竜創騎兵ドラグーンBLADE
第02回 共通リプレイ:
新・兄貴の世界 兄貴の時代
R4 担当マスター:テイク鬨道
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まるで何も変わっていないな、と思った。
「そそそそそれは当然かもしれない‥‥」
ステラ・エステーラは、口に出して呟く。
あれから、1ヶ月後。
1ヶ月前の記憶と違うところを必死に探さなければ、‥‥しかし、気付かない。
荒れた感じがする町並みも、薄暗く細い路地も、そこに集まる顔ぶれも、たぶん同じだろう。
乾いた砂混じりの東風が、ステラの髪をなびかせる。
彼女だって変わっていないのだ。
いつものように幼い頃の記憶に従って、思い出の裏通りを歩いている。
少年とすれ違う。
通りの向こうに目指すべき『家』があるはずだ、と思っている。
今更、行って、何を確かめるのだろう?
彼女は落胆するだけかもしれない、なんて予感している。
ステラが知る当時の住民は、この街にはもう誰もいないようだ。
この街で知り合った友人は去っていった。
この街で苦しみと喜びを共にした親友は旅立っていった。
出会いの数だけ、別れがある。
それは否応なく、突然やってくる。
いつもは、いつまでも続かない。
同じことを繰り返す中に、小さな幸せを見つけて、それが嬉しい?
悲しくて仕方ない。
ふと、ステラは振り返り、すれ違った少年の後ろ姿を見やった。
3度目だ。
何が気になるのだろう?
同じ場所で、同じタイミングで、同じ行動を繰り返して、何になるのだろう。
誰に決められたわけでもないのに、くだらない『約束』を、彼女も守っている。
彼女が振り返って、その後、舞台は裏通りの奥、次のシーンへ移る。
「レンディル・ミラクル・パーンチ! バギッ!!」
「‥‥ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
瞬間、そうなることを予測していたわけだが、ステラは、裏通りの先へと、また走りだした。
「プレジール・エクセレント・キーック! ドガッ!!」
「うひぃぃぃぃぃ、お助けぇー‥‥」
いたいけな老爺が、2人の荒くれ者に虐げられている、のではないことは言うまでもない。
「そそそそそそそそそそこで何をしてるっ!?」
けれど、ステラはそう叫んで、バルツ・シュバルツに駆けよる。
これが、パターンだ。
3度目だから、セリフには心が込められていない。
「ももももももう大丈夫です。‥‥ご安心を」
「お助けをぉぉ、お助けをぉぉぉぉぉぉぉぉ」
くさい芝居だが、ステラという女性は正義感にあふれていて、いぢめられている老人役を見過ごすことも、見捨てることもできないことになっている。
それも彼女にとっての『約束』だ。
「お、俺達の邪魔をすると、どうなっても知らないッスよ。‥‥姐御でも容赦しないッスよ」
「正直、お帰りしてもらえると有り難いッス」
ディル・レンディル、ジール・プレジールの2人組は三流悪役を一生懸命ふるまっている。
与えられた役割を彼らなりに役作りをして乗り切ろうとするが、どこかに無理があって、膝ががくがくと慄えていた(これは演技ではない)。
「むむむむむむ無理しなくてもいいんだよ」
ディルは、病気をわずらうガリガリの痩せぎすだった。
ジールは小太りだったが背筋が曲り、パラ並に、あるいは余計にチビに見える。
そんな凸凹コンビだった。
頭は悪くないと思うが、ケンカは、2人揃って、からっきしダメだった。
だから、ミス無頼漢・ステラの優しい微笑みも、圧倒的な立場の違いから恫喝にしか見えない。
「こここここれはどーゆーことなの? 納得できる理由があるなら、部外者のあたしにもわかるように、ちゃんと説明して。お願いだから」
ステラは事情を問いただす。
街のならず者のいざこざに進んで巻き込まれる場合、双方の言い分や、争いごとになってしまったわけを聞いておかねば、正しい行いの手助けできるものもできない。
この裏通りに通行人が通る度に、一連の小芝居を繰り返していることは明白で、それは客観的に面白いと思うのだが、いかがなものか?
しかし、ふざけているわけでも、不真面目でもないことが唯一の救いかもしれないが。
「たまたまッスよ、たまたま! またまた!!」
「偶然ッスよ! 偶然、自然、当然、必然!!」
人生において、確かに「たまたま」だったり、本当に「偶然」だったりすることは、ままある。
しかし、毎月恒例で、目撃すること連続3回目にもなると意図的な行為と考えるべきだ。
彼らも『約束』の下で行動させられているのか?
