竜創騎兵ドラグーンBLADE
第05回 共通リプレイ:
超・兄貴の世界 兄貴の時代
R4 担当マスター:テイク鬨道


 いつまでも変わってほしくないな、と思った。
「そそそそそれは当然かもしれない‥‥」
 ステラ・エステーラは、口に出して呟く。
 そして、例によって例のごとく、いつものように、また1ヶ月後。
 荒れた感じがする街並みも、薄暗く細い路地も、そこに集まる顔ぶれも同じくして異なる、これから始まる新しくも繰り返すだけの1日。こんな毎日も、こんな日常も、月に1回だけの交遊だからこそなのか、嫌いじゃなかった。
『お約束』の日が来ることを楽しみにしている自分が心の中にいる。外か?
 乾いた砂混じりの東風、いや、いつもと違う、一瞬の強い西風が、ステラの髪をなびかせた。
(‥‥いつもと違う。なーんか、ヤな感じだ)
 不吉な予感が胸をよぎる。そんな不安を表情には出さず、粟立つ心中を自分なりに分析した。
 笑えないステラは口の端を斜めに引き上げた。
(同じように繰り返すことが安心? 予測できるから? 違う、何も考えなくてもいいから)
 ステラは細い路地で、顔見知りだが名を知らない少年と再会する。彼女は軽く頭を下げ、会釈する。2人に台詞はない。ステラは振り返り、遠ざかっていく少年の後ろ姿を見やっていた。

「レンディル・ミラクル・パーンチ! バギッ!!」
「‥‥ぐはっ!! なんて重いパンチだ!」
 その悲鳴を耳にして、ステラは一瞬、行動をためらうが『お約束』にあがらうことはできない。うねうねと続く裏通りの奥へと走りだした。
「プレジール・エクセレント・キーック! ドガッ!!」
「‥‥げほっ!! 意識が遠退くぜ!」
 やさぐれ男が、荒くれ者もどきに「言葉」の暴力で虐げられている。
 あの2人がカネ目当てで本当に殴ったり、本当に蹴ったりできるような人間ならば生まれついての本物の悪党になり、本当の裏通りで頑張っている(ここは、ただの細い通り道であって、本物の裏通りではない)。
「そそそそそそそそそそこで何をしてるっ!?」
 ステラは『お約束』に従って、かけよった。
「ももももももう大丈夫です。‥‥大丈夫!?」
 何故か、殴られわけでも、蹴られたわけでもないのに口から大量の赤い血を吐き出していた。
「ふっ、ヘッチャラだぜ。生暖かくて奇麗な赤い血が勢いよく溢れ出るのは生きてる証し。漢の勝負に手出しは無用だぜ、セニョリータ!」
 血まみれの彼は自己紹介をしつつ、やりたい放題だったディル・レンディルとジール・プレジールに対して、一方的流血の逆襲を試みる。
「俺の名は、アインス・ヴァインスだーっ!!」
「何者ッス、こいつ頭も身体もおかしいッス」
「病気ッス、こんなに血が出るわけないッス」

 ゲボゲボー!!

 何もしてないのにアインズは裏通りの路上に、どす黒い血だまりをいくつもこしらえた。凸凹コンビは、真っ赤な血潮を見ているだけでも気持ち悪くなり、戦意喪失だ。
「涼しくなるにょーっ! 【トルネード】!!」
 リンゴ・タイフゥンは、血だるま少年アインスに竜巻魔法【トルネード】をぶちかました。
 一瞬、突風が周囲を吹き抜けていくような感じ。
「ほんのちょっとだけ涼しくなったかにょ?」
 リンゴは可愛らしい仕草で小首を傾げている。
 ぶっ飛んだアインスは空高く巻き上げられ、やがて頭の方から回転しながら落下した。身体が変な角度で曲がったまま、ピクピク痙攣している。出血多量気味だが、まだ生きているみたい。
「この路地の向こうには行かせないッス!」
「通してほしければ、カネを出せッスよ!」
 リンゴの暴走っぷりに乗じるディルとジールだった。
 生まれて初めて、モノホンのワルみたいな凄い悪事が成功するかもしれない。通りすがりの無辜の人々から追い剥ぎ強盗よろしく、裏通りの通行料の名目で金品の類をいただく。
「【トルネード】の特別サービス料込みで、いつもの料金5倍、払うにょ。夏は暑いから、いろいろ経費がかかってしょうがないんだにょ」

「そんなことばっかしてると、イメージが悪くなりますよ。裏通りは表通りに比べて、いっつも空いてますし、目的地までの近道になりますし、1人1人の出番も大目ですし、そーゆーいいことだけをアピールしなきゃいけません!」
