竜創騎兵ドラグーンBLADE
第03回 共通リプレイ:
真・兄貴の世界 兄貴の時代
R4 担当マスター:テイク鬨道


 やっぱり何も変わっていないな、と思った。
「そそそそそれは当然かもしれない‥‥」
 ステラ・エステーラは、口に出して呟く。
 そして、また1ヶ月後。
 荒れた感じがする町並みも、薄暗く細い路地も、そこに集まる顔ぶれも、これから始まる一日も、また繰り返す。
 乾いた砂混じりの東風が、ステラの髪をなびかせる。髪を伸ばしているつもりはない。ただ自然に伸びるだけ。
 誰も気付かぬ些細な変化。
 いつものように幼い頃の記憶に従って、思い出の裏通りを歩いている。
 すれ違う場所で、ルオール・ジルオール・トリエステが待っていた。
「そそそれでは行くとしようか、我が娘よ〜」
「‥‥だだだだだだ誰が『我が娘』? 生みの親でも、育ての親でもないくせに、父親面?」
「なななななななななぁに例えばの話じゃよ〜。気にするでない。わしから見れば、ステラは我が娘も等しいぞ。誰が見ても親子である〜」
「おおお思い込み激しい。これだから中年は」
 2人して、どもりまくっている。
 ステラは呆れながらも、ルオールといっしょに闊歩する。
 ルオールがヒョコヒョコと、ついていく感じ。
「リンゴちゃん・ニコニコ・スマッシュー! ゴキィィィィッ!!」
「お、お金なら払うよー」
 その悲鳴を聞いて、顔を見合わせたステラとルオールは、疾く風のように軽やかに、乾く骨のように軽らかに裏通りの先へと走りだした。
「レンディル・ミラクル・パーンチ! バギッ!!」
「‥‥ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「プレジール・エクセレント・キーック! ドガッ!!」
「うひぃぃぃぃぃ、お助けぇー‥‥」
 いたいけな少年と、どうでもいい老爺が、3人の荒くれ者に虐げられていた。
 リンゴ・タイフゥン、ディル・レンディル、ジール・プレジールは言葉の暴力だけで精神的恐怖を与える。
『そそそそそそそそそそこで何をしてるっ!?』
 ステラ達はそう叫んで、少年とバルツ・シュバルツに駆けよる。
 まずは困っている人がいて、とにかく助けるの方式だ。
見て見ぬふりをする、助けない、と言う現実的な選択肢もあるのだが、普通、そのことには気付かないことにしておく。
 物語の導入部にはよくありがちな展開だが、かれこれ、もう3ヶ月目とか、4ヶ月目である。
「ももももももう大丈夫です。‥‥ご安心を」
「お助けをぉぉ、お助けをぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 例によって例のように、くさい芝居だ。
 老いぼれたバルツに芸の洗練を求めてはいけない。
「よよよよく会うね。話すのは初めてだけど」
 ステラは、脅える少年に話しかける。
 彼女は子供に怖がられることには慣れていた。昔は万人に後ろ指差される悪行にも手を染めていて、その頃の匂いが、身体のどこかにまだ染み付いているのかもしれない。どす黒い血の臭いだ。
「いつもの3倍、カネを出すにょ。30倍、渡すにょー! 300倍、寄越すにょーっ!!」
 リンゴは、少年の有り金全てを狙っていた。
「いつもの分のお金、払ってるじゃないかー」
「リンゴちゃんの人件費分、値上げしたにょ」
 突然の不当な通行料の値上げ、卑劣である。
 ただの通行人であり、常連のお客様である少年にだって、毎月のお小遣いに限度があるのだ。
「毎月、節約して、やりくりして、月に1度の往来、贅沢をすることさえ許されないのかー」
 アホなガキだ。しかし、実際、一昔と比べたら、倍近く値上げしているんだけどね‥‥。
「簀巻きでいいなら通してあげてもいいにょ」
「ヤだよ。簀巻きはチクチクして痛いからー」
 リンゴの、ヨ・コ・シ・マ☆ な理由で少年の服を、ヌ・ギ・ヌ・ギ☆ しようと企む。
「けむむむむむむむむむ娘、許せんである〜」
