竜創騎兵ドラグーンBLADE
第04回 共通リプレイ:
偽・兄貴の世界 兄貴の時代
R4 担当マスター:テイク鬨道


 それでも何も変わっていないな、と思った。
「そそそそそれは当然かもしれない‥‥」
 ステラ・エステーラは、口に出して呟く。
 そして、また1ヶ月後。
 荒れた感じがする町並みも、薄暗く細い路地も、そこに集まる顔ぶれも、これから始まる一日も、また繰り返す。
 乾いた砂混じりの東風が、ステラの短めとも長めとも、人によって見方が違う程度の長さの髪をなびかせている。
 中途半端なのだ、彼女は。
 中途半端に幼い頃の、中途半端な記憶で、中途半端に従って、中途半端な思い出の、中途半端な裏通りを、中途半端に歩いている、中途半端な彼女。動機手段目的、全てが中途半端だ。

(何もわからないんだ『家』なんて言っても)
 ステラは細い路地で、顔見知りだが名を知らない少年と再会する。
 丁度、ここで、このポイントで、すれ違うこと4度目、たぶん。挨拶はない。
 2人に台詞はない。
 ふとステラは振り返り、遠ざかっていく少年の後ろ姿を見やるだけ。
(何も変わらない、変えられない自分なんだ)
 この中途半端な想いを、彼に伝えることさえできれば。
 そうしようとしたのに今月も、できなかった。
 2人の関係は、振り出しに逆戻り。

「レンディル・ミラクル・パーンチ! バギッ!!」
「‥‥あぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 その悲鳴に合わせるかのように、ステラは、うねうねと続く裏通りの奥へと走りだした。
「プレジール・エクセレント・キーック! ドガッ!!」
「誰かぁ、おっ助けぇあぁれぇ〜☆」
 いたいけなお嬢様が、荒くれ者らに言葉の暴力で虐げられている。
 あの2人がカネ目当てで殴ったり、蹴ったりできるような人間なら、生まれついての本物の悪党だろう。
 本当は山羊や羊を連れて歩いているような平和主義者なのだ、ディル・レンディルとジール・プレジールは。
「そそそそそそそそそそこで何をしてるっ!?」
 だけど、ステラはそう叫んで、お嬢にかけよる。
 緊張が口をこわばらせ、いつもの台詞に、いつものみたいに、どもりを生む。
 台本には、どもりはない。それが、彼女らしい口調と認識されているため、それなりに黙認されていたが。
「ももももももう大丈夫です。‥‥ご安心を」
「おーっほっほっほっ!! 感謝してあげてもよくってよ。汚らしい下賎のヤカラが、高貴なわたくしを愚弄しようとは万死に値しますわね」
 急激に、彼女を助けたいと燃え上がっていた正義の心が冷えていくのは何故だろう?
 ステラに、そんなものがあれば、の話だが。
 行動に見返りを期待するタイプは、いかにもな高笑いを聞いただけで精神的よりも物質的な金品の類を望むから、逆の反応を示すかもしれないけど。
「この路地の向こうには行かせないッス!」
「通してほしければ、カネを出せッスよ!」
 いつものように凸凹2人組は、通行料の名目で金品を要求してきた。
 こんなところの通行料、街の領主様やお役人の認めた正当なものではあるまい。
 砂漠の国の治安が乱れがちな街の下層地域らしい、立派な追い剥ぎ強盗だ。
 偏見があるかもしれないが、砂漠の国ならではである。

 しかし、リンゴ・タイフゥンは言い放った。
「にょほほほほほほほほほほほほほ!! 通りたければ通ればー。通行料はタダになったにょ」
 先月の神殿司法官ハモン・ダーの【ジャッジメント】効果もあってか、表向き心を入れ替え、裏通りの往来を自由化し、無料政策へ転換した。
「そいつは利敵行為ッス! 裏切りッス!」
「そんなことしたら身も蓋もないッスよ!」
 ディルとジールが、リンゴの暴挙に抗議する。
 2人が懸念する理由により、案の定、ステラも、お嬢も困惑している。イヤな汗を流しつつ、
「ああああたしは、もう少し、ここにいるわ」
「気が乗らないけど同感ね。よろしくってよ」
 何故か、彼女達は立ち尽くすしかないのだ。
 この場所に縛られているものの辛さである。
「だって、それが、お約束なのですから!!」
 お嬢は、ステラを嘲笑い、自分を冷笑した。
「どちて? ステラちゃんは、ここを通りたいんだにょ!? 『家』に行きたいんだにょ!?」
 無邪気な声でキッツイ質問を、リンゴは訊いた。
 ステラは答えられない。
 まさか最後まで出番が欲しいとか、そーゆーことだとは、立場上、口に出せない。実は、目立ちたがり屋さん?