「あっ!! ディル、ジール! 大変じゃよ!」
バルツ老が、こっそり通り抜けようとしていた老婆を指差す。
見つかった老婆は、見つかったことに気付かず、曲がった腰を杖で支えながら、ゆっくりと歩いていく。
近くで問いかける。
「ああああああのぅ、お婆ちゃん、聞こえますか? ‥‥お婆ちゃんは! 知らないかもしれませんが! ここは! 通っちゃいけないんですよ! これ以上! かかわりあいにならない方が! よろしいと! 思いますよーっ!」
「‥‥はぁ? 今日も、いい天気ですなぁ」
ディル&ジールは、素人相手なら勝てる!! と踏んで、玄人ぶって啖呵を切ってみせた。
「この路地の向こうには行かせないッス!」
「通してほしければ、カネを出せッスよ!」
通行料の名目で金品を要求してくる。
こんなところの通行料、領主様やお役人の認めた正当なものではあるまい。
砂漠の国の治安が乱れがちな街の下層地域にはありそうな風習だが。
「‥‥はぁ、はぁ。ええ、まだまだ元気で」
ゲホッ、ゲホッ! わざとらしく咳こむ。
老婆は耳が遠いらしく、会話になっていない。
「大丈夫か、ばーさん」
バルツが心配する。
「もしかして、老人2人は夫婦なんれすか?」
リンゴ・タイフゥンの疑問に、バルツは、ふるふると首を横に振る。
「知らん」と答えた。
『とにかく、そこのお前も通らせないッス!!』
「どちて、通せんぼうするにょ? 楽しいんれすか?」
リンゴは、ディル&ジールに訊く。
彼女にとって、裏通りは、さながら野放しの不思議が集まる無法地帯だった。
不気味で、おかしな奴等が、陽気に歌い踊っているイメージ。
1人1人は大して悪くないと思いたいのだが、集団になると暴走気味で、単純じゃなく複雑、混沌としている。
説明することが容易ではない。
「全然楽しいわけないッス、こんなこと‥‥」
「ディル! どうして、そんなこと言うッス」
珍しく、ちょっとだけ仲間割れしている。
いつも失敗ばかりしている半人前で役立たずのダメダメコンビだから。
ジールは、ステラに目線で助けを求める。
けれど、ステラは無視した。
「そんなことだから2人はザコなんれすね?」
ザコと呼ばれて、ジールは本気で怒る。
三流とか、下っぱとか、ダメ人間はいい。
だけど、ザコだけは許せない。
ディルは「僕はザコなんスよね。やっぱり、いつまで経っても、しょせんザコなんスよ‥‥」いたく落ち込んでいる。
「言わせておけば、このクソ生意気なアマめ! じーさんみたく泣いても絶対許さないッス!」
ジールの激怒に、バルツ老は「うひぃぃぃ」とか「うへぇぇぇ」とか喚いている。
リンゴは「どちて?」と問う。
「どちて、泣いても絶対許してくれないにょ?」と微笑みながら再び。
「どうもこうもないッス。超ムカツクッス!」
「‥‥どうしてなんスか? わからないッス。こっちが聞きたいッス。ジール、姐御‥‥」
ディルのすがるような視線に、ステラは嘆息した。
どこでどう間違ったのやら、頭が痛い。
「‥‥あああああいつを呼ぶしかないわね」
「お待たせしました。兄貴、出番ッスよ!」
皆で、兄貴フィーダ・スフィーダを呼んだ。
『‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!』
「なんじゃーい、わぁれー!」
やけにアゴのいかつい大バカ野郎の登場だ。
「俺様を呼んだか? ああ、呼んだのか!?」
「呼んだッス! ああ、呼びましたッス!」
アゴ人間は、裏通りの皆から「兄貴」と呼ばれていた。
泣く子は黙って、飛ぶ鳥が落ちる勢い(本人談)。
慕われているのか、怖れられているのか、はたまた笑われているだけなのか?
