紅い瞳。


白い肌。


造られた存在。


人でないヒト。


それでも、その心は求めるのだろうか。


人を愛することを。


そして、人に愛されることを。






SR −the destiny−

〔第16話 友情〕

Written by かつ丸




深い眠りから、彼女は醒めようとしていた。

夢を見ていたような気がする。望んでいたことが叶う、けれど哀しい夢。

頬に涙が流れている、眠りながら泣いていたのかもしれない。

身体には違和感がある。堅いベッド、いつもの自分のものではない。

もう朝なのだろうか。今日は休みでは無かったはずだ、そもそもここ何週間も休みらしい休みなどとってはいない。

徐々に意識が明確になる。それでも何も思いだせない。

自分がどこにいるのか、この身体の痛みはなんなのか。答のでない問いかけに漠然とした不安を感じながら、そして目を開けた。

狭い部屋。低い天井。

見知らぬ場所。

小さな明りがついている。首だけで周りを見渡す。まるで船室か寝台列車のベッドのようだ。

そして突然彼女は気づいた。

自分が何も着ていないことに。


「起きたのかい?」


声がかけられた。よく知っている、でも最近知った声、それは彼女のすぐ隣から聞こえた。ベッドの下。

シーツで胸を抑え、上半身を動かしおずおずと覗き込むようにそちらを見る。そこには彼がいた。床に毛布を敷き寝ている。いつものように微笑みながら。


「おはよう、マヤさん」


その少年の笑顔を見た時、マヤは全てを思いだし、羞恥でその頬を赤く染めた。








・・・・・渚・・・カヲル・・・。

自室のベッドに横たわりながら、シンジは天井を見上げていた。

眠らなかったわけではない、はなはだ浅い眠りであっても久し振りに睡眠をとれた気がする。

これも彼のおかげだろうか。

昨晩のことを思いだす。

慰めでも無く、欺瞞でも無く、想い続ければレイと再び逢えると断言した少年の言葉を。

おそらくレイと同じ、造られたモノとしての運命を持つ紅い瞳のヒト。

彼はレイの代わりなのだろうか?

零号機と共に消えたレイが本来なすはずだった役割、それをするために造られたのだろうか、ゲンドウの手によって。

彼が現れたタイミングからすれば、あながち的外れでは無いような気もする。だが、レイと会った事があるという彼の言葉が真実なら、彼、渚カヲルは以前からいたということになる。
ただ呼ばれただけなのかもしれない。

