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御嫡男諸国漫遊記

作:サイバスター

第0話 幕府に届いた一通の書状


 時は2代将軍、徳川秀忠が世、以降の幕藩体制を磐石なものにするべく、幕閣の諸大名たちが東奔西走している頃、そう、ちょうど大阪城攻防戦が終わり、豊臣家が滅亡し、ようやく戦乱の世が終わりを告げた頃の話である。
将軍徳川秀忠の下に一通の書状が届けられた。

「なんと、これは流麗な仮名文字。おそらく女将がしたためた物に違いない。うーむ、これはどうしたものか。」

そこには、藩の窮状を訴える内容とともに、秀忠も知るある男宛てに書かれた旨の内容がが記されていた。

「あ奴め、全国を旅しているうちに・・・よし、ここはひとつ・・・」

秀忠は行灯の明かりの元、愛用の扇をぱちりと閉じてほくそえんでいた。

翌朝、父である徳川家康に拝謁をしていた。

「大御所様、秀忠にございます。」
「おお、秀忠か、入れ。」
「はっ。」

上座に腰を据えた家康は、蓄えた顎鬚をさすりながら、息子の来訪に目尻に皺を寄せ、歓待していた。

「して、秀忠、今日はどの様な用向きじゃ?申してみよ。」
「まずはこの書状をご覧下さいませ、先日我が元に寄せられたもので、如何様に処遇しようか、思案に暮れておるところでして。」
「ほう。お前を通じて澄直に宛てた物か。」

秀忠から渡された書状に目を通した家康は、全国行脚をしている将軍家の隠し子、松平澄直の顔を思い浮かべては刻まれた皺を更に深くして微笑んでいた。

その頃、江戸城の裏手、大名たちに割り当てられた江戸屋敷の一角に、こじんまりとした一軒の屋敷があった。その屋敷の主こそが、この物語の主人公、徳川家康の末子にして放浪癖が顕著な青年、松平澄直である。
澄直は今まで見聞して来た各地の地図を眺めては、次はどこに行こうか思いをめぐらせていた。

「殿、殿、そろそろ出仕のお時間でございます。」

澄直に仕える家老筆頭、丹羽勝重は江戸詰めの配下で、主である澄直が江戸を離れるとき、この屋敷を守ってよく働く初老の武士である。江戸での謂わばお目付け役といった役目を担っている。

「え?もうそんな時間か。よし、親父や兄上の顔でも拝んでくるかな。」

渋々出仕用の裃に袖を通し、脇差を携えた澄直は、愛馬にまたがりのんびりと登城をする。如何に高位の大名と言えども徒歩での登城をしているのに対し、当時としてはかなりの待遇を澄直はされているようだ。裃に刺繍された三つ葉葵が澄直の行動の全てを許容している事は間違いない。
春風を浴びながら、澄直は命の息吹を肌に感じ、次の旅への思いを新たにしている。
実際、彼の旅で見聞して来たあらゆる事象は、家康の天下統一の助けになっていて、現在将軍家に仕えている影の軍団、忍びの一族の長である服部半蔵と家康を取り次いだのも彼の功績が大きいとされている。甲賀衆や伊賀衆、根来衆など、全国にいる裏の集団とのネットワークを澄直自身で独自に築いており、道中の彼の身の安全は彼らによって保障されているのだった。澄直が二つ名、『闇将軍』の所以である。無論、彼らを統括する為には、それなりの武術も体得しており、実戦剣術である覇王無心流、後の二天一流(宮本武蔵が会得したという流儀、実は彼自身、関が原の戦で若干11歳で初陣を果たした澄直と遭遇しており、その豪快な太刀筋に恐れ戦いていたりした。この時に澄直は服部半蔵に手傷を負わせ、自らの配下に組み入れたと言われている。)に受け継がれる源流流派の達人でもある。澄直の両腰には当時にしては珍しい三尺九寸五分の長さの太刀、右腰には『陽天』、左腰には『月天』と銘打たれた対になる太刀が、澄直の腕前を象徴するかのように威光を放っている。

