何も見えない。
何も聞こえない。
何も話さない。
何も知らない。
どこにも行かない。
誰にも会わない。
全てを失った脱け殻として、ただここにいるだけ。
過ぎ去った日々、もうかえることは無い。
思い出と、痛みだけを残して。
SR −the destiny−
〔第14話 砂の船〕
Written by かつ丸
「・・・・・・うっ・・・・・うっ・・・・・」
明りの消えた第2ケイジ。
主だったものは皆地上の収拾作業にあたっている。だからそこには一つしか人影はなかった。
弐号機から出されたカプセル、そこにすがるようにして泣く女性。
伊吹マヤ。
「・・・・・どうして・・・うっ・・・・どうして・・・」
責めるように呟きながら窓の中を覗く、もうどれくらいそうしているのだろう。真っ赤に染まった目と少し腫れたまぶたが痛々しい。
それは流れる涙を手で何度もぬぐったためだろう。けれどマヤはそんな自分のことを全く気にしてはいなかった。
ただカプセルの中の少年を見ている。今まで弐号機の中でマヤと繋がり、そして共に戦っていた相手。だが、彼はマヤとは繋がってくれなくなった。そのためにマヤはレイを失ったのだ。
水槽の中の『レイ』たちのことは知っている。しかし彼女と一緒に暮らしていたレイはもういない。
「どうしてなの・・・・・カヲルくん・・・・・うっ・・・ぐふっ・・」
感極まったのか、カプセルに張りついたままその場に崩れる。もうカプセルの中は見ていない。ただ、慟哭と共に呼びかけを続けていた。
その時
ゆっくりとカプセルのふたが開いた。外側からの何の操作も無しに。
今まで閉じられていたまぶたを開き上半身を起こした銀髪の少年は、気づかずに泣き続けるマヤを見て微笑んだ。優しいささやきと共に。
「・・・僕を呼んだかい? マヤさん」
「・・・・どうするんだ、彼女を」
巨大なチューブの前、中に入った裸の少女を見つめながら、冬月はゲンドウに訊ねた。
「まだリリスの封印を解くわけにはいかん。彷徨う魂をとどめるにはこの器が必要だ」
「・・・・・零号機が無い今、果たして制御できるのか?」
「我々に選択の余地は無いさ。あと1体の使徒を倒すまで、それまでもてばいい」
視線を動かすことなく、ゲンドウもチューブを見つめている。
「それで扱いはどうする? 生存していたことにするのも不可能ではないが」
「・・・・どう影響しているかわからん状態で、伊吹一尉のところにもどすわけにもいくまい。しばらくは様子を見るしかないだろう」
「人としての生を与えることで本来もつ神の力をおさえる、それも元の木阿彌か。こうなると逆効果だったかもしれんな、シンジくんに近づけたのは。実質的にはパイロットは一人もいないぞ」
皮肉の混じった口調、しかしゲンドウが動じることはなかった。
「例の少年を使う」
「・・・・しかし彼は」
「弐号機に乗れるのは他にはいまい。テストだけなら問題なかろう」
「ナオコくんの話を聞いていなかったのか? 彼はレイと同じ、そう言ったんだぞ、彼女は」
「レイちゃんと同じ、ね。結局どういう意味かわかりませんが」
「・・・・なんなら直接訊いてみたら?」
向かい合うレヰと加持、ターミナルドグマ奥深くにあるレヰの部屋。
視線をドアの方に向け、レヰが言った。その言葉に促され加持もそちらを見る。
「・・・・・綾波レイ・・・彼女のことですか」
音もなくドアを開きそこに立っていた少年が微笑みながら呟く。全く気配に気づかなかった加持が、少し驚いて彼を見た。
銀色の髪、白い肌、そして紅い瞳。
確かにレイに似ている。全くレイの分身といってもいいレヰよりも、彼の持つ雰囲気は綾波レイに近い、そう思えた。
「君は・・・・」
「初めまして。僕はカヲル・・・渚カヲルといいます」
「ああ・・・俺は加持リョウジだ。よろしくな、カヲルくん」
動揺を表に出すことなく加持も微笑みを返した。弐号機で眠っていたファティマの少年。数カ月もの間LCLに浸かり眠り続けていた筈の彼だが、こうして見てもそんな様子はまるでない。
