二人で過ごす部屋。
穏やかな時間。
つらかったことも、全てが幻だったように思える。
二度と失いたくない。
たとえ何を犠牲にしても。
誰かを傷つけることになっても。
SR −the destiny−
〔第10話 彼女によろしく〕
Written by かつ丸
「退院祝いの話、してなくて正解だったわ・・・」
シンジはもう家に帰っているだろうか。
元気のないマヤを励ますためにも、久し振りの4人そろっての晩餐となるはずだった今日は派手にやりたかったのだが、こうなってはそれは不可能だろう。
暗い部屋。明りが無いわけではない、自由に点けられないだけ。ここに連れて来られてから、まだ数時間しか経っていない。だがミサトの心は暗闇に既に倦み始めていた。
あとどれくらいここにいることになるのか。
事態が決着するまではおそらく出られないのだろう。
冬月が帰ってきた時か、帰って来ないと分かった時。
もう一つ、ミサトの処分が決まった時という可能性もあるが、それには存在しない加持との共犯関係の証明が必要だ。諜報部はともかくゲンドウがそこまで疑っているとは思えない、その程度の聡明さは持っているはずだ。
ミサトがここにいるのは裏をかかれプライドを傷つけられた諜報部へのガス抜き。それだけが目的なのだとは思う。
別に加持に対する人質というわけではあるまい。だいたいそんなことをしても意味はない。
終わっていたのだ。8年前のあの日に。
縒りが戻ったように見えても、時は戻らない。結局、利用しあっていただけ。それだけのこと。
残されるミサトのことも考えず、彼がこんな暴挙にでたのがその証拠だ。
相手のことなど斟酌せずに己のしたいことをする。そのために誰が傷つこうが意に介しなどしない。
そのくせ気まぐれに優しさをみせたりする、甘えたのろくでなし。
どこまでも父に似ていた。
それももう縁切りだ。二度と会うことなど無いのだろう。
どこにでもいけばいい。政府でも戦自でもどこでも。
ミサトにはまだここですることがある。使徒を全て滅ぼすまでは、ネルフを抜けることなどできはしないしする気もない。
彼に何かを期待した自分が間抜けだった。そう思えば腹も立たない、涙も流れはしない。まぶたにうつる軽薄な笑顔に語る言葉はもう無かった。
「先輩、何かあったんですか?」
端末を前にいつになくぼんやりしたふうのリツコに、マヤが問いかけた。シンジのサルベージがトラブルがあったとはいえ一応成功し、技術部の仕事は一時に比べればだいぶ減少した。
だがまだ零号機と弐号機の修理やS2機関をつんだ初号機のデータ解析などしなくてはいけないことはたくさんある。
周りを叱咤こそすれ、リツコがそんな様子をみせることは珍しい、そう思ったのだろう。
「別に・・・・ちょっと考え事をしていただけよ」
答えにはなっていない。実際マヤも少し不満げな顔をしている。ここのところ不安定になっている彼女に、あまり邪険な態度をとることが良くないのは分かっていたが、リツコは説明する気にはなれなかった。
加持がネルフを裏切ったことを。
あの時の意味深なセリフはこれを指していたのだろう。シンジが復活したのとタイミングをあわせた事件は、彼の言葉の正しさを物語っていた。
とすればこれは政府の仕業ではない、動いたのは人類補完委員会、ネルフの上位組織そのものだ。対処も簡単ではない。
だからといって加持自身が実行犯となる必要があったのだろうか。
学生時代から、どこか謎めいた雰囲気を持った男ではあった。ネルフ職員だけではなく、政府のスパイという裏の肩書を持っていることも知っていた。
そしてなにより知っているつもりだった。彼のミサトへの想いを。
リツコとの間に火遊びめいた関係はあったが、加持は真摯にミサトを愛していた。この8年間変わらずに。
それだけに信じられない。
冬月の拉致はまだ全所に広がってはいない。ここは全人類の砦なのだ。使徒以外に敵がいるなど想像もしていない職員の方が多いだろう、目の前のマヤも含めて。
加持がやったことは、だから誰にも許されるものではない。確実にここにはいられなくなる。帰ってくれば生命すら危ういだろう。
『入りすぎると出られなくなる』
いつかの母の言葉。
つまりはそういうことか、加持は捕らわれてしまったのだろうか、彼自身が選んだなにかに。
「・・・・先輩?」
不安そうな声がする。その瞬間、リツコは我に返った。
「気にしなくていいわ・・・・・続けなさい」
振り切るように言うとこちらを見ているマヤを促す。
結局最後まで掴み所の無い男だった。特別な感情はないと思っていたが、やはり幾度か肌を重ねた相手だ。かすかな寂寥感がリツコを包んでいた。
彼はいったい何を求めていたのだろうか?
