドキリとする誠だった。

「よし、アイリちゃんも入ろう!楽しいぞ。」
「うん。アイリもお兄ちゃんのお背中、洗うんだ!」
アイリは誠と手をつなぎ、スキップしている。先導する麻利亜は気が気でない。<私だって誠君とお風呂、入りたいな。私にはお役目があるし、でも、アイリちゃん、いいなぁ。>
誠の部屋で言った一言に少し後悔している麻利亜だった。
渡り廊下を渡ったところに浴場がある。大きさは学校にある体育館一つ分はあるようだ。
浴場では脱衣所で三つ子たちがバスタオル一枚の格好で誠を待っていた。
「わくわくするね。ヒトミ姉ちゃん。」
「どんな方法で誠様を悦ばせて差し上げましょう?」
「ミミにお任せ!」
話している所へがらりと引き戸を開けて誠、麻利亜、アイリが入ってきた。
花組の目論見は崩れ去った。<どーしてアイリがいるのよ!>それぞれに想う三つ子の一瞬の表情の変化に麻利亜は胸を撫で下ろす気持ちだ。<アイリちゃんが保険ね。アイリちゃんの前じゃ、迂闊なことは出来ないでしょ。うん!正解正解!>安心して麻利亜は花組に指示をする。
「アイリちゃんも入浴します。花組の皆さん、ご主人様を宜しく。」
「はい。隊長。」
「私は食事の準備があります。アイリちゃんもご主人様を宜しくね。」
「うん!そうだ!麻利亜も一緒に入ろう!」
皆一緒で賑やかな事が大好きなアイリは麻利亜にも一緒に入ろうと勧める。麻利亜は思わず<入りたい・・・>と思ったが、<誠と二人きりなら・・・私には役目があるし。>と素直になれない自分を恨めしくも思うのだった。誠はその場で膝立ちになり、すぐにアイリと同じ目線の高さに自分の目線を合わせる。
「アイリちゃん、わがままはだめだよ。麻利亜はお仕事があるんだよ。」
誠のフォローにほっとする麻利亜だが、アイリは追い討ちを掛ける。
「お兄ちゃんがお願いしても、だめなの?」
「えっ?」
<そりゃ、俺だって麻利亜と・・・・う〜〜〜ん、だめだ。ここは役目を優先だ。>誠もやっぱり素直になれない自分と葛藤していた。そして誠が出した結論は、
「今日は前もってアイリちゃんとハムと約束したでしょ?その時、麻利亜も約束したかな?」
と言うものだった。アイリは首をぶんぶんと振るって、
「ううん、してない。」
と、少し残念そうに答える。
「だから今日はだめなんだ。皆で一緒に入ろうと思ったら、皆で一緒に約束しなきゃ。分かるね。アイリちゃん。」
「そっかあ、そうだよね。アイリもわがまま言っちゃ、だめだよね。お兄ちゃん、今日はアイリとハムちゃんとだけのお約束だもんね。ごめんなさい、麻利亜。」
誠はどんな相手であろうと、ましてやアイリのような小さい子でも、真剣に、かつ優しく向かい合うことが出来る。誠のその態度はアイリを素直にさせ、麻利亜に詫びるという行為を導いたのだ。これは麻利亜を始め、<アイリが謝った。桂木君に心を開いている。さすがね。やっぱりすごいわ。>と、花組のヒトミたちをも驚かせた。
「いいのよ。アイリちゃん。」
麻利亜は大事なことを忘れていた。相手の位置や立場、視点に立って相手のことを考え、行動や応対を考えることを。<私もまだまだ未熟ね。もっともっと勉強しなきゃ。>更なる決意をする麻利亜。
「アイリちゃんも立派な隊員だ。そして立派な女性だよ。」
誠はこの一言でアイリの隊員としての自覚と一人の人間としての自覚を決定的に植え付けるのに成功した。
「アイリ、立派な女性?じゃ、頑張ればお兄ちゃんのお嫁さんになれる?」
「それはアイリちゃんの頑張り次第だね。」
「やった〜!」
すっかりご機嫌が戻ったアイリはさっさとその場で服を脱ぎ捨て、風呂場に駆け込む。
「お兄ちゃん!早く早く〜〜!」
はしゃいで誠を急かすあたりはやっぱり少女。
「麻利亜。後は大丈夫だ。持ち場があるんだろ?行っていいよ。」
「桂木君。やっぱりあなた・・・」
「え?何?」
「何でもない。ありがと。」
そう言って浴場の外に出て行く麻利亜。
「何か感謝されること、したかな?ま、いいや。風呂風呂。」
