竜創騎兵ドラグーンBLADE
第01回 共通リプレイ:
続・兄貴の世界 兄貴の時代
R4 担当マスター:テイク鬨道


 それほど懐かしくもないな、と思った。
「そそそそそれは当然かもしれない‥‥」
 ステラ・エステーラは、口に出して呟く。
 あれから、かれこれ1ヶ月ぶりになるのだろうか?
 彼女は、再び生まれ故郷の街に戻ってきた。
 とりたてて、いい気持ちではない。
 乾いた砂混じりの東風が、ステラの髪をなびかせる。
 荒れた‥‥、感じがする。
 それほど華やいだ街でなかったことは確かだが、一昔前までは、ここまで寂れていたわけじゃなかった、と思う。

 幼い頃の記憶に従って、思い出の裏通りを歩いている。
 少年とすれ違う。
 薄暗く、細い路地だった。
 光差していてもっと明るく、もっと幅広かったような気がしたのだが。
 子供時代の記憶なんてそんなものだろうか?
 そう考えると、彼女の周りの全てが、何もかもが記憶と違って見えてくる。
 通りの向こうに目指すべき『家』があるはずだ。
 今更、行って、何を確かめるのだろう? 
 彼女は落胆するだけかもしれない。
 その可能性は高い。
 ステラが知る当時の住民は、この街にはもう誰もいないようだ。
 この街で知り合った友人は去っていった。
 この街で苦しみと喜びを共にした親友は旅立っていった。
 ステラ自身も、いつまでもこの街に留まることを良しとせず、冒険者になった。
 彼女の身体に流れる遊牧民の血がそうさせたのかもしれない。
 だから、他人のことを言えた義理じゃない。

 ふと、ステラは振り返り、すれ違った少年の後ろ姿を見やった。
 かつて、あの時代、子供達にとって、この街の中での毎日は、まさに冒険だった。
 同じ日は存在しない。
 新しい発見の連続。
 その感覚は大人になる過程で失ったものだ。
 初々しい少年少女は輝いている。
 ハツラツとし、笑顔があふれている。
 ほんの些細なことにだって感動する。
 全てが初体験。
 それに比べて、自分の顔の沈んだ様を想像して、悲しくなった。
 これから何が起こるかを、前もって予測できる。
 だから、大人は少し憂鬱になる。
 いいことはなく、悪いことが待っている。
 これも経験則だ。

「レンディル・ミラクル・パーンチ! バギッ!!」
「‥‥ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 瞬間、ステラは、裏通りの先へと走りだした。
「プレジール・エクセレント・キーック! ドガッ!!」
「うひぃぃぃぃぃ、お助けぇー‥‥」
 いたいけな老爺が、2人の荒くれ者に虐げられている、のではないことはもうわかっている。
「そそそそそそそそそそこで何をしてるっ!?」
 だけど、ステラはそう叫んで、バルツ・シュバルツに駆けよる。
 ‥‥まただ。
 最初に誰かが困っている。
 だから助ける。
 それがパターンだ。
 それ以外の行動が存在するのだろうか、自分に。
「ももももももう大丈夫です。‥‥ご安心を」
「お助けをぉぉ、お助けをぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 これが演技だったとしても(実際、演技であるのだが!)、ステラには困っている老人役を見過ごすことも、見捨てることもできない。
「お、俺達の邪魔をすると、どうなっても知らないッスよ。‥‥姐御でも容赦しないッスよ」
「正直、お帰りしてもらえると有り難いッス」
 ディル・レンディル、ジール・プレジールの2人組は三流悪役を一生懸命ふるまっている。
 与えられた役割を彼らなりに役作りをしてこなそうとするが、膝がぶるぶると慄えていた。
「むむむむむむ無理しなくてもいいんだよ」
 ディルは、病気をわずらうガリガリの痩せぎすだった。
 ジールは小太りだったが背筋が曲り、パラ並に、あるいは余計にチビに見える。
 そんな凸凹コンビだった。
 口だけは、どもりのあるステラよりも達者かもしれないが、腕力では全然、相手にならない。
 ステラの優しい微笑みも、圧倒的な立場の違いから恫喝にしか見えない。
「こここここれはどーゆーことなの? 納得できる理由があるなら、部外者のあたしにもわかるように、ちゃんと説明して。お願いだから」
 ステラは事情を問いただす。
 こうした街のいざこざに進んで巻き込まれる場合、双方の言い分や、争いごとになってしまった事情を聞いておかねば、正しい行いの手助けできるものもできない。
 2ヶ月連続で、同じ状況ってのが、不可解だ。
 もしかして、この裏通りに通行人が通る度に、この演出というか、小芝居をやっていたのかもしれない。
 その目的は、カネ目当て?
「たまたまッスよ、たまたま! またまた!!」
「偶然ッスよ! 偶然、自然、当然、必然!!」
 ステラは信用していない。
 そう簡単に人間を信じられるほど、彼女は純真無垢じゃなかった。
 裏切られたり、裏切ったりの繰り返しが人生だ。