「何の御用ですか? 赤木博士」
「ずいぶんと諦めがいいじゃないの。それとももう真実を掴んだつもりでいるの?」
街を見おろす公園。加持は蒼い髪の少女と対峙していた。
綾波レヰ。いや、今の彼女は赤木ナオコそのものなのだろう。セカンドチルドレンとしての彼女は、記録上は失踪していることになっている。人目がつくところに出て来れる立場には無いはずだ。
その彼女がどうしてこんなところにいるのか。
不意をつかれ、どこか動揺している自分。投げかけた質問には質問で返された。いや、それは皮肉だろう、加持の行動に対する。
「そんなつもりはないですよ。ただまあいろいろとありましてね」
はぐらかしは無駄だった。加持の言葉など聞こえないかのようにレヰが言葉をつぐ。
「・・・・あなたはまだ真実の影にしかたどりついてないわ。碇司令やゼーレがしようとしていることが全然見えていない」
「・・・・赤木博士」
「いつか言ったわね、真実を知りたければチルドレンを調べろと・・・・それで分かったの? チルドレンとはなにか、どうしてシンジくんでなければならなかったのか」
「母親がエヴァのコアになっているから、ですか。あのフォースチルドレンがそうだったように」
少したじろぎながら加持が答える。
「そう、最初の接触被験者、碇ユイ、彼女こそが全ての始まり。ネルフはあの人を中心に動いているのよ、10年経った今でもね」
「初号機のコアがですか・・・」
「初号機には彼女の魂が入っている。そして私やレイの器となったこの身体は彼女を模して造られているわ。その意味がまだあなたには分からないでしょう」
自嘲するように微笑むレヰを見つめながら、加持は頷いた。レイが造られた存在なのは知っている、レヰの身体と同じモノだということも、しかしそれを造った真の理由はついにわからなかったのだ。当然今のレヰの話も初耳だった。
ダミーシステムのためだけならばシンジにレイを近づける必要などないだろう。そもそも少女の姿をとらせること自体不自然だ。それは確かに疑問の一つだったが。
ユイを模して造りだした身体、そのことに鍵があるというのか、世界を動かすほどの。全く想像出来ない。
「あなたが選ぼうとしている道は二つ。このまま消えるか、冬月先生を助けるか・・・・その時はゼーレがあなたを許さないでしょうけど」
黄色い瞳が加持を見据える。思わず彼は苦笑した。冬月を救出しようと考えていることまで読まれている。これ以上虚勢をはっても無駄だろう。彼女の前では。
「失踪か、死か、ですか。それで俺はどうするべきだと?」
「ただ生き延びたいなら消えること・・・・でもそれは意味が無いわね。真実にさらに近づきたいなら、死への道を選びなさい」
「・・・・・それには意味があるんですか?」
死んでしまっては真実もなにもないだろう。加持にとって冬月を助ける理由はミサトとの絆を絶やさないこと、それしかない。伝えられる限りの手に入れた情報は彼女に渡してあるのだから。
「なにも本当に死ねとは言わないわ。・・・冬月先生を助けた後、もし生きていられたなら、私のところに来なさい。あなたが知りたいことに答えて上げるから」
「ターミナルドグマに? また無理な注文をしますね」
いまさら諜報部や監察部の目を盗んでそこにいくのは並大抵ではない。レヰのように一見してレイと見分けがつかずに素通りできるわけではないのだ。
「まあ少しくらい苦労があったほうが張りがあるでしょう、あなたも目標が無いと前に進めないタイプみたいだから。ネルフの組織には戻れなくても彼女を見守ることくらいできるわ。あなたさえ望めば」
そう言うとレヰは懐から短めのバトンのような円筒上の何かを取り出した。
「持って行きなさい」
「・・・・これは?」
白地に赤くくさびのようなマーク、意味は分からない。加持が受け取り筒についたスイッチを押すと、先端から黄金色の光が伸びた。
1m半程の長さの棒状に収束する光の束。
一度見たことがある。あの時レヰはこれをリツコに使おうとしていた。その威力を確かめることはできなかったが。