「よろしく、加持さん。そしてお久し振りです、レヰさん」
「とうとう目覚めちゃったのね。まあ予定どおりなのかもしれないけど」
「僕に予定なんかありませんよ。封印したのはあなたですし・・・・とりあえずゼーレに連絡は取らないといけませんが」
微笑みを絶やさずにカヲルが言う。その内容にさすがの加持も表情を変えた。
「ど、どういうことなんだ、それは?」
「僕は彼らにとって希望のよすがだったらしいですから、魂の無い分身たちだけでは満足してくれないでしょう」
「老人はきっとここにとどまれと言うわ。残る使徒はあと1体なんですもの」
「・・・・なるほど、そうかもしれませんね」
「赤木博士も、少しは俺にも分かるように話してくださいよ」
意味不明の二人の会話。ついていけずに加持が割り込む。思わせぶりなレヰの口調には辟易していたが、カヲルも同じような思考回路を持っているようだ。
「約束の時が近いということよ。だから彼が目覚め、そしてレイが使徒に取り込まれようとした。彼女の抵抗でそれはかなわなかったけど、それで時が止まることはないわね」
「サードインパクトは逃れられない・・・それが『予定』ですか?」
「あの人は阻止するつもりみたいだけど・・・もうすぐ始まるわ。最後の使徒が倒される、その時から」
レヰの言葉に加持が苦笑する。教えられた真実を思い出したのだ。
「阻止・・・ね。しかし驚きましたよ、司令と副司令の目的が碇ユイ博士を取り戻すことだけだなんて」
「ミサトちゃんとのことを思えば、あなたも人のことは言えないでしょう」
「・・・確かに」
レヰの突っ込みに加持が肩をすくめた。カヲルはそんな二人を興味深げに眺めているだけだった。
「最後の使徒は・・・・・簡単には倒されないと思いますけどね」
小さくつぶやいた彼の声は、レヰと話す加持の耳までは届かなかった。
暗い部屋。七つの目を持つ仮面の壁画を薄明かりがおぼろに写す。
そこには十数枚のモノリスが円上に宙に浮かんでいた。
「ロンギヌスの槍の喪失。零号機の消失。そして・・・・・・タブリスのネルフ本部での発見か」
「ネルフ司令の解任どころか、死を持っても報いきれん罪だな」
「なぜ彼があそこにいる。セカンドチルドレンの失踪と関係があるのか」
「セカンドチルドレン、5年前あらわれた謎の少女か」
「彼女をドイツに送り込んだのも碇だった。そしてすでにドイツ支部から彼女のデータは全て消されている」
「気にくわんな。これも奴の思惑通りということか」
「だがタブリスが見つかったのは好都合だ」
「さよう、これでシナリオの完遂は保証された。最後の使徒を殲滅し、エヴァシリーズが完成すれば」
「ロンギヌスの槍は無くとも、エヴァシリーズと初号機があれば事はなせる」
「碇が何を企もうと、時計の針が戻ることはもはや無い」
「その時がくるまで、もうしばらく奴には役に立って貰おう」
「具合はどう?」
ターミナルドグマの一角。
病院で使われるようなパイプベッドと機材。その上にはビーカーとクスリ。
シンジが見れば思うだろう。かつてのレイの部屋そっくりだと。
シーツにくるまり、蒼い髪の少女はそこに横たわっていた。傍らには白衣の女性、赤木リツコの姿。その手に持つのはカルテだろうか、事務的な口調で訊ねる。しかしいらえはない。冷たく光る紅い瞳がかすかにリツコの方に動いただけだった。
「・・・・特に問題なさそうね」
動ずることなくリツコは言う。彼女の瞳の色も、レイに負けないくらい冷たかった。
零号機とともに死んだはずのレイ、その復活を告げられたのはつい先程だ。水槽の中の『レイ』がダミープラグだけでなく魂の入れ物であることは知っていたし、以前のレイもその身体は2人目だということも聞いてはいた。
リリスをベースとしたその身体が不思議な力を持っていることも。
自殺をし、確かにリツコが死体を確認した彼女の母ナオコは、『レイ』の身体で生きていたのだ。綾波レヰとして。