 ルオールが、おもむろに少年の身代わりを志願して、衣服を脱ぎ始めた。もぞもぞと服の中で腕を動かす彼は見られていることを意識してか、とても恥ずかしげに顔をうつむかせる。これまで隠されていた、誰も知らないルオールの生まれたままの姿、艶めかしいザラザラとしたシワシワの乾燥肌が露出していく。肋骨が全て数えられるほど、胸に肉はない。彼は骨と皮だけで生きている。次は、下半身に取り掛かる。
「こここここうなったら、仕方ない。いろいろな都合上、ステラも一肌、脱ぐのである〜!」
 こんな裏通りの平凡な一日じゃ、お客も集まらん。お楽しみのムフフなシーンがなければダメなんだ。媚びていない。必然性があるのだ。
「姐御が、そんなことすることないッスよ!」
「俺達は姐御の裸なんか見たくないッスよ!」
「そそそそそそれはそれで傷つくよーな‥‥」
 脱いでもすごくなさそうな感じが哀れだ。

「フィーダが来る前にここを通すじゃーん!」
 ステラのストーカーであると同時に、兄貴の熱烈なストーカーである(と言われているだけで、「違うじゃん! 2人の後ろをコソコソ歩いてるだけじゃーん!!」本人談)ガイヴィス・カーディンはディルとジールを指差して言った。
 両手の人差し指で、それぞれの眉間の辺りを。
「この路地の向こうには行かせないッス!」
「通してほしければ、カネを出せッスよ!」
 指を顔面に突きつけられても、凸凹2人組は通行料の名目で金品を要求してきた。こんなところの通行料、領主様やお役人の認めた正当なものではあるまい。砂漠の国の治安が乱れがちな街の下層地域にはありそうなしきたりだが。
「俺は払わないじゃーん! 何故なら、無一文だからさ。ない袖は振れない、火のないところに煙は立たず、孝行したいときに親はなし」
「ない袖はノースリーブ。貧乏人は帰るにょ」
 しっしっ、と手を振るリンゴに向かって、「俺のナイフは、よぉくキレるナイフなんだ」 ナイフを取り出すガイヴィス。
 ひたひたと笑う彼の存在は、裏通りにとって幸いと災いをもたらす凶器を振りかざす狂気のかたまりだった。
「そろそろ呼んでもいいれすか? ダメ? まだザコ扱い発言してない? あれはいいにょ。もう飽きたにょ。ザコは別にザコでいいにょ」
 リンゴは後ろの方を気にするも、出されたサインが理解できなかったため、わざわざ確認しに行った。物陰に向かって何やら誰かと会話中。
「まだスタンバイできてない? どうしたんだにょ。え、OK? ちゃんと皆に伝えるにょ」
 その大声では、すでに全員が耳にしている。
「‥‥あああああいつを呼ぶしかないわね」
『お待たせしました。兄貴、出番ッスよ!』
 事態の収拾をはかるためにも(あるいは、混乱を増大させるだけ?)、裏通りのアイドル的存在、看板兄貴フィーダ・スフィーダを呼んだ。
『‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!』

「なんじゃーい、わぁれー!」
 アゴをシャクレさせた大バカ野郎の登場だ。
「俺様を呼んだか? ああ、呼んだのか!?」
『呼んだッス! ああ、呼びましたッス!』
 アーゴー!! アーゴー!!
 期せずして裏通りに巻き起こるアゴ・コール。
 チャームポイントのアゴをシャクレさせて、アゴで歓声に答える。
「恥ずかしいけど、これも兄貴のため。必然性があるし。脱いでも、おいら、すごいんだべ」
 油ギュッシュなムキムキ漢シフール、サブリミナル・ゴルドレオンは、兄貴の左肩在住。身ぐるみ剥がされたわけでもないのに、赤い腰巻だけの半裸だった。右を見上げて驚愕する。
「‥‥い、いつもの兄貴じゃねぇべーぇ!!!?」
 ひょろっこいパラだ。シャクレたアゴ出し。
「俺の名は、レスリー・プレスリー。ステラ一味の1人だ。スリッパー兄貴と呼んでくれ!」
 スリッパー兄貴(?)は、そう名乗った。
「いきなり兄貴の代わりが現れても迷惑だベ」
 サブリミナルの苦情に、ディルとジールも賛同する。キレる男ガイヴィスだって不満がある。
「お前じゃ、お前の顔見つめても、胸がキュンと高鳴らねゃじゃん! やっぱりフィーダじゃなきゃダメなんだぜ。兄貴はフィーダなのさ」
「そんな固定概念が、この街を、この裏通りを、退廃させた。全く、くだらない奴等ばっかり」