「スパッド・・・・光の剣よ。最大出力なら厚さ10cmの鉄板すら切断するわ。最小出力ならマヒ効果だけを持つ。重宝するはずよ、あなたならね」
「ははは・・・有り難くお借りしますよ」
あまりに突拍子もない武器に、少し冷汗が出た。あのランチャーを作った彼女には、これくらい造作もないのだろうか。
まだ死ぬなということだろう。ほとんど通りすがりといってもいい自分にどうしてそこまでしてくれるかは分からなかったが、加持はレヰを信じることにした。
再びスイッチを押し光を消すと、スパッドを懐にしまう。レヰはそれをただ見つめていた。妖しく微笑みながら。
「じゃあ、いってらっしゃい」
その言葉と共にレヰが踵を返す。その背中を見送りながら、加持は心を決めた。
レヰの言うことの意味全てまでは分からなかったが、閉塞していた自分の状況に活路が見えたのも確かだ。
まだたどり着いていない真実。それを見いだすことができるというなら自分は前に進むしかない。
それがミサトのためでもある、そう思ってここまで来たのだから。
暗闇の中。冬月はイスに括られただ独りそこにいた。
もうモノリスたちの姿は消えている。何も語らない彼に業を煮やしたのか、それとも何かを待っているのだろうか。
ゲンドウが積極的にアクションを起こすことは考えにくい、たとえこの場所がわかったとしても手は出せないだろう。それはゼーレへの背徳を意味するからだ。
S2機関を持った初号機の存在がゼーレの疑念を招いているなら早急に破壊してみせればいい。それ自体は望むところだ。だが動かせるエヴァが他には無い以上、出来るわけはなかった。
使徒はいつくるかわからないのだ。
それにリリスのコピーとして作られた零号機と初号機、それを破壊することはゼーレの計画にはないだろう。失われた参号機と四号機の補てんにでもと考えているのかもしれない。
戦闘中でも無いのにこちらが手を下して初号機を壊したと分かれば、それだけでゼーレとの決裂は決定的になる。
そうするにはまだ時期が早いようにも思える。結局は零号機と弐号機が直るまでは動きがとれないのだ。彼我の戦力差を考えると。
いっそのことあの2機のエヴァもS2機関を完全搭載した無限起動型にすればいいのかもしれない。レヰの力ならそれは可能だろう。
先にゼーレを潰してから使徒を迎え撃つ。戦略としてはそのほうが確実だ。
世界の全てを敵にまわす覚悟があれば。
ゲンドウならばするだろう。さすがに冬月自身にはそこまではできそうにない。苦笑しながら、自らの考えを封印した。
突然、光が差した。見ればドアが少し開いている。
「・・・・・・君か」
浮かび上がった影、加持リョウジ、冬月をここに連れてきた男。
冬月の声が聞こえたのか、ゆっくりとドアが開いた。
「お迎えにきました。・・・今なら見張りは眠っています」
「・・・・いいのかね、このことは君の命取りになるぞ?」
冬月はともかく老人たちが裏切り者を放置したりはしないだろう。
「真実に近づくためですよ、俺の中のね」
そう言って冬月のいましめを外した彼の声に迷いは感じられなかった。
促されるまま立ち上がり、部屋を出る。廊下には黒服の男が二人転がっていた。二人とも口から泡を吹き、白目をむいている。
「こいつですよ」
冬月の視線に気づいたのだろう。懐から出したスパッドを取り出すと、加持はスイッチを押した。
光の束が伸びる。
「・・・・ナオコくん、彼女の差し金か」
それを構え、警戒しつつ歩を進める加持を見ながら言う。あんなモノを作れるのは、いや作ろうとするのは他にいない。
「剣というよりはスタンガンに近いのかもしれませんが。この軽さに長さ。屋内戦では確かに役に立ちますね」
呑気な答が帰ってきた。否定しないということはやはりそうなのだろう。レヰの笑い声が聞こえるような気がする。
彼女が言いくるめたのだろうか、この男がここに来るように。
途中出会った黒服をその度に加持が倒していく。むしろ正面突破に近い。音も立てず、触れた瞬間に相手をマヒさせるスパッドの威力なら、騒ぎが広がることもないようだ。