「あっ!! ディル、ジール! 大変じゃよ!」
 バルツ老が、こっそり通り抜けようとしていたパラの少年リッツ・フリッツを指差す(少年と言っても、パラなので少年だと思う)。
 見つかったリッツは、悪びれることなく睨み返す。
「なんだよ。通っちゃいけないとか言うの?」
 ディル&ジールは、小童相手なら勝てる!! と思ったのだろうゴロツキらしいセリフを吐く。
「この路地の向こうには行かせないッス!」
「通してほしければ、カネを出せッスよ!」
 通行料の名目で金品を要求してくる。
 こんなところの通行料、領主様やお役人の認めた正当なものだとは当然、考えられない。
 治安の乱れがちな街の下層地域にはありそうな慣習だが。
「イヤだね。何が悲しくてゴロツキ風情に追い剥ぎされなきゃいけないのさ。ザコの分際で」
 ザコと呼ばれて、いつも2人は本気で逆上する。
 三流とか、下っぱとか、ダメ人間はいい。
 だけど、ザコだけは許せない。
 だけど、2人は脇役のザコだから仕方ないよ、とステラは思う。
「言わせておけば、このクソ生意気なガキめ」
「じーさんみたく泣いても絶対許さないッス」
 バルツ老は「ひぃぃぃ」とか「うひぃぃぃ」とか喚いている。
 白々しいが泣いていたのだ。
「やれるもんなら、やってみなよ。あた、違った、僕のフリッツ・マーベラス・エルボーが炸裂するぜ。・・・・ドゴッ!! だぜ、ドゴッ!!」

「その勝負、待たれーい!」 と割って入ってくる中年男が1人。
 身なりがしっかりしているため、普段、こんな陋巷の汚らしい裏通りを歩いているような身分でないことは一目でわかる。
「大の大人が、2人がかりで、か弱きご老人と子供に乱暴とは言語道断! 許すまじ悪行!」
 ディオス・レングア・シュトーの登場に、助けられた形のリッツは小さく舌打ちする。
バルツ老は、瞬間、下手な泣き演技をやめていた。
 ディオスは怪訝に思いながらも、ご老人と子供、2人の味方であらんとし、ここにいる3人こそ正義に反する敵との認識を変えなかった。
「しょせん、弱い者いぢめしかできないか!」
 それなりに屈強そうなディオスに対して、凸凹コンビは射すくめられ、手も足も出ない。
「こうなりゃ、兄貴を呼ぶしかないッス!」
「お待たせしました。兄貴、出番ッスよ!」
 4人目、兄貴フィーダ・スフィーダを呼ぶ。
『‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!』

「なんじゃーい、わぁれー!」
 やけにアゴのいかつい野郎が現われた。
「俺様を呼んだか? ああ、呼んだのか!?」
「呼んだッス! ああ、呼びましたッス!」
 アゴ人間は、兄貴と呼ばれていた。時代錯誤もはなはだしいいでたちで、股を開いて、肩を揺らしながら、笑いながら歩いてくる。
 その朗らかな微笑みが、状況を把握して険しくなった。
「‥‥ディル、ジール、お前らはホンマ情けないやっちゃのぅ。そこで事の一部始終を見せてもらっていたが、これが俺様の手下かと思うと涙出るわ。盗賊団『砂漠の螳螂』の一員としてのプライドはどこにいってしまったんじゃ?」
「こいつらは才能がないんだべ。こんなヘタレのために兄貴が尻拭いすることないだべさ」
 兄貴命! ムキムキな漢シフール、サブリミナル・ゴルドレオン(「皆からは『愛しのサブちゃん』と呼んでほしいべ!」)が、兄貴の左肩の上に乗っている。
 このポジションに居座って、おはようからおやすみまで、どこでもいっしょで兄貴のマスコット的存在を狙っていた。
「しかしな、サブよ。こいつらは、ホントは年下の俺のことを兄貴、兄貴と呼んでくれるんだ。可愛い舎弟じゃないか? そんな2人の弟分のために陰で力になってやるのが義兄弟なのさ」
 サブミリナルは「兄貴は甘すぎるべ」と内心、納得できないが、表向きは「その優しさこそ、兄貴らしいべさ」と拍手して賛同の意を示す。
「でも、正直、申し訳ないッス。途中、強そうなヤツが邪魔してきて、今月も失敗したッス」
「やっぱり俺達だけじゃダメなんス。気の弱い俺達は、こーゆー家業には向いてないッスよ」
 愚痴愚痴、愚痴愚痴。
 これがやりたいと言い出したくせに、自分が未熟で、都合よろしく事が運ばないとわかると、自分を受け入れてくれない社会が間違ってる! と不満を口にする。
「バッキャローッ!! 物事はな、自分があきらめたら、そこまでなんじゃ。あきらめずにしつこく頑張れば、絶対にそのうち一回は成功するんじゃ。人よりちょっと確率が低かっただけ。マグレだから、奇跡と呼ばれるんだろがっ!」
『兄貴ーッ!! 俺達が間違っていたッスー!!』
 兄貴のハートフルな言葉に、凸凹コンビは心の汗を目の端からちょちょぎらせている。
 漢同士の熱い友情から生まれた信頼関係が、凸凹アゴの結束を頑強なものにする。
 トリオ・ザ・ゴロツキは、細い路地で行く手を阻むのだった。