レイの正体の根幹にかかる何かを、カヲルはおそらく知っている。

それが何かは分からないけれど。







第7ケイジ。

そこにはいつもとかわらずエヴァ初号機がLCLの池の中に繋がれている。

悪鬼と見紛う容貌を持つ紫色の巨人。装甲具に覆われたその顔の前に、対峙するように立つ男がいた。

碇ゲンドウ。ネルフ総司令。

整備員の姿すらみえないその場所で、ただひたすらに初号機を見つめている。

睨んでいるのではない、彼のその眼には優しい光があった。息子や愛人にすらついぞ向けられたことのない、慈しみに満ちた光が。


「すでに選択の余地は無くなった・・・・この地でお前と共にゆるやかな滅びを迎える事はできない」


初号機に向かい静かに語りかける。


「だが、再び逢う事になんの障害も無い。われらの願いを妨げるロンギヌスの槍はもう無いのだ。あと僅かで望みは叶う。もうすぐだよ・・・・ユイ」


失われた妻の名を呼ぶ。その瞬間、彼の声は震えていた。それは喜びゆえか、それとも、恐れだったろうか。







「・・・・自由にシンクロ値を設定? そんなことが可能だとはね」

「まさにエヴァを手足として使いこなすってことですか、シンジくん以上の天才ですね」

ジオフロントと地上を結ぶ連絡橋、その途中に車を停め、ミサトは日向と話していた。別に逢い引きではない、盗聴を警戒しているのだ。それでも気休めでしかないが。

「・・・・あの子なら何があっても驚かないけどね」

小さく呟く、その声は日向には聞こえなかったようだ。カヲルの正体は彼には知らされていない。

「フィフスチルドレン、渚カヲル、全ての経歴は抹消されています。・・・・誕生日はセカンドインパクトと同じ日になっていますが。ただ少し気になるのは・・・」

「何?」

「ええ、彼に関する正式なチルドレン推薦が来たのは昨日なんですが、データがおかしいんですよ」

首を傾げている日向をミサトが見る。それに答えるように日向は話を続けた。

「写真はついてないし、身長や体重などのパーソナルデータも不完全です。委員会が直接送り込んだ形になっていますが、まるで知らない相手を紹介してきたみたいなんです」

「なるほどね・・・・」

渚カヲル、マヤに変わる新しいパイロット。

彼は先日まで弐号機の中にいた、ならば委員会が詳しいデータを持っていないのは当然だろう。だが、それはネルフ側がカヲルを推薦したのではないことを示している。本人がいるのだから、その程度のデータをそろえるのはわけがない事だ。

彼に関してはゲンドウがつじつまあわせにチルドレンにしたのかと思ったのだが、どうも違うようだ。委員会も知っていたという事か、彼のことを、

数カ月もLCLの中にいながら、それでも無事に生きていた謎の少年。

昨日初めて話をした。そして初めて見た、彼の紅く光る、レイと同じ色の瞳を。

シンジが彼に会おうとしたのが分かる。きっと導かれたのだろう、その瞳に。

ミサトにとってはその瞳の紅はレイを死なせた悔恨と罪を思いだすだけで、知らずに目を逸らしてしまう存在でしかない。

それでも彼に心を開くことができるマヤの気持ちが、ミサトには理解できなかった。

「それから、彼のデータを洗う時に偶然見つけたんですが・・・・・」

声をひそめて日向が言う。

「なに?」

「驚きました。・・・・赤木博士の居場所です」

そう言って耳を近づけ彼が告げたのは、ミサトにとって意外な場所だった。







「やあ・・・・・君がファーストチルドレンだね」

紅い瞳の少年が笑う。彼の視線の先にいる少女も、同じ色の瞳を持っていた。対照的に無表情な顔。何の感情もそこからは感じ取れない。

ターミナルドグマの奥、かつてたくさんの『レイ』たちが泳いでいたところ、そこに二人は立っていた。

うっすらと灯がついた部屋、かすかに見える水槽の中には肉の残骸が漂っている。

「綾波レイ・・・・・君は僕と同じだね」

レイを見つめ続けたままカヲルが言う。レイは計るようにカヲルの顔を見ている。


「・・・・・あなた、誰?」

長い沈黙のあと、レイが訊ねた。

「・・・君は僕を知っているはずだよ。浅間山の火口。弐号機の機体の中で君が感じた存在、それが僕さ・・・」

「・・・・・・」

微笑みを絶やさぬまま。カヲルが答える。意味が分からなかったのか、それとも戸惑っているのか、レイは再び沈黙で返した。

「・・・この星にたどり着き、長い時を超え、そしてリリンと同じこの形にいきついた。白き月の報いが進むこの星で、選ばれた存在となるのは誰なんだろうね・・・」

「・・・・・・」

「・・・・じゃあ、僕は行くよ、老人の願いを叶えに。今日、この日のために、僕は生まれたのだから・・・」

そう言うとレイの返事を待たずにカヲルは踵を返した。その背中をレイはずっと見ていた。それは忘れがたかったからだろうか、彼のどこか哀しげな微笑みが。

それとも知っていたのだろうか、彼が、滅びをもたらす使者であるということを。








「・・・・いったい何したのよ、あんた」

「それを訊くためにここまで来たの? ここでの会話、録音されてるわよ」

呆れたように言うその声は、いつもと変わらないように思える。

本部深くにある独房、かつてシンジやミサトが入れられていた営倉とは違う、その警備はさらに厳重だった。ここにいるリツコに会いに来たが、彼女に特に用事は無い。ただ、ネルフ全体の技術部門を受け持つ彼女をこんなところに入れるのは、尋常な事態とは思えなかった。

ゲンドウや冬月からは何も聞かされてはいない。そのことへの当てつけもあったのかもしれない。

ここにくるまでミサトが止められる事は無かった。自分で調べろと言う事か、それともミサトに知られようが関係ないということか、おそらくは後者だろうが。それを気にしてもしょうがない、なりふりかまえるほどの余裕など無いのだから。

