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2001年11月

2001年11月の海外旅客船情報

Tong Huiで21人死亡、15人行方不明(中国)

昨夕までに救助隊は、遭難したro-ro フェリー、Tong Huiで21人の死者を発見し、5人を救出した。この船は10月28日に渤海海峡を航行中、爆発事故に見舞われたものだ。15人が依然、行方不明と伝えられている。

救助艇は、早期にその船の火災を消火しようと試みたが、現場が渤海海峡であったことと、大強風のため、失敗した。

通信大臣Huang Zhengdongは、救助活動と事故捜査の視察のため、山東省に10月29日に到着した。爆発は、その船が輸送していた液化天然ガスを積載した6台のタンクローリー車の うちの、1台に原因があると考えられている。(Fairplay Publications: 01/11/01)

Scandlinesは破綻に直面(ドイツ)

ドイツとデンマークを結ぶフェリー会社Scandlinesは、Ostsee of Germanyと、Scandlinesの50%の株式を有するドイツの鉄道会社Scandlines Danmark. Deutsche Bahnとの合併後、わずか3年で破綻することが、共同所有者であるデンマーク運輸省との全体会談で確認された。

Scandlinesは、2700人ほどを雇用しているが、その内1000人はドイツ国内で雇用されている。この会社は昨年、4億 3400万ユーロを超える資金を運転した。(Financial Times Deutschland: Nov 2, 2001)

フィリピンはフェリーの安全を強化(フィリピン)

フィリピン海事当局は昨日、破壊活動を防止し、今日のAll Saints’ Dayの休日でフェリーの乗客が増加するのに備え、国中の主要港の監視を強化し始めた。

フィリピン沿岸警備隊(PCG)とフィリピン港湾当局は、当番兵に従前の計画を伝え、とりわけ今回の休暇のような、船主と乗客の双方が 安全規則を無視するような時期の旅行者に対する安全措置を図った。

港湾警察はターミナルで、テロリストの攻撃を防止するため、乗客の手荷物に対する犬による臭気検査を含む、厳しい乗船手続を課すよう命 じた。一方、PCG隊員は、「過積載禁止」政策の厳格な実施をしている。

PCG隊長Reuben Listaは、特に十分な救命用具を積んでいないかもしれない高速フェリーや小型船舶に対して油断しないよう、国内のすべての地域に指令を出していると語った。 (Fairplay Publications: 02/11/01)

乗客の大量輸送の準備は完了(米国)

サンフランシスコ発(AP) ホワイトカラーはゴールデン・ゲート・ブリッジやベイ・ブリッジを含むつり橋が、テロリストの標的に なっているという新しい警告を受けて、列車やフェリーを見なおしている。

Sondre Skatter(31)は、バークレーに住むコンピュータ・プログラマで、サンフランシスコに通勤しているが、妻と相談して、車を運転するのを止めて、月曜日から列車で通 勤することにしたと語った。

「多大なる犠牲を払っているという訳ではないと思いますよ。」Skatterは言った。「橋に関する今回の特別な警告を真剣に受け とめているんです。」

Gray Davis 知事は、木曜日に警告を出した。FBIが脅しかどうか確証されていないと言っているにも拘らず、DavisはThe Associated Pressに対し、大衆に対して告知する義務を感じたと語った。

Davisが選び出したロサンゼルス港のビンセント・トーマスやサンディエゴのコロラド・ブリッジを含む、これら4つの橋の交通量 は、普段の金曜日よりはずっと少ないものだった。

一方、代替の大量輸送は、とりわけベイ・エリアにおいて、船に乗る人の数が跳ね上がったようだ。

金曜日、東のオークランド、北のマリン郡の、双方からサンフランシスコに入ったフェリーの乗客数は増加した。しかし、収容数にはま だ余裕がある。Alameda Ferriesの最初の6便は、オークランドとアラメダから、平均的な一日に500人を輸送する。金曜日には900人の乗客があった。

「まだ余裕がありますよ。」 そう語るのは、Alameda Ferriesの支配人、Ernest Sanchezだ。需要が増大したら、会社は船をチャーターすると言った。