 シフールのミント・クアンタムは、世間体を気にしていた。
 まぁ、裏通りにかかわっているなんて自慢にならないし、たぶん恥ずかしい。
 そんな彼女の提案により、いつもの場所に石垣で関所を造ってしまった。途中、幅が拡張された裏通りだが、一部は逆に狭まってしまった。
 往来の邪魔。こんなところの通行料、街の領主様やお役人の認めた正当なものではあるまい。
 街からすれば、ミントの計画によって迷惑度が増した。
 神殿司法官ハモン・ダーが座った目で、じーっと見つめている。
 何故か、関所を造るための石積みを脇で手伝っていたから、神殿司法官公認の私設関所ではあるようだったが。
「ゲートの向こうに行きたい人は5倍にょ!」
「‥‥5倍は、ぼったくりじゃないかしら?」
 後、ミントは3人の服装にも問題があるのではないか? と考えている。いかにも街のアバズレ(リンゴ)、ゴロツキ(ディル)、チンピラ(ジール)みたいな恰好だ。見た目がイケてない。ダサダサ。ハモンの冷たい視線を感じる。
「可哀想なちびっこ達を養っている、ちびっこハウス運営のための健全な募金活動ッスよ!」
「全ては恵まれないちびっこ達のためのボランティア活動ッス。気にしてはいけないッス!」
 贔屓目に見ても、真っ当な仕事をしてる善人には見えない。間違っても、こんなヤカラを相手にしての善意の喜捨は遠慮したい。不透明な明細を経て、最終的に騙し取られてしまうだけだ。外見から判断した偏見ならば幸いだけど。
「でも、正直言って、料金5倍はキツイッス」
「誰も通ってくれないッスよ、リンゴの姐貴」
 いつもなら数人が通る通らないで、面白おかしい一悶着があるのだが、突然の料金5倍宣言でお客さんは混雑してる表通りに逃げたようだ。
 だが、リンゴは値上げしすぎたことを認めない。
「うだうだ鬱陶しいにょ、【トルネード】!!」
「ぐはーっ!」
「やられたー!」
 ぐるぐる〜、どっかん!! ばたんきゅー‥‥。
 下っぱ合掌。
「ステラもぶっ飛ぶにょ、【トルネード】!!」
「くっ!!」
 おとなしく傍観していたステラも狙われ、両手を交差させて、気合いで抵抗する。
「迷惑な八つ当たりは困ります。リンゴさんの暴走っぷりは裏通りのイメージダウンです!」
 と言って、ミントはパニック寸前で目を泳がせる。ハモンが「神様‥‥」とか呟いていた。

「‥‥あああああいつらを呼ぶしかないわね」
 新しいあいつは1人じゃない。複数並立だ。
「お待たせにょ。兄貴達、出番だにょ〜!」
 裏通りを仕切っている元締め、兄貴を呼んだ。
『‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!』
 裏通りに山積する難題を解決するため。
 あるいは、混乱を乗じて大混乱にしてごまかすため。
『なんじゃーい、わぁれー!』
 アゴをシャクレさせた大バカ野郎達の登場だ。
『俺らを呼んだか? ああ、呼んだのか!?』
「呼んだような、呼んでいないような‥‥」
 兄貴達の顔を並べ見て、ミントは呆れた。
「アゴ兄貴のマネをしたって超えられないと思います。こんなのなら私でもできたりして」
 ミントは下唇からアゴを前に突き出し、シャクレさせた。アゴ兄貴も、無理矢理、いっつもシャクレさせていたことを懐かしく思い出す。
 気を抜くと、フツーの人に戻ってたため、(アゴ‥‥、アゴ‥‥)と舞台端から注意されて。
「マネじゃないって! 俺がフィーダだって」
 ルオール・ジルオール・トリエステが、一段とアゴをシャクレさせてイタコ兄貴ぶっているのだった。相変わらず、存在がインチキ臭い。
「フィーダお兄ちゃーん☆ あそぼーっ!!」
 マイム・ディアは可哀想に、イタコ兄貴のことをアゴ兄貴の生まれ変わりだと信じていた。
「また後でな。兄貴は兄貴仕事で忙しいのだ」
「あそぼーよー!! あーっ! ‥‥もしかして、お兄ちゃん、あたしと、どんな遊びをしていたか忘れちゃったんじゃないでしょうねぇー?」
 マイムは鼻の穴と口元を震わせながら、心底、根性ババ色の腐りきった邪悪な微笑みを浮かべる。イタコ兄貴は試されていることに気付いた。
