日常。



たとえ平穏ではなくとも。

たとえ仕組まれたものであっても。

ヒトはいつしかそれに馴れる。



昨日から続いている今日。今日と同じような明日。

それを疑うことを忘れる。



現実の厳しさの前にヒトは無力で、運命には抗う術を持たない。

それを知っているから。

向き合うことがつらいから、なおさらに忘れようとするのだろう。


自分たちの日常がとても脆いもので出来ていることを。



今日と同じ明日がくるあてなど、どこにもないということを。






SR −the destiny−

〔第13話 MEGAMI〕

Written by かつ丸



「今日も、マヤさんは遅いの?」

「ええ、・・・何時になるかわからないそうよ」

「そうなんだ。じゃあ今日も三人だね」

ネルフからの帰り、黒塗りの車の後部座席。シンジとレイは並んで座っている。

弐号機と零号機の修理が済み大義名分は失われたはずだが、シンジの登校はいまだ許されてはいなかった。定められた店での買い物は監視つきで認められてはいたが。

レイは当然の如くシンジにくっついている。彼女に不満は無いようだ。ただ、ここのところ様子のおかしい彼女の同居人、伊吹マヤのことを全く心配していないわけではなかった。

「・・・・どうかしたのかしら?」

「さあ・・・・弐号機の調整が残ってるのかもしれないよ。あんなことになったんだし」

「・・・・・」

レイの問いかけの答にはなっていない。彼女はマヤの残業の理由など気にしていなかった。普段ならそれくらい理解出来るはずのシンジだが、彼も気にしていたのだ、彼自身の同居人、葛城ミサトが部屋からほとんど出て来ないことを。

夕食は一緒にとる。しかしほとんど話さずに食事を終えると晩酌のビールも飲まずに自室に籠もってしまう。酒を断っているのだろうか? 冷蔵庫の中のエビチュはほとんど減っていないように思える。その代わり缶コーヒーが凄まじく消費されているようだったが。

仕事だとは思えない。作戦指揮が任務の彼女に持ち帰ってするようなことなどないだろう。

いずれにしても尋常ではなかった。

「・・・・ミサトさんとマヤさん・・・まだ、仲直りしてないのかな?」

どこか上の空でシンジがつぶやく。

「・・・・さあ」

二人が話しているところを最近は見ていない。それはレイも同じだった。

「・・・そっか」

溜め息をつき困った顔をしたシンジ。話題を変えようとするかのように、レイが彼の方を向いた。

「今日、早めに行ってもいい?」

「えっ、うん、でもどうして?」

「・・・・することがあまりないから」

学校へ行かない分、家事のほとんどは午前中などに済ませているので、帰ってもレイは暇をもてあましているだけのようだ。

ただしシンジの場合はずっと家にいるミサトが確実にちらかしている。掃除だけでもけっこう時間をとられるし、夕食の準備もあるため暇という事は無い。
隣にミサトがいるのにマヤの家にレイと引きこもるのもシンジには抵抗があるため、一度家に帰ると夕食の時間まで会えない日々が続いていた。

つまりはもう少し一緒にいたいということか。もちろんシンジに拒否する理由は無い。

「いいけど、あまり相手できないよ。ミサトさんもいるし・・・」

「それでもいい・・・」

レイが微笑む。答えは決まっていた。







第2ケイジ。

金色に光る弐号機から出されたカプセル、それを覗き込むようにしてリツコとマヤが立っていた。他に人影は無い。

「・・・・やはり異常は無いわね」

「・・・はい、データ上は、ですけど」

微笑みながらLCLにたゆたう銀髪の少年。使徒の攻撃にさらされた筈の彼は、何事もなかったように変わらずそこにいた。

その後できうる限りの検査をしたが、結果に問題はなかった。ロンギヌスの槍によって使徒が殲滅された時、まだその目的はたっせらてはいなかったということだろうか。それが何かはわからないが。

「まだ気になるようね」

「だって、だって確かにあの時カヲルくんと話したんです。なにも無いはずがないです」

「カヲルくん、ね・・・」

おおよそ科学的ではない。混乱する意識の中で幻覚でも見たのではないかとリツコは思っていたが、ことさらにマヤの神経を逆撫でするつもりは無かった。マヤがそれを信じていることは事実なのだから。