 スリッパー兄貴は、ある例え話を話しだした。
「例えば俺が兄貴で、お前らが舎弟としよう」
 ‥‥例え話終了。あるいは、例え話続行中。
「だったら、どうする? だったら、どうするんだーっ!?」
「何故、同じ事繰り返すにょ?」
 ここで、しつこく反対すると、せっかくのフリが台無しになる。
 ノリが悪いなぁー、とは言われたくない。
 消極的に、その場に居合わせた面々は、その設定を受け入れることにした。
「カネはどうした? 今月の分、ノルマ達成したんか!? ザコでもできる仕事やろ、ああー」
 兄貴は、兄貴らしい漢っぷりで舎弟達に命令した。
 リンゴはともかく、ディルとジールは、
「絶対、無理! 完璧、無理! 例えば砂漠のどこかで落とした指輪を探し出して、その指輪の穴からラクダを通らせるみたいなものッス」
「指輪は小さいッスよ! ラクダはでかいッスよ! 馬鹿げてるッス。俺達には不可能ッス」
「でもな、やったら、すげぇじゃねぇか!?」
 スリッパー兄貴は、凸凹コンビをたしなめる。
「その気になれば、俺達は砂漠の砂の数だって数えられる。山は麓から登るし、波を怖がっていれば海では泳げねぇ。誰もボケなきゃ、ツッコミの立場がありゃしねぇ。絶食させりゃラクダのコブもしぼむちゅーに。最初に根性決めて、やるか、やらねぇか、それだけの違いだろ?」
 最初から自分達のやることを成功しないと決めてかかっている。それが兄貴には許せない。
「言ってること、わけわかんないッスが、なんとなくわかるようで、本物の兄貴みたいッス」
「つかみどころのないようである、どことなくそれとなく致し方なく俺達の兄貴みたいッス」
「そうさ。なんだって、成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。だが、一か八かでも、やろうとしなきゃ何も始まらないんだ!」
『兄貴ーッ!! 俺達が間違っていたッスー!!』
 新しい兄貴のハートフルな言葉に、凸凹コンビは心の汗を目の端からちょちょぎらせている。
 たった今、芽生えた友情パワーが3人に揺るぎない強固な結束を生んだ。
 トリオ・ザ・ゴロツキ・ネオは、細い路地で行く手を阻むのだった。
「わかったか? わかったら、カネを出せ!」
 スリッパー兄貴は、アゴ兄貴をアゴ真似た。
「カネを払わなければ、絶対に通さねぇ! カネを貰ったとしても、なんぴとたりともここは通さねぇ!! それが『約束』なんじゃい!」
 決めゼリフを言い放って、すっかり兄貴気分だ。サブリミナルには容認したくないが、兄貴は兄貴。彼は、兄貴を愛するシフールなのだ。
「兄貴、優しくして欲しいべ。師曰く『焼きすぎのパンは堅くて食べれない』なんだべさ」
「腐ったチーズは、腐った肉より酸っぱいな」
 そう言って、兄貴は優しく笑った。左肩の上で、サブリミナルは兄貴の左頬に寄り添う。
「でも、アゴ兄貴は、どこに消えたにょ?」
「アゴ兄貴こと、シャクレカマキリは‥‥」
 スリッパー兄貴は言葉を詰まらせる。果たして、今、この場で発表してもいいことなのかどうか?
 仮にも、ほのぼので、コメディなのに。

「ステラさんが可哀想すぎます! 『死が2人をわかつまで』って、よく言いますけど‥‥」
 ミント・クアンタムは声を張り上げ叫んだ。
「いくらウケるからって、まさか結婚式の二次会のお弁当に当たって、死んぢゃうなんて!」
 ミントの発言を裏付けるかように兄貴が言う。
「だったら、どうする? だったら、どうするんだーっ!?」
「何故、同じ事繰り返すにょ?」
 まだ事態の急展開についていけない約何名。
「死んだって、誰が? もしかして、彼が?」
 シャイア・カニバルが険しい顔をこわばらせた。マイム・ディアが首を振って強く否定する。
「そんなのイヤだよぉ! 死ぬなんて、いなくなるなんて! ‥‥フィーダお兄ちゃんが!!」
 故フィーダ・スフィーダ。享年アゴ才。皆の兄貴らしく裏通りに生き、裏通りに倒れた漢。
「俺達は、悲劇と言う名の船に乗って、絶望と言う名の風を‥‥、ゴメン。この例え、失敗」