「何を言ってる!? 俺はフィーダお兄ちゃんだからな、ちゃーんと覚えているぞ。‥‥隠れんぼ? じゃなかったよな。‥‥連想ゲーム? じゃなかったよね。‥‥なぞなぞ? なわけあるまいし。‥‥ああ、アレだろ!? ナニだろ!! 喉のここまで出かかっているんだが、マジで」
 一瞬の反応、顔色を伺いながら、イタコ兄貴は汗を流しつつ、しどろもどろになっている。
「ヒント。お○○さんごっこ! なーんだ?」
「‥‥あうっ、な、何故か、急に頭と腹が同時に、しくしくとメッチャ痛くなってきたぞ!!」
 イタコ兄貴、仮病だ。
 「あいたたたた‥‥」
 と唸っている。困ったときは、いつもコレだ。
「ホンモノのフィーダお兄ちゃんだーっ!!!!」
 涙目のマイムはイタコ兄貴に抱きついた。
 嬉しくてたまらなくて。感動の再会の瞬間だった。
「パチモンのくせに調子乗ってるんじゃねぇ」
 と、兄貴像の後ろから顔を半分出しているガイヴィス・カーディンのツッコミ。
 彼は、イタコ兄貴の日頃の言動を怪しいと疑っていた。アゴ兄貴っぽいキャラクターをかぶっていても、なりきることは難しく、騙しきれないはずだ。
 ガイヴィスはストーカー時代に鍛え上げた鋭い視線でイタコ兄貴を観察しているのだった。
「世界平和はまず裏通りから! 中略、後略、勇者兄貴マグニだぁ!! てめぇもブレイクと同じ巨悪の手先なのか!? 俺は知ってるぞ!!」
 マグニ・ゴルドレオンこと勇者兄貴が、バッソことバスタードソードをイタコ兄貴を向けた。
 イタコ兄貴は、か細い両手を広げて、首をぷるぷる振って無実を訴える。ちびっこハウスのために積極的募金活動に従事していただけなのだ。
「誰が巨悪の手先なんだ、人聞きの悪いこと言うな! この街の裏通り程度を支配するのが野望の限界、ささやかな漢達なんだぜ、俺らは」
 ブレイク・ゴルドレオンこと暗黒兄貴が、仁義なき戦いを再び勃発させる。
 裏通りに君臨していたアゴ兄貴亡き後、手に手を取り合い、輪になって歌い踊り、シフールのお世話をしたり(餌をあげたり、水をやったり、お掃除とか)、協力していかなければならない兄貴達なのに、跡目を巡って、いさかいが絶えないのだった。
「裏通りに漢気のない兄貴は必要ねぇんだよ」
「なんだと。勇者な俺に漢気がないってか!?」
「ないね。びっくりするほどありゃしねぇ!」
「あるって! 裏通りで一番、漢気ある漢は勇者兄貴だって巷では大評判じゃん。勇者だし」
「貴様のどこが勇者だ。ビビリでヘタレだろ」
「ブレイクのくせにうるさいぞ! 夜、1人でトイレ何往復もするような、オネショ以外に怖いもんがないのが怖い漢じゃんか、俺ってば」
 勇者兄貴と暗黒兄貴には、明日の裏通りを率いていく兄貴の一員としての協調性がなかった。
「まぁまぁ、お2人さん」
 と、イタコ兄貴。
『イタコは黙ってろ!! もう一回、死ね!!』
 すごい剣幕で怒鳴られてしまった。勇者兄貴と暗黒兄貴は、2人の世界で、2人だけで罵り合っている。それが2人にとって幸せだった。
「わわわわわしには兄貴は無理なのである〜」
 アゴ兄貴が憑いていたイタコ状態が抜けてしまったようでイタコ兄貴はルオールに戻った。
「ええーっ!? イヤー!! こんなの、お兄ちゃんじゃなーい!! お兄ちゃんを返してーっ!!」
 マイムは、ルオールの首を絞める。ルオールを殺せば、アゴ兄貴の魂が戻ってくると思って。
「やめな! 仲がいいことはわかったから」
 ユウイチ・スレイブメイカがケンカの仲裁に入る。ちなみに彼が「仲がいい」と称したのは、マイムとルオールであり、勇者兄貴と暗黒兄貴のことである。どっちの組み合わせにしても、リアクションは同じで、そう見られることが好ましくなく、極めて不本意な表情で睨んでいた。
「ジャガイモ、カボチャ、ナスビども比べて、私はユウこそ、裏通りの新しい兄貴に相応しいと思うわぁ。だって、カッコイイんだもの☆」
 頭悪そうな漢ども、ジャガイモ(ルオール)、カボチャ(マグニ)、ナスビ(ブレイク)を横目に、シャイア・カニバルは腕をからませ、胸を押しつけて、ユウイチといちゃついている。