「‥‥ディル、お前はホンマ情けないやっちゃのぅ。実は、そこで事の一部始終を覗いていたが、別に失敗してもいいじゃねぇか? 今がザコでも、これから出世すればいいじゃねぇか?楽しい追い剥ぎをすればいいじゃねぇか!?」
「そうだべそうだべ! 兄貴の言う通りだべ! ‥‥楽しい追い剥ぎって、どんなのだすか?」 と、兄貴の左肩に棲んでいるムキムキな漢シフール、「愛しのサブちゃん」ことサブリミナル・ゴルドレオン。
兄貴は「知らん」と答えた。
「でも、正直、申し訳ないッス。楽しい追い剥ぎを心掛けているのに、今月も失敗したッス」
「やっぱり俺達だけじゃダメなんス。気の弱い俺には、こーゆー家業には向いてないッスよ」
愚痴愚痴、愚痴愚痴。ディルは投げ出した。
「ぶっちゃけた話、兄貴のやろうとしていること、全然わからないッス! 俺達、何のために、こんなことやってるんスか? 意味なんてあるんスか? 本当の理由、教えてくださいッス」
ジールも内心、不安だった。
答えられない。
何のために? 生きているだけ。存在しているだけ。いなくなっても同じ。死んでも同じ。
頑張っても無駄かもしれない。
努力しても誰からも認めてもらえないかもしれない。
取り巻く環境は何も変わらない。
存在意義を高めるような手応えを感じていないから、自分のことを不幸だと思う。
兄貴からの慰めの言葉が欲しかった。
「バッキャローッ!! 意味がないから、いいんだろ? 理由があったら、面白くも何ともねぇじゃないか! お前らは、困っている人を助けるのに理由が必要か? 可愛い女の子だとか、お金持ちだとか、見返りがあるとか、そんなこと、いちいち考えてるのか!? ‥‥関係ねぇ。理由なんてあるわけないだろ! 困っている人を助けたいと思う気持ちと同じように、自分の心の底にある素直な声に従えばいいんだ!! やりたいようにやれば、それが正しいんじゃ!」
『兄貴ーッ!! 俺達が間違っていたッスー!!』
兄貴のハートフルな言葉に、凸凹コンビは心の汗を目の端からちょちょぎらせている。
漢同士の熱い友情から生まれた信頼関係が、凸凹アゴの結束を頑強なものにする。
トリオ・ザ・ゴロツキは、細い路地で行く手を阻むのだった。
「わかったか? わかったら、カネを出せ!」
兄貴は、「どちて?」リンゴ、老婆に言った。
「カネを払わなければ、絶対に通さねぇ! カネを貰ったとしても、なんぴとたりともここは通さねぇ!! それが『約束』なんじゃい!」
兄貴は、何の権利があってか、暴力寸前の恫喝行為で通行を妨害する。
リンゴが質問する。
「どちて、兄貴は、アゴ人間なんれすか?」
「知らん。それも『約束』でそうなっとる」
リンゴは小首を傾げる。『約束』って何?
「『約束』『約束』‥‥。しかし、俺との約束はどうなってるんだ!? 1ヶ月前、酒場でいっしょに呑もうと約束したじゃないか? あの日、俺は貴様をずっと待ってて、1人寂しく朝を迎えたんだぞ。忘れたとは言わせねぇからな!!」
ブレイク・ゴルドレオンは、怒りまくっている。
先月の兄貴との口約束、信じたばっかりに。
「漢と漢の戦いに理由なんていらねぇんだ!」
兄貴の釈明に納得できなければ、自慢の武器、巨大ハンマーを投げ捨てて、あえて兄貴が指定した素手格闘で彼は決闘に応じるつもりだった。
「ゴメーン。急にさ、親戚のコが遊びに来て」
「えっ、マジで!? そりゃ仕方ないなぁ‥‥」
「また今度、埋め合わせするから、すまんな」
「いいっていいって。そんな事情も知らず、俺の都合ばかり押し付けたみたいで悪かったな」
疑うことを知らないお人好しのジャイアント、ブレイクだった。
別名、バカ正直とも言う。
「ダウト! 絶対、ウソじゃん。フィーダはウソをついてるに決まってるぜ。ブレイクは騙せても、この俺を騙すことは不可能なのさ!!」
ガイヴィス・カーディンが、兄貴を指差す。
兄貴は「何故、バレたんだ!!」ってアゴだ。
ブレイクは震えている。
腹の底から怒怒怒怒怒怒。
「‥‥そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。だが、漢と漢の戦いには関係ねぇ!」
親戚のコが遊びに来ようが、親戚のコが遊びに来まいが、そもそも2人の決闘を邪魔することはできない。
親戚のコには関係ないからだ。
「兄貴を殴ると言うなら、その前に、おいらを殴るべ!」
バギッ!!
舎弟として殉じる覚悟があるサブリミナルは殴られた。拳はグーで。
「へへ‥‥。いいパンチ、持ってるじゃねぇべか?」
空中で羽ばたいているシフールだけに、木の葉のように飛ばされた感じだ。
ジャイアントの圧倒的パワーを後ろに流して受け止めた。
「手加減無用だ。だから、これ以上、漢と漢の戦いを邪魔するな。同じゴルドレオンの姓を持つお前ならこの漢らしい儀式、わかるよな?」
「おいらと兄貴は一心同体。兄貴を助けたいんだべ」
バギッ!!