サンフランシスコに入るフェリーに、月曜日にマリン郡から数隻加わることになっている。ゴールデン・ゲート輸送管区の広報官 Mary Currieによると、金曜日の朝のラッシュ時に船に乗船した人の数は、1600人から2900人近くに跳ね上がったという。ベイ・エリ ア高速鉄道(BART)では、臨時 列車の運行も計画されている。

BARTの広報担当者Vicki Willsによると、通常、約40000人がBARTの列車でサンフランシスコ市内に行くという。BART が臨時列車を何便か走らせた金曜日、一日の平均利用者数は2000人も急増した。

サンディエゴとロサンゼルスでは、橋は主要な通勤手段ではないので、混乱は少ない。

政府の都市計画者は、7.1 Loma Prieta地震の後、サンフランシスコ・オークランド・ベイ・ブリッジの橋桁が1989年に折れ、33日間不通になったことの教訓を再び学んでいる。橋の不通は、地域の 通勤鉄道網に恩恵をもたらし、そして船の乗客の継続的な増加をもたらした。地震はまた、オークランドとを結ぶtrans-bay ferryの運航を復活させ、今日でも続いている。

「もし事情が許せば、危機においてそれらを利用しなくていいことになるのでしょうが、しかし多くの交通手段があるということを人々 が知るのは、いいことだと思うんです。」と、ベイ・エリア首都運輸委員のRandy Rentschlerは語った。

サンフランシスコの商店主は、週末の間、地元客ですら姿を消したと嘆いている。

「商売は本当に上がったりだ。」とフィシャーマンズ・ワーフで鞄店を営むBarryVontは言った。「橋を渡って来たがらないん だよね。」

オレゴン州ではその警告が、いくつかの交通量が非常に多い橋での、更なる警備の引き金を引いた。日曜日はどこも静かだった。

ワシントン州ではピアース郡緊急事態局が、その州の唯一のつり橋、タコマ・ナロー・ブリッジでは何の問題もなかったと報告した。し かし、そこでは特別のパトロールが引き続きなされている。(Associated Press: 2001-11-04)

Stenaがライバル社のHH-Ferriesを買収(スウェーデン)

Steneo発。Stena傘下の会社が、Helsingborg―Elsinore航路に就航している2隻のSuperflex フェリーと共に、HH-Ferriesを買収した。HH-Ferriesは、Scandlinesに対する低価格競争社として設立さ れたが、現在ではStenaとデンマーク・ドイツのScandlines AGが、半分ずつ株式を持ち合っている。

今日、HH-Ferriesは約220人の従業員を擁し、総売上高はおおよそ2億7000万クローネ。昨年の輸送実績は、乗客数 2,082,000人、自家用車 592,000台、コンテナ114,000個だった。(The Scandinavian Shipping Gazette: 05.11.01)

嵐がギリシャの海運に打撃(ギリシャ)

週末の間、ギリシャを直撃した悪天候で、すべてのフェリーは港に足止めとなり、小型ばら積み船は漂流したり沈没したりする被害が出 た。

本土と離島間のすべての海路は、2日間運航停止となり、火曜日以前に再開できる見通しは立っていない。

金曜日、全長58mのSao Tome船籍のばら積み船、Em Al Nourは、Lesvos近海で沈没した。すぐに15度傾斜して、沈没し始めた。すべての船員は救助された。

日曜日の午後にはピレウス近郊で、セント・ビンセント船籍でギリシャが所有するばら積み船、Ntina Katerina(23,312載貨重量トン)の係留索が強風のため切れ、曳船がその日の遅くに抑えるまで、当直を一人だけ乗せたまま、漂流した。(Fairplay Publications: 05/11/01)

ポート・タウンゼント―シアトル間のフェリー運航が今日始動(米国)

ポート・タウンゼント発。 The Chilkat Express fast foot ferryは、今週何回かシアトルとポート・タウンゼント間を音を立てて走ったが、今日は乗客を乗せて運航される最初の日となった。