「‥‥ステラ? 『星のようなライオン』ステラ・エステーラ?」
 突如、ステラを慄える人差し指で指差す。
 お嬢はパラのお嬢様なので、世にも恐ろしいものを見上げるような感じで。
「そそそそそうだけど?」
 眉間に皺が寄る。
「ヒィィィィエェェェェェェェェェェェイ!!」
 許してーっ!! 殺されるぅー!! まだ死にたくなーい!! とか叫んで、お嬢は一目散に逃げ帰った。
 ステラは、それもんの関係スジでは、これくらい怖れられているのだろう、たぶん。
「だってボランティアにしなきゃ、また怒られるにょ。頭の固いわからず屋さんには、一時的にしろ変わったところを見せておくべきにょ」
「リンゴさん、困るッス。それじゃ、恵まれない子供達を、どうやって養っていくッス。皆の善意をお金にして集めて、何が悪いッスよ!」
「世の中には、ご飯を食べたくても食べられない人達が沢山いることを忘れてはいけないッス。少しでも、ちゃんと喜捨してもらうッスよ!」
 3人は会議中。
 ここで初めて、兄貴達がお金を集める真の理由を聞いた人もいるかもしれない。それは、部外者でも納得できる理由だろう。
 とってつけた感じで今更な雰囲気は否めないが。

「フィーダさんは、偉大なる兄貴でした‥‥」
 まさか、ちびっこハウスの、ちびっこ達から影で「アゴ長おじさん」と呼ばれていたとは!
「くすすす。恥ずかしくて、本当のことは何一つ言えるような人じゃありませんでしたよね」
 ミント・クアンタムは、今は亡き、テレ屋さんのアゴ兄貴を思い出し、可愛らしく笑った。
「キャキャキャキャキャッ!! うちらが造ったこの兄貴像のお陰で、裏通りは、フィーダ兄貴のメモリアルロードと呼ばれるようになるね」
 同じくシフールのアイル・セスティーナは、けたたましく耳障りな甲高い声でバカ笑いする。
「わはははははははは!! ほーら、この辺りだけだけど、石畳がステキになってるでしょ?」
 ヒューイット・ピッカート・コンバークは、意外にも豪快に笑った。
 先月、地域住民の同意を得ることなく幅広く拡張した裏通りの更地に、待ち合わせのモニュメントよろしく建造された面長な顔だけの兄貴像。その像の周辺は色合いの違う石やレンガで、ヒューイットがデザインしたアラベスク模様で敷き詰められている。花柄紋様であしらわれて、蔦紋様で『フィーダ・スフィーダ、ここに眠る』と描かれていた。
 ブレイク・ゴルドレオンが、兄貴像の前に、ひざまずく。
 大好きだった酒の盃を像に掲げて、
「親戚のコだなんて、ウソ言わなくてもよかったんだ。ライバルとして、心の友だった俺だけに教えてくれてもよかったのに。‥‥なぁ?」
 ぐいっ、と寂しげに盃を傾け、酒を呑み干す。
 語りかける優しい言葉は、風に乗って天国がある空の果てへ、つむがれていくのだろうか?
「キャハハハハハハハィィィ〜ッ! 物語に必然性もあることだし、あたし、‥‥脱ぐね☆」
 意味もなく、突然、マイム・ディアが身ぐるみを自主的に剥がされていく。
ムフフなお色気シーンでもなければ、こんな閑散とした裏通りに人は集まらない。例え、喜ぶのが野郎ばっかりでも、数字は結果となって評価されるのだ。
「あたし、恥ずかしくないもん。だって、フィーダお兄ちゃんに、あたしの生まれたままの姿、あたしの全て、見てもらいたかったんだよ〜」
 せめて、兄貴像の前で全裸になって、一糸まとわぬパラなボディで歌い踊りストリップすることが、マイムにできる兄貴への鎮魂歌だった。
「どんなことでも無料奉仕はいいことだにょ」
 リンゴが感心している。
 故人となったアゴ兄貴なんかのために、皆が損得勘定を抜きにして頑張っていることが微笑ましい。
 愛すべきバカの集団だ。
 アゴ兄貴が死ぬことで、命を賭して伝えたメッセージが完璧に誤解され、この裏通りの行く末は変貌してしまったのかもしれない。
「チキショー。皆、好き勝手しやがってッス」
「俺達じゃ、この騒動、収拾つかないッスよ」
 それは、誰にとって都合のいいことで、誰にとって都合の悪いことなのか、わからないが。
「‥‥あああああいつを呼ぶしかないわね」
 ステラは言った。「あいつ」は、あいつじゃないが、それはわかっているが、あいつなのだ。
『お待たせしました。兄貴、出番ッスよ!』
 裏通りを仕切っている元締め、兄貴を呼んだ。
『‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!』