また殴られた。拳はグーで。
シフール・サイズでは筋肉ムキムキだが、ジャイアントと比べれば細っこい腕でガードしている。
サブリミナルは激しい痛みに耐えていた。
「もうやめてーっ! 皆、俺なんかのために、争うのはやめてくれーっ!」
兄貴が叫んだ。
どうして、こんなことになってしまったのだ?
皆が仲良く、手をつないで、歌い踊るような裏通りにしようと誓ったはずなのに‥‥(涙)。
「そうじゃん! ケンカなんて野蛮人のすることじゃん。エレガントな勝負のアイデアが、俺にはあるぜ。『あっち向いてホイ』じゃん!!」
ガイヴィスの提案は、全員から無視された。
「『あっち向いてホイ』知らないの? 説明しよう! 『あっち向いてホイ』ってのはさ」
何故か、ゲラゲラと大笑いながら、ガイヴィスは『あっち向いてホイ』のルールを説明している(笑)。
兄貴は、たまらず目線を逸らす。
「何、あっち向いてるじゃん。しゃべっている俺の顔を見ろよ。皆、こっち向いてくれよー。恥ずかしがらずに。もじもじすんじゃないよ」
絶対、目を合わせない。
あっち向かれている。
「見るか、ボケ。お前の顔、見てしもうたら、俺の負けになるじゃねぇか! 1回、死ね」
「いや、そーゆー勝負じゃないってば‥‥」
「先攻後攻交代だ。『こっち向いてホイ』!」
ガイヴィスは舌打ちしながらも、兄貴と顔を合わせないように、視線を逸らしている。
相手の顔を見て話せない内気でシャイな人みたいだ。
「クソー。おかしいじゃん、このルール‥‥」
一方、そのころ、ブレイクとサブリミナルは激しい戦いを続けていた。
バギッ!! ドガッ!! バギッ!! ドガッ!!
‥‥なんてこったい!
「サブーッ!」
サブはボコボコにされている。
シフールvsジャイアントで力と力の戦いだし。
「もう見てられないッス。俺だってやるッス」
「シフールなんかに負けていられないッスよ」
「お、お前ら‥‥。泣かせるじゃねぇか‥‥」
兄貴は凸凹舎弟達の言葉に感動する。
見直したと言ってもいいだろう。
友情パワー炸裂だ。
「いくぜ! 俺達5人は力をひとつに合わせて、憎き、生きとし生けるものの敵を倒すんだ!!」
「うおーっ! フィーダ、ぶっ殺してやる!!」
ブレイクは、いつもは平和で愛と勇気が合言葉のような裏通りを震憾させた。
暴力と鮮血が支配するデンジャラスな裏通りに変貌させた。
「‥‥ごごごごごご5人? あたしもかー!?」
ステラは自分のポジションを、まだちゃんと把握していない。
横のその他大勢の面々にまぎれて中立の傍観者のような立ち位置では困る。
「卑怯な!! ブレイク殿、助太刀いたす!」
ディオス・レングア・シュトーが、5対1の1を助力することにした。
しかし、1の方が、ちびっちゃい漢シフールを本気で殴る蹴るだったことは知らない。
とにかく、フィーダと敵対することが、ディオスにとっての正義だった。
「フィーダ、先月の続きだ。改めて、いざ!」
「なんだ、てめぇ。手助けなぞ必要あるか!」
ブレイクは、ディオスの申し出を断わる。
相手は5人と言っても、シフール、女、ノッポ、チビである。
ブレイクと対等にやりあえる可能性があるのは、アゴだけだ。
ディオスがアゴの取り巻きの三下どもを処理してくれるなら、それはそれで結構だが、ディオスもアゴと対決したがっている。
ブレイクは雄叫び、いきんだ。
「俺と、フィーダの戦いを邪魔するなーっ!!」
「‥‥それは、俺とて同じ気持ちだ。しかし」
ディオスがブレイクを説得する途中、ドスッ!! ドスッ!! ドスッ!! 投げナイフが、ステラの足元に3本突き刺さる。
ステラは驚かない。
そのストーカーの存在に慣れているようだった。
「‥‥また邪魔が入ったようだな、フィーダ」
ディオスは、タイミングの悪さを受け入れなくてはならない現実を眉間に皺を作って認めた。
「すまない。スッちょんの命が狙われているようなんだ。これ以上、あんた達の相手はできない。一時休戦だ。また今度、いつでも相手になるぜ。いつでも、てゆーか、来月くらいにな」
本当は、ディオス達に「力を貸してくれないか?」と頼みたいところだ。
しかし、自分の女ぐらい1人で守れなくて、何が兄貴だ。
兄貴が恥ずかしくて口にできない、そのセリフを誰もが察する。
か弱い(かどうかは疑問があるが)女を守る。
漢にとって永遠のテーマだ。
恰好のシチュエーションであることは間違いない。
「どうして、俺の邪魔ばっかりしやがるんだ」
「武器の使用は、素手格闘のルールに反する」
ドスッ!! ドスッ!! ドスッ!! ドスッ!!