「構わないわ。・・・それで、どうしてなの?」

「・・・・ダミーシステムを破壊したからよ」

独房の奥に向こうむきに座ったままリツコが答える。

「ダミーシステムを? いったいどういう意味?」

初号機に搭載されていたそれは、すでに機能を失っていたはずだ。それを壊したからといってなぜこうなるのか。

「・・・・さあね、カヲルにでも訊いたらどう? あの子もその場にいたんだから・・・もう一人いたけどね」

含みのある言葉、そこには皮肉な響きがある。少し苛立ちながらミサトは訊ねた。

「あの子が? ・・・・・ねえ、彼の正体は何? レイといったいどういう関係なの?」

「レイと? どうしてそんなこと訊くの?」

「似ているからよ。あの二人が・・・」

一瞬の間、そしてミサトの耳にリツコの乾いた笑い声が聞こえてきた。

「不思議な事をいうのね、レヰの時は全然気にしなかったあなたが」

「理由なんかないわ、何故だかそう思ったのよ。知ってるんでしょう、答えなさい、リツコ」

知らず知らずに口調が厳しくなる。口に出して確信に変わった、あの二人に共通する何か、それこそが真実への糸口なのだと。

「・・・・知らない方がいいわ。あなたが、レイのことを少しでも大切に思っていたのなら」

「リツコ・・・・・」

「やがてカヲルは動きだすでしょう、そしてその時に嫌でも分かるわ、彼の正体が。・・・守ってあげなさい、シンジくんを。あの子の保護者だというあなたの言葉が、嘘じゃないんならね」







「・・・・始めるのね」

「ええ、今朝方指令がありました。アダムとの融合を果たせと。・・・・邪魔しないんですか?」

「どうせ私では止められないもの。今のレイか初号機くらいでしょう、そんなことができるのは」

「・・・・どうせならシンジくんに来て欲しいですね」

「だからわざわざ正面から行くのね。私の部屋から裏道を通ればすぐなのに」

「これは儀式ですから・・・狭き門から入らないと真の祝福は得られませんよ」

「あなたは導く側でしょうに」

「だから、なおさらです。少なくともリリンにもチャンスを与えないと、公平ではありませんからね」

「だまし討ちはしないってこと? まあいいわ、応援はしないけど、悔いのないようにね」

「あなたには感謝してますよ。これに乗せられないと、彼女には逢えませんでしたから」

「仕組んだわけじゃないけどね。ちゃんとお別れは言ったの?」

「いえ・・・・未練ですからね。決められた運命には逆らえない、それが造られたものの定めですよ。それじゃあ、さようならレヰさん」





「・・・人の世界は嘘と欺瞞に満ちているわ。あなたたちにはつらい場所だったかもしれないわね、カヲル」








非常警報があたりに響いた。

昨日と同じようにエレベーターホールのベンチに座っていたシンジがゆっくりと顔をあげる。

そのサイレンの意味する事は分かっていた。

使徒の襲撃。

だが実感は無い。恐怖も無い。

『サードチルドレンは、直ちに初号機に搭乗してください』

モニターしていたのだろう、スピーカーから流れた声はシンジにだけ向けられたものだ。

まだ解放はされていないということか。

虚ろな目をしたまま、シンジは立ち上がった。

また、エヴァに乗る。今さら果たすべき目的など全て失ったはずなのに。

世界を守るため?

そうかもしれない。今まではそんな実感など無かったが。

この世界が失われればレイが生きた証も無くなる。

シンジが覚えている限り、本当の意味でレイが消える事はないのだ。

だからシンジは生きなくてはいけない。

そしてエヴァに乗って戦わなければいけない。

そのことをきっとレイも望んでいるはずだ。

自己欺瞞かもしれない、けれど、そう思わないと前に進めない自分を、シンジは自覚していた。







モニターに映し出された警告画面、パターン青、つまりそれは使徒の存在を示している。別の画面には何かを守るように手で包みながら降下する、金色の機体の姿。警告の元はそこにあった。

弐号機? いや、その手の中につつまれるようにして宙に浮かぶモノこそがそれだろう。

中学校の制服に身をつつんだ、銀髪の少年こそが。



「どうして弐号機が動いてるの?」

発令所でモニターを見ているミサトが呟く、彼女の前にはパイロットだったマヤがオペレーターとして座っている。そして弐号機のプラグが無人であることを、センサーは示していた。