最初のレイの身体に取り込まれた、そう言った母の言葉は今もリツコの記憶にある。身体は違っても記憶、そして魂は確かにナオコそのものだった。
だから死んだ筈のレイが新たな身体を得ても不思議は無い。今まで同じものに定着していたのだ、ナオコの時よりもむしろ自然だろう。
しかしゲンドウが彼女をよみがえらせた時、リツコの脳裏にある考えが浮かんだ。
ゲンドウが『レイ』を作った目的は、別にあるのではないかと。ナオコの魂がその身に宿ったように、他の人の魂も宿すことが出来るのではないかと。
そして、今までのゲンドウの行動を思いだした時、やがて疑念は確信に変わった。
初号機の存在、そこに眠る魂。
そして気づいた。自分が築いていたものが砂上の楼閣にすぎなかったことを。ただ利用される存在でしかなかったことを。
ベッドの上のレイを見る。その冷たい表情はかつてリツコがここで彼女を育てていた時と何も変わらない。マヤと暮らしていた時には決してこんな顔はしなかったろう。
リツコもあの頃と同じ、ただのモノを見るように、そんなレイの様子を見つめる。
感情の無い顔を。
その面影はかつてこの建物で見た誰かに似ていた。リツコが高校生の頃。
一つだけ分かっていること。ゲンドウにとっては、レイもリツコも同じなのだ。恐らくはナオコも。
彼が待っているただ一人の女性、その人以外は。
そして、それを認められない自分がいることにも、リツコは気づいていた。
『・・・・真実は君と共にある。迷わず進んでくれ』
何度目になるだろう、このテープを聞くのは。すでに三桁は超えているはずだ。
・・・・迷わず進め、か。
自室の机に座り、ミサトは一人呟いていた。目の前にはマイクロチップ、加持が残したモノ。
結局彼からの連絡は無い。傍らの電話は鳴らないままだ。もう見切りをつけ、ミサト自身が歩きださねばならない筈だ。彼の遺志を継ぎ、真実にたどり着くためには。
しかし今のミサトにその気力は無かった。
レイを失ったこと、その責任は自分にある。その思いがミサトにのしかかる。
使徒に取り込まれようとする彼女に、何も出来なかった。自爆という最悪の手段を選ぶまで追い込まれたレイを、発令所で見ているだけの無能な指揮官、それが自分だった。
マヤを責める気にはなれない。先の戦いで弐号機には異常があったのだ。動かない可能性があることを、事前にマヤは申告していた。
最初からシンジを出すべきだった。二機のエヴァが連携していれば、あのような結果にはならなかったろう。初号機の凍結はゲンドウの指示とはいえ、それに対して異議を唱えたわけでもない。
せめて初動時から自分が指示をしていれば・・・。
真実を知るなどと自分勝手な思いとそして加持への未練で職務を半ば放棄し、その結果がこれだった。
何が保護者だろう、笑うしかないではないか。
立ち上がりミサトが部屋を出る。ダイニングには朝食にと置いておいたパンがそのままそこにある。
まだ彼は自分の部屋に閉じこもっているのだろう。
ゆっくりと閉ざされたドアに近づきノックをする。いらえはない。
すこし戸惑った後、声をかけることはせず、ミサトは少しだけドアを開いた。
朝と、そして昨日と同じ風景。
ベッドの上でシンジが膝を抱えて座っていた。
その瞳は見開かれたまま、全く焦点があっていない。何も見えていないに違いない。
話しかけても応えてくれることはないだろう。
鏡を見ているようだ。かつての・・・・彼と同い年のころのミサトを。
誰とも話すことなく、自分を置いて去った父のことだけを思っていたあのころの自分。
シンジがお前のせいだと詰ってくれれば、まだ、救われるだろうに。
だが、その気持ちはミサトのエゴでしかなかった。
本部施設最深部、検査を終えたレイの元を離れ、リツコは一人そこに来ていた。
ダミーシステムの中心部、『レイ』たちが眠る水槽のところへ。
シンジを連れてこようかとも思った。実際彼に張りついているガードを解くよう指示を出し、シンジの携帯に電話をかける寸前までいったのだ。