今度は、ステラの周囲にいた兄貴達の足元に。
「出てきやがれ! 威嚇だけか、クソ野郎!」
「陰険で姑息な。性格の悪さが理解できるな」
投げつけてくる方向、ギャラリーに呼びかける。
見守っていたその他大勢の観客達の中にまぎれていることは確かだ。
1名、やけに目立つ、怪しいカッコをした女がいる。
黒服、眼帯で、襟を引き上げ口元を覆っていた。
ニーザ・ニールセンの左の瞳は、ステラだけを凝視する。
激しい憎しみと、尋常ならざる揺らぎをたたえて。
眼帯に隠された右の瞳は憐憫の涙に潤んでいた。
「くそっ、どこから投げてきやがったんだ!」
「わからん。‥‥お前かっ! ガイヴィス!!」
ブレイクとディオスの目は節穴だった。
ガイヴィスは誰からの視線とも合わせないように慄えていたため、挙動不審に見えたのだろう。
「ち、違うじゃん! 確かに俺はナイフ投げるのは得意だけどさ。かなり所持しているけど」
彼は服のあちこちにナイフを隠し持っていた。
ブレイク達の迫力ある追求に、目線を一定にせず、オドオドさせながらガイヴィスは反論する。
「や、やましいことなんて、これっぽっちもないさ。でも、『こっち向いてホイ』じゃん!」
「何、わけのわからんことを言ってるんだ!」
「これだけ証拠があって言い逃れするのか?」
『あっち向いてホイ』ならともかく、『こっち向いてホイ』なんて、誰も聞いたことがない。
「フィーダ、わかるよな。俺はやってねぇぞ」
「‥‥ガイヴィス、スッちょんが好きなのか? 惚れてるのか? だが、ストーカーはいかん」
兄貴はガイヴィスの日頃の行いを説教する。
ステラはヌメヌメェ〜としたカエルを見るような顔でガイヴィスを見ていた。
ディルとジールは『おちぶれてもああはなりたくないッス』と蔑みの視線である。
バルツ老は投げナイフを7本拾って「儲かった儲かった!!」と喜んでいた。
「こいつら、ボケじゃん。全員、大ボケじゃん。助けて。誰か、マトモな奴はいないのーっ?」
ガイヴィス、大ピンチだ。
薄暗い細い路地でたむろう面々にマトモな奴がいるわけがない。
「おいらにはわかるべ。ガイヴィスは、ステラに恋してるようにはどうしても見えないだす」
全身アザだらけのサブリミナルが弁護する。
「むしろ、兄貴のことが愛してることは、大好きだってことはわかってるべ。ダメだっぺ!」
「えーっ!? 道理で俺に絡んでくるわけだ!!」
兄貴は、まんざらでもないアゴでガイウィスの瞳を見つめていた。
ついに目と目が合う2人。
「全然、違うじゃん‥‥」
若い血潮が頬を赤く染める。
心臓の鼓動がリズムを高鳴らせた。
ガイヴィスの胸が痛い。
もしかして、病気?