Chilkat Cruises and Toursの代表Bill Fletcherは、ポート・タウンゼント港のBoat Haven Marina fuel dockから3時30分に出発する63人乗りのジェットホイルの双胴船には、おそらく一握りの人しか乗船しないだろうと語った。

しかし広告キャンペーンと口コミで、すぐに波止場に多くの人々が、シアトルまでの1時間の船旅を楽しむために集まるものとみてい る。

「かなりの関心と要望があり、ビジネスに繋がることを期待しています。」とFletcherは語った。「来年の3月まで運航するこ と を約束していますが、見込みがあれば、将来にわたって継続するつもりです。」

「一旦我々が口にすると、人々がそれを聞いて口コミで伝わるので、何をすべきか分かります。」

Chilkat Express は40ノットで航行でき、横断時間は1時間もかからないとFletcherは語った。船は、金曜日、土曜日、日曜日は、午後3時30分発、土曜日、日曜日には午前9時発も ある。往復運航は、金曜日から日曜日までシアトルを午後5時30分発。土曜日、日曜日には午前11時発もある。(The Peninsula Daily News: 2001-11-09)

Siljaは損失を明らかにしたが、バルト海での信用は維持(フィンランド)

フィンランドのフェリー・貨物のオペレーターのSiljaは、昨日、今年最初の9ヶ月間で400万ユーロ(357万ドル)の損 失を報告した。しかしバルト海航路の核として乗客の信用を得ているものの、9月11日から引き続いている運輸産業界への不透明な 影響に注意を喚起している。

損失は強気の第三四半期を反映しており、グループ全体でで500万ユーロの損失となった昨年の同時期よりも、100万ユーロ減 少 している。第三四半期の純利益は1300万ユーロで、2000年の同時期より700万ユーロ増加している。非循環項目を含める と、9ヶ月間の損失は、100万ユーロの利益となる。会社は、2001年度の決算が昨年の損失を改善する見込みだと語っている。

しかしSiljaは、2002年の終わりまで貸し出した2隻の船による、クルーズの利益の評価について警告している。これはテ ロ リスト攻撃と経済一般の減速の影響として打撃を受け得るものであると。

「しかしながら、過去9ヶ月の経験からは、バルト海のSilja Lineのサービスに対する乗客の信用は変わらず、恐らく強化さえされる。」と、その文書では述べられている。「経済状況が悪化したとしても、第三四半期のバルト海の客船 市場全体は、2000年の同時期から変わっていない。」

Silja Lineは9ヶ月間に360万人の乗客を輸送したが、今年の第一四半期にボスニア湾航路を廃止した影響で、400万人の昨年より減少している。(注、ウメオ―バーサ航路の こと)

第三四半期の貨物量は、フィンランド―スウェーデン間で、年々僅かに減少している。この会社は第三四半期に、昨年の同時期には 24300個輸送したのに対し、24000個を輸送した。貨物量は2001年9月には増加したが、昨年の数字と比較すると、これ も僅かに減少している。(Lloyds List: Nov 9, 2001)

Sugar Islander IIに、爆弾の脅迫(米国)

シュガー・アイランド発。 フェリーの船長が、爆弾の明らかな脅迫を受け、月曜日の夕方、Sugar Island ferryの運航が、約1時間止まった。

フェリーの船長Joe Schutzは、月曜日の午後5時20分から5時30分の間に、島からちょうど出港しようとしていたSugar Islander II の操舵室で明らかな脅迫電話を受けたと語った。Schutzは、電話は切れたが、「Brad」のような名前と、爆弾のことを聞いたと語った。電話の主に質問しようとした が、電話の男は突然切ったという。全部で5秒ほどの簡単な電話だった。

Schutzは最近の出来事から考えて、爆弾の本物の脅迫に違いないと思ったと語った。ニューヨークとバージニア州アーリント ン での9月の攻撃に引き続いて出された数回の警告から、用心部深いSchutzは、「これが爆弾だとは思わなかったが、他に方法が なかった。」と語った。