警戒していない彼らは、赤子のように加持に各個撃破されていった。
出口まで差しかかったところで加持が振り向く。
「とりあえずここを出さえすれば安全です。市街地では彼らも手が出せないでしょうから」
その後君はどうするんだ?、その言葉を冬月は飲み込んだ。
もはや彼はネルフの人間とは言えない、それを冬月が気にしてもしょうがないだろう。
部屋に明かりがともった。ドアが開き男が近づく。
サングラスで表情は読めない。しかし昼間感じたような緊張した様子はそこには無かった。
男が手を差し出す。そこにはミサトのカードと拳銃、ここから解放するということだろう。
立ち上がり受け取りながら尋ねる。
「もう、いいの?」
「はい、問題は解決しました」
解決。つまりは冬月は無事帰ってきたということだ。しかもこんなに早くに。
何者が拉致の黒幕かは知らないが、目的は彼が握るここの情報だろう。そう簡単に口を割るとも思えない。当分は帰れない覚悟はあったので少し意外だった。
そこには匂いがする。あの男の影が。
無駄だと知りながらミサトは訊いた。
「・・・・・・彼は?」
「私は、存じません」
事務的な口調。だが誰のことを言っているかはすぐにわかったようだ。
少なくともネルフではまだ処分していないということか。
手のひらの中の銃の感触を確かめながら、ミサトはふと思った。
どうせこのまま会えないなら、自らの手で決着をつけたほうがまだ納得できるのではないか。
8年前のあの日々を忘れるためにも。
黄昏の中、加持は佇んでいた。
冬月の救出時、ただ脱出するだけでなく追手となりうる者の多くをマヒ状態にできたのが功を奏したのだろう。ゼーレの動きは予想よりずっと鈍く、振り切ったようにすら感じる。
しかしこれからのあては無かった。
今さら内調にも行けまい。あそこにもゼーレの息はかかっている。だからといってすぐにネルフ本部へ行くのも自殺行為だろう。
だがターミナルドグマに、レヰのところに行く必要がある。
チャンスがあるとすれば使徒の来襲時。ネルフ全体が混乱しているその時を狙うしかない、それがいつになるかは検討がつかない。
ミサトに会いたい。その気持ちはあるが、きっと今頃頭に血が上っているはずだ。
顔を見せようものなら、下手をしたら撃たれるかもしれない。
思わず苦笑した加持の近くで人の気配がした。取り囲まれた? だがそう多くの人数ではない。あの施設にいた人数を考えれば、彼らを振り切れば当分追いつかれることはないだろう。
「よう、遅かったじゃないか?」
物陰に隠れているらしい追手に声をかける。不思議と落ち着いていた。
まだ死ぬわけにはいかない。
ならば生き抜くしかないのだ。たとえこの手を血に染めたとしても。
静かに加持が懐に手を伸ばす。
掴んだ銃の感触は、確かに生を感じさせた。
結局掃除には3時間以上を費やした。
レイは手伝える状態には無かった。彼女にとっては1カ月半ぶりの逢瀬。思うところも多かったのだろう。いつもより激しくシンジを求め、そして疲れて眠ってしまっていた。
こんなことならレイの部屋になど行かなければよかった、とは思わなかったが、やはり一週間の入院生活で筋肉が弱っている、今のシンジの身体にはどちらも負担が大きかったようだ。
あの時先に家の中の様子を見ていたら、そんな気にはなれなかったろう。
時刻はもう7時、食事の支度をまだしていない、そもそも冷蔵庫にはビールしか入っていなかった。まるでシンジが最初に来た時と同じような部屋の状況。
その時もミサト独りだったのだから、当然といえば当然なのだが、今さらながらミサトのズボラさが認識される。マヤの家がきちんと片づいていたのを見た後だけになおさらだ。
いまから買い物にいくのも億劫なのでミサトが帰ってきたら出前でも取ってくれと頼もうと思っていたのだが、いつになく彼女の帰りは遅かった。
普通事前に言うか電話の一本くらい入れてくれるのだが。
少し彼女の心配をしながら、シンジは自室で横になっていた。