「とりあえずしばらく様子を見ましょう。へたに刺激するわけにはいかないもの」

「・・・はい、わかりました」

しかしマヤのその返事は納得しているようには聞こえない。カプセルの中の少年を見つめたまま、視線をそらそうとはしなかった。

「・・・・・もう今日はお帰りなさい。一応、一段落したんだから」

「・・・でも」

「あなたはレイの保護者なんでしょ。彼女のメンテナンスも、あなたの大事な仕事よ」

「・・・はい」

少しだけ拗ねたような目をする。その表情はリツコに何かを思いださせた。

今朝方の祖母からの電話。預けていたネコの死。

あの子に似ているのかもしれない。

ずっと忘れていたあの子に。







「ただいま・・・・」

「・・・・おかえりなさい」

結局マヤが家に帰ったのは10時過ぎだった。リビングにはパジャマ姿のレイ。風呂上がりなのだろうか。
ミサトはネルフに来てはいなかったようだが家にはいたのだろう。シンジがこの家に来ていた様子は無い。

「食事は?」

「うん、もうすませてきたから」

そっけないレイの問いかけに笑顔で応える。何カ月か一緒に暮らして今はよく分かる。彼女なりにマヤのことを心配してくれているのだ。

「・・・・忙しいの?」

「うん、でももう大丈夫よ。弐号機の検査は終わったから。・・・・・ねえ、レイちゃんの調子はどうなの? 最近診察してないけど」

リツコの言葉がなければ失念していたかもしれない。レイの保護者という言葉は決して戯れ言ではないのだ。その特殊な出生、町医者に見せるわけにもいかないだろう。彼女の健康管理はマヤの正式な仕事だった。

医師免許を持っているわけではないが、生物工学はエヴァのメンテには必須だ。ネルフでの中枢への係わり方からいってもレイの診察が出来るのはリツコや冬月をのぞけばマヤしかいない。