フェリーの船長はすぐさまミシガン州警察と米国沿岸警備隊に通報し、フェリーはSault Ste. Marie dockに係留するよう命じられた。殆どひっきりなしに横断することになる日中のラッシュ・アワーであったにも拘らず、Schutzは船員に法の執行に従うしかないと指示 を出し、船内を捜索した。

沿岸警備隊の小型船の隊員が、その船の船体を外側から調べるためにフェリー・ドックに派遣され、そして州警察が Chippewa 郡保安官局へとフェリーを引き継いだ。州警察は、陸上の巡回騎馬警官をそのときは召集しなかった。郡保安官代理 Tom McBrydeは、保安官Jeff Moranが他の警察官と一緒に自ら電話に出たと報告している。

Schutz、甲板員、沿岸警備隊、そして保安官がフェリー内部を捜索したが、船には爆弾やその他疑わしいものは見つからな かっ た。Schutzはその結果は驚くには当たらないという。

「何もなかったわけです。単なる脅し。それだけでした。」

捜索は完了してSugar Islander IIは運航を再開し、結局、積み残した車輛を積むために1往復増便した。ラッシュ・アワーの積み残しを解消して、フェリーは通常運航に戻った。

「そんな電話は無視するんですがね、こういうご時世でなければ…。」とSchutzは締めくくった。

郡保安官代理McBrydeは、当局は明らかな脅迫電話には厳しく対処すると語った。(The Evening News: 11/13/01)

三菱がM.V. SKEENA QUEENのエンジンを交換(カナダ)

ビクトリア発。高速エンジン船の問題を解決すべく、M.V. Skeena Queenには新しい中型エンジンが塔載されると、BC Ferriesは今日発表した。

三菱重工業は、BC Ferriesに4基の中型スピードエンジンを無償で提供する。2002年4月には塔載される。既存の高速エンジンは古くなったので、交換される。新しいエンジンは、 Skeena Queenに塔載するにはちょうど良いと考えられている。

「三菱とその代理店Simpowerの対応と、この重要な問題を解決するという言葉に、とても満足しています。」とBC Ferriesの工学建造部副社長、David Marshallは語った。

Skeena Queenは10月1日から11月9日までエンジンの修理のため、SwartzBay―Fulford Harbour航路のサービスを、M.V. Bowen Queenと交替している。Skeena Queenは同航路に1997年5月30日に就航した。この2400万ドルの船は、Century Classと呼ばれる新しいクラスの第1船で、短距離航路で頻繁に使用する通勤サービス用に設計された。(BC Ferries Press Release: Thursday, November 15, 2001)

フィンランドの天候(フィンランド)

風のため、木曜日、ヘルシンキ―タリン間のすべての高速船は港に留まることを余儀なくされた。二つの首都を結ぶ大型のフェ リーとヘリコプターのシャトル・サービスは、フィンランド湾で朝、風が秒速27メートルに達したにも拘らず、大体通常通り運 航することができた。すべての高速船は、少なくとも金曜日の朝まで係留されるだろう。

ヘルシンキ―ストックホルム間の航路に就航している大型のフェリー客船の一つ、Viking Cinderellaは、Katajanokkaに停泊している間、暴風に叩きつけられて喫水線の上部に穴が開いた。その穴は溶接され、フェリーは予定より数時間遅れで、 スウェーデンに向け出港できた。

西部のトゥルクでは、同様の大型船Silja Europaが、曳船によって入港を助けてもらうまで、酷い風のため待機を余儀なくされ、4時間あまり遅れてスウェーデンに戻った。上り(本国行き)の船には500人以上 の乗客がおり、さらにスウェーデン行きの便を2000人以上が待っていた。

本土とオーランド諸島を結ぶ多くのフェリーは欠航となった。普段は比較的穏やかなバルト海が、内海北部で10メートル以上 の 大時化を記録したからだ。(Helsingin Sanomat: 16/11/01)

TT-LineのTravemunde航路(ドイツ)