「俺のことをジゴロ兄貴と呼んでる女もいる。兄貴なんて、そんなつもりはないんだが、よろしくな! 俺が裏通りを何とかしてやるよ!」
 ジゴロ兄貴、大した自信である。裏通りのお寒い現状を見るに見かねての兄貴立候補だった。
「彼ってば、ちょっと丸顔だから、シャクレてないけど、筋骨隆々で〜、包容力があって〜」
 出会って、すぐ、一晩で骨抜きにされたシャイアは、ジゴロ兄貴ユウイチの漢っぷりを誉めまくった。2人の世界で、2人だけで愛を語り合っている。それが2人にとって幸せだった。
「わぁお☆ ステキな兄貴ばっかりじゃん!」
 シュガムニ・ロップツールは、新しい兄貴達に握手を求める。
 イタコ兄貴だったルオール、勇者兄貴、暗黒兄貴、ジゴロ兄貴。まじまじと観察し、不気味な微笑み、そして手と手を重ね、力強く握りしめる。兄貴達4人とも、シュガムニの悪名を知っていたため、内心ビビりながら。
「ステラはさ、この中では誰が一番かな?」
「べべべべ別に。誰だっていいんじゃない」
 シュガムニの質問に、ステラは答えない。
「そっか。フィーダさんの代わりの人はいない、ってことですか? それはそうですよねぇ」
 ミントが意地悪そうに微笑んでいる。代わりになんかならなくていい。自分は自分のままで。
「皆!! 聞いてくれ! アゴ兄貴の死と共に、漢の時代は終わったんだよ! 次のリーダーはスっちょんしかいないと、あたいは思う!」
 ピペ・ペピタが叫ぶ。それは斬新な発想だった。漢じゃなくてもリーダーはリーダーである。
 兄貴じゃなくても、別に姐貴でもいいわけだ。
「皆!! これからはステラ兄貴と呼ぼうぜ!」
 裏通りで自炊し、生活しているジャム・リブルも、ピペに同意する。ピペ&ジャムで、下っぱ新凸凹コンビに成り上がる皮算用をしていた。
「ああああああたしが兄貴になれるわけないよ。あたしが兄貴になっちゃ、一番ダメじゃない」
 ステラ兄貴は、ある種の引け目から、この要請を迷惑に感じて、突然の兄貴就任を拒んだ。
「もしかしてステラって、‥‥オカマにょ?」
「オカマとか言うな!! たまにはいいじゃん」
 しかし、否定はしなかった。たまには、ね。
「まっ、リンゴちゃんも、実はそうだから、そーゆーツッコミはしない方がいいみたいにょ」
 男のくせに女を演じる。オカマばっかりだ。
「ここんところ、カットして、次に行くにょ」
 閑話休題、なかったことにして、お話を進行させる。

ピペが(彼女は完璧、女性だ)、ふよふよ飛んでいたサブリミナル・ゴルドレオンをひったくって、ステラ兄貴の左肩の上に乗せた。
「結構、似合うしょ?」
 ピペの思った通り、ステラ兄貴だと違和感がないように見えた。
「懐かしいべ。兄貴と同じ匂いがするべ‥‥」
 サブリミナルは鼻を、くんくん鳴らせている。
「だども、見た目が、でりゃあ違うっぺ! 全然、アゴをシャクレさせていないんだべ!!」
「そうさ! 本物の兄貴は、この俺だからな」
 ルオールは二重人格よろしく、アゴをシャクレさせることで再びイタコ兄貴へと変貌した。
「筋肉なさすぎだべ!! 夏の海で女の子に笑われるような肋骨ガリガリ君は漢らしくないべ」
 サブリミナルは、イタコ兄貴を認めていない。
「兄貴たる者、筋トレはかかせないんだべ!」
 勇者兄貴はずっと腹筋運動を繰り返しているし、暗黒兄貴はずっと片手で指立て伏せをしているし、ジゴロ兄貴はずっとスクワットを続けている。筋トレの合間に、ついでに涼しい顔して自分のセリフをしゃべっていたのであった。
「‥‥剣先を向けられたような気がしたけど」
「腹筋運動をしながらでも勇者ならできる!」
 鍛え上げられた漢のボディが、兄貴の象徴だ。
 日々、鍛練あるのみ。パワーアップを目指すためには怠けてはいけない。彼らを見習い、イタコ兄貴も、ストレッチ運動をすることにした。
 ポキポキッ!!(アキレス腱を伸ばしてみた)
 ボキボキボキッ!!(屈伸と伸脚をしてみた)
「見せかけだけの筋肉だったら意味ないね」
 黙々と筋トレってる3人の筋肉バカ兄貴を、ピペはそう称する。