 突然の別れにガイヴィスも動揺している。言い回しを変えても、いい例えができないでいた。
「ウソよ! 信じない! 認めない! だって、あの後、私、兄貴のことが心配で、一晩中、付きっきりで寝ずの介抱してあげたんだから!!」
「ごめんなさい。シャイアさんがお帰りになった直後、急変して、お亡くなりになりました」
 ミントは申し訳なさそうに、必死にアラを見つけて反論するシャイアに理を持って告げた。
「あ、あたい、兄貴のところに謝罪しに、お見舞いしてきたよ。そのときの兄貴、顔色も嘘みたいに普通で、ムチャクチャ元気だったのに」
「だから、ごめんね。シュガムニさんのお見舞いの後に、急変して、召されてしまいました」
 シュガムニ・ロップツールは涙目だった。
「どうして、ミントちゃんは、何が何でも兄貴を殺そうとするにょ? 恨みでもあるにょ?」
 リンゴの問いかけに、ミントは真剣に答える。
「喉に魚の骨が刺さったら、御飯を食べればいいんです。痛みを我慢して飲み込むってこと」
「だったら致し方ないにょ。兄貴、アバヨ!」
 受け入れるしかないのだ。どんなに理不尽であっても、それが現実なのだから。逃げないで。
「ぱおおぉぉぉおお〜ん、ぱおぉぱおぉ〜!!」
 マイムが号泣している。裏通り名物・泣き女だ。お葬式らしい悲しみを演出してくれる。これから2人で触ったり触られたり、舐めたり舐められたり、気持ちいいことやりたかったのに。
「チッキショー! アゴ兄貴が、クッソー!」
 サブリミナルはキレている。言動が荒いだけで、何も意味はない。辛い気持ちを表に吐き出すだけ。
 一方、ミントは、ステラの顔を伺う。
「泣かないの? それとも、泣けませんか?」
「なななな涙が必要なのは、目にゴミが入ったときだけ。あたしの心は、きっと冷たいのね」
「そう。大切な人の死は、ゴミじゃないから」
 誤解も理解のひとつの形だ。
 好ましくないが、それを防ぐには、やっぱり言葉で補うしかない。
「もうちょっと可愛げのあるところ、見せてもいいんじゃないの? 皆で暖めてくれますよ」
「じじじゃあ、にっこり笑ってあげようか?」
「気持ち悪い。サブリミナルの存在ぐらい」
 同じシフールとして、ミントは本当のことを言った。嫌われているのだ。あのテのタイプは。
「そそそれ、わかりやすい例えね。でも、いっしょにしないで。圧倒的大差で歴史的敗北よ」
 シフールは妖精のように純真無垢で、せめて見た目だけでも可愛くなければ、と思う常識こそ、人間の浅はかな非常識なのかもしれないが。
「うにゅれー! 好き勝手ほざきおるべー!」
「はははは羽根をむしれば小さい人のくせに」
 アゴ兄貴のいない、いつもとちょっと違う裏通り、けれども、ステラは淡々と微笑んでいる。
「あああああたし達は付き合っても、好き合ってもいない。そうじゃなきゃいけなかった。そうじゃなくっちゃ、許してくれないでしょ?」
「新婚だったのに愛のない夫婦って哀しいね」
 ミントはさらに誤解して、未亡人ステラを慰めようと言葉を探した。
 サバを使った、サバに限定した、いい例えが見つからない。サバを読む‥‥。サバサバしてる‥‥。サバ煮込み‥‥。
「きさまぁぁぁ! フィーダと共にぃぃぃ!」
 再びプッツン、ぷちキレたガイヴィスが怒りの矛先を、アゴ兄貴があの世に旅立ってしまったのに、のうのうと微笑むステラに向けた。
「危ない! サブリミナルぐらい危なーい!」
 シャイアは、ステラに下から突き上げように肩からタックルぶちかます。
 投げつけられたナイフが、ステラがいた場所を正確に通過した。
 正気じゃないガイヴィスは死のナイフを放つ。
「不幸が、お似合いなこと。ステラさんには」
「あ、あああありがとう‥‥って感謝した方がいいのかな? 助けて貰う義理もないけどね」
 恋敵である2人だった。その2人をガイヴィス、マイム、サブリミナルの3人が取り囲む。
 アゴ兄貴を巡る恋のバトルロイヤル。だが、皆が愛したアゴ兄貴は、この世にはもういない。
「まるでイチジクの汁みたいな性格してるな」
 人を傷つけないための婉曲的な表現だった。
「だだだ誰が?」