レイたちの食事も考えないといけないが、あの調子ならレイは当分起きないし、マヤが先に帰ってくれば彼女に出前の相談をすればいいだろう。
空腹よりも疲労の方が今は耐えがたい。そのまま浅い眠りにつく。確かにここはシンジの家だ。その気持ちは彼の心をやすらかにしていた。
暗い気持ちを引きずって、ようやくミサトは家に帰り着いた。
独房に入れられていたとはいえ、誰かが代りに仕事をやってくれるわけでもない。雑事は日向に任せるにしても、三佐と二尉では責任の度合いが違う。他部局との折衝や決裁などかれではできない業務もそれなりにあった。
そのために結局残業するはめになったのだ。
唯一の救いは冬月本人から詫びを言われたことだろうか。
だが、それはミサトを疑わせたことよりも別のことに対する謝罪だったように思える。
そう、彼と最後に会ったのは冬月なのだから。
明かりがついている。
玄関のドアを開けたところで初めて思いだした。今日からシンジが帰っていたのだ。
1カ月以上も彼のいない生活を続けて、少しそれに馴れていたのかもしれない。残業の連絡をしていないことを少し悔やんだ。
自室にいるらしいシンジに声をかけようとしてふと気づく。
留守番電話の点滅に。
予感がした。
震える指で再生のスイッチを押す。
流れてきたのは、やはり、加持の声だった。
ミサトへの謝罪? リツコへの伝言?
いや、それは別れの言葉。
あの時渡されたカプセルの中身とともに、加持はミサトに何を伝えようと言うのだろうか。
『・・・・・真実は君と共にある、迷わず進んでくれ。・・・もし今度会うことがあったら、8年前に言えなかったセリフを言うよ』
どこまで勝手な男なんだろう。
ミサトはいつしか泣き崩れていた。悔しさとやるせなさとそして愛しさに耐えかねて。
これが代償なら真実などいらない、そう心で叫びながら。
・・・・誰か泣いている。
どれくらい眠っていたのだろう。
かすかに聞こえる嗚咽の声で、シンジは目を覚ました。
夢だろうか?
頭を振る。寝ぼけているわけではない。確かに聞こえる。
リビングルーム。すすり泣く声。ミサトだろうか。
ゆっくりと起き上がり、シンジはすこしだけ部屋のドアを開けた。
やはりミサトだ。
テーブルに突っ伏して泣いている。絞り出すように身体を捻っている。
音を立てないようにドアを開け部屋から出る。ミサトは気づいていない。
その様子を見て、しかしシンジにはどうすればいいのか分からなかった。
これがレイならシンジは何も言わず抱きしめることも出来るだろう。マヤが泣いた時にも背中をさすり慰めたことはあった。
けれども今泣いているミサト、彼女には何も出来なかった。まるで射すくめられたかのように足が前に出ない。
彼女にかける言葉が浮かばない。
ミサトが大人だから?
シンジの保護者だから?
そうかもしれない。
それだけシンジは無意識にミサトに依存しているのだろう、守ってもらうべき存在として。シンジがレイを守ろうとすればするほど、中学生の彼にかかる反動はそれを求めていた。
しばらくミサトを見つめた後、シンジは自室に戻りまたドアを閉めた。
頭から布団を被る、ミサトの声が聞こえないように。
何もできない自分に嫌悪感を感じながら。
それが彼女を泣かせた誰かへの嫉妬だとは、気がつくことはなかった。
〜つづく〜
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katu@osaka.104.net
解説:
第10話、ようやく二桁ね。
今回、スパッドを使ったのは、せっかく設定にあるから・・・(^^;;
使う理由はそれなりにあるんだけど、ふざけるなとか言われそうだな(^^;
でも少しくらい遊びがないとねえ。書いてる方は楽しいんだけど。
スパッド振り回す加持ってカイエンっぽくっていいなあ、とか(笑)
不快に感じた方はごめんなさい。
とりあえず次回は第22話A相当です。
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