 かと言って、イタコ兄貴みたいのもどうかと思う。となると、彼女の推薦するステラ兄貴こそが、兄貴の中の兄貴なのかもしれない。腕力では劣るかもしれないが、弱きを助け、強きを挫く漢気こそ兄貴には必要だ。
「パンパカパーン! 皆ー、注目ー。第1回兄貴コンテストの開催をここに宣言しまーす!!」
 アイル・セスティーナが呼びかける。たった1人の兄貴が決まらないのならば、決めよう。
「参加したいもんは、参加料として干し葡萄を支払ってや。見物客も見物料として干し葡萄や。お金なんていいから! 干し葡萄でいいから! 干し葡萄のもっとらんかったら、アイルにゆーて、干し葡萄を特別適正価格で譲ったるわ」
「それから、優勝した兄貴には、干し葡萄1年分ね。優勝した兄貴を応援してくれたお客さんには、あたしの手作り干し葡萄クッキーをプレゼントしますから、お友達とお誘い合わせの上、兄貴コンテストに協力よろしくお願いします」
 ヴァリー・フォムウェスト・フラット、ヒューイット・ピッカート・コンバークが、第1回兄貴コンテストの詳細を説明する。
 兄貴達はもちろん、ここに集う全員が、アイルから干し葡萄を購入するだろう。市場で買うよりも、やけに量が少なく、値段が高めだけど気にしないで。
その袋入りの干し葡萄は、どうせ参加者受付のヴァリーか、見物客受付のヒューイットに、そのまま手渡すのだから。
 ‥‥あれ? お財布から、お金が減ってるような!? 不思議、不思議。
「ツケで頼む。優勝したら、十倍にして返したるからな」
 細かい小銭を持ち合わせていないイタコ兄貴は、申し訳なさそうに頼みこんだ。残りの4人の兄貴も(「あああああたしも参加するの!?」)、イタコ兄貴に倣った。誰1人、己の勝利を疑っていない。自信満々であった。
「どちて、料金が干し葡萄なにょかな?」
 リンゴが問う。サブリミナルは知っていた。
「干し葡萄は、兄貴の好物だったんだべ。セリフの合間には、いっつも干し葡萄を食べていたんだべ。しゃべって、食べて、しゃべって、食べて、しゃべる。もしもこの世に干し葡萄がなかったら、兄貴は存在しなかったと思うべさ」
 皆からはバカにされるかもしれないが、サブリミナルにとっては大切な思い出の一頁である。
「よう、サブよ。貴様も漢だったら、自分が兄貴になったるくらいの気合い見せたらんかい」
 ヒューイットに干し葡萄を手渡し、見物客になろうとするサブリミナルをブレイクが咎める。
「おいらは、兄貴の左肩在住。兄貴にはなれないし、兄貴を決めることさえできないんだべ」
 たった1人の新しい兄貴が決定したその暁には、サブリミナルは否応なく、その兄貴の左肩に乗っからなくてはいけない。それが心底嫌ってるイタコ兄貴であっても、兄貴は兄貴なのだ。
 裏通りを盛り上げるためにはノリのいいとこを見せなきゃダメだ。サブリミナルは、ある意味、裏通りを代表する立場上(自覚している)、個人的な好き嫌いで我がままは言ってられない。
 ブレイクは、シフールのサブリミナル、パラのマイムを見ながら、生きざまを問いかける。
「あいつは、フィーダって漢は、小さな動物が大好きだった。それに、小さな動物に好かれる漢だったからな。だが、お前達は飼われていて、それで良かったのか? 奴のペットとして!」
「うん、良かったベ。満たされていたんだベ」
「うん、幸せだったよ。いっしょに遊べれば」
 ブレイクには、理解しがたい思考であった。
 実は人知れず、ちびっこハウスに大金を寄付した彼であるが(善行は人前ではしないタイプ)、その運営にまで関与したいとは思わなかった。
「第1回兄貴コンテスト、結果発表だよー!!」
 アイルが、5人の兄貴の中から、兄貴の中の兄貴、たった1人の新しい兄貴を選出しようとしている。自己紹介、過去履歴、質疑応答、漢気テスト、カリスマ性、肉体美、ビジュアル、歌唱力、水着審査、一発芸、人気投票etc。
「ドッキドキの兄貴達、審査どうでしたか?」
「本物の兄貴は、俺だからな。中身で勝負!」
「俺の勇者っぷりを評価してもらえたはずだ」
「暗黒兄貴通り計画に賛同するのは当然だな」
「パンケーキ、どうぞ。料理なら負けないぜ」
「べべ別に兄貴になんかなりたくありません」
 ドンドコドコドコドコドコドコドコドコ!!