「私のことじゃないわよね」
「どっちもだよ。‥‥いや、俺達5人がかな」
 ガイヴィスは、ため息をひとつ。
 どうして、こんなことになったんだろう? ルオール、リンゴ、スリッパー兄貴、ミント、誰のせいだ。
「死にたくて死んだんじゃねぇべ。兄貴は殺されたんだべ! ヤツのこしらえてきた弁当で」
 諸悪の根源であろうホニャララ入り手作りお弁当を作ってきやがったシュガムニを弾劾する。
「違うって! 兄貴は強いんだ、昔から何だって拾い食い、拾い食い。1日2食は拾い食い」
 彼女は必死に弁解する。
 こんなことになるなんて思っていなかった。ちょっと面白おかしいことをした程度で死人が出たら、ボケとツッコミの信頼関係はどうなる。お涙はお笑いの敵だ。
「犬猫コロリでおっ死ぬなんて、犬猫じゃないんだから。まさか兄貴は犬猫並み、畜生の仲間なのかい? だったら、ベリーナイスだけどさ。死んじゃった兄貴がお気の毒ってことだねぇ」
 アハハハ、イヒヒヒ、と愉快そうに笑った。
「だいたい、まるで、あたいだけが悪いみたいじゃないか? 皆の連帯責任であることを自覚してほしいね、少しは。思わず綱渡りをしてみたくなる気持ち、わからないかな? 人生の」
 ウフフフ、エヘヘヘ、オホホホ、と続けた。
「何が目的にょ? それはかなったかにょ?」
「目的? そりゃ、もちろん、‥‥この通りの向こうがどうなってるか知りたかったからさ」
 若気のいたりと誹られるかもしれないが、未知なるものだけが秘めてる探求心の発露だった。
「たたたたただ、たった、それだけのために?人を殺めたの? 人を殺せる理由になるの?」
「結果論から言えば。あたいは殺すつもりはなかったよ。兄貴は毎日、拾い食い、拾い食い。象が踏んでも壊れない胃腸の持ち主だったし」
 少なくとも昔は。シュガムニが知る兄貴は、野良象に踏まれていたっけなぁ〜、いっつも。
「でも、これからは兄貴はいないんだ。自由なんだ。解放されたんだ。誰だって、この裏通りを往来できる。だったら、この結末も当然、有り得るべきだったと想像して差し支えないね」
 シュガムニのその言い草に、スリッパー兄貴は食ってかかろうとする。アゴ兄貴は志半ばにして、この舞台から退場してしまったかもしれない。だがしかし、第2、第3の兄貴が以下略。
「そんなもん、後から言い訳しているだけだ!お前は最初からアゴを殺そうとしていたんだ!殺意を持って、殺人弁当を差し入れたんだ!」
『(スリッパー)兄貴の言う通りッス! (アゴ)兄貴の代わりに俺が死ねば良かったッス』
 シュガムニのこさえたホニャララ殺人弁当を同じようにむさぼっていながら、恥ずかしながら生き残ってしまったディルとジールだった。
「ああ、そうさ!! いいさ!! その通りさ!!」
「‥‥逆ギレしやがった! 罪を認めるか!」
「本当に悪いことしたと反省してるさ!! ごめんなさい!! 騒動の原因は、全て、あたいのせいでした!! 許してね!!」

『許すかーっ!!!!』

 ふてぶてしい態度は、素直に謝れないだけ。
「ダメ? じゃ、殴りたければ、あたいを殴ればいいさ!! ぶって!! 遠慮はいらないよ!!」
 パチン!! バシッ!! バキッ!! ゴキッ!!
「グァ〜ハッハッハッハッ!! 俺は裏通りの暗黒皇帝。この路地裏を暗黒通りに変える者ぞ。路地裏戦隊アゴレンジャー・アゴレット、勝負だ! 俺は、1対5でもぶちのめしてやるぜ」
 やおら、ブレイク・ゴルドレオンが現われた。
 いかついゴルドレオン・ハンマーを振り回し、裏通りにたむろう善良な一般人達を威嚇する。
「‥‥あれ? フィーダはどこにいるんだ?」
 ブレイクの目の前では、シュガムニが全員からリンチで、ボコボコに袋叩きにされているだけで(現在進行形です)、フィーダの姿はない。
「アゴ兄貴は先月、お亡くなりになったにょ」
「‥‥えっ、そうなのか!! いや、マジで全然知らなかった。惜しい人を亡くしたなぁ‥‥」
 思い返してみれば、それなりにイイ奴だったかもしれない。気の置けない仲間、当然、ブリブレイクにとってアゴ兄貴は親友とか友人とか、そんなフレンドリーな間柄ではなかったが。