TT-Lineの最新フェリー、Peter Panは、トレレボリとトラベミュンデ間のサービスを最近開始した。姉妹船 Nils Holgerssonは、この航路に7月以来、就航している。その船の改造は、現在では完了している。両船とも全長190メートル、全幅29.5メートル。巡航速度は22 ノット。ドイツの造船所SSW Fahr- und Spezialschiffbau GmbHで建造された。(INTERNATIONAL TRANSPORT JOURNAL :11/20/2001)

QUEEN OF COWICHANがサービスに復帰(カナダ)

ビクトリア発。Queen of Cowichanが、11月21日水曜日にDeparture Bayを午前6時30分に出発する便から、Departure Bay/Horseshoe Bay航路に復帰する。

10月29日月曜日に、Queen of Cowichanは、修理の為サービスから離れた。PacifiCatが、修理の間、Queen of Cowichanと交替していた。(BC Ferries press release:Tuesday, November 20, 2001)

執行官はPatriotを管理下へ、Holland Americaが引き取り(米国)

American Classic Voyages Coの21年間に及ぶ島嶼周遊サービスのハワイに最後に残った象徴、Patriotは、現在、合衆国執行官の管理下にある。

連邦執行官は、American Classicが借入金7,940万ドルを弁済せずに船の運航を停止したというHolland America Lineの異議申立てに応えて、10月26日に、1,212人乗りの客船を差押えた。ハワイのメディアが今日伝えた公告によると、Holland Americaが当該船舶を引き取ることに異議のある者は、10日以内に異議の申立てができる。

マイアミを本拠とするAmerican Classicは、10月18日に連邦破産裁判所に破産の申立てをし、ハワイと本土の殆どの事業を閉鎖したが、ホノルルの連邦裁判所には申し立てていなかった。会社関係者 は、電話には応答しなかった。

一方船は、必要最小限の船員だけを乗船させて、Pier 24に停泊しているが、州政府運輸局に支払うべき港湾使用料は一日2,500ドルにまで上昇している。Helen Gillmor合衆国判事が署名した命令により、船は「当裁判所の次の命令があるまで」抑留される。聴聞の機会は予定されていない。

American ClassicのS.S. Independenceは、860人乗りの船で、1980年以来島嶼周遊クルーズを実施してきたが、10月30日にホノルル港を出港し、港の消防艇に付き添われてサンフ ランシスコに向かった。せいぜい引退すべきだが、恐らくはスクラップになるだろう。

PatriotはかってのNieuw Amsterdamだが、American Classicがすぐにハワイ・クルーズを再開する見通しが立っていないと述べているにも拘らず、ホノルルに停泊している。

ミシシッピーの造船所がAmerican Classicのハワイ・クルーズ向けの、1,900人乗りの2隻のクルーズ定期船の建造を始めていたが、工事を中止し、4億ドルの第1船の構造の40%を造船所から移動 した。American Classicは、第1船を2004年の早い時期にハワイの海に投入し、第2船は2005年の意向だった。

一方、American Classicは、10月18日に株式取引が停止になってから、株価は46セントに下落しており、昨日はナスダック株式市場から登録抹消となり、明日にも発効する。

ヨーロッパで建造され、ヨーロッパの会社によって運航されていたPatriotは、1999年にHolland America Lineから1億1450万ドルで購入されたもの。米国の法律は、外国で建造された船によりアメリカの港湾間で乗客を輸送することを許容していないが、Patriotは今 世紀前半にアメリカの造船所で最大の船を建造するという、American Classicの10億ドル計画、「プロジェクト・アメリカ」を背景に成立した特別法の下で、特例とされていたものだった。

9月11日の攻撃でAmerican Classicのすべての事業、すなわちハワイの島嶼周遊クルーズ、本土でのDelta Queenのリバー・クルーズ、最近展開した本土沿岸クルーズといった事業での予約が激減する以前から、この会社には財政上の問題が生じていた。(Honolulu Star-Bulletin/2001/11/21)

インドで船が沈没し21人が死亡(インド)