「なななななななななななななななななななんじゃーい、わわわわわわわわわわわぁれー!」
 正体バレバレだが、ニュー兄貴の登場だ。
「わわわわわわわわわわわしを呼んだか? あああああああ、よよよよよよよ呼んだのか!?」
『呼んだッス! ああ、呼びましたッス!』
 精一杯、アゴをシャクレさせているが、アゴ兄貴ではない。
 一応、竜騎士。呼吸する骨と皮ことルオール・ジルオール・トリエステだった。
「わわわわわわわわわわわかったか? わわわわわわわかったら、カカカカカカネを出せ!」
 アゴ兄貴を真似たつもりでも、どもりすぎ。
 ガリガリ中年のルオールにはマッチョな兄貴役は配役のイメージからして無理があるような。
「カカカカカネを払わなければ、ぜぜぜぜぜ絶対に通さぬぞ! カカカカカネを貰ったとしても、ななななんぴとたりともここは通さぬぞ!!そそそそそそそれが『約束』なのである〜!」
「あれ、ちびっこハウスはどうなるにょ?」
 リンゴの天然ボケたツッコミは気にしない。
「‥‥はははははは‥‥、ぜひぜひぜひっ!!」
 ルオールは蚊の鳴くような声で笑ってごまかそうとして咳き込んだ。しばし呼吸を整えた後、
「デデデデデデディル、ジジジジジジジール、ななななななななななな情けないのである〜」
 舎弟2人をたしなめようと足を踏みだした瞬間!!
 ルオールは、吹き上がる炎に包まれた。

「ぎゃおおおおおおぉぉぉぉぉおおおぅ!!!!」
 炎の罠【ファイヤートラップ】。乾燥しているルオールは、全身、火の玉、大火傷である。
「にょほほほほ」
「わははははは」
「キャキャキャキャ」
「くすすす」
「キャハハハ」
「ワッハッハッハッ」
「うわははは」
「ガハハハハ」
「うふふ」
「ハァーハッハッハ」
「‥‥くす」
 炎の中で枯れ木が爆ぜるように、スローモーション気味に「あぁつぅぅいぃぃぃのぉでぇああぁぁるぅぅ〜ぅ‥‥」と、両手両足をぐるぐる回しながら、もんどりうつルオールの姿は、爆笑と感動をもたらしてくれた。
 涙もんの名演。
「熱いわ。燃えてるねぇ、へっぽこ男爵は!」
「流石、芸人ね。身体はった一流の芸だよ!」
 ヒューイット、アイルも目尻をこすっている。
 煙が目に染みるし。腹がよじれて、腸がねじれて、ヘソでお茶が沸かせるくらい、おかしいし。
「ゲラゲラゲラゲラ、やめてくれェ、ヒィ〜」
 1匹見れば30匹。ムキムキな兄貴が大嫌いで魔法を仕掛けたジャム・リブルは腰砕けだ。
 おしっこチビッちゃうくらいバカウケである。
「死んじゃうよォ。笑い殺されしまうよォ〜」
 ヒィーヒィー、悶え苦しんでいる内に呼吸困難に陥ってしまった。
 燃焼で酸素が薄くなってるし。人の肉と皮と毛の焦げた臭いもするし。
「ジャムさん、大丈夫ー? 死なないでー!」
「ジャムさんの死因は笑死? 悲劇にょー!」
 ミント、リンゴ達は、ジャムの方を心配した。