「わかったか? わかったら、カネを出せ!」
 兄貴は、ディオス、リッツ少年らに言った。
「カネを払わなければ、絶対に通さねぇ! カネを貰ったとしても、なんぴとたりともここは通さねぇ!! それが『約束』なんじゃい!」
 兄貴は、両手両腕を左右に広げ、足を大きく開きつつ、腰を低く据えて、通せんぼをする。
「ビビッてんのかぁ、ヘイ、ヘイ、ヘイ!」
 左右に細かいステップを踏んで、挑発した。
「『約束』だか何だか知らないが、通らせまいとするには理由があるはず。この先には、きっと、すっげぇお宝がある、ってことじゃん!」
 ガイヴィス・ガーディンが、兄貴とサシで勝負しようと、兄貴とディオス達の間に入る。
「まぁまぁまぁ。ここはひとつ、俺に任せろ」
「任せられぬな。できれば下がっててほしい」
 ディオスにとって、やじ馬ならともかく、騒動に首をつっこんでくるのは勘弁願いたかった。
 これは、裏町のゴロツキ同士のケンカじゃない。
「おじさん1人なんて、ずるいよ。アゴの人と戦いたいのは、おじさん1人じゃないんだよ」 と、リッツが笑う。
 ディオスは「誰が、おじさんなんだ‥‥」 と呟き(そうだと思う)、兄貴は「誰が、アゴの人なんだーっ!」 と叫んだ。
「アゴメン、アゴメン。どっちかと言うと、アゴータ・スアゴーダは、人間のアゴじゃない」
「けったいな言葉、使うな。それに、俺の名は、フィーダ・スフィーダ。人間のアゴじゃろう」
 自慢のアゴをからかわれて、兄貴、ぷんすか。
「アゴが刺さるかと思った」 と続けているリッツの首根っこを捕まえ、ディオスが引き戻す。
「勇気と無謀を間違えてはならないぞ、坊主」
「坊主じゃないやい。僕の名前はリッツだい」
「まぁまぁまぁ。とにかく、フィーダに勝てば、この先へと通させてもらえるってわけじゃん」
 短絡的思考だ。
 血の気の多い輩には、わかりやすい単純な論理である。
 とどのつまりは暴力だ。
 強いものが勝つ。
 強いものが正義。
 ディオスの振るう力は、弱者のための力でありたい。