シンジにこの『レイ』たちを見せ、彼女の正体を教え、そして生きている今のレイに会わせる。
心が弱った彼を壊すために。
しかしやめた。
おそらく受け入れるだろう、シンジならば。
レイが人ではないと知らされても、愛することを止めなかったのだから。
それを確認しても面白くないだけだ。
PDAのスイッチを押す。水槽に明りがともり部屋がオレンジ色に染まる。
魂を持たないからっぽの入れ物、『レイ』たちがこちらを見て笑う。
レイが決してみせない笑顔。
「これがダミーシステムの本体か」
突然かけられた声に、一瞬リツコの身体が震えた。ここに来れるものは限られているのだから。
だが聞き慣れたその声は、ゲンドウでも冬月でもなかった。
「・・・・・生きてたの、加持くん」
「おかげさまでね。生還祝いに説明してくれるかな、りっちゃん」
振り向けば変わらない不敵な笑い。ネルフを裏切った筈の彼がこんなところにいる理由はわからない。だが諜報部も監察部も入って来られないこの場所は、確かに一番安全だろう。
「司令のしわざ? それとも副司令かしら」
「さあな、まあ彼らは当然俺の事は知ってるさ。今はネルフの敵じゃないってこともね」
「・・・・ミサトは知らないんでしょ。連絡もしないで、ばれたら殺されるわよ」
「まだ死にたくはないからな。葛城には黙っててくれよ」
そう言って加持が片目をつぶる。軽薄なその様子にすこし呆れ、リツコは溜め息をついた。本当に変わらない。
「で、みんな生きているんだろう。彼女たちは」
水槽に目を写し、加持が言う。中で踊る『レイ』たちを見ても驚いた様子はない。レイの正体を知っている、確か以前そう言っていた。
「ええ、でもまるで見たことがあるみたいね」
「ドイツでね。その時、水槽の中に入っているのは彼女じゃなかったし、使い道も知らなかったんだが」
「・・・・まさか」
つまりリツコが開発する前からダミーシステムは存在したということか。驚きと怒りでリツコの顔がこわばる。そんなことが可能なのは一人しか思いつかない。
「そう、レヰさんですよ」
別の誰かから声がかけられた。今度は初めて聞く、心当たりは無い。見れば加持から少し離れたところにもう一人、人が立っていた。
今まで気配を消していたのだろうか、突然あらわれたようにも思える。銀色の髪を持つ少年。
弐号機に搭載されていたファティマ。
目覚めた後しばらくしてどこかに消えてしまった。泣きながらマヤがそう話していたのはほんの数時間前だ。
カヲル・・・・マヤはそう呼んでいた。
「はじめまして、渚カヲルといいます。レヰさんにはドイツでとてもお世話になってたんです。気がつけば日本に連れて来られてましたが」
「・・・母さんが、あなたを作ったの?」
「さあ、どうでしょう。どうでもいいことなんで、気にしたことはありませんが」
レヰを母と呼ぶリツコに、なんの疑問も持たずに返事をする。つまりは知っているのだ、彼も。
弐号機といい、カヲルといい、ドイツ支部には本部をも凌駕する技術があるということか。
ナオコが死んだ後ネルフで過ごした時間は何だったのだろうか、まるで茶番ではないか。
「あなたも同じなのね、レイと・・・ならばふさわしいかもしれない、この場所にいあわせたのは」
「・・・何をするつもりなんだ、りっちゃん」
「この水槽の中の『レイ』はエヴァと同じモノ。かつて発見された神の分身。でもその魂はレイだけが持つ、そう思っていたわ。ここにあるのはただの入れ物で、エヴァには人の魂が入れられているから」
そう言ってリツコがカヲルを見る。
「だけど神はもう一人いたみたいね」
「じゃあ、この少年は・・・」
「・・・・僕は神なんかじゃありませんよ。単独でなにも生み出せないものを神などとは呼びません」
「どうかしら? 人の魂を持つエヴァは人間だけど・・・・だからこの『レイ』たちも同じなのよ。人の魂さえ宿せば、人になれる。母さんがそうだったように」