「うわはははははははははははははははぁ!!」
 さっきまで、やる気のなかったガイヴィス・カーディンは出番が来て、俄然、元気になった。
「ウホッ、ウホッ! ドンドコドコドコドコ!アイヤイヤイヤイアー! チャカポコ、チャカポコ! オッペケペー! オッペケペーェ!」
 怪しげな歌、怪しげな踊り。悪魔的な背徳の調べであった。ストリート・ヌーディストなマイムは羞恥心ゼロ、スッポンポンのまま、狂えるガイヴィスといっしょになって、横たわるルオールの周囲を、ぐるぐる輪になって歌い踊る。
「復活のダンスじゃん!! 蘇れ、フィーダ!!」
 志半ばにして死したアゴ兄貴を、この世に戻す兄貴再降臨の魔術的な儀式のつもりらしい。
 ガイヴィスとマイムだけが幸せそう。
 皆は、あまりの気持ち悪さについていけず引きまくり。
「うふふふふふふふ。気持ちはわかるけど、そんなことしたって、あの人は帰ってこないわ」
 全身を黒マントで覆い隠しているシャイア・カニバルは、何が面白いのか微笑んでいた。
「フィーダのいない裏通りなんて、羽のないシフールと同じじゃん。意味がねぇんだ、クソ」
 ガイヴィスは、ピクピクと手足を痙攣させる皮はパリパリ、中はふっくら、ミディアムレアの香ばしい焼きルオールに命の水を分け与える。
「レーズンを一晩、水に漬けたら、あら不思議。葡萄に戻った。魂の抜けたフヌケは、グットバイだぜ。‥‥なんて例え話は、もう結構か?」
 巧い比喩じゃないことは、口にした本人以外、クスリとも笑う者がいないことから察せる。
「帰ってこーい! 戻ってこーい! 生贄として、この穢れなき乙女を捧げるじゃーん!」
 ガイヴィスは、ステラを眠れる裏通りの兄貴ルオールに気付けのキスをするように仕向ける。
「どどどどどうして!? マイムでいいっしょ」
「マイムは穢れてそうじゃん‥‥。シャイアや、サブリミナルに、こんなこと頼めないし‥‥」
 奇声を上げて、楽しそうに踊ってるし。裸で。
「仕方ない。俺が目覚めの接吻してやるか?」
 困ったなぁー、ぼやきながら、唾で、ねっとり湿らせた唇をルオールの口元に近づけていく。
 ガイヴィスとルオールの熱いベーゼの直後、燃え尽きたはずのルオールの身体が慄え出した。
「ナンダコノヤロー!! 1、2、3、ダー!!」
 むっくり、と起き上がり、拳を突き上げた。
「待たせたな! 帰ってきたぜ、スッちょん」
 焼け焦げたルオールの身体に、アゴ兄貴の魂が降りてきた(と、ルオールは主張している)。
「これからは俺をイタコ兄貴と呼んでくれ!!」
 ルオールの身体にアゴ兄貴の魂、イタコ兄貴は、アゴをしゃくらせて、アゴ兄貴っぷりをアピールする。
 彼は奇跡的に生まれ変わったのだ。
「この喪服、いいサバでしょ? 珍しいのよ」
「サバって服なんだにょ。知らなかったにょ」
 誰も信じていない。
 てゆーか、全員、無視!
「大成功じゃーん!! フィーダ、久しぶり!!」
「なんのなんの。この筋肉こそ復活の証し!」
 ガイヴィスだけが、イタコ兄貴に抱きついて、喜んでいる。
 イタコ兄貴の細っこい腕には自慢の力瘤が、ぷつぷつと‥‥。水ぶくれ‥‥!?
「ワッハッハッハッ!! 笑わせてくれるべ!」
 ムキムキのシフールが漢らしく笑っている。
「漢でない兄貴は兄貴と名乗ってても兄貴じゃないんだべ! 漢らしくないと『兄貴の左肩在住』の称号を与えるわけにはいかないべー!」
 サブリミナル・ゴルドレオンが、ガリガリでモテない情けないダメ男イタコ兄貴を弾劾する。
「だったら、ほら、左肩はお前のもんだよ」
 左肩を貸してやる。筋肉はなく、鎖骨がゴツゴツとした住みにくそうな皺っぽい左肩だった。
「ぷいっ!」
 サブリミナルは、そっぽを向く。
「心の目で見てみろよ! 俺が兄貴だぜっ!?」
「ホントだ!! サブリミナル、マジだって!!」
 ガイヴィスが、目を閉じている。
 心の目を通して見てみれば、懐かしいあの人の姿が、そこに立っていた。ちょっぴり涙ぐむ。心の目が開いていないサブリミナルには何も見えない。