「まぁ、いいか。湿っぽい話はそれくらいにして、裏通りの支配権を巡る死闘の再開だっ!」
 切り替えがムチャクチャ早い。スリッパー兄貴は、そんなブレイクを羨ましく思い、称した。
「机に椅子をセットしてプレゼントしようか」
「‥‥どーゆー意味だ? 俺にはさっぱりだ」
「例えが高級すぎて、わからなかったかな?」
 振り向き、舎弟達のリアクションを確かめる。
「爪がよく伸びるのは怠け者の証拠だ。それに鳴かない犬は夜も静か、ってよく言うだろ?」
 スリッパー兄貴のスパイスの効いた例え話に、ディル、ジール、サブリミナル、リンゴと舎弟達は大笑いだ。笑うべきところで笑ってもらえないのは辛いが、わからない人にわかるように解説するつもりはない。ブレイクは憮然とした。
「足の早い人は、早く走ることも、ゆっくり走ることもできる。でも、ゆっくり走ることは失礼だろ? 俺達は早く走ることだけ考えよう」
(俺、バカにされているんだ!?)と頭が鈍いブレイクにも多少、理解できた。何故、バカにされているのかは、さっぱりわからないが‥‥。
「バカにするなーっ! クソッタレがーっ!」
 そして、ブレイクはキレて、暴れまくった。
 スリッパー兄貴はサンダルを脱いで、それを武器にしたが、パシパシ叩いたダメージで、バーサークした狂えるブレイクに勝てるわけがない。
「口で勝てないとわかると暴力、そして暴力」
 知恵のない輩には相応しいランクがある。F。
「奥の手。助けてーっ!! 正義の味方ーっ!!」
 スリッパー兄貴は口だけが達者なのだ。これで味方が倍増すること間違いなし。計算通り、騎士やら、竜騎士やら、神殿司法官が現れる。
「あ、暗黒皇帝が、僕達をいぢめるんですぅ」
 口調まで情けなさそうに変えた。
 スリッパー兄貴は内心、ほくそ笑む。演技力抜群であった。
「俺は構わないぜ。相手が強ければ強いほど」
 ブレイクはゴルドレオン・ハンマーを振り回している。生きとし生けるものの敵の雰囲気があった。だから、誰も疑うことをしなかった。
「ホンモンのワルは、なんでも利用するんや」
 舎弟達に向かっては、また口調を変える。
「兄貴、素敵ッス!」
「兄貴、最高ッス!」
「そうだすか? 前の兄貴なら、こんなことしなかったべよ‥‥」
「カッコワル〜イにょ」
 アンケートの結果は2・2で賛否両論だった。
「ニンジンの大嫌いな奴は、必ずニンジンを食べないんだ! 微塵切りしても絶対気付く!!」
 突然、スリッパー兄貴はわけのわからないことを口走って、ごまかす。ごまかされなかった。
「これだすから、アゴの丸っぽい兄貴は‥‥」
「リンゴちゃん、ニンジン大好きにょ! でも、ニンジンって何!?」
「2足でもサンダルだよ」
 それはともかくとして、スリッパー兄貴の要請で招集された面々が出番を待っているようだ。
「初めまして! よろしくお願いするじゃん」
 遊歴の騎士ドワーフのマグニ・ゴルドレオン。
「世界平和は、まず裏通りから! 裏通りを制する者は世界を征する! 勇者への第一歩、裏通りの平和のため、ゴロツキはこらしめてやろう! 巨悪の手先の横暴を絶対に許さない!」
 マグニは正義の剣をブレイクに突きつける。
「‥‥ブレイク? ブレイクじゃないかー!?」
 ブレイク、きょとん。ヒゲ面を破顔させ豹変したマグニはブレイクに友好の握手を求める。
「懐かしいなぁ、久しぶりじゃないか、何年ぶりだ、元気しとるか、こんなところで何やっとるんだい、俺は相変わらずなんだけどさー」
「‥‥誰だ?」
「俺だよ、俺。勇者マグニ!」
「ゆうしゃ・まぐに? ‥‥おおっ、ヘナチョコ・マグニか! 覚えてる、覚えてるぞー!」
 ゴルドレオン一族、再会を喜ぶ2人であった。
「死ね!! 誰が、ヘナチョコなんじゃーっ!!」
 勇者マグニは、頭にカーッと血が昇った。
「てめぇの方がヘナチョコじゃねぇかーっ!!」
「貴様、それが年長者に対する言葉かーっ!!」
 罵り合いもそこそこに、スプラッタな殺し合いが始まった。昔馴染みの同族ゆえの悲運である。
 バシュ!! バコッ!! ズシャ!! バキッ!!