インド、LUCKNOW発(AP)。木曜日、インド北部の川で村人を乗せていた船が転覆し、21人全員が死亡したと警 察は語った。

インドの首都、ニューデリーの南東約360マイルのRudauliで起きた事故で、20人の遺体が発見された、と地方 公 務員のBharat Pandeyは電話で話した。Ghaghra川の速い流れの中で、定員オーバーの船が転覆した。

「我々はあと一人の遺体を捜しています。速い流れでちょっと遠くにまで流されているかも知れない。」とPandeyは 語った。

政府内務省は、この事故の調査を命令した。インドの田舎では、船の事故はよくあることだ。そこでは貧しい村人達が川を 渡 るのに、グラつく船に押し込められている。(The Guardian: Thursday November 22, 2001 4:10 PM)

1万5千人のノルウェー船員が1時間の時限スト(ノルウェー)

ベルゲン発。1万5千人に上るノルウェー船員が、ノルウェー海員を援助する政府の提案に反対して、水曜日に1時間の時 限ストを行った。

船員らは、他のヨーロッパ諸国の船員と同様の援助を要求している。スト行為が計画されて以来、前政権によって先送りに さ れたフェリー船員の総賃金の提案は、再び予算案に取り込まれ、ノルウェー政権の与党がその提案を支持している。しかしな がら、総賃金についての提案は、来年の夏から向う6ヶ月間のものに制限されたままだ。(The Scandinavian Shipping Gazette: 22.11.01)

捜索隊はフェリー事故で36体の遺体を収容(コンゴ)

日曜日にコンゴ民主共和国(DRC)東部のウビラの近くで2隻のフェリーが衝突した事故で、捜索隊はタンガニーカ 湖から36体の遺体を収容した、と通信社は伝えた。

「遺体収容の望みがわずかになったので、捜索作業は断念した。」とSouth Kivu州知事Norbert Bashengezi Katintimaは木曜日、Reutersに語った。

救助隊は日曜日に湖から28人の生存者を引き揚げたと、AP及びReutersは報じた。船は、一方は Baraka、他方はUbwariの船で、衝突後すぐに沈没した。貨物と、人数不明の乗客を乗せていた。

Katintimaは、ウビラ港の近くで27遺体が見つかり、他の9遺体は50キロ離れた湖のブルンジ側で収容さ れ たと報告した。最後に見つかった遺体は身元が判明しないだろうと語った。地元警察によると、衝突は多分に港外の視界 が悪かったことによるもので、いずれのフェリーも明かりを点けていなかったことに注目しているという。

タンガニーカ湖や他の中央アフリカの湖川では、数回、重大フェリー事故が起きたことがあり、過積載か悪天候による も のだ。DRC東部の港、キブ湖のゴマで、激しい雨の中、5月にフェリーが沈没したときは、少なくとも43人が死亡し た。

タンガニーカ湖は、世界で最も深い湖の一つで、タンザニアとDRCの間に位置し、北のブルンジから南のザンビアま で、640キロほどに広がる。(November 23, 2001)

再就航計画はまだ沈んでいない(米国)

ニューポート・ニューズ発。恐らくThomas F. Margiotti が必要な最後のものは、クルーズ産業に対するもう一発の平手打ちだったろう。1950年代のクルーズ船を復活させ進水させる計画の開発担当者ならば、その計画は何億ドルも 動かすもので、クルーズの熱狂的な盛り上がりと、財政的な話が不可欠なことだ。9月11日は、クルーズ産業を一気に 萎縮させた。しかしMargiotti は、SS United Statesを海に浮かべる計画は、まだ冷え切ってはいないと語る。

「9月11日とその結果起きたことは、もちろんすべてに影響を与えましたが、私たちはこの計画をまだ熱心に進めて い ます。」とMargiottiは語った。

United Statesの計画とは、1950年の2月にNewport News Shipbuildingに竜骨を横たえた、快速船として設計されたクルーズ船を、21世紀に復活させようというものだ。