「ねぇ、教えてよ。『約束』って何なの?」
 一連のやりとりに呆れたシャイアが、ステラに寄り添っていく。
 無言で視線を逸らした。
「私には知らなくちゃいけない理由があるの」
 シャイアは、黒マントを剥いだ。
 秘密のベールに包まれていた魅惑のボディを衆目にさらす。やけに下っ腹が、ぽっこりと突き出していた。
「まさか、あなた‥‥。食べ過ぎたかにょ?」
「全然、違うわ! あの人のベイビーが‥‥」
 いとおしそうに自分のおなかをさすっている。
「お、俺の子なのか?」
 突然の懐妊報告にイタコ兄貴も驚愕だ。何ヶ月前に仕込んだっけ?
「すごーい、ルオール・ジュニアだにょー!」
「フィーダ・ジュニア!! あの人の忘れ形見が、できちゃったのよ! これは、ありえる話ね」
「そうか、あのときの、激しかったあの夜の」
 イタコ兄貴、アゴをさすりながら、ニンマリ。
「なーんだってーっ!? コンチキショーッ!!」
「ふざけるんじゃねぇべ、下ろせ、てめぇー」
 ガイヴィス、サブリミナルがキレている。
「そうだよ。産めるわけないよ。産ませない」
 マイムも、赤裸々にシャイアを敵視する。
「あたし達がいる限り、フィーダお兄ちゃんを独占できるわけないじゃない。甘いってば」
「ごめんあそばせー。眼中にありませんわ」
 ライバル視されていたが、シャイアの方は、そんなこと、考えたこともなかった。
 シャイアにとって、まさか自分が世間では、裸パラ、漢シフールと同列扱いだったとは恥ずかしいだけ。
「これは、私達2人の問題だったのよ。例え、片想いが2人揃っても両想いにはなれないの」
 三角関係とか、四角関係とか、五角関係とか。
「そうだな。漢として孕ませてしまった責任は取らねばなるまい。結婚しようぜ、シャイア」
 イタコ兄貴は決断する。漢らしくプロポーズ。
「どうして、この私が、ルオールなんかと結婚しなきゃいけないのよ? バカにしないで!」
「俺が兄貴だって。ぶっちゃけた話、マジで」
 イタコ兄貴は、インチキではないことを証明しようと、2人だけの思い出とかを一生懸命、しゃべった。
 シャイアは、もしかして? と思う。もしかして、こいつ、狂ってるのかな!?
「信じてくれ。裏通りだぜ。冗談が真実になるような、そーゆーこともよくあるんだって!」
 怖い。笑えない。目がイッてる。イタい奴だと思われてしまい、イタコ兄貴は孤立していく。
「じゃあ、『約束』って何なの? ルオール」
 シャイアは、ずっと気にしていたフレーズの意味を訊いた。
 本物の兄貴なら答えられるはず。
「『約束』は、『約束』さ。それ以上でも、それ以下でもない。この世を支配する絶対的な法則。こうなることも『約束』されているんだ」
 ミントは丁寧な言葉を使って、反論した。
「それが、裏通りの『お約束』? 違うよ。それは、ルオールさん個人にとっての『お約束』であって、私達の『お約束』ではないのです」
 ステラも、その通りだと思い、賛同する。
「おおおおお面白いと思う。でも、面白ければ、それだけで、何でもアリなのかな? 他人を傷つけたり、それは暴力だったり、差別だったり、それがわかってて、心の底から笑えるかな?」
「俺は兄貴だ!! 復活したフィーダなんだ!!ディル、ジール、お前達ならわかるよな!? ガイヴィス、お前の儀式が成功したんだよな!?」
 ディル、ジール、そして、ガイヴィスも正直言って信用していない。
 これまで、ノリと勢いで我慢してきたけど、これ以上は耐えられない。
「故人を冒涜するのは辞めた方がいいじゃん」
「なんだよ、ガイヴィス!! 俺は、お前と接吻したから『お約束』で蘇生したんじゃないか!?ミントが、俺を殺したくせに、チキショー!!」
 『お約束』で死んだ奴は『お約束』で蘇る。
 それを期待する面々も少ながらずいるわけだが。
「これからは、この俺様が兄貴なんだってば!!人を見た目で判断しちゃいけねぇ。肩書きだ」
 己の存在意義、己の存在価値を、他者に依存しすぎること、他者に愛着することを危惧する。
「じゃあ、貴方って何なの? 口を開けて、声を出して、笑って、それが生きている理由?」
 ステラは、どもらない。ルオールも、どもらない。2人は、本当は、いつもは、どもらない。
「わわわわしはルオールじゃないである〜!!」
「ああああなたはルオールよ、昔からずっと」
 ルオールが、どもる。ステラも、どもる。
「ごめんなさい‥‥。私もウソついてました」
 シャイアが布切れを丸めたものを下っ腹から取り出した。シャイアは妊娠してなかったのだ。
「皆、びっくりするかな? って軽い気持ちで。悪気はなかったんだけど、皆が信用して、怖くなってきて。バレても全然よかったんだけど」
 このまま『お約束』で、シャイアは本物の妊婦に仕立てられるところだった。過去に遡って、既成事実があったことにして、6ヶ月後くらいに、ちょうど産まれるとか、産まれないとか。
「わわわわわわわわかってたわよ、最初から」
 ステラはそう言って、シャイアが取り出した布切れの塊を、もう一度、服の中へと押し込んでやった。
 時間は戻らない。
 しかし、時間を戻すことはできる。
 『お約束』の裏通りでは。
「あああああたしは何も見ていない。皆もね」
 シャイアの告白は「なかった」ことにした。
 そして、どうすれば、一番、面白いかを考えた。
「私は、ニセ妊婦でいいから。皆に悪いから」
「じゃあ、あたしが年増女の腹を触ろうとして、気付くことにしようよ。で、ひっぱり出すよ」