「その気持ち、わからぬでもないぞ‥‥。いや、違う! 誤解しないでくれ! そーゆー妙な感情ではないのだ。ただ、漢と漢として、だな」
「その通りだぜ‥‥。俺も、兄貴と2人っきりになりたいが、それは、漢と漢として、だな」
ディオス、ブレイクの告白を聞き、その熱っぽい目線に真剣さを受け止めて、兄貴は驚く。
「この俺に、このアゴに、あふれんばかりに魅力があるばっかりに。なんて罪な漢なんだ!」
兄貴は困惑する。
誠意のある回答をしなければいけない。
でないと、背中からナイフで腹部のあたりを刺される。
ここで下手にボケたら、ツッコミ殺されてしまうかもしれないのだ。
「ダメだっぺ!! だって、兄貴は、おいらのモノなんだべ〜☆」 サブリミナルは宣言した。
「フィーダお兄ちゃんは、あたしと遊ぶのー」
「あ〜ら、これからオ・ト・ナの時間なのよ」
さらに、パラの遊び人マイム・ディア、年増の露出狂シャイア・カニバルが第2回兄貴争奪戦に加わる。
漢と女の醜い言い争いが始まった。
「おいらは、兄貴とキスしたことあるべ!」
「あたしは、お尻、触られているもーん!」
「私だって胸! 抱き付かれたんだからぁ」
兄貴との関係が進んでいることを誇示する。
「ささささサイテー‥‥」 冷たいツッコミだ。
「違う!! 俺は、そんなことしてねぇーっ! したかもしれねぇが、プラトニックだーっ!!」
説得力のないこと、はだはだしい。
漢も女も選ばず、とっかえひっかえ、イチャイチャしていた。
拳と拳だったり、アレとナニだったり。
薄暗い路地で寝技と称して押し倒してみたり。
裏通り出口調査で好感度も下がるちゅーねん!
「あああああ兄貴ってばモテモテじゃない?」
いつもの裏通り、改め、ラブラブ通りである。
恋多き兄貴が、ハーレムで愛人達を囲っていた。
ボケたらツッコミ、兄貴のお笑いパラダイス。
「いや、マジで困ってるってば、スッちょん」
兄貴はアゴをこわばらせ、ゴクリと唾を飲む。
弁明してもステラには聞く耳がないようだった。
「ステラさん、フィーダさん、2人は結婚しないの?」 ミント・クアンタムが核心を訊いた。
「どどどうして、そーゆーことになるのよ?」
「どうしてって‥‥、先月、手に手を取り合って、2人は駆け落ちしたじゃないですか?」
話にはよく聞くけど初めて見ました、とミントは言った。
楽しいこと大好き好奇心旺盛なシフールらしい着眼点で、2人の関係を疑っている。
初恋相手と再会した幼なじみ同士が勢いで、である。
よくあるパターンだから、ありがちだ。
「あああれは、恋の逃避行に違いあるまいて」
ルオール・ジルオール・トリエステが、しきりに頷いている。
ちなみに今月も、またスモールドラグーンで裏通りを入って、細い路地に乗り付けてきた。
中身の竜騎士は、ヒョロヒョロの親父であったことが判明した。
先月、皆の塩スープパスタ代を支払ったことに多少の不満を感じて、もう奢らぬ〜、と愚痴るような中年だ。
「あの後は、2人っきりでお楽しみだったんでしょ? ぐふふふふふふふふふふふふふ‥‥」
「まさか、あんなことや、こ〜んなこととは、想像できぬな。ぐふふふふふふふふふふ‥‥」
いやらしくて、みだらな想像をめぐらす。
「キーッ!! ちょっと若いからって信じられないわ! フィーダ様をたぶらかす泥棒ネコ!!」
激高したシャイアは、ステラを弾劾する。
「ててててて手と手をつないだだけじゃない」
ステラは憮然とする。
いっつもキスをしたり、いっつもお尻を触られたり、いっつも胸に抱き付かれたりしている奴等に嫉妬されたくない。
「ととととにかく、わしらは2人の門出を祝ってやらねばなるまい。まことに、めでたい!」
「全然おめでたくなーい!!」
自慢のお尻を振るわせて、マイムが涙ながらに抗議するも無視。
「ステラ一味としては、ステラの幸せを願って、できる限りのパーティーしてあげなくっちゃ」
カリス・マカリスが、幹事となって宴会を仕切っていた。
会場は、ココ。
地べたに座る。
「お色直しは任せてください! いろいろ準備してありますから」
古着屋を営んでいるミントは、戸惑う2人に正装するよう指示した。
「ぶち壊してやる、絶対ぶち壊してやる‥‥」
シャイア達が、あれよあれよと言っている間に、結婚式の二次会が始まろうとしていた。
「どどどどうして、こんなことになるのよ!?」
「仕方ないさ。全ては、ノリと勢いだけだよ」
兄貴は達観していた。
なるようになれ、だ。
「いいいいいいいい一番、ルオール・ジルオール・トリエステ。剣の舞いを披露いたそう!」