ミサトの隣室に住むことが認められた時から、その任務は言いつけられていた。

「私は・・・問題ないです」

ほんの少し複雑な表情。言葉使いが冷たくなる。自分のことなど今はどうでもいい、そう言いたいのだろう。

「体調に変化があったらちゃんと言ってね。・・・・・って、ごめんね、保護者ぶっちゃって」

自分の言い方に苦笑する。心配をかけているのは明らかにマヤの方なのだ。情けなさで胸がつまった。

「・・・・・・・どうしたの?」

「う、ううん・・・・なんでもないの。ごめんなさい」

目頭が熱い。涙が止まらない。ぼやける視界の向こうでは蒼い髪の少女が首をかしげ覗き込んでいる。

変に思われるだろう。だが自分ではどうしようもなかった。

顔を抑え嗚咽を上げる。



「・・・・お風呂、沸いてるから」

うずくまるようにして長い間泣いていたマヤの頭を撫で、耳元でレイが言った。

涙を拭いながらマヤが顔を上げると、そこには紅い瞳と透けるような微笑み。

それは誰かを思いださせた。

つられるようにマヤの顔も泣き笑いになる。

「ありがとう・・・ごめんね」

それには何も答えず首を振ると、レイは再びマヤの頭を撫でた。








使徒出現。


その連絡をミサトは自室で受けた。

ここのところほとんど出勤していない。戦闘配置でない限り許されるとはいえ、あまり好ましいことではないだろう。リツコには小言を言われている。

加持に託されたマイクロフィルムの解析、それが自分への理由。実際は彼からの連絡を待っているだけで、ほとんど手はついていなかった。

あれほど望んでいた情報、ネルフの、そしてセカンドインパクトの真実。なのに心は傍らの電話機から離れてはくれない。

その状態がもうどれくらい続いているだろう。

机の周りには缶コーヒーの山、ここのところほとんど眠っていない。シンジやレイとも夕食の時しか顔をあわせていない。

ミサトがいなくてもさほど困ることはあるまい。


普通に暮らしているぶんには。


ネルフへの専用道路、ルノーを高速で滑らせながら林の中に浮かぶ物体を見る。

白く光りながら回転する巨大なリング。

「肉眼で使徒を確認・・・か」

すでに零号機の配置体勢は携帯電話で指示している。だが後手を踏んだことは否めない。

初号機が凍結されている今、駒落ちの状態で敵とあたらねばならないのに、指揮官が今だこんなところをうろうろしているのだ。

いったい何をしているのか。

その自分への思いに、我知らずミサトはくちびるを噛んでいた。






第三新東京市の郊外、といっても市街地はすぐ近くにある。何をする様子もなく、ただ回転しているだけの使徒に対して出撃しているのは零号機だけだった。

パレットガンを構え使徒を伺っている。

弐号機は整備の関係からまだ発射口に運び込まれたところ、すでにマヤは搭乗している。

けれどもようやく発令所に到着したミサトは戸惑っていた。

使徒の目的がわからない。

「レイ、とりあえずしばらく様子を見て」


「・・・・いえ、来るわ」

モニター越しに言ったミサトの指示にレイは緊張した声で答えた。

その言葉の通り、突然、使徒が形を変える。リングから、一本の線へと。

ミミズのように波うちながら、それは零号機の方へと空中を泳いできた。

「レイ!!」

銃を構える零号機のATフィールドすら突き破って、光の紐の形をした使徒が襲いかかる。腕を伸ばすまも与えず腹部にとりついたそれから広がるように、零号機の身体に枝のような痕が浮きだした。使徒が融合しつつあるのだ。

咄嗟に腕を伸ばし使徒を掴む。その紐のような身体にパレットガンの弾を何発も打ち込む。しかし、効いた様子はなく、零号機の侵食はすすんでいる。

それと歩調をあわせるかのように、エントリープラグの中のレイの身体にも侵食の痕が浮きでてきた。

「うっ、ああっ・・・」

苦痛かそれとも快感なのか、レイの顔がゆがむ。


『綾波!! ミサトさん、僕が出ます!!』

「待って! シンジくん、はやまっては駄目!」

今にもケイジごと拘束具を破壊しそうなシンジをミサトが制す。初号機の凍結は解かれていない。である以上勝手な行動は現場の混乱を招くだけだからだ。

『でも、綾波が!!』

「危険です! 零号機の生体部品が侵されていきます」

「弐号機急いで!!」

シンジとオペレーターの声に押されるように、ミサトの叫びが響いた。

弐号機が射出されビルのシャッターが開く。

「いい、マヤ、ランチャーは使えないわ。兵装ビルからパレットガンを取り出して使徒を威嚇、ATフィールドを中和しながら零号機を救出して」

ミサトの指示、しかし弐号機はいっこうに姿を現さなかった。

「・・・・マヤ?」



「動かない・・・動かないんです」

プラグの中でマヤが絞り出すような声で呟く。手元のレバーを何度引いても手応えはなかった。

ファティマの少年の存在、それがマヤには全く感じられない。接続が切られてしまったかのように。



「弐号機のシンクロ率ゼロ!! これじゃ起動は不可能です!」

「な、なんてこと・・・」

「的になるわ! すぐに回収して!!」

呆然とするミサトの頭越しに、リツコが指示を出した。再びビルのシャッターが閉じられ、なすすべもなく弐号機はもと来た道を帰るしかなかった。



「くっ、ああっ」

『零号機の生体部品、すでに5%以上が侵食されています!』

『綾波ぃ!!』

痛みをこらえるレイの耳にシンジの叫びが聞こえる。

・・・・・大丈夫だから

心配するその声に答えるように微かに微笑み、しかしレイの意識は徐々に遠くなっていった。





どこともしれぬところ。

来たことも無い湖。

水面から30Cmほどのところで、レイは宙に浮いていた。

痛みは消えている。感覚がマヒしただけなのか。

そして目前、水中から上半身をだしこちらを見る一人の少女、レイがよく知る人、すなわち、レイ自身の姿。


「・・・・あなたは誰?」


セカンドチルドレン?

いや、彼女とも違う。

レイには分かっていた。目の前にいる自分が、さっきまで対峙していた使徒そのものであると。


『私と一つにならない?』


レイと同じ声。微笑みながら彼女が訊く。それは誘惑。


「いいえ・・・私は私、あなたじゃないわ」


『そう、でもダメ、もう遅いわ』


どこか嘲るような響き。それを合図にするようにレイのからだをなにかが蝕んでいく。


「うっ。あう・・・」


再び襲う痛みにレイが呻いた。


『私の心をあなたにもわけてあげる。イタイでしょう、心がイタイでしょう』


少女が言う。ではこの痛みこそが彼女の心の痛みなのだろうか?