「ジャーン!! 本物の兄貴は、‥‥きゃー☆」
 アイルが悲鳴を上げて、指差した。全員が振り返る。
 ガイヴィスがいた。そして、兄貴像。
「フィーダ以外の兄貴なんか絶対認めない!」
 ガイヴィスは狂気に支配された血走った瞳で、アゴ兄貴像に命令する。
「闘え! 兄貴像!!」

 ‥‥。

「何故、動かない!? おかしいな?」
「貴様ぁ!! この俺を本気にさせてしまったようだな! 漢と漢の勝負に水を差しやがって」
 ブレイクは激怒した。兄貴像の周囲を、左右にステップしてから、ぐるぐると廻りこんだ。
「動く兄貴像ってか? だが、俺は負けねぇ」
「行け! 兄貴像!! ブレイクをぶっ倒せ!」
 ブレイクは兄貴像にぶつかったり、ゴルドレオンハンマーで叩いたり、1人相撲、大忙しだ。
「まさかブレイクの奴、兄貴像が動くと思い込んでるガイヴィスの夢を守ってやるために、こんなアホらしいことをやっているのかよ‥‥」
 勇者兄貴は感歎し、そして彼もバッソを構えた。次いで、ジゴロ兄貴も自慢の剣を抜いた。
「お前だけじゃ倒せない。手助けしてやる!」
「こしゃくな、兄貴像め! 俺の実力を知れ」
「俺1人でも、なんとかなったさ、バーロー」
 熱き友情があった。漢気あふるる3人だった。
 最初は鉄壁の防御でバトルを支配していた兄貴像であったが、徐々に劣勢へと追い詰められる。
「反撃しろ! カウンターだ! 兄貴像!!」
「これで終わりだ。かつてステラの記憶を中途半端に奪ってしまった究極奥義ゴルドレオン・ブゥゥゥゥゥゥメラン!!!!」
 ちゅどーん。
 兄貴像、完全に沈黙。原形をとどめぬほど粉砕してしまった。
 ガイヴィスがひざまずく。
「‥‥おーいおいおい。俺はただ、他の兄貴が誕生するところなんか見たくなかったんだぁ」
「泣くな、ガイヴィス。お前はよくやったさ」
 ブレイクの優しい慰めは、さらなる涙となって、
「おーいおいおい! おーいおいおい!」
 ちょっと前まで兄貴像だった瓦礫を濡らした。
「巨悪の手下なんかより、兄貴を目指しな!」
 勇者兄貴が出直しをするよう諭す。兄貴を愛するあまり、道を踏み外してしまったガイヴィスだった。しゃくりあげる嗚咽が止まらない。
「パンケーキ、食うか? ぽっぺた落ちるぞ」
 泣きながらガイヴィスは、ジゴロ兄貴の手料理、肉や魚の入った団子状の丸いパンケーキをほおばった。むさぼるように両手で口に運んだ。
「うめぇよ。こんなにうめぇメシは初めてだ」
 感動的な名シーンであった。しかし、観客は皆無であった。大多数は料金となる干し葡萄を購入しなかったため、全然見ていなかったのだ。
 あっちの方に、ウメリア・ロックウォールの屋台があって、夏季限定で食べ放題の流しスープ・パスタを皆が食べている。お代は誰かが支払わなくてはならないが、食べ放題。はっきり言って、こっちの方が賑わっていた。
 ステラ兄貴もその中に加わっていたし、何故かイタコ兄貴はウメリアの屋台を手伝っている。
「いらっしゃいませー!」
 お客の呼び込みに忙しい。
 向こうが賑わっていて、笑顔があふれている。
 だとすれば、人気がなくて寂しい第1回兄貴コンテストは失敗したことになるのだろうか?