涙をちょちょぎらせながら、「はぁ〜、よっこらしょ」と大剣を振り回す。
てゆーか、ゴッツイ大剣にヒョロヒョロの身体が振り回されている。
フラフラと足元がよろけていて、かなり危なっかしい。
ついうっかり観客の1人を斬り殺しかけるぐらいスリルのある剣の舞いだった。
「裏通りのカリスマと知っての狼藉かーっ!」
「いいいいやー、いい運動になったである〜」
カリスのツッコミを無視するルオールだった。
兄貴達の晴れ姿を邪魔してはいけないから。
「遅くなってゴメーン! 腕によりをかけて頑張って皆のために、お弁当、作ってきたのさ」
シュガムニ・ロップツールは、5人分の手作りお弁当を配った。
最初は兄貴、ステラには可愛いネコさんのお弁当箱だ。
兄貴と同じお弁当箱をディルとジールに、『大感謝ッス!!』小躍りして大喜びで受け取った。
最後の1つ、可愛いハムスターちゃんのお弁当箱をカリスに渡す。
「見た目はアレかもしれないけど、味は保障するぜ。なかなかイケてると、あたいは思うね」
シュガムニは、にっこりと満面の微笑みだ。
「‥‥わしの分は?」
「あるか、クソジジィ」
シュガムニの冷酷さにバルツ老は忍び泣いた。
「うわぁ〜‥‥。オイシソウ、ダナァー‥‥」
ありがとう! と最初に言ってしまった手前、コレを食べなきゃいけないのだろう。
カリスは急速に食欲が減退していくことがわかった。
いただきます! の声もなく、沈黙が続く。
「さぁ、食べて!! 遠慮せずに召しあがれ!!」
新手の脅迫だ。食事を無理強いし強要する。
ランチ・ハラスメント(ランハラ)であった。
「昔の兄貴達は喜んで、おままごとで、こしらえた泥団子とか食べてくれたじゃないか!?」
子供が作る泥団子と同レベルなのか?
このお弁当では食べられるだけマシとは考えにくい。
今度は食べるマネでは許されない。
ノリが悪いなぁ、と思われてしまう。
それだけはイヤだ!
「おいちいスープ・パスタいかがっすかー?」
ウメリア・ロックウォール。
流しのスープ・パスタ屋が、ルオールのドラグーンの向こうで営業している。
ドラグーンのせいで道が狭ばっているので、屋台は、こっちには近寄れない。
いくらタダでもシュガムニの手作りお弁当は犯罪だ。
全員が全員、そう考え、屋台の方に移動して、一番安い塩スープ・パスタを注文した。
お金は後払い。無銭飲食のチャンスを伺う。
「ん、ねぇ、トッピングに何かないの?」
ジャム・リブルが、ウメリアに訊いた。
懐が暖かいのだろう。
ウメリアの眼鏡がキラリと輝く。
商売人ではなく料理人として刺激された。
「どーぞ。シェフ・イチオシの今月のオリジナル・スープ・パスタ(試作)でございます!」
試作!? ジャムは、なんとなく怖くなって料理の詳細をウメリアに尋ねてみた。
知らないものを口にするような勇気は持ち合わせていない。
「何が入っているの? この黒いのとか何?」
爬虫類か両生類っぽい干物、膜のある羽の生えた鳥のような動物、謎のお肉の煮込み‥‥。
「イモリに、コウモリ、ネズミでございます」
「なーんだ(もぐもぐ)。イモリに(むしゃむしゃ)、コウモリに(ばりばり)、ネズミなのか(くちゃくちゃ)、って、エェェェーッ!!」
あらかた食べてからジャムは、ぶったまげた。
「って、エェェェェェェェエエェエェーッ!!」
やんや、やんや。ちゃんちき、ちゃんちき。どんちゃん、どんちゃん。
宴も、たけなわ。
「‥‥うぇ!」
突然、兄貴が口元を押さえる。
吐き気を催したようだ。
イヤな汗を流している。
「はは〜ん。つわりね。できちゃったのよ!」
『できるかーっ!!』
すかさず、ボケとツッコミが応酬される。
ツッコミ担当が声をハモらせたユニゾンツッコミだ(練習したんだろうなぁ、と感心する)。
ボケ担当のミントが苦笑した。
「ツッコミが早いって。こーゆーときは、ノリのいい兄貴が『う、産まれるーっ!』と下っ腹を押さえて、『って、産まれるかーっ!』とノリツッコミしないと、いい笑い、取れません」
「厳しいなぁ。その間が、サブくないかな?」
「うわぁ、こいつ、ノリツッコミしてるよ」と思われる時間帯を、カリスは気にしているのだ。
下手なノリツッコミほど無様で情けない。
「大丈夫だべか? 兄貴‥‥」
「ゲェー‥‥」
兄貴は苦しそうに、のたうちまわっている。
「‥‥もしかしてマジなんじゃないですか?」
「‥‥迫真の演技にしては、ヤバイような?」
シュガムニの手作りお弁当を仕方なく観念して、むさぼるように食ったディル、ジールも、兄貴と同じようにゲロゲロ吐き戻している。
