気が付くと、彼はそこにいた。
   懐旧を漂わせる空間。澄みわたるような緑の海原。かつて、初めて彼女と出会った、こ
  の草原に――
   が――
  (……………………?)
   彼は瞠若していた。あるいはただ、呆然としていただけかもしれない。自分ただ1人が
  そこにいれば、また夢でも見ているのかと割り切ることができたのかもしれない。が、現実
  は違う。彼の隣には、自分と同じく宇宙服を着た、友人のペセタが静かに佇んでいる。
  (また……夢、なのか? いや……違う、これは……)
   現実だ。
   しかしまだ、現実を受け入れきれない自分の頭を振るい、彼はその場に立ち上がった。
  見渡す限りの草原を目の当たりにして、既視感を覚える。
  (……そう、「既視感」だ。だって、あれは――)
   夢だったのだから。
   以前、彼がスペースシャトルの中で体験したことは、全て「夢」だったのだ。だが、今い
  るこの場所は、間違いなくその「夢」の中に出てきたものである。そう思いながら彼は、
  数歩ほど足を動かした。あの時は、ひどく頭を打って彼女に治療してもらうまでは身動き
  すらできなかったが、今はこうして平気で歩くことができる。つまり、無事に着地すること
  ができたからだろう――
  「――痛てっ。」
   唐突に、彼の脳裏に割り込んできた声に、彼はふと我に返った。見ると、ペセタの足を
  踏んでいる。慌てて彼は、足をどかせ、
  「あ、ああ……悪い。」
  「……どうした、ケイリ。おうちに帰れなくなって気が動転でもしたか? ん?」
   そう、おちょくるように言ってペセタは、彼――ケイリの顔を覗き込んだ。
  「別に……そんな、動転したってわけじゃ……」
   かぶりを振り、そこまで言ってケイリは、ふとペセタの言葉の中に引っかかるものがあ
  るのに気が付いた。
  「帰れない……って、どういうことだ? スペースシャトルが着地する時にでも故障したっ
  てのか?」
   だが、ペセタの反応は、ケイリの予想に反するものだった。ペセタは、ケイリの言葉に
  一瞬眉をひそめ――次の瞬間には、大爆笑をしていた。
  「な、何だよ、一体!? 何がおかしいんだ?」
  「だ、だ、だってよ……ヒーッヒッヒ、こいつはお笑いだ。お前ってヤツは、なかなかめで
  たい野郎だな。」
  「……どういう意味だよ、それは?」
   いつもペセタは、ケイリに対して気に障ることばかり言う。いい加減頭にきたらしく、彼
  はペセタの胸ぐらを掴み上げた。だが、それでもペセタは笑うのをやめようとしない。
  「ペセタ……お前ってやつは――」
  「……ま、まぁ、悠長になろうや、ケイリ。ヒッヒッ……まあな、お前はついさっき気が
  付いたばかりだから、確かにまだ状況を把握できないってのも分からんでもないが……
  辺りをよく見回してみろよ? それでも分からないってんなら、本当にめでたいヤツだぜ、
  お前は。」
   言われてケイリは、両手を放して辺りを見回した。だが、それはさっきにもしたことであ
  るし、何よりこの景色は前から知っている。かつがれたのかと思い、彼はペセタを半眼で
  睨み付けた。それに対しペセタは、小さく嘆息したようだった。ケイリがまた怒りだすのを
  考えてか、今度は笑ったりせず、代わりに肩をすくめてみせる。
  「よぉ、ケイリ……雰囲気で分かんねぇか? それに、俺は『帰れなくなる』って言ったん
  だぜ? ということは、スペースシャトルに問題があると、普通はまず考えるもんじゃねぇ
  のか?」
  「だから、言っただろ? スペースシャトルが故障したのかって。」
  「……さあな。その質問には答えかねんなぁ……っつっても、勘違いすんなよ、ケイリ。別
  に意地悪で教えてやんねぇってわけじゃねぇんだ。教えることが『できない』んだよ。つま
  り――」
  「……つまり?」
   首を傾げるケイリに、ペセタは親指を自分の後ろに――この草原全てを見渡してみろ、
  と言うように――向けた。
  「ねえんだよ、そのシャトルが。どっこにもよ。」
  「え?」
   ペセタの言葉に、ケイリはようやく顔面を蒼白させた。
 
 
 


 
 
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