ならば知っている、この感覚、昔よく感じていた、ひとり団地で住んでいたあの頃に。

それをなんと呼べばいいのかもしらぬまま、その痛みに耐えながら暮らしていた。


「痛い? いえ、違う・・・・・寂しい・・・のね」


『サビシイ? わからないわ。・・・・これはあなたの心、哀しみで満ちているあなたの心よ』


なにを言っているのだろう。 この寂しさがレイ自身のものだというのだろうか。そんな筈は無い。今は寂しいわけなど無い。

自分にはシンジがいる。愛する人、愛してくれる人が。

そしてマヤやミサトがいる、自分を受け入れてくれる人たちが。

昔とは違うのだ。


『どれだけ他人と触れ合っても、あなたの心が埋まることなど無い。あなたは大勢いるのに、だからこそあなたはどこにもいない。本当のあなたは別の所にいるから、今のあなたはただの影だと自分で知っているから』


「私は私、影などではないわ。実体として今を生き、ヒトを愛することもできる。私は確かにつながることができた、心も、身体も。私の心は満たされている、自分でわかるもの」


『ならばそのイタミはなに? たしかにあなたはヒトとつながることができた。でもあなたは求めているわ、それ以上のことを』


「私が?」


望みなど無い。シンジとさえ一緒にいられればいい。今のままでいいのだ。


『ええ、あなたは知っているから、そのつながりが長く続かないことを。だから心がイタイの』


「・・・・・何を言ってるの?」


『あなたは知っている・・・自分が望んでいることを』



そして世界は白濁する。

















「・・・・なみ・・・あやなみ」


白く染まった世界の外で、誰かが呼んでいた。

肩を揺すられる感覚。

「どうしたの、綾波?」

「・・・・碇君?」

目の前には愛しい少年の顔。心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「なにかおかしな夢でも見たの? ひどくうなされてたけど」

「・・・ううん、なんでもない」

見回せば葛城家のリビングルーム、クッションにもたれ、知らぬ間に眠っていたようだ。では、あれが夢というものだったのか。使徒と戦いそして侵されていく自分。

現実としか思えなかったが。

話には聞いたことがある、しかし夢を見たのは初めてだった。

シンジの手がレイの瞼に伸び流れていた涙を拭う。なにも言わず、レイはされるに任せた。

「そう・・・・もうすぐできるから。ごめんね、起こしちゃって」

夕食の準備をしていたのだろう。エプロン姿のシンジが微笑む。

「・・・いいの」

そう言ってやや朦朧とした頭を振る。

その様子を慈しむように見ていたシンジがひざまずき、レイに顔を近づけた。

優しい口づけ、そして静かに離れ、レイの目を見ながらささやく。

「・・・びっくりしたよ。綾波ってあまり寝言とか言わないから」

「そう?・・・・・でも、どうして知ってるの?」

「どうしてって、先に寝ちゃうじゃないか、いつも」

すこし頬を染めながらシンジが言う。意味が分かりレイも赤くなった。

「・・・・知らない」

「じゃあ、もう少しだけ待っててね」

またキッチンに戻ろうとしたシンジに声をかけようとした時、別のヒトの気配があった。


レイの背後に。



「・・・・レイ」

よく知っている声。ここにいるはずの無い声。

振り向く。すでにそこは葛城家では無かった。


ターミナルドグマの奥。オレンジ色の水槽の前。

目前にいたのは、赤いサングラスの男。レイを造りだしたヒト。

彼の前に、いつのまにかレイは立っていた。

「・・・レイ」

「はい」

「さあ行こう。今日、この時のためにお前は生まれたのだ」

「・・・・・はい」

レイが頷いたのを確認すると、ゲンドウは踵を返した。ついてこいということだろう。その先には何も見えない。ただの闇だけが行く手にはある。

振り向く。なぜかそこには見えた。シンジがキッチンで夕食を作っている姿が。

もうそれを彼女が食べることはないのに。



分かっていた。

いつかその日が来ることが。

運命が彼女の肩を掴む時がくることが。

それでも、忘れていたかった。

あまりにも居心地がいい場所に、レイ自身馴れ親しんでしまったから。

虚無へ帰ることを望んでいた昔など嘘のように、今の生活を受け入れ、かけがえのないものと思える自分がいたから。

けれども、それこそが夢だったのだ。


・・・・私はここにいたい。


・・・・ズット、ココニイタイノニ・・・








『レイ! しっかりして、レイ!!』

ミサトの叫び声に意識が戻る。気がつけばエントリープラグの中。

泣いている自分にレイは気づいた。

夢を見ていたのか。それとも使徒が見せた幻だろうか。身体を蝕む感触はなおも続いていた。血管が浮きでたような侵食の痕はレイの全身を覆おうとしている。

「・・・・碇君」



「現時刻をもって初号機の凍結を解除する」

「えっ!?」

「出撃だ。早くしろ!」

「は、はい!」




くびきを解かれた初号機が射出口に運ばれる。その様子を下りのエレベーターに乗った弐号機の中でマヤは見ていた。自分の時にはシンジを出さなかったなどという嫉妬は無い。ただ情けなく、そして申し訳なかった。