 嫉妬と憧れがないまぜになったマイムが裸踊りを辞めて、シャイアのおなかをさすろうとする。
「やめてー。触らないでー」と逃げるシャイア。
「どうしてよ〜☆」と微笑みながら追いかけるマイムは、心の中では赤子を握り潰そうと計画していたのだ。
 しかし、残念ながら、おなかの中身は、布切れの塊。
 めでたしめでたし。
「ゴメーン! 許して〜。笑ってちょうだい」
 懐妊騒動の虚偽が判明してシャイアは逃げる。
「んも〜。あたしは、許さないからねぇ〜!」
 マイムが、ぷんすかって感じで追いかける。
「にょほほほほ」
「わははははは」
「キャキャキャキャ」
「くすすす」
「キャハハハ」
「ワッハッハッハッ」
「うわははは」
「ガハハハハ」
「うふふ」
「ハァーハッハッハ」
「‥‥くす」
 皆も笑っている。嘘っぽいけど笑い声がある方が賑やかで、なんとなく面白そうに思えるし。
「‥‥俺は、ウソついてない。信じてくれよ」
 ルオールは、まだ言ってる。しつこいヤツだ。
「わかったにょ。そーゆーことにしとくにょ」
「わーいわーい。リンゴは一番の舎弟だぜ!」
 イタコ兄貴は、胡散臭いパチモン・キャラクターのリンゴを味方に引き入れて嬉しそうだ。

「グァァァァァハッハッハッハッハッハッァァァァァ!! 兄貴はなぁ、兄貴ってもんは、立ちはだかる強大なる敵であらねばならないんだ!わかるかっ!? わかってんのか、てめぇ!!」
 ブレイクが、イタコ兄貴に宣戦布告する。
「さっきから黙って見学していたら、ヘナチョコでハンパなことばっかり言いやがって! てめぇのどこが兄貴なんだ。兄貴ってもんは、漢気がなくっちゃいけねぇ、この俺のように!!」
 軟弱者のたまり場と堕落してしまったこの裏通りを、漢気が支配する「暗黒兄貴通り」に変えるため、ブレイクの戦いが始まったのだ!
「俺は、暗黒兄貴皇帝ダーク兄貴カイザー!!」
 ダーク兄貴は、第2第3の明日の兄貴業界を担う野郎どもが集うはずの裏通りをダメにした漢気0%の弱虫どもを一掃せんと立ち上がる。
「子分になりたいヤツはかかってこんかい!」
 ダーク兄貴の登場に、むらむらと下半身が刺激されたサブリミナルは、イタコ兄貴だけではない生きとし生ける全ての兄貴に言い渡した。
「真の兄貴を決めるベく、愛しのサブちゃん争奪、兄貴決闘を開催するべー! おいらとエンゲージした兄貴こそ、真の兄貴と認められるんだべ! おいらのために闘うべ、兄貴達!」
 いきなり、イタコ兄貴が、とんずらかます。
「当然だな。ダーク兄貴カイザーには勝てない、と最初からわかっているだけ、利口だろうて」
 極悪凶器ゴルドレオン・ハンマーを振り回す。