「何だって? フィーダ・スフィーダだと!」
 ディオスは天を仰ぐ。
 また新たな登場人物の声だ。
 リッツとガイヴィスの軽挙を説得するだけでも難儀なのに、そこにもう1人加わる。
「‥‥たった今、思い出したぜ、そのアゴ」
 何の騒ぎかと思って、駆けつけてみたところ、懐かしい、いや憎たらしい名前を聞かされた。
「フィーダ・スフィーダ、久しぶりだな? 俺のこと、思えているだろうな。‥‥よもや、てめぇ、俺のこと、忘れたとは言わせねぇぞ!」
 男は、ジャイアントらしい巨体で筋肉馬鹿力を発揮して、両手で巨大ハンマーを振り回した。
「俺は、ブレイク・ゴルドレオン! 1年前の恨みを忘れたことなど、1日たりともないわ」
「ブ、ブレイク・ゴルドレオンだとーっ!!」
 兄貴、驚愕の叫び。
 まさか、あのブレイク・ゴルドレオンが、この街にやってきたとは!
「‥‥ブレイク、ブレイクなぁ。誰だっけ?」
 全然、知らんけど。
 ゴルドレオンはどこかで聞いたこともあるが(「ゴルドレオンは超有名なんだべー!」)、ブレイクは全く知らない。
「1年前、俺との果たし合いで、カネを踏み倒して、ばっくれたくせに! ここで会ったが、1年目! 今日こそ決着をつけてくれる!!」
「マジで? そんなことあったっけかな?」
「忘れたふりなどせんでいい、フィーダ!」
「そう言われても、俺の記憶する範囲では、あんたとは初めて出会うような気がするんだが」
「だったら、記憶喪失だ。てめぇも、案外、ありがちなヤツだったな。このハンマーで頭をぶちのめして、記憶を取り戻させてやろうか?」
 兄貴に恨みを持つブレイク、お宝を狙っているガイヴィス、兄貴をおちょくっているリッツ、そのリッツ少年を助けようとするディオス。
「わしなんかのためにケンカはやめてー!!」
 争いの原因ぶってバルツ老は、兄貴やディオス達に叫んだ。
 ステラは、老爺の肩に手を置く。
「だだだだだだだだ誰も、貴方なんかのために戦ってないわ。フィーダってバカが悪いのよ」
 ステラは、成り行きを見守っている。
 ディル、ジール、サブリミナルは立場上そうはいかない。
『兄貴、ここは俺達が何とかしますッス!!』
「おらだって、『兄貴最高拳』で戦うべ!」
「皆、下がってな。俺、1人で充分さ。てゆーか、やるなら俺だけにしろ。他の仲間には一切手を出すな。わかったか。漢と漢の約束だぜ。‥‥ステラも俺のことを心配するのはわかるが、俺のことを信じて、俺に任せとけって。な?」
「ちちちちちょっと待って! 今月は、あたしも、貴方たち、イカレタ連中の仲間なの!?」
「水臭いこと言うなって! 当たり前だろ? ケンカするほど仲がいい証拠。共通の敵には結束が得策。さぁ、これを受け取っておくれ!」
 兄貴は、肩の上のサブリミナルを、ステラに手渡そうとするも、ステラは、ぬめぬめと油っぽいサブリミナルが気持ち悪いので引き受けなかった。

 兄貴は1人、前に進み出る。
 後ろで仲間達が見守っている。
 やおら、指を突きつけた。
「俺1人に対して、4人がかりとは卑怯な!!」
 ガビーン! ディオスは、一応、竜騎士だったりするので卑怯者呼ばわりにショックを受けている。
 悪人相手なら、袋叩きにしても問題ないような気もするが、ちょっとイメージ悪い。
「代表者1人にしろ! そして素手で勝負だ」
 裏通りの一角、薄汚れた細い路地で、ルール無用のストリート・デスマッチのはずが、正々堂々を要求される決闘モドキになってきた。
「ちょっと待て。勝手に決闘方法を決めるな」
 同意できん、とディオスがクレームを付ける。
「臆したか!? ならば、ここから立ち去れい」
 このメンバーの中から、話し合いで代表者を決定するのは不可能である。
例え、ディオスが他の3人を無理矢理、力でねじ伏せたとしても、それが正しい行いと思う自信はない。
 同士討ち、共倒れこそ、兄貴の狙いであると推察している。
「よし、わかった。俺は、このカネで、1年前と同じく『酒呑み一本勝負』を申し込むぜ!」
 ブレイクは、商人の護衛として稼いだ懐の有り金全てを、兄貴に手渡す。
 これが、2人の飲み代となる。
 ずっしりとして結構な金額だ。
「漢と漢の約束だ! 酒場で待ってるからな」
「漢と漢の約束だ! 酒場で待っててくれ!!」
 一生な、と小さな声でボソッと付け加えた。
「今度こそ、いっしょに朝まで呑もうぜ!!」
 お金を渡して、なおかつ来た道を引き返したブレイク。
 かなり、いい奴である。
 頭悪いけど。
「上納金だ。ブレイクも、俺には絶対勝てないからな。だから、こうやって、もめごとになるといっつもカネで解決するのさ。俺にとっちゃ、この程度、はしたコガネだが許してやろうぜ」 と、兄貴は自慢げに子分達に講釈たれている。