「・・・・ごめん、ごめんね、レイちゃん」

嗚咽まじりの声がプラグ内にこだまする。発令所ではそんなマヤに構うものはいなかった。




『彼女と一つになろうというのか? ・・・彼女は僕と似ていた気がする。だからなのか? 』




「綾波!! 今いくから!!」

射出口から打ち上げられた初号機、シャッターが開いた瞬間、シンジは外に踏み出させた。

一刻の猶予も無い。ATフィールドを展開する。

それに反応したのか。光の紐の形をした使徒が初号機に狙いをつけた。零号機にとりついたのと反対側、紐のもう片方の端。それが数キロ先の初号機に襲いかかる。

「ちぃっ!」

兵装ビルから取り出そうとしたパレットガンは一瞬はやく使徒に破壊された。向きを変え初号機に取りつこうとする使徒を咄嗟に掴む。

すると零号機の時と同じ、そこから侵食が始まった。しかし躊躇するわけにはいかない。

『シンジくん、ナイフを使って!!』

ミサトに言われるまでもなくプログナイフを取り出し使徒に切りかかる。

吹き出す赤い血。そして悲鳴。女性の声。

とまどうシンジの前で紐の先端が形を変えた。それはレイの似姿をしていた。

「あ、綾波?」



「だめ・・・・」

つながった使徒から伝わる。あれが自分の心を写したものだとレイにはわかった。

「あれは私の心。・・・・碇君と一緒になりたい?」

あれだけ身体をつなげてもかなえられなかったこと。自分の本当の望みはシンジを自分と同じにすることだったのかもしれない。

そうすれば、ずっと一緒にいられる。この使徒はレイの願いをかなえてくれる。一つになれば、もう離れる心配はない。


しかしあの少年をそうしてはいけないのだ。

レイと同じ、呪われた存在にしてはいけないのだ。



初号機を捕まえようとしていた使徒が急に動きを止め、そのまま縮むように零号機に吸い込まれていく。

「零号機、ATフィールド反転させています!」

「使徒を押さえ込もうというの!?」

「危険です、このままではコアが持ちません!」

すでに使徒はその身をすべて零号機に吸い込まれ、そのかわり零号機はまるで妊婦のように腹部をふくらませている。

「レイ!! 機体を捨てて逃げて!!」



「だめ、私がいなくなればATフィールドが消えてしまう。だからだめ」

ミサトの叫びに呟くように答え、レイはプラグの中の緊急レバーを操作した。

準備を終え、それを引く前に振り向いてモニターを見る。







(私は、レイちゃんの保護者だからね)

マヤが涙を流しながらこちらを見ている、心配をかけてしまったようだ。







(レイ、生きることを、生きようとすることをやめてはだめ)

ミサトが呆然としている、何をしようとしているかわかったのかもしれない。







(僕はここにいるよ。どこにもいかない、綾波のそばにいるよ)

シンジが今行くと叫んでいる、こちらに向かってくれているのだろう。






大切な人たち。大好きな人たち。

でも、夢から醒める時が来たのだ。

ゲンドウではなく、自分自身の手で。

後悔はなかった。






「・・・・レイちゃん!?」

弐号機のエントリープラグ、声は聞こえなかったがマヤにはわかった。

モニターの中のレイが、「ありがとう」と呟いたことが。



「レイ!」

発令所、なすすべもなくしていたミサトは確かに聞いた。

モニターの中のレイが、「ごめんなさい」と謝ったのを。



「あ、綾波ぃ!!」

零号機に駆けよろうとする初号機の中でシンジは見た。

モニターの中のレイが、「さよなら」と微笑む姿を。



「やめろおおおおおおおおおおおっ!!!!」



シンジの叫びが街中にこだまする。

初号機がその手を届かぬ先にいる零号機の方に伸ばす。


だが、次の瞬間、全ての風景は白く染まり、


そして・・・・、
















零号機はこの世界から消えた。








〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:


後半のスタートです。

展開については全てシナリオ通り、「逃げちゃ駄目だ!!」ってことで

レイの自爆にいたる部分についてはずっと以前から決めていたのですが。ラストのセリフが「るろ剣」最終回近くの巴と見事にシンクロしてます(^^;

正直ジャンプで読んだ時はかなりめげたのですが、普遍的な言葉だし、意味合いも微妙に違うからいいかなと(^^;
巴自身、レイと妙にシンクロしたキャラですしね。

そういや縁のモデルはカヲルなんかしら?




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