 位置関係に限らず、あまねく森羅万象は相対的なものかもしれない。視点を変えれば絶対的なものではない。だから、平凡で普通であることさえ、一番の異端だ。評価も、感情も、性格も、役割も。中庸であればあるほど、周囲の環
境に左右されやすい。薄暗い裏通り。どこと比べている? 人気がなく寂しい。どこと比べている? でも、結構面白い。どこと比べているんだ? あるいは、いつと比べているのだろう。
 アゴ兄貴が生きている頃は良かった、と人は言う。ちょっと昔のことをもう美化している。
 予定通りにならなかったため、それだけで先がないかのように落胆する。今は、新しい兄貴達がいる。結構面白いけど、人気がなく寂しくて薄暗い裏通りで、何とかしようと頑張っている兄貴達(と、その他大勢の取り巻き)がいる。
「いい機会です。皆、ある程度、ダメダメな人はわかりました。その上でどうすべきか? アールョンのこれからのことを考えましょう!」
 ハモンの何気ない言葉が波紋を投げかけた。
「‥‥アールョン? ももももももももしかして、ここ、アールョン!? アールョンって!」
 街の名前で、何をそんなに驚いているのか?
「街、間違えた!!」
 と、ステラは言い放った。
『イイイイイイイイィィィィイイイーッ!!!!』
 まさか、そんなことのために、今までずっと。
「ここここここが、まさかアールョンだったなんて! アールゴォだと思ってたけど、道理で違う町並み、知らない人ばっかりなわけよね」
 半年目にしてわかった衝撃の新事実であった。
 おちゃらけた面々の間にあって、シリアスな自分が何故か、浮いているはずだ。バカばっかで、ふざけているだけで、皆が笑っているジョークは何一つ理解できなかった。ずっと、どこが面白いのか? わからなかった。皆は「わかる人にはわかるんだけどね‥‥」としか教えてくれなかった。本当のステラは、わからない人で、わかる人のふりをして、わからなかった人。だから、最後まで付き合うつもりはなかった。
「ごごごご誤解しないで。裏通りのこと、皆のこと、嫌いになったわけじゃないのよ。むしろ好ましい、と考えてもらって差し支えないわ」
「じゃあ、なんで!?」
 ピペが真意を尋ねた。
「こここ個人的理由。経済的決断、かな? 他に好きなことが新しく見つかった、からかも」
 辞めるとき、足を洗うとき、残された仲間達を気遣い、本当のことは言いづらい。面白くなくなったから。昔より、つまらなくなったから。
「もももももももう限界。ついていけないの」
 そこが繰り返すだけの日常の断片であっても、いつかは必ず終わりがやってくる。楽しいことばかりが、いつまでも続くわけではない。嘘は、いつまでも隠し通せない。真実がバレるとき、ステラ兄貴は旅立つ。
 この通り道の向こうにあると思っていた『家』は、あるのだが、ない。ないから、ある。彼女の心の中に眠る思い出。
「ここここここの街に用はないわ、もう何も」
 彼女が幼い頃を過ごした『家』、ちびっこハウスに、今更、何様のつもりで顔を出せるのだ。
 最初からわかっていたことだけど、ちびっこハウスには何もない。パラやシフールがいるだけ。
「‥‥いつまでも、こんなこと、無理だよな」
 竜騎士ディオス・レングア・シュトーは思う。
 後ろでは、謎の覆面漢マスク・ザ・スカイハイが歌い踊っている。干し葡萄持ちのヴィリー&ヒューイット。屋台の屋根に登ったイタコ兄貴。
「ががが頑張って。人のこと、言えないけど」
 心のこもっていないエール。応援するだけなら誰だって無責任に言える。
 ジャムは泣き顔で、
「‥‥じゃ、これでホントに最後なのかな?」
「ささささ最後、なんてさ。あたしは生きてるし、いつか会えるかもしれないよ。‥‥それは何年後になるかはわからないけど。ごめんね」
 謝ってほしくなかった。謝罪する気持ちがあるのならば、最後まで付き合ってほしかった。
 枯れ木も山の賑わい。1人くらい許容できなくて、どこが何でもアリの無法地帯アールョンだ。
「またね。約束だよ。来月、ここで会おうよ」
 裏通りで約束する。個人的に、勝手に、信じられない。だから、それは『お約束』ではない。
 いつだって『お約束』は暗黙の了解に属する。
「ああありがとう。そして、さささようなら」
 アールョンに残る者は、ステラ兄貴の後ろ姿が見えなくなるまで手を振って別れを惜しんだ。
 けれど、一度たりとも彼女は後ろを振り返らなかった。未練、ためらい、そんな弱さは彼女には似合わない。似合わない? 本当のステラ兄貴には似合うかもしれない。本物と偽物の間には同じくするところと、全く逆の部分があった。
「‥‥行っちゃったね。あっけなく」
 涙々。
「あたい達も、そろそろ行こうか?」
 涙?