「で、俺の次の相手は、どいつだ? お前か」
 ガイヴィスは、「‥‥フッ」 と鼻で嘲笑った。
「殴り合いはお断りさせてもらうぜ。そんなの、野蛮人じゃん。俺は、もっとエレガントなタイマンを提案したいね。『ナイフ投げ』!! そして、俺が勝てば、ここを通らせるじゃーん!」
「『ナイフ投げ』はイヤだ。お前、そーゆーの得意そうだからな。だったら、負けるに決まってるじゃないか? 俺は、あえて苦手な『素手格闘』で勝負しようと言っているのに‥‥」
「絶対、ウソじゃん! 『素手格闘』得意そうじゃん! 俺、負けるに決まってるじゃん!」
「わがままだな。お前、自分勝手すぎるぞ!」
「どこが! 無茶苦茶、流されやすいって!」
 バキッ!! そして、バキッ!! ディオスが罵り合う2人を殴った。
 グーで、鉄拳制裁だ。
「どっちも自己中心的なことには変わらん!!」
 キレてる。
 その気になれば、腰の剣を抜刀して斬り捨てるかもしれない。
 そんな感じだ。
「あいたたた。いきなり殴るとは卑劣な‥‥」
「殴られた‥‥。この俺が殴られただと‥‥」
 ガイヴィスは赤く腫れあがった左頬を押さえながら、肩を落として派手に落ち込んでいるが、これはステラのような女性に慰めてもらいたいがための男の弱さを強調する演出だ。
 童顔なので母性本能をくすぐれるほど、ヘタレに見える。
「だって、殴ることないのにさ。‥‥なっ!」
 ドスッ!! 3人の足元付近に炎の短剣が突き刺さる。
 熱のない炎、燃えない炎、魔法である。
【バーニングソード】を施されたナイフだった。

「誰だ! このような悪ふざけをするのは!?」
 ディオスは、何故か、リッツを見据えた。
「あたいじゃない! 違うって! マジで!!」
 リッツは後ずさり、逃げようとした。
 事実、逃げていた。
 リッツの後ろには『魔術師の杖』を持つエルフの女が立っていた。
 ジャム・リブル。
 彼女は次の魔法を発動させようとしている。
「させるか!」
 ディオスが長剣を抜いて走る。
 冗談の通じないディオスの剣幕に怖れをなしたのか、「ひゃあ」と言って、ジャムも逃走する。
 逃げる2人を、ディオスが追いかける。
 しかし、全員の意識が、ディオスと2人に集まっていたとき(ディオスが逃げるジャムの背中を上から一刀両断、血まみれな惨劇を熱望)、視界の脇を1人のパラが駆け抜けていった。

