それぞれのご主人様

第1話 らんとご主人様

作:サイバスター


ご主人様、らんに何でもお申し付けください。


私はらん。かつてご主人様に可愛がって頂いた金魚です。
めいどの世界で修行を積み、守護天使となってご主人様に仕える為に転生してきました。
思ったとおりの優しいご主人様で、らんはとっても幸せです。
11人の仲間たちと一緒に、らんは頑張ります。

今日は思いがけない事がありました。

お夕飯の支度の為、町の商店街に行った時の事です。冷蔵庫に足りないお野菜で、どれが安くて新鮮なものかと、品定めをしていました。こんな時思うんです。「ご主人様のためにこうしてると、何だかご主人様の奥さんになったみたい。」って。これって何だか恥ずかしいですね。ふふ。
そして、らんったら、お顔を真っ赤にしたはしたない様子を、らん達が良くお世話になっている八百屋さんの店主、玄さんに見られてしまいました。

「いらっしゃい、らんちゃん。今日はエプロンをしているのかい?」
「は、はい。」
「そうかあ。いいねえ。」
「は、はあ。何がでしょう?」

らんはびっくりしたのですが、玄さんの言っている事がわかりません。不思議そうな顔をして、相槌を打ちました。すると、玄さんはこう言うのです。

「初々しくってねえ、何だか新婚さんみたくってさあ、こっちまで幸せな気分になっちまうってことさ。おっと、あんまり深い意味は無いんだよ。」
「え!?」

と。らんには確かにその能力はあるのですが、玄さんには今、使っていません。だとすると、どうしてでしょう?疑問に思ったのですが、らんは玄さんの言われた、「新婚さん」と言う言葉が耳に残って仕方ありませんでした。

「さあ、今日は何にするんだい?おじさんが見繕ってあげよう。」

玄さんはらんの戸惑いなんて全く意に介さない様子で、注文をとると、手際よく袋に品物を詰め込んで行きます。そして一通り揃えて清算です。レジに立って玄さんは計算をし、らんは支払いを済ませました。

「毎度あり!」

と言う玄さんの声を背に、らんは八百屋を後にしました。次に立ち寄った魚屋さんでは、らんの旦那さまになるのはどんな人なのかなんて予想じみた事を言われたり、お惣菜やさんでは、将来いいお嫁さんになるよとか、さんざんなお買い物でした。だって、ご主人様のことばかり考えてしまって、お買い物どころじゃなかったんですもの。

一通りの買い物を終えて、らんはみんなが待っているご主人様のアパートに帰る事にしました。

「新婚さん・・・かぁ・・・」

改めてらんは考えました。ふと目を向けた先には、商店街の一角にある貸衣装店のディスプレイに飾られた、花嫁衣裳がありました。

前世では飼い主と金魚だったけれど、今はどうなんでしょう?知り合い?お友達?それとも・・・恋人?

ご主人様はどう思っていらっしゃるのかしら?らんのこと・・・

そんな事をマネキンに向かってぶつけてみたり、もしこんな綺麗な衣装を着るのなら、やっぱり隣にはご主人様が・・・なんて想像をしたり。何だからんは、もやもやがいっぱいです。

こんならんは守護天使失格・・・

なんてふさぎ込んでしまいました。その時でした。

「あれ?らんじゃないか、どうしたんだい?こんなところで。」

アルバイト帰りのご主人様が通りかかり、らんに声を掛けたのです。

「ご主人様?な、何でもないです。お夕飯の買出しです。」

らんはそう言ったものの、後でご主人様に聞いたのですが、作り笑いをしていたようです。

「そうか?何だかしょんぼりしてたように見えたけど・・・」
「思い過ごしです。」
「そっか、ならいいけど。あ、そっかぁ、らんはこれが欲しいけど、高くて着れないからしょんぼりしてたのか。ごめんな。」

ご主人様は花嫁衣裳の隣にあるパーティ向け販売用のワンピースを指して言っていました。ご主人様の鈍感・・・

「僕のバイト代じゃ、買えないよなあ。それに、らんだけにって訳には行かないし。」

そうじゃないの、ご主人様。って本当は言いたいけれど、ここはぐっと我慢しました。だって、真剣に悩み始めたご主人様がおかしくって、

「ぷっ、ははは。」

って笑っちゃいました。そんならんにご主人様は言ってくれました。

「ようやく笑ったね、らん。僕はらんの笑顔が大好きなんだ。僕にあんまり心配させないでおくれ、らん、これが僕かららんへのたった一つの言い付けだ。約束してくれるね。」

と。らんは嬉しくなりました。だって、初めてご主人様はお気持ちを言ってくださったのと、初めてらんにお役目を言い付けて下さったんです。

「はい。」

らんは心を込めてお約束しました。新たな決意も含めて・・・でも・・・

「ありがとう、らん。」

と、お礼を言ってくださったその状況は、らんのもやもやが前よりもっと大きなもやもやになってしまうものでした。だって、ご主人様はらんを優しくその腕で抱きしめていたんですもの。ご主人様ったら、もう・・・

でも、らんは思いました。やっぱりらんはご主人様が大好き。一番大切な人だって。守護天使として、一人の女の子として、いつかきっとあの花嫁衣裳に袖を通すその日まで、

『この身に代えてもお守りします。』と。

第1話 らんとご主人様 FIN


あとがき

始まりました新シリーズ。第1回目をお送りしました。いかがだったでしょうか。
今回は人気らんキング(女なんだからクイーンだろ?ってなことはこの際おいといて)不動の第1位、らんのお話でした。日記調と言うか、回想風というか、そんな文面にしてみました。
『思いがけない事』とは、『ご主人様に抱きしめられる事』でした。皆さんお分かりになられたでしょうか。
電波がビビッと小生の体に降ってきて、書いてみたのはいいけれど、冒頭の伏線をどこに帰結しようか、ちょっと考えました。結婚と言うものに執着した何かにするのか、ご主人様の行為にするのか、などなど。
で、結局こうしてみました。
『もっとキャラを立てろ』とか『もっとキャラを掘り下げろ』なんて抗議が来そうですが、抗議はメール(メニューの欄を見てね)もしくは掲示板で受け付けています。今後の作風の参考にさせていただきます。
それにしても『八百屋の玄さん』って何者?
謎を残しつつ、次回へ続く。