「兄貴、今度こそ、俺と勝負してもらうぞ」
 そんな惨劇を観戦するスリッパー兄貴達に対して、竜騎士ディオス・レングア・シュトーが決闘よろしく、正々堂々、果たし合いを求めてきた。これまで幾度となく禍根の残る曖昧な決着で勝敗を濁してきたが、それもこれで最後。
「いや、すんまへん。俺も兄貴やけど、あんたの言ってる兄貴は前の兄貴とちゃいまっか?」
 スリッパー兄貴は、かなり下手に申し出た。
「兄貴は兄貴。それで問題ないじゃないか?」
「全然あかんって! 別人やっちゅーねん!」
 ディオスは正義の剣を抜き、顔前に立てた。
「目の錯覚だ。こっちの線の方がちょっとだけ長いし、こっちの丸の方がホントに大きい。見たままを信じよう。そうじゃなきゃ困る‥‥」
 とてつもなく自己中心的な例え方に戦慄する。
「俺は鍋でも、フライパンでも、もちろん包丁なんかじゃないぜ。どっちかと言うとアレだ」
 スリッパー兄貴は、アゴ兄貴でないことを台所に例えて弁明しようとしたが、最後で失敗。
「アレって何だ?」
「エッチ。ス・ケ・ベ☆」
 スリッパー兄貴は、目元をしかめてウインクモドキをした(ほとんど両目つぶっている)。

「フィーダの兄貴はおらへんみたいやけど、好都合ってもんや。この裏通りの一角、拡張工事をさせてもらうけど、ええやろ? 兄貴はん」
 竜騎士ヴァリー・フォムウェスト・フラット、竜騎士ヒューイット・ピッカート・コンバーク、シフールのアイル・セスティーナに、雑用下働きの下僕2人、ジャム・リブルとピペ・ペピタ。
「狭い狭いってゆーとるやろ。広うしたろや」
「ここだけでも、ちょっとした広場になれば、皆の『憩いの場』になるんじゃないかな? ダメだったら、土方三番勝負でうちらと勝負よ」
 ヴァリー、アイルは、甘い誘惑を持ち掛ける。
「干し葡萄何個分?」
「3つか、4つくらい」
 公共慈善福利厚生福祉事業なので無料らしい。
「それくらいなら、工事してもらっても、別にいいかな? なぁ、OKだろ!? タダなら」
「だだだだダメだ! あんたが、仮にも兄貴を名乗るなら、そんなこと許しちゃいけない!」
 ステラは猛烈に反対する。しかし、ヴァリーとヒューイットは、自分達のスモールドラグーンに乗って、細い裏通りをドンドカ壊し始めた。
 ドガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
 こうなってしまうと、唖然として見守るしかない。ルオールも、ディオスも、自分のスモールドラグーンは信頼できる場所に預けてある。
 だから、2人とて最後まで何もできなかった。
「これは干し葡萄5つ分以上あるだろーっ!!」
 壊されていく。良いところも、悪いところも、無難に落ち着き、いつしか、なくなっていく。変わっていくことを望まないわけではないが。
「そそそそそそんなことしないでよ。大人には狭すぎるかもしれないけれど、子供には‥‥」
 子供の頃の思い出、忘れていた記憶が蘇ってくる。ステラにとって、懐かしいような気がする、覚えていなかった過去を一気に取り戻す。
「こここここ子供達は、この街が、この通りが好きだったのよ。例え、こんな場所でも‥‥」
 この裏通りは秘密の裏道。皆の遊び場であり、ここが隠れ家のようなものだった。「皆」とは、スッちょんであり、シャクレカマキリ、ディル坊、ジール坊、カリスマ、ぐるぐるバット、愛しのサブちゃん、パラっこ、サバのコ、スリッパー、ぽっちゃり、がぶのみ、ぶりっコ、ムッツリ、青い唇(誰か忘れていたら、マジでゴメン)。もちろん、そこには昔の兄貴がいて‥‥。
「あああああああたし達は、大切な『約束』をかわした‥‥」
 遠い目をして、ステラは呟く。
「うううう嘘じゃなかったんだ‥‥」
 改竄、捏造、でっちあげ、はったり、まやかし。アゴ兄貴の言葉を、もっと信じてあげればよかったと思う。全部、嘘、でたらめだけど、そう思うことにした。偽物は後から作り出されるが、本物は最初から存在している。その差異が、なんと微小であること! 干し葡萄なら1つ分相当。
「いいいい命の水を失い、迫る死を意識しながら、灼熱の砂漠を旅する人が地平線の向こうにオアシスを見つけたような感じ。歩いても、歩いても、絶対に、たどり着けない幻の泉‥‥」
「よくわかるによ。すごく、よくわかるにょ」
 何故か、リンゴだけが、しきりに肯いている。
 ルオール、ガイヴィスらは小首を捻っていた。
「とととびっきり美味しい御馳走を食べて、その味を人に言葉で説明するくらい難しいわい」
「だけど、今朝、自分が見た夢のあらすじを、人に話すくらい無意味で傍迷惑な行為じゃん」
 だけど、人は理解したがるし、人は共感したがる。求めているだけか? 冷たい情報交換。
「なななななんとなくイメージして。それで、さもわかったような顔をして、笑ってみて」
 それも『約束』。悲しみを堪えて、微笑む。
「どどどうせ、みんな、そうなんだから‥‥」

 例え、この街の表通りがどれだけ整然としていても、裏通りには猥雑な淀みがたゆとっていた。
 それでなくても、昨今は治安がよくない。
 神殿司法官ハモン・ダーは、ここにいる者と、ここにいない者に対して、解決法を提案した。
「一部始終、この目で拝ませていただきました。果たして、この裏通りで誰が正義で、誰が悪なのか? 正直、計りかねる部分もあります」
 相対的な尺度で比較をすれば、答えは一定ではなく迷うばかりだった。
 正しさも、不正も、同一人物の中に同居している。よかれと思って、やったことも結果が悪ければ、罪に問われる。動機は情状酌量の余地でしかない。どんな理由があっても許されるわけがない。誰に、誰が?