「‥‥へへ〜んだ。あばよぅ、とっつぁん!」
 この瞬間を待っていたピペ・ペピタだった。
 一瞬の隙を付いて、邪魔者をかわしながら、全速力で裏通りを駆け抜ける。
 もう誰にも、ここにいる誰にも、彼女を止めることはできない。
「チッキショー!! カネも貰ってないヤツを通らせてしまったぜ! こうなったら、他のヤツは、絶対に通させないように頑張るぞーっ!」
 兄貴は悔しがっている。
 本気で悔しそうだ。
 まるでゲームか、何かのように考えてるみたい。
 ドッスン!! 
「あっ、いったーい!」×2
 こっちを振り返って、まだ何か捨てゼリフを言おうとしていたジャムが、裏通りの向こうからやってきた1人と出会い頭で正面衝突する。
「クソ、人にぶつかっといて『ごめんなさい』もなしかよ? 何だ、あいつ。信じられんな」
 カリス・マカリスは、ぶつくさ文句を言いながら、こっちに近寄ってきた。
 もちろん、裏通りの向こうからやってきたなら、こっちに歩いてくるのは、しごく当然の道理である。
 細い一本道、空を飛べるシフール以外には非常にこみいってるわけで、「すみませーん」と軽く会釈をして場所を譲ってもらい、すれ違っていく。
『ダメだッス! ここは通らせないッス!』
 凸凹コンビは声をハモらせて、しゃなりしゃなりと腰を振りながら歩くカリスの前を阻む。
「私ほど奇麗で、美しくても、いけないの?」
 頬に手を当て、高笑いしかねない態度である。
「ダメだべ! 泣いても許してあげねぇべ!」
「まぁ、可愛らしいシフールさんだこと‥‥」
 カリスは口に手を当てて、口元を歪める。
 太い眉毛、もみあげとか嫌いじゃないみたいだ。
「そそそそそーゆーことなの。面倒なことに巻き込まれなくなかったら、帰った方がいいよ」
 カリスの引き返す先にステラは行きたくて、ステラ達のやってきた方にカリスは行きたいのだろう。
 路地を行き交う人間模様、人それぞれだ。
 だから、兄貴のやっていることに迷惑する者も少なからず存在する(だが、多いわけじゃない。もとが人気のない裏通りだから‥‥)。
「‥‥あれ? ステラ? キミ、ステラ・エステーラじゃないの? そうでしょ、そうなんでしょ、久しぶりじゃない、懐かしいわ、だって変わってないんだもの、あたしのこと覚えてる、覚えてないかな? あたし変わったからなぁ」
 ステラは「ままままたか?」っていう顔だ。
「あたしはカリス・マカリス。だから、人は、あたしの名前を縮めて、カリスマと呼ぶわ!」
 名前や愛称を聞いても、思い出せない。
 残念ながら、ステラの記憶力は乏しいようだった。
「ほら、昔、こんなことがあったじゃない!」
 カリスは、地元出身者しかわからない固有名詞で面白エピソードを語っているが、いまいちステラの反応は鈍い。
少年時代の兄貴のニックネームが「シャクレ・カマキリ」だとバラされ、「ち、違うって!」 と兄貴は顔真っ赤っかで反論しているのに(耳も赤い。マジで恥ずい)。
 真の友達の証し、ステラ一味のシンボルマーク誕生のくだりでは、周囲はバカウケである。
「まさか本当に本気で、正真正銘、嘘偽りなくステラは、あたい達のこと覚えてないのか?」
 シュガムニ・ロップツールは、ステラとの思いがけない再会に感動のあまり、この喜びを身体全体で表現しようと、兄貴を魔術師の杖でぽこぽこ殴ってしまった。
「いてぇいてぇ!」 と兄貴は大騒ぎだ。
 なのに、ステラは無感動‥‥。
「昔は、毎日のようにいっしょに遊んだのに」
 シュガムニの大きな瞳が涙で潤んでくる。
「ステラ、ぐるぐるバットが可哀想だよ!」
「いいって、カリスマ。ステラは悪くない」
 庇いだてをしてもらうと余計に悲しくなるの法則で、シュガムニは涙をちょちょぎらせている。
 それは、ステラの冷たさが泣かせたというよりも、カリスの優しさに泣けたのである。
「ととととところで、『ぐるぐる』って何?」
「ぐるぐるバットって、シュガーの愛称よ。昔は、みんな、ぐるぐるバットって呼んでたわ」
「そそそそーなんだ‥‥。ぐるぐるねぇ‥‥」
 ステラは頭の上で人差し指をぐるぐるさせた。
 どうして、こいつらは、揃いも揃って、初めて出会ったはずなのに、「お久しぶりです!」とか、「またよろしくお願いします!」とか、挨拶してくるのだろうか?
 ステラには全く理解できない。
 頭おかしいのは、こいつらである。
「ごめんなさいね。彼女、記憶が無いのよ。シフールも、かなり忘れっぽい方ですけど‥‥」
 ステラの頭の上をシフールが、ふよふよ飛んでいる。
 ミント・クアンタム。
 シフールに哀れみをもって接せられると、何故か、ムカツク。
「だから、ステラさんは私との約束を覚えてるわけありません。『今度、会うときはピンクのフリルドレスの似合う素敵なレディになってるわよ』なんて言ってたことなんて、全然覚えてないんです。ステラさんは薄情者なんですぅ」
 せっかくだから、ピンクのフリルドレスをプレゼントしようと思ってたのに。
 魂が漢っぽいところがあるステラには、すさまじく似合わない。
 裏通り最強の女子であり、ステラ一味のリーダーとして組を率いていた姐御のまんまだ。

「あたし、ピンク、好き! あたし、お兄ちゃんも好き! フィーダお兄ちゃんも、ピンクのこと、大好きだよね? だったら嬉しいなぁ」
「パラっこ、離れるべ。おらの兄貴たべ!」
 マイム・ディアが、兄貴にべったり、じゃれていたが、サブリミナルが漢の嫉妬で引き離そうとする。
 兄貴の独占権を巡る醜い争いである。
「兄貴って、ホントにモテモテなのねぇ‥‥」
「そうでもないさ。てゆーか、ホントにそう」
 シャイア・カニバルが、兄貴に近寄っていく。
「私も好きになっちゃいけないかな? この年で、一目惚れなんて恥ずかしいかしらん?」
「年上たって、別にどうってことねぇけどさ」
 長いマントの下に隠された豊満なボディを1人、覗かせてもらって(白い肌、鎖骨、胸の谷間、そして‥‥)、兄貴、まんざらでもなさそうな顔だ。
「いいいい色仕掛けには弱いんだ」 とステラが軽蔑しているが、全く気付いてない。
「お兄ちゃん、ダメ!!」
「兄貴、ダメだべ!!」
「何よ、大人の恋愛を邪魔してはいけないわ」
 髪の毛を引っ張ったり(マイムがシャイア)、羽根をむしろうとしたり(マイムがサブリミナル)、3人になって、醜い争いが加速した。