つまりは全てはあの少年が起こした事態ということだ。

「あの子が使徒だったって言うの・・・・」

ミサトの驚きは当然のことだろう。彼はファティマとして弐号機を操り、使徒をその手で倒してきたのではないか。たとえ意識を持っていなかったとはいえ。

リツコもそれを知っていたのだろうか。そしてゲンドウも。




「早々に動きだしたな。・・・地下に向かっているようだが」

「ああ、老人は時間を進めたようだ。こちらで殲滅しろということだろう」

「それからが本当の戦いか・・・」




『嘘です、カヲルくんが使徒だなんて、そんなはずありません!』

『黙りなさい、マヤ。事実を受けとめなさい』

モニターの向こうではミサトたちが言い争いをしている。繋がったままの回線から聞こえてくるそれを、シンジは半ば呆然として聞いていた。

カヲルが、あの少年が使徒?

昨晩話をし、心を通わせた彼が使徒だなどと、そんなことがありうるのだろうか。

頭にもやがかかっているような気がする。

『・・・シンジくん、出撃・・・・いいわね?』

ミサトの声にかすかに頷く。初号機を起動させる。

しかし、現実感は全くなかった。




「・・・・遅いな、シンジくん・・・」




S2機関が活動している。まるで重力など存在しないように巨体が宙を浮く。

シンジの意思通りに。

アンビリカブルケーブルを繋ぐことなく、初号機は地下の通路を下っていた。

この先にはアダムがあるのだろうか、いつか加持が話していた。

そしてカヲルは人類を滅ぼすために、それに触れようというのだろうか。
 

眼下に金色の機体が見えた。そして少年の姿も。

ポケットに手を入れ、こちらを見上げている。

紅い瞳が光っている。微笑んでいるようだ。

そして初めて実感した、カヲルが使徒だということを。


それはシンジにもう一つの真実をつきつけた。

ならばレイも、使徒だったということだろうか。


・・・・バカな。


その考えを打ち払う。使徒を倒すためにレイは犠牲になったのだ。そんな筈は無い。


「待っていたよ、シンジくん・・・」

カヲルの声が聞こえる。スピーカー越しにではない。人の肉声など、よほど大きな声でない限り集音マイクを通しても聞こえないだろう。しかし、確かに聞こえる。これも彼の力なのか。

追いつこうとしたその時、弐号機がこちらを向いた。カヲルの身を庇うように初号機の前に立ちふさがる。空中に浮いたまま。

掴みかかってきた弐号機の手を掴み返し、シンジはそれをはねのけようとした。まるでマヤと戦っているような気分になる。参号機との戦闘がフラッシュバックする。悪夢をはねのけるように、シンジは力を込めた。


「エヴァシリーズ、アダムより生まれしモノ。本来忌むべき存在を使ってまで生き延びようとするリリン・・・・僕には分からないよ」


戦う2体のエヴァを見ながら、カヲルは物憂げに呟いている。

このままでは埒があかないとシンジがプログナイフを構えた。対抗するように弐号機が腰から剣を抜く。狭い空間で、宙に浮かびながら2枚の刃物をが行き交う。お互いの刃が受けとめあう火花が暗い通路の中に飛び散り、2機と一人の姿を照らした。


「もう、彼女の魂は消えてしまった。僕を目覚めさせたあの光は、不完全な定着だったこのコアにあまりにも強く働きすぎたんだ。だから今は外からでも簡単に操ることが出来る。心を持たないただの人形だからね、これは・・・」


初号機のもつナイフの刃先が流れ、カヲルの方に向かう。ひ弱な身体しか持たない少年をナイフが切り裂くと思われた瞬間、オレンジ色の壁がそれを防いだ。

・・・・ATフィールド!!

目を見張るシンジの気持ちを察したようにカヲルが笑う。


「何人にも犯されざる、聖なる領域・・・・君たちリリンも分かっているんだろう? これが誰もが持っている心の壁だと」


何を言っているのか分からない。混乱する思考の中で、シンジはただカヲルを見つめていた。その隙をつくように弐号機が剣を振り上げ初号機に振り上げる。肩口にかかる痛み。咄嗟に左手で弐号機の腕を掴み押し返しながら、右手に持ったナイフをその首筋に突き刺す。