誠が服を脱ぎ始めると、ミミは誠の正面に座り、腰に巻くためのタオルを広げ、誠のそれを見たい衝動を必死に我慢しながら待機する。ヒトミは誠の背後で脱いだ服を受け取り、フミにパス。フミは受け取った服をたたみ、洗濯物として籠にしまう。全部脱ぎ終えると、ミミはさっとタオルを巻きつける。
「さ、行きましょ。」
ヒトミに促され、誠は浴室内へ。
「ひょえ〜〜〜、広いなあ。」
どうやらアイリがいたおかげで、今日のところは穏やかにすみそうだ。誠とアイリのはしゃぐ声が浴室中に響いていた。風呂から上がると、アイリは元気よく自分の持ち場へと戻っていった。
夕食は麻利亜が香苗の指示で料理を運ぶ。和服姿の麻利亜が連雀の間に入ってくる。
「失礼します。」
静々とすり足でお膳を運ぶ麻利亜の振る舞いは、学校で見るのとは大違いで、実に艶やかだ。
「お食事をお持ちしました。」
<麻利亜、きれいだ。>素直にそう思う誠だった。
「桂木君、どうしました?」
自分をボーっと見つめている誠に麻利亜が声を掛ける。誠は取り繕うように答える。
「いやあ、不思議なものだなあって思って。」
「は?」
合点の行かない表情の麻利亜。
「だってさ、学校じゃ絶対に見ることの出来ない麻利亜が今、俺の前にいるんだぜ。それに、こんな立派な屋敷で、誰かと言っても今は俺のためだけど、人の幸せのために頑張っている。MAID隊の皆も頑張ってる。俺は皆の幸せのために頑張るよ。」
「桂木君・・・・」
「先輩。」
「ミミ感激!先輩、さあ、冷めないうちに食べて!」
「ああ、頂くよ。」
フミが器を持つと、ミミは箸を取り、誠の口に料理を運ぶ。ヒトミはおひつの近くでお代わりの待機と食べ終わった器の片付けをする。そして麻利亜がタイミング良く配膳をする。実にいいチームワークだ。まことはただちょこんと座って、口に運ばれた料理に舌鼓を打つだけだ。
「うまい!こんなおいしいの初めてだ。智たちにも食べさせたいなあ。」
「智?誰ですか?」
「まだ中学生なんだ。あそこにいたとき、弟みたいでさ。」
「若葉園、ですね?」
「ああ。毎日とは言わない。せめて1週間に一回、でなければ、1ヶ月に一回でも、こんな料理、食べさせたい。」
誠が若葉園の方角に目を見やりながら呟く。その時だった。ガラリと引き戸が開き、香苗が入ってくる。
「それはだめです。」
「どうして?」
「花集院家の料理人達は全て桂木君の為にここにいるの。決して他のところでは料理はさせません。」
「それも“契約”なんでしょ?香苗先生。」
「違います。」
「桂木君は高校入学とほぼ同時に、便利屋カツラギを興し、順調に成長させ、たくさんの幸せを町の人たちに分けてきた。その努力が先代に認められ、今ここにいる。因みにその努力の間、誰かからの施しはあった?桂木君のやろうとしていることは“施し”なのよ。」
「なかった。全部俺の考えで、梨絵の協力はあったけど。」
「そう。桂木君は自分で考え、がんばった結果、私たちからのありったけの幸せを受ける権利を勝ち取ったの。桂木君、覚えているかしら?私が教育実習に行った時、なかなかクラスの皆に解けこめないで困っていた私を見かねて、助け舟を出してくれたのは桂木君よ。」
誠は思った。<そうか、自分の努力で勝ち得ないといけないんだ。きっと、親父も心を鬼にしてここまで来たんだろう。本来の仕事のほかに、MAID隊のスカウトや教育まで。すげえな。俺も負けていられないな。>と。
「そうですか、わかりました。以後気をつけます。そうだ、香苗先生、これからも俺が誤った考えを持ちそうになったら、注意してください。」
「桂木君。ビシビシ行くわね。覚悟して。」
香苗のお役目が一つ増えた。それはご主人様誠の香苗に対するお願いだ。MAID隊にとって気を引き締めるカンフル剤となる。
「それから、紀華先生、もし聞いていたらでいいんですが、心療内科的、精神医学的にもアドバイスをお願いします。」
誠の声は映像と共に医務室でモニタリングしている紀華に届いていた。