「あああ争いはいかーん! やめなされー!」
 ステラにしては、しわがれた漢っぽい声だ。
「ああああたしじゃないわよ」 と憮然と答える。
「じじじ事情を言えー! もしも正当な理由があると言うならば、わしが相手をしよーっ!」
 スモールドラグーンの中から、竜騎士ルオール・ジルオール・トリエステが怒鳴っていた。
 こんな細い路地をスモールとは言え、よくドラグーンで乗り込んできたな、と逆に感心する。
「‥‥じゃ、じゃれあってただけだもーん!」
 マイムは、本気じゃない、遊びだった、と主張する。
 遊びで髪の毛を引っ張ったり、遊びで羽根をむしろうとしただけだから、本気じゃないんだもーん!
 マイムは、遊び人だった。
「なんですか、ものごっついドラグーンは? 営業妨害ですか!? そんなところに突っ立ってもらったままじゃ、商売にあがったりです!」
 ルオールが乗るドラグーンの横には、ウメリア・ロックウォールの屋台がある。
 実は道幅の関係上、屋台が邪魔で、これ以上、こっちに近づくことはできないのだが、逆の視点から考えると、ドラグーンも充分、邪魔になっていた。
「こんな細い路地に、何も、わざわざドラグーンでやってくるなんて常識ないのですか?」
「あああ、いいいいい、いや、申し訳ない!! しかし、失礼ながら、このような場所で、屋台でご商売とは、おぬしの常識も疑われようて」
 おやじ顔の眼鏡っ娘、ウメリアは言い返す。
「ここなら、どこにも商売仇はいません。裏通り一が自慢のスープ・パスタ屋でございます」
 兄貴達は、こぞって塩スープパスタを「うまい、うまい!」 と喜んで、むさぼり食っている。
「確かに今まで裏通りじゃ、メシを食べられなかった。商売人は目のつけどころが違うねぇ」
 これもありがちなパターンだが、感心している。
 こうして、流しのスープ・パスタ屋は繁盛することとなった。
 ステラも立ち食いしている。
 座って、食事ができるようなスペースはない。
「そそそそそそそそういえば、いつの間に!?」
 いつの間にやら、人で、いっぱいになっていた。

 兄貴達が通行人の往来を邪魔しているせいであったが、狭い道だから、ぎゅーぎゅーだ。
「兄ぃちゃん、ええ身体しとるなぁ。どや、うちんところで働いてみぃひんか? 給金も出るし、技術も付くし、街の人のためにもなるで」
「お菓子作ってきたんですけど、おひとつ、食べませんか? お口に合うかしら、うふふふ」
「にぃさん、いい食べっぷりだね。どうだい、うちんところで働いてみる気はないかね?」
 ヴァリー・フォムウェスト・フラット、ヒューイット・ピッカート・コンパーク、アイル・セスティーナの3人は、自分達がこれから始める事業に参加してくれないか、と皆を勧誘中だ。
「リンゴちゃんに皆のお手伝いをさせてほしいにょ☆ 頑張って、皆から好かれるにょー☆」
 リンゴ・タイフゥンは、ちょこまか動いて、皆に挨拶周りだ。
 一人一人に握手して、頭を下げている。
 人々で賑わっていた、裏通りなのに。

「ねぇ、兄貴。どうして、ここ、通らせてくれないのかしらん? 教えてくださらなぁい?」
「あたいも、『約束』について聞きたいぜ!」
 だけど、誇らしげに微笑んでいる兄貴を見ていると、なんだか、わかったような気がする。
「それは興味深いお話だな。小生にもぜひ聞かせてくれないか? 力になれるかもしれない」
 ドゥーリン・ラムスティンは問いかけた。
「子供時代からの『約束』なんだ‥‥。ここは、俺と、あいつらの‥‥。ずっと昔からの‥‥。もしかすると俺達が生まれる前からの‥‥。後は、イメージでなんとなく解釈してくれ‥‥」
「イメージじゃ、全然、意味がわからんぞ!!」
「わがままだな。雰囲気でなんとなく‥‥」
「どこが! 無茶苦茶、流されやすいって! イメージも、雰囲気も、同じもんじゃんか!!」
 ずっと無視されて落ち込んでいたガイヴィスも、塩スープパスタを食べて復活したようだ。