その言葉と共に、リツコはPDAのスイッチを押した。水槽の中の温度が上がり、『レイ』たちの身体が崩れていく。
「り、りっちゃん。何してるか分かってるのか」
「破壊よ。魂の入っていないこの子たちはただの物体だもの。・・・こうするしかないの、私は。彼女を、彼女をあの人のところに返すことは許せないもの。たとえその為に捨てられても」
呆然とする加持の前で、リツコはその場に崩れ落ちた。
「・・・・りっちゃん」
「あの人に愛されていないことは知っていた。利用されてるだけだということも。でも、あの人の寂しさをいつか埋めてあげられる、そう願っていたの」
涙を流しながらリツコが呟く。
「でも、あの人が望んでいたのは別の人だった。勝てるわけなかったのよ、はじめから私のことなんて見てなかったんだもの。・・・・バカよ、親子そろって大馬鹿者だわ」
「・・・・・・・」
「ねえ、加持くん。私を殺して、さもなければ汚して・・・・あの人を忘れられるように」
加持の方を見ずにリツコが言う。それに対して答えはなかった。加持は目を逸らし、水槽の中の残骸を見つめている。返事を期待していたわけではなかったのだろう、リツコも顔を抑えたまま、泣き続けることを止めない。
その横で、カヲルは二人のことをただ見ていた。彼の紅い瞳は冷たく光り、そのシニカルな微笑みは全てを嘲ているようだ。
「エヴァにとりつかれた者たち、か。リリンの業は・・・僕にはわからないよ」
かつて二人目のレイが育った場所。
そのベッドの脇に佇み、蒼い髪の少女は鏡を見ていた。
着ているものは第壱中学校の制服。施設の中では場違いな格好だが寝間着の他にはこれしか用意はされていなかった。
鏡の中の顔は傷一つついていない。その身体も怪我などしていない。知らない者がみれば、レイが零号機の爆発に捲き込まれたことなど信じられないだろう。
実際捲き込まれてなどいないのだ、彼女は。
能面のように無償情だった鏡の中の紅い瞳が突然潤む。そしていく筋もの流れとなって、それは少女の頬をつたっていった。
言葉は出さない、表情も変えない。けれど何かに耐えるように、彼女は鏡の中の自分から目を逸らそうとはしなかった。
深夜。
いつのまにかベランダに出て、シンジは空を見ていた。
どれくらい時がたったのかわからない。
そもそも、前の戦いの後、いつ、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。
全てを失った自分。
このまま消えてなくなる筈だった、彼女がいなくなれば生きていることなどできない、そう思っていたのだから。
だが、こうしてシンジは生きていた。
食欲は無かった。無いはずだった。
シンジを助けるため自ら死を選んだ彼女のことを思いながら朽ちていければいい、その願いとともに闇の中に沈んでいた。
だが、排泄の衝動と喉の乾きはシンジを現実に連れ戻す。
そしてそれに抗うことなどできはしない。
だからだろう、乾きに耐えきれず無意識のうちに台所で水を浴びるように飲んだ後、シンジはようやく発見したのだ。
レイを失い、それでも生きている、生きようとしている自分を。
夜空を見上げる。
今日は満月ではない。半分だけになったそれが暗い空に浮かんでいる。
月はいつか満ちるだろう。
・・・・だけど・・・・。
涙すら流すことが出来ずに、シンジはいつまでも欠けた月を見つめていた。
やがて空が白み月がその姿を隠すまで、ずっと。
〜つづく〜
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katu@osaka.104.net
解説:
二十三話Bパート終了です。
ここに来て動いてきたかな、という感じはしますね。
大筋はまだ変わってませんけど。
とりあえず第2部もあと2回。TVパートはそこで終了です。
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