「ふふふ。ますます可愛い。天涯孤独だった彼には親の愛情の記憶がない、人に愛情を与え続けてきた彼は周りに人がいると特に大人の女性には母親のようにして欲しいという要求をし、甘えてしまう。愛情欲求症候群といったところかしら。しかし、多くの人に愛情を与え続けたと言うことは、特定の対象に特別な愛情を与えることは難しいはず。優柔不断と言う事もあり得る、という事か。ますます興味深いサンプルだわ。」
分析をしながらも胸をときめかせる紀華だった。(せりふが長いのが難点だけど)
食事も終わり、今日は何かとあってヘトヘトに疲れた誠は、夕食後と言うことも重なって、睡魔の急襲にあっていた。軽く牛乳を飲み干し、眠いことを麻利亜に告げる。麻利亜と花組が付いて誠を寝室に案内する。その道すがら、誠は冗談半分で麻利亜に耳打ちする。
「麻利亜、あのさ、寝るときに添い寝してくれなんていったらしてくれるの?」
麻利亜は口から心臓が飛び出るぐらいびっくりしながらも、隊長として冷静さを失わないように自分を落ち着かせると、
「花組が主にその役目を。桂木君は今、本気で言っているなんて思えません。桂木君が本気でそう望んだとき、私はその望みのままに。」
「そうなのか。」
ちょっと残念、誠君。麻利亜は<とっても嬉しいけれど。ここで許したらだめよね。私も誠君もたくさんお預けした方がきっといいもの。>と、必死に煩悩を押さえる。一方、花組は<ご主人様ラブラブムフフなことしちゃうぞ!大作戦。>を頭の中で考えていた。そして、MAID隊の特技、読唇術で計画をやり取りしている。
その時だった。再びハムを肩に乗せ、枕を抱いて泣きながらアイリが登場。
「うえ〜〜〜ん、ヒックヒック。」
「どうしたの?アイリちゃん、そんな格好で。」
アイリは誠にしがみつく。何故かパジャマ姿だ。花組はアイリに計画がご破算にされるのではないかと冷や汗モノだ。アイリは麻利亜の方を見た時に<麻利亜、お兄ちゃんはあたしが守るわ。お兄ちゃんは私の恋人だけど、私より麻利亜の方がお似合い。>と、読唇術を使っていた。
「アイリね、怖い夢を見たの。一人じゃ怖くて眠れないの。お兄ちゃん、一緒に寝ていい?」
哀願するアイリに誠は答える。
「そうかあ。でもね、アイリちゃんは立派なレディーだ。頑張ればそんな夢なんて、怖くないよ。」
「えっ?」
誠の意外な答えにアイリはきょとんとした。花組に形勢が傾きつつある。
「よし、アイリにお休みのお守りをあげよう。はい。」
「あっ。」
誠はアイリを抱き上げると、その額に軽くキスをした。アイリは誠のその行為にさっきまでの決意が揺らいでしまった。
「これで大丈夫だね。僕の恋人ならきっといい夢が見られるよ。」
「あれ?ホントだ。怖くない。お兄ちゃん、ありがとう。おやすみなさい。行こう!ハムちゃん。」
さっきの決意はどこへやら、アイリはさっさと自分の部屋に帰ってしまう。花組は<ナイス!ご主人様>と、胸中でガッツポーズをする。一方、麻利亜は<どーして?何で帰っちゃうの?アイリちゃん。>と、胸中では泣き顔だ。
やがて寝室に到着した誠たち一行。ヒトミがドアをあけ、中に入って脱いだ靴をフミが片付ける。素早くミミがベッドカバーをずらし、誠が入りやすいようにセッティングする。誠が脱いだ服はフミが受け取り、ヒトミがたたむ。ミミがパジャマを準備し、誠に着せ付ける。またまた見事な連携プレイだ。花組が誠の次の言葉に胸をわくわくドキドキさせながら待っている(麻利亜もそうであったが)と、
「いやあ、やっぱりこの屋敷は凄いや。今日はいろいろとありがとう。皆初日だったから大変だったでしょう。皆さんゆっくり休んでください。これからも宜しく。じゃ、おやすみなさい。」
誠はベッドの中に滑り込みながら、麻利亜と花組にねぎらいの言葉を掛ける。ドラスティックに生活環境が変わった精神的疲労は大きく、誠はてぐすねを引く花組と、ハラハラしていた麻利亜を尻目に、秒殺よろしく大きな欠伸と共に爆睡状態に突入した。
「あれ?隊長、もう寝ちゃった。」
「よっぽど疲れていたのね。これから大変でしょうけれど、ゆっくりお休みください。」
麻利亜はふうとため息をつくと、ミミの言葉に笑顔で言葉を添えた。やはり誠の一言はMAID隊では絶対だ。“皆で休め”の言葉は花組と麻利亜の今日のお役目終了を意味していた。