「こんにちはー。僕は、ハモン・ダーって言います。あ、怪しまないで。コレを見てください。司法官の輪なんすけどね。まぁ身分証明です」
 ぎょっ! と驚いたのは、兄貴達だけじゃない。
 ここにいるのは、ほとんど表通りを歩けないような面々である。
 あえて裏通りでたむろっているのが、証拠。
 現在は足を洗っているかもしれないが、過去には‥‥。
 神殿司法官と聞いて、冷静でいられるような者は少なかった。
「実は、小生もそうなんだが。落ち着いて!」
 ドゥリーンの後半の言葉は誰も聞いていない。
「逃げよう、いっしょに。俺と、いっしょに」
 兄貴は、ステラの腕を取る。
 前に神殿司法官2人が立ちはだかるが、後ろは屋台とスモールドラグーンが狭い道幅のほとんどを塞いでいた。
「スッちょんとなら、俺は、この路地を通り抜けてもいい! 例え、この身が切り裂かれようとも、俺は後悔しない! 行こう、2人で!!」
 引っ張られるままに、いつもの裏通りを走らされた。
 ウメリアの屋台。
 ルオールのドラグーン。
 隙間を潜り抜けるがごとく、障害物を通り抜ける。
 彼女が願う方向とは逆の反対方向に。
「待てーっ! 2人とも止まりなさーい!!」
「待ってーっ! 2人だけ、ずるいよー!!」
 うねうねと曲りくねった細い一本道を全員に追いかけられてしまう2人。
 目指すべき『家』から、どんどん遠退いていく。
 ステラは叫んだ。
「どどどどどどどうして、こんなことにー!?」
 ドスッ!! ドスッ!! ドスッ!!
 逃げる2人の足元に、ドスッ!! 投げナイフが何本も連続して突き刺さる。
 今度は、魔法のかかってない、ただの短剣だったが。
 少なくとも兄貴にとって、牽制にしては、過ぎる悪意と憎悪を感じた。
「‥‥ヤツに潰された右目がシクシクと痛むでござる。ヤツの幼なじみの友達どもに、恋人か。この痛みから解放されるためには、この手で」
 最初から最後まで、さりげなく、怪しいカッコで、ずっとステラを尾行していたニーザ・ニールセンが右目の眼帯をさすりながら、誓う。
「ステラ・エステーラは、拙者が殺す‥‥」
 そのころ、ラストの速すぎる展開に付いていけず、結局、最後までドラグーンの中にいたルオールは、やっと状況を把握することになる。
「お客さん全員に食い逃げされました。旦那のドラグーンが邪魔で追いかけられなかったせいです。当然、払ってくれますよね、旦那?」
「ななななななななななななんでじゃ〜っ!!」

第02回へつづく


●マスター通信
 PBMを知らない人に、メイルトークRPGの面白さを説明するとき、一番に見せるべきものは「プレイング」だと思う。
 あらかじめ用意された選択肢の類ではない遊び手の自由な発想、アイデア、オリジナリティがそこにあるはずだ。

 リプレイは、物語ではなく結果でしかない。
 マスターは、異なる行動を集約したつもりで、多くは肩透かしと無視を決め込んで、ノリと勢いだけでごまかしている。
 だから、支離滅裂な結果一覧を読んで面白くなくても、それはそれでかまわない。
 これは小説じゃないのだから。

 PBMの本質は、複数の「プレイング」だと思う。
 たったひとつのリプレイは、引用し、加工し、編集された行動一覧の断片に過ぎない。
 そこにプレイヤーの意思は残ったとしても意志は消え、行動と結果が必ずしもイコールにならない。
 最初の意図と違って曲解される経緯に読者は気付かない。
 読者は「プレイング」を書かないからだ。
 だから、PBMを理解できない。
 わからないから、たったひとつのリプレイを読んで、笑ったり、泣いたり、怒ったりしない。
 もちろん、お金なんか払わない。
 プレイヤーは読者ではない。
 参加者だ。
 読み終えた後にプレイヤーは「プレイング」を書かねばいけない。

 面白さは、複数の「プレイング」にこそある。
 だから、プレイヤーは、まず他人の「プレイング」こそ読むべきだ。
 できればマスターの立場と同じように全てを読むべきだ。
 それだけの価値がある。
 僕が、R4において「プレイング」をオープンにする理由のひとつはそれである。

 はじめまして! or おひさしぶりです!
 自分の「プレイング」が公開されてしまうのに、あえてR4を選んでくれた方々、よろしくお願いします。
 このDNならではのサービスで(それが受け入れられるか心配なのだが)全10回、最後まで適当に楽しんでもらえると幸いです。