「これは澄直様、お早うございます。」

登城した澄直は、西側にある半蔵の詰め所に顔を出した。

「やあ、半蔵、元気そうだね。長上長上。親父たちはいるかな?」
「はい。天守にいらっしゃると思いますが。あ、そうそう、澄直様、いずこかの女将より書状が上様の身元に届いた由。本日はその事についてお話があるかと存じますが。」
「ふうん。相分かった。いつも助かるよ。ありがとう、半蔵。」

そう、澄直は登城するとき、いの一番にここに顔を出し、今日何を言い渡されるのか半蔵に確認し、心積もりをして拝謁の間に行く事にしている。

『何処かの女将か・・・』

澄直は旅先で出会った少女たちに思いをはせる。そして新たな旅の予感が心を騒がせていた。

「松平澄直、上様のご尊顔を拝したく、まかりこしました。」
「おお、参ったか澄直。まあ、近う来たれ、大御所様も一緒ぞ。」

天守閣の拝謁の間、そこは各国の大名たちが将軍に陳情をしたり、将軍が沙汰をしたりする場所でもある。
澄直は深々と土下座をし、臣下の礼をしている。

「これ、面を上げ、世の脇に参れ。」
「はっ、恐縮至極にございます。」
「何を身内で堅苦しい事は抜きじゃ。さあ。」

家康と秀忠の手招きで、澄直は上座に近い位置に移動する。時の大老をも下に見る所が澄直の本来の座所である。
そこで秀忠は懐から書状を取り出す。

「これなんだが、ここに書かれている事について、澄直の一存に任せることにした。」
「はあ。」
「どうやらお主のかつて立ち寄った藩のいずれかが窮地に陥っているようなのだ。われらは天下統一の制度を整えるためにここを離れるわけには行かない。わかるな。」
「ああ、この国の安泰のためには必要な事だからね。と、いう事は、にへへ・・・」

澄直はいきなりだらしない笑顔で破顔する。

「な、何だ、その変な顔は。」
「これって、公務でありますな、大御所様、上様。」
「あ、ああもちろんじゃ。」
「お任せください。この澄直、見事に治めてまいりましょう。」

これはめったにない公認の旅である。にへらとするのも無理はない事である。澄直は胸を張って元気に答えると、早々にその場を辞して、半蔵の詰め所に立ち戻った。

「如何しました?澄直さま、ずいぶん嬉しそうじゃないですか。」
「久しぶりの旅じゃ、しかも公務。」
「それは長上、それではいつもの手筈で。」
「ああ、頼む。」

それは各地に展開している半蔵の配下たちへの澄直護衛および任務遂行の手助けの指令を意味していた。

江戸城から自分の屋敷に戻った澄直は、家老の勝重を呼び出した。

「勝重、明日から暫く屋敷を空ける。これが上様と大御所様からの勅書だ。」
「また旅ですか?」

勝重は半ば諦めた表情で仕えるべき主の顔を見つめる。

「今回は公務だ。公務。」

どこでどう手に入れたのか理解に苦しむ勝重だが、将軍様とさらに大御所様直筆の親書がある限り、逆らう事は出来ない。得意げに親書をひらひらさせている主の表情は明るく、日頃からこの笑顔を見る事を嬉しく思っている勝重にとっては穏やかに見ているしかない。

「勝重、お前も半蔵から聞いておったのだろう?甲賀衆七本槍の一人、霞の重蔵として。」
「全く、殿には恐れ入ります。何もかもお見通しなのですね。」
「当たり前だ。伊達に二つ名を持ってはいないわ。さて、そうとなれば支度支度!明朝には出立するぞ。」
「畏まりました。」

かくして松平澄直は日本全国行脚の旅へ出かける事になった。
それはかつて出会った女将との再会の旅でもある。
果たして旅の先で待ち受ける事とは?

第0話 終幕。


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