「雷って、光と音、どっちが怖い? 私は音。怖くて怖くてたまらない。稲光から轟音が鳴り響くまでの時間差、たまらなく心地良いのよ」
「わかる気がするな。臭い! と言われれば、匂いを嗅ぎたくなるし、不味い! と言われれば、そいつを食べたくなる。天の邪鬼なんだ」
 シャイア、スリッパー兄貴らはドキドキした。
天使の加護の下、人に人が裁かれるまでの僅かな時間が、衆目の意識する中、ゆるやかに流れていく。やがて数学的難問の解を導きだしたかのように神殿司法官は、ほくそ笑む。
 考えるのめんどい。ハモンは、ふっキレた。瞳孔が開く。
「‥‥全員、悪人!! 罪を償いましょう!!」
 ハモンが、一同を指差す。そして、その手にある銀の腕輪『司法官の輪』を天高く掲げた。
「チンピラども、これが正義の裁きです! ‥‥天使の御名と司法官の輪にかけて、法と正義と真実の名の下、この者らに‥‥(以下略)」
 宣誓の文句を口にする。ディオスが驚いた。
「悪人!? チンピラ!? 竜騎士であっても?」
「まぁ、あながち間違っていないかもねぇ!」
 ミントは笑った。あの世のアゴ兄貴も笑った。
『うおおおおぉぉおぉーっ!!』 ぶちキレた。


第04回へつづく


●マスター通信
 俗にマルチストーリー・マルチエンディングと称されるものは、プロセスの組み合わせで計算した何千何万通りや、どうでもいい結末を加えて膨らませた計百いくつや、たかだか8から16ぐらいのシナリオ数であることが多い。
 あらかじめプログラムされているものの限界は、それだ。否定するつもりはないが、結局は、最初から定められた答えが用意されている。
 だから、メイルゲームのリプレイにおいて、プレイングに応じる部分で、ライブを繰り広げられることの優位性と可能性を信じている。
 後から、いかにもそれっぽいことで対処して、それなりに帳尻を合わせばいい。
 ごまかしで完成度の高さを放棄しても、かなうはずがない。
 毎月、大なり小なり、フラグが立つ瞬間がある。
 先月、予定していたことが、来月、通用するかはわからない。
 予定は未定で何とかなる。
 マスタリングも、プレイングも、即興が大事。
 これからどうなるかなんて、愚問の極みだ。
 オープニングの頃、第1回の頃、第2回の頃、そして現在。一ヶ月周期の不連続の中で、進展していない物語と、成長していない登場人物が目指す場所はどこなんだろう?
 当初、僕はステラに、それを『家』と呼ばせていたのだが、このキーワードについて、どうするかは正直、まだ見えていない。逆に『約束』は見えている。
 それさえも変わってしまうかもしれないが。
 とゆーわけで、R4のリプレイに、いわゆる「押し」や「引き」がないのは、そーゆー理由からです。
 メイルゲームの中では表現しずらいマルチストーリー・マルチエンディングへの挑戦だったのです(確か当初の計画では‥‥)。

 まいど!
 どさイベin名古屋では、どーもでした。
 お話できたのは、ミント・クアンタムのプレイヤーさんと、ルオール・ジルオール・トリエステのプレイヤーさん、大御所2人だ。
 僕を交えて3人に与えられた2時間以上のフリートークタイム。
 何か間違ってる!?(自爆)
 それでは、また1ヶ月後、同じこの場所で。