「いいいいいいいったい、何を食べたのよ!?」
「てゆーか、このお弁当、ヤバイんじゃない」
カリスは、まだほとんど口にもしていない可愛いハムスターちゃんの弁当箱を投げ捨てた。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒーィ!」
ハムスターの干からびた死骸をマスコットとして付けた魔術師の杖を振りかざして、シュガムニは魔女魔女しく笑った。
裏通りで仁王立ちする彼女の姿はイッちゃった狂気でしかない。
「腐ったものか何か?」
「どどどどどど毒?」
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒーィ!」
シュガムニは高笑いするだけで答えない。
「ウッヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョーォ!!」
腰の曲がった老婆が奇声に呼応するかのように哄笑する。
シュガムニと、謎の老婆が通りの向こうへと歩き出した。
阻む者はいない‥‥。
「兄貴、死んじゃイヤだべーっ!」
「フィーダ様、死なないでーっ!」
「フィーダお兄ちゃん、きゃうきゃうきゃううぅぅぅぅぅぅぅ〜ん!」
「‥‥な、泣くんじゃねぇよ。‥‥こ、こんなところで、この俺が死ぬもんかよ、げぶっ!!」
酸っぱいものを周囲に吐き散らしている。
ゲロまみれになって、3人は兄貴の愛を感じた。
「まさか、こんなものを料理に混ぜて、人に食べさせるなんて、私には信じられません‥‥」
ウメリアは悲しげに呟く。
ステラは唆した。
「ねねねねねねぇ、ずっと見ていたんでしょ? 悪いのはフィーダじゃない。あいつなんだ!」
「‥‥壷、投げてやります」
意味不明だが、神殿司法官ハモン・ダーは険しい表情だった。
「どちて‥‥」 無邪気なリンゴは、ハモンに言った。
「ハモンちゃんは嫌われ者なんれすか?」
ガビーン!! ハモンは激しく落ち込んだ。
「嫌われ者‥‥。どうせ僕なんか‥‥。ダメダメダメダメダメダメ人間なんですよぉ‥‥」
第03回へつづく
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●マスター通信
何度か繰り返す構成にしたいと思う。
立場は異なるかもしれないが、何度か繰り返してきた僕達には(それが全10回の第2回に過ぎないとしても)、これからも繰り返すことが大切だ。
と同時に、それは同じ結果に終わることを意味しない。
同じ行動を求めているわけではないからだ。
今は、たったひとつの接点で、あえてTPOを一致させて、同じように始めている。
マスターがフィルターとして機能する限り、プレイヤーはリプレイに対して、しばしば共感できなかったりする。
たったひとつの行動からイメージする結果でズレを感じるのは当然だ。
それを拒絶する人も少なくないわけだが‥‥。
繰り返しを重ねていけば、いずれ調和していくだろう型の幻想は持ち合わせていけない。
いくつかのプレイング原文を読めば、わかる。
リプレイを読んでわかることなんて、ひとつだけだ。
マスター個人について。
それがどうした?
非常識で、理不尽で、不条理で、ナンセンスで結構。
笑いを取るために許されるのなら。
お互いのベクトルが明後日の方角にすれ違い、かわされるクロストークが全く噛み合わないことも、第三者には(つまり読者にとっては)、おかしく感じられる面白さだと僕は信じている。
だから、何でもアリに近いメイルトークRPGは最高なのだ。
しかし、リプレイだけを読んで(リプレイに書かれた表面上の文章だけで、マスターを客観的に評価することはできない)、プレイングだけを読んで(そーゆー人は普通いないが、プレイングだけを読んで笑うことは、ほとんどない。
だが、たまにあるので油断できない)、この最高の面白さが伝わるはずがない。
プレイングを公開することによって、マスタリングは緊張感を失わせない真剣勝負の度合を増す。
リプレイは無論、プレイングもである。
僕達は試されている。
怖いくらい、いい関係で。
どーもです!
さて、今年も、どさイベin名古屋には顔を出す予定です。
ほぼ年に一度の機会だと思われますので、会えるといいですね。
たぶん、裏通りのR4っぽくなるでしょう(苦笑)。
んじゃ、そうでない人も次回に、また!!
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