 お義理と、そうでない一角の深刻な想いから、そろそろ疲れたし、彼女は振り返ろうとはしないしで、ジャムとピペは振っていた右腕を下げようか、と思ったとき、去り行くステラ兄貴に、ふらふらと近づく謎の黒づくめの果物売りの女。
「なななな何?」
 血まみれのアインスがナイフで背中を刺す。めった刺しだ。
「‥‥え!?」
 赤い血が、ステラ兄貴の身体の中からあふれ、零れている。
 果物売りの女は、ステラを抱きかかえた。
「おい、死ぬな! 困るでござる!!」
 ずっと怨んでいた。憎しみであふれていた。なのに、どうして? 理不尽だ。誰か説明してくれ! 何故、殺されている!? 奇麗で真っ赤な血が両手から抜けて落ちていく。
 ニーザ・ニールセンの復讐は果たされなかった、永遠に。
「ほ、本当はね、ホントは、マジで、俺‥‥」
 ステラ兄貴は何かを言わんとしていた。しかし、ダイイングメッセージのセオリーに乗っ取り、大切なことは何一つ言葉にすることなく、最期は唇を振るわせて、息を引き取ってしまった。
『お約束』だらけの意外性のないオチだ。
「ヒペは泣かないんだ?」
「泣けないんだよ」
 何かの衝動を必死に堪えている表情だった。
「何故なんだろう。笑ってはいけないとき、こんなにもおかしく感じるなんて。おかしい?」
「感性が古びてるヤツほど、ベタが好きなんだ。誰かが死んで、お涙? クソ笑止じゃねぇか」
 ブレイクは悪役らしく口元を歪ませている。
「ほら、聞こえるだろ。『皆』が笑ってるぜ」
 日も暮れた。見上げれば星が瞬いている。こんな時間になってまで、いつまでも裏通りにたむろっていたら、『皆』から笑われてしまう。
 笑い声が聞こえる。
 クスクス、クスクス‥‥。
「夢でも見てるんじゃない。誰の夢かなー?」
 夜、裏通りに戻ってきた少年は囁く。少年は『家』へと帰る途中。風に乗って聞こえてくるのは『皆』の笑い声。
 クスクス、クスクス‥‥。
「これから、どうすればいいんだろう?」
「どうするって、変わらないにょ、何も」
 ステラ兄貴の最期。リンゴは、いつもの「〜にょ言葉」ではなく普段の言い方で吐き捨てる。
「なんだ。結局、ダジャレかよ‥‥」と。
 ここにいる全員が、ここにいない『皆』が、くすりとも笑わなかった、
「街を間違えた」
 あの寒さこそ万死に値する一言だったのかもしれない。


第06回へつづく


●マスター通信

 テーブルトークRPGの場合、ダイスを振ることによって、行動の成功と失敗に確率的なハプニングを手に入れる。難易度を修正しておくことは可能だが、それでも絶対はなく万が一が存在する。
 まさか、こんなことになろうとは!! 予想外!! びっくり!! これからどうしよう!!
 翻って、メイルトークRPG。僕達はダイスを振らずに遊ぶフリープレイ。
 結局のところ、マスターにとって、プレイヤーのプレイングの成否にハプニングは存在しないのではないか?
 どんなに行き当たりばったりで、予定表のないフリーシナリオで何をやっても、最終的に風呂敷をたたむことを頭の片隅で考えている。
 これだけはやるまい! と沢山の自己制限がある。個々の説明は不要だ。
 プレイングにあって、リプレイにないものは、つまりそれらだから。
 逆に、NPCが消えていくのはPCをNPC化しているだけである。最後まで何とかなると経験でわかっている。一部のプレイヤーは困っているかもしれないが、これはNPCに依存しすぎたPCのみが大活躍することに納得と満足と理解できなかった過去に由来する。もしも貴方のPCが、特定のNPCがいなくなって何もできなくなるPCなら、‥‥鼻で笑ってやる。
 プレイヤー時代の僕は、NPCに絡む行動ができなかったプレイヤーだった。それどころか、しばしばマスターの提示するシナリオにも絡まなかった。僕のPCを担当していたマスターは難儀されていたと思う。
 中には、一方的だろうが波長の合うマスターが何人かいて(向こうはどうだか知らん)、1対1の枠を越えないレベルでパーソナルだが希有な体験をさせてもらった。その枠を越えられなかった要因として、僕の力不足が大だったな、と現在は実感している。

 さて、今回で前半が終わり、本当にやりたいことをやるための準備はできた、と思う。最後まで何もない話で、スケールの小さな話に終始することだろう。ほとんど何でもアリでプレイヤー主導のスタンスを標榜しておきながら、実は全然そうでないことを同時に公言してはばからない、すさまじく卑怯。予測できない笑いがある後半になればいいなぁ(他力本願か!?)。