「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「誰だ!? 俺をバカにしてるような笑いは?」
 謎の豪傑笑い。ブレイクは周囲を見渡す。
「世界平和は、ます裏通りから! 中略。巨悪の手先を許さない! 勇者騎士マグニだぁ!!」
 ババーン!(効果音付き)
 マグニ・ゴルドレオンは先月の屈辱を忘れてはいなかった。
「なーんだ、お前か。勘違いのヒゲ、マグニ。みみっちぃヤツほど、根に持つからなぁ‥‥」
「しみったれていて、けちくさいだとーっ!?」
 遺恨を晴らすべく、決闘に加わろうとするが、漢らしからぬ行為が目に余るので拒否された。
「俺の方がモテモテだし、人気あるし、ヒゲが濃いし、漢だろ? 勇者騎士である俺が、クソバカブレイクに負けるわけがないっつーの!」
「誰が、ウンコ臭くてノータリンだとーっ!?」
 ブレイク激怒。
 ゴルドレオン・ハンマーを構える。マグニはバスタードソードを抜く。
 平和だった裏通りがスプラッタで、ぐっちょんぐっちょん、どす黒い血まみれでまた汚れてしまう。
「はーっはーっはーっ、悪い子はいねかー!?」
 ちゃ〜ちゃららららっ、ちゃ〜ちゃちゃちゃ。
「誰が呼んだか、愛と勇気で謎のマスクマン!『マスク・サ・スカイハイ』とは誰なんだ!」
 覆面の漢スカイハイは、一触即発だった2人の間に入る。この漢、ただものではあるまい。
「誰なんだ!! 答えられたら、すごいよね?」
 スカイハイに問われて、ブレイクとマグニは呆然とする。
 初対面だから、わかるわけない。
「ケンカはよくねぇな。いや、よろしくない。どんな理由があっても、私闘は穏やかじゃない。いや、穏やかではあるまいて。‥‥のぅ?」
「‥‥あ、俺? うむ。私闘は正義に反することが多いな。正当な理由がない場合は特にな」
 いざ参戦しようと剣を抜きかけていたディオス・レングア・シュトーは、所在なげに両手をヒラヒラさせて、ごまかした。
 竜騎士として、ゴロツキといっしょになって暴れてはいけない。
 何故か? 竜の加護を失ってしまいかねないから(最近、薄れてきているような気が‥‥)。
 ドスーン! ドスーン!
 細い裏通りを歩くドラグーンの足音。
 ルオールのドラグーン「ゴツトツコツ」だ。
 イタコ兄貴は、兄貴決闘にドラグーンを持ち出したのだ。
 生身のブレイクを一握りで、ぷち殺してやろうと企んでいた。
「ずるいぞ、イタコ兄貴! 降りて、闘え!」
「降りたら負けるじゃねぇか! 気にするな」
 どう考えても、表通りならともかく裏通りで、毎月のように、こーゆーことやってると、誰しも「悪人」のレッテルを貼られてしまうわけで。

「ハァーッハッハッハッハッハッハッ!! 貴方たちは、人として恥ずかしくないのですか?」
 例によって例のごとく、神殿司法官ハモン・ダーに咎められる。これも『お約束』なのか?
 しかし、ディオスは、ハモンのやっていることが納得できない。彼も「悪人」じゃないのか!?
「クックックックッ!! さぁ、カネを出せ!」
 ハモンは、もしも見逃してほしいなら考えてやらぬでもないぞ、と金品の類を要求する。
「誤解してはいけませんよ。今まで、ずっーと、兄貴達にバルツ老と少年が巻き上げられたカネを、僕が取り戻してやろうとしているだけなのです。決して自分の懐に入れようなどとは考えておりませんし、するわけじゃないですか?」
「わかったにょー! お金は全て返すにょー」
 リンゴがハモンを信じて、お金を渡している。
 これが正義か? ディオスは不正の臭いを感じ取っている。しかし、神殿司法官ともあろう者が、まさかそんな大胆な犯行に及ぶわけがあるまい。竜騎士として自制すべき‥‥。ハモンは受け取った袋が、ずっしりと重いことを確認して、ほくそ笑んでいた。その顔、ムカツク!
「許さぬぞ!! てめぇの血は、赤色かーっ!?」
 刹那、ディオスは、ぶちギレてしまった。
「斬り捨てゴメーン!!」 剣を振り上げる。
「うぎゃーっ! 神様、神様、助けてー!!」
 この剣を降り降ろせば、ハモンは死に絶え、不純な大金を取り戻し、裏通りは昔のみたいにほのぼのでコメディな夢のストリートへと回帰するだろう。
 それを成し遂げたディオスは一躍、ヒーローとして裏通りの誰からも称賛されるはずだ。女の子にはモテモテ、ちびっこからも大人気。‥‥騎士の誇り、竜の加護を失ったとしても、神殿司法官殺し程度の罪と引き換えに手に入れるものの大きさをディオスは想像した。
「後生ですから、神様、神様、神様ーっ!!」
 まだ死にたくないハモンは命乞いをする。
「僕は神殿司法官であるにも関らず、正しい裁きをなすこともできずにいます。けれど、僕は負けません。何故ならば、神様のお陰なのです。神様が僕の声に答えてくれる限り、こんな情けないダメな僕であっても、何を恐れる必要があるのでしょう。出番がいつも最後の方とか、出番が少ないとか、そんなことは気にしてません。数少ない神殿司法官として、おいしいと自覚しております。でも、もうちょっと躁鬱に差を付けて‥‥、ご清聴ありがとうございました!」
 やおら、ハモンは立ち上がって、一礼した。