その船は、現在、フィラデルフィアの下町近郊のドックに係船されており、そこにMargiottiが住んでいる。 彼 の新しい仕事は、その船を再び就航させるべく資金を集めるため、投資家と共同経営者を揃えることだ。見積もりでは、 3億ドルを動かすことになる。

Margiottiは、東海岸やさらに遠くの民間人、政府の役人と、昨年中、ずっと話し合ってきた。その船が生ま れ たNewport Newsでさえも廻り、可能な投資家を捜してきた。詳細は話せないと言う。

「見込みはあります。」と彼は言った。「まだこの計画を進めているのです。」(Daily Press: November 26, 2001)

Star社が手放し、Siljaに問題が発生(フィンランド)

STAR Cruisesは、26,000総トンのSuperStar Taurusの傭船契約を10ヶ月早めて終了した。その船の所有者であるSiljaは、不況のクルーズ市場において新しい傭船契約者を捜すという、新たな問題を抱えてい る。12月5日に返還されるが、Siljaの広報部長Thomas NylundがFairplayに語ったところでは、詳細は分からないという。

この動きは一方的なもので、Siljaは事前に連絡を受けていないと語った。しかしながら、9月11日の出来事が Star社に保有船舶の見直しを迫った後では、驚くべきことではなかった。

船は1992年にSally Albatrossとして建造され、Norwegian Cruise LineとStar社に傭船されるまではバルト海で運航されていた。台湾を本拠としていたが、経済の沈滞による「経済環境の悪化」と、米国でのテロリスト攻撃で、このク ルーズ会社の台湾での運航の中止を余儀なくされた。

先週、Star Cruisesは、HSBCからの、7年ものの4億5千万ドルの借入金の返済に伴う財政危機を先送りし、経費節減のため従業員の賃金の「リストラ」を断行した。 (Fairplay Publications Ltd.28/11/01)

ワールド・カップに向け、韓国―日本間のフェリー運航が始まる(韓国)

Asia Pulse、11月29日、ソウル発。 韓国のウルサン(蔚山)と日本の小倉港を結ぶフェリー運航が、来年のワールド・カップの試合に日本人観光客を船で輸送する計画の一 環として、3月から始まる。木曜日に海事水産大臣が語ったところによると、4月にはプサン(釜山)―広島間の国 際フェリー運航も始まる。

ウルサン(蔚山)―小倉航路には、500トンクラスのフェリーが運航し、2,394トンのSun Flowerは、プサン(釜山)―小倉航路に就航することになっている。一方、10,729トンのフェリーは、プサン(釜山)―広島航路に使われる。プサン(釜山)と日本 との間のフェリー航路は、6航路にまで増加する。

今年の10月の終わりまでに限っても、韓国―日本航路の乗客数は475,000人に達し、昨年の同時期の 10% 増となっている。(Asia Pulse; Nov 29, 2001)

THE CAT が記録を樹立(オーストラリア)

カナダ東海岸とオーストラリア間の最速航海の新記録が、Incat社の建造した全長91メートルの高速双胴 船、The Cat(船体番号046)によって樹立された。

The Catは、タスマニアのホバート港に向け、ノバスコシアのフアディ湾から、世界標準時間11月13日06時30分に、10,294海里の航海に出発した。ちょうど15日間 2時間30分後、船はホバート港のIncatの造船所に並んだ。

航海の最初の第1幕は、2,238海里の距離を平均37.5ノットで、パナマ運河に到着した11月15日に成 し 遂げられた。次の舞台では、4,500海里を平均速度26.47ノットで航海し、11月23日にタヒチに到着し た。タヒチからホバートまでの第3幕、最終幕は3,556海里の距離で、The Catは、世界標準時間11月28日09時00分(現地時間20時00分)に、カナダ―タスマニア間の過去のすべての航海を打ち負かしてホバート港に到着した。

The Catが1998年に年2回の航海を始めてからは、20日間ほどかかるのが典型的だった。1998年にカナダへ引き渡してから毎年、The Catは、南半球のオーストラリアのバス海峡が夏の間、ノバスコシアのBay Ferriesが所有するTT Lineに傭船されている。(Incat press release 29th November, 2001)