「ワッハッハッハッ!! ワッハッハッハッ!!」
 ウメリア・ロックウォールが、スープ・パスタの屋台を引いて、通りの向こうからやってきた。
お金を払うつもりはないので(最終的に誰かの奢りになるように仕向けられるのがパターン、つまり『お約束』)、一番安い塩スープパスタだけが、この裏通りではよく売れていた。
「もう夜なのに、まだやってたんですか‥‥」
 ウメリアは、かなり呆れて果てている感じ。
 見上げてみれば、こんなにも時間が過ぎていたことがわかる。
 朝から晩まで休みなく頑張った。
 今月も、今日1日、いろんなことがありました。
 何の決着もなく、勝手気ままに、風の吹くまま。
 裏通り、あるいは兄貴通りは、大して面白くもないのに笑いが絶えません(笑とけ笑とけ)。
「にょほほほほ」
「わははははは」
「キャキャキャキャ」
「くすすす」
「キャハハハ」
「ワッハッハッハッ」
「うわははは」
「ガハハハハ」
「うふふ」
「ハァーハッハッハ」
「‥‥くす」
 アゴ兄貴がいなくても、兄貴が誰であっても、悪いことをしていても、正しいことをしていても、全ての争いは仮初め。皆で、全員で、いっしょにディナーする場所が他にあるだろうか?
 それは、一種の馴れ合いに過ぎないわけだが。

「だから、嘘偽りなく、ぶっちゃけた話、正直言って、マジで俺はフィーダなんだってば!!」
 イタコ兄貴が、まだ言っている。超しつこい。
 そんなことはありえない。世界観的にも、ルール的にも。ルオールは、ずっとルオールなのだ。
「ルオールは、ずっとルオールなのだ。とか言われても、俺はフィーダであって、今はルオールの身体を借りていることは事実だけど‥‥」
 ぶつくさ、おかしなことを1人呟いている。
「フィーダお兄ちゃんは生きてるよ、きっと」
 マイムは遠い目をして言った。
 イタコ兄貴が、「てゆーか、ここにいるんだけどなぁ‥‥」
「(無視して)死んだなんて信じない! きっと、お兄ちゃんはどこかで生きてると思うよ」
「アゴ兄貴は生きてるにょ。皆の心の中で!!」
「(無視して)いつか再会するときが来ると思うんだ! あたしは、そのときを待ってるよ」
「あの世で再会? それとも、来世で再会?」
 マイムはミントの質問には無視せずに答える。
「ううん、違うよ。この世界で、この時代で」


第05回へつづく


●マスター通信

 メイルゲームのリプレイにおいて登場人物を、マスターは2種類に分ける。
 PCか、NPCだ。
 プレイヤーは3種類に区別する。
 MPC、OPC、NPCである。
 それぞれ、マイ・プレイヤー・キャラクター、アザー・プレイヤー・キャラクター、ノン・プレイヤー・キャラクターの頭文字だ。
 myとotherは、今、作った。
 感情移入の対象として、どんな脇役であってもMPCが世界の中心にいることを、プレイヤー経験のある人ならば実感しているはずである。
 1人1人が主人公なのです!
 そこに嘘偽りはない。
 MPCを作成した瞬間から、貴方にとって特別な存在になってしまうのだから仕方ない。
 かと言って、残りのOPCとNPCが同列になるわけじゃない。
 NPCは、プレイヤーにとって都合のいい存在であることが求められる。
 MPCとOPCは、相互に逆の立場になることを鑑みて、常に引き立て役に甘んじる必要はない。

 さて、マスターは完璧かつ万能でもないので、自分のプレイングが無視されていることがある。
 そのとき、マスタリングの不当さに気付くのは、プレイングを書いた貴方1人だけだろう。
 主観的には納得できなくても、客観的にはどうか?
 他のプレイヤーのプレイングを読んで、OPC達の個々の判定で度合を計れば、自分のケースとの比較で何かつかめるものもあると思う。
 それは、R4においてプレイングを公開している理由にもなる。
 マスタリングは、MPCのプレイングだけではなくて、OPCのプレイングとの兼ね合いの中で処理されているはずだ。
 理想として、PCが活躍する要因がプレイングにあり、PCが活躍しない原因もプレイングにあるべきだ。+αで自由設定、特技、能力値。
 もちろん、・・・力及ばず、ゴメンね☆ ってこともあるかもしれない。
 それを隠すつもりはない。
 見せしめにされているのは、未熟なプレイヤーだけではない。
 未熟なマスターもだ。
 いつか見返してやりたいですね。>ALL。