互いに血を流しあいながら、2体のエヴァはゆっくりと降下していった。





「エヴァ両機、最下層に到着しました!」

オペレーターの声が響く、それは事態が逼迫していることを示していた。

「葛城さん、シンジくんを止めてください!」

涙を流しながらマヤが叫ぶ。ほとんど理性を失いかけているように見える彼女に、大股で近づきミサトは顔を寄せた。その瞳は厳しい。

「甘えた事言ってるんじゃないわよ、マヤ。・・・・いい、初号機の信号が消えて、その後もう一度変化があった時は・・・マギにここの自爆を提議しなさい、あんたの判断で」

「そ、そんな・・・」

「あんたがやらなくてどうするの。レイが守ったこの世界を守るのは、私たちの義務なのよ・・・」

「で、でも・・・・カヲルくんが・・・」

「あの子がそんなに大事なのなら他人じゃなく自分でかたをつけなさい。あんたはリツコのかわりなんでしょう? 頼んだわよ、マヤ」

そう言ってモニターを見る。マヤは蒼ざめた顔でミサトを見つめていた。




「・・・人の希望は、哀しみでつづられているね」

その言葉と共にカヲルが瞳を閉じると、彼らを補足していた全てのモニターが砂嵐を写した。




「ど、どうしたの?」

「これまでにない、強力なATフィールドです!」

「目標、及び、エヴァ両機ともにロスト!」




ドグマの最下層。ようやくいきついたそこで、2体のエヴァが絡み合うようにして倒れている。

それに一瞥したあと、カヲルは踵を返した。

そのままゆっくりと奥へと進んでいく。

立ち上がりそれを追おうとする初号機の足を、倒れたままの弐号機が掴んだ。

振り払おうともがく初号機。意思を持つかのように弐号機がそれを止める。2体を尻目にカヲルはたどり着こうとしていた。

約束の場所に。

地下の扉が、大きな音をたてて開いていく。十字架に架けられた白い巨人が、ついにカヲルの目前に姿を現した。




「ついにたどり着いたってわけね、使徒が・・・。マヤ・・・」

「でも、でも・・・」

「サードインパクトを起こすわけにはいかないわ。・・・・分かるでしょう?」

優しく微笑み、ミサトはマヤの手に自分の手を重ねた。

「シンジくんとレイがしてきたことに、私たちがけりをつけてあげましょう」

「・・・・葛城さん」

「あの子に人類を滅ぼさせたいの? あなたが止めてあげなさい、マヤ」

それでも戸惑っていたマヤが、やがて小さく頷いたその時、また、警報がなった。

「どうしたの?!」

「さっきと同等のATフィールドが結界周辺に発生、結界の中へ侵入していきます」

「まさか新手の使徒?」

「だめです、確認できません。あ、いえ消失しました」

「消失? どういうこと?」




LCLの海、はりつけの巨人。

警護のためだろうか、そこには軍艦が浮かんでいるが、人が乗っている様子は無かった。

そのすぐ近くをカヲルが通過しても沈黙している。

カヲルが白い巨人と向かい合う。その顔は憂いしかないように見える。

「アダムに生まれしモノは、アダムにかえらねばならないのか。それでヒトを滅ぼすことになっても・・・」

七つの目の絵が描かれた仮面に覆われた巨人の顔、その前で宙に浮き対峙する銀髪の少年。何か見えたのだろうか、それとも感じたのか、しばし見つめていたカヲルの表情が、突然驚きのそれに変わった。

「違う・・・これはリリス・・・・そうか、そういうことか、リリン」

その時轟音と共に、金色の機体が倒れこんできた。その顔面にはナイフが突き刺さっている。冷たい瞳でそれを見守るカヲルのところに、弐号機を蹴り倒して後ろから現れた初号機の腕が伸びた。

抵抗する事もなく、カヲルはただ掴まれるに任せていた。優しく微笑みながら。






肩口が痛い。弐号機の剣がそこに食い込んでいる。しかしそれを引き抜く余裕はシンジに無かった。腕の中にはカヲルの感触。初号機とのシンクロはシンジにそれをそのまま感じさせている。力を込めれば潰れてしまうだろう。

・・・・・どうしたらいいんだ?

こと、ここにいたっても、シンジは何がどうなっているのかわからない。カヲルを止めなければいけない。その思いで弐号機は倒した。しかしこうしてカヲルを止めて、それから先どうすればいいというのだろうか。

使徒は全て殲滅してきた。だが、手の中のこの少年、カヲルをそれと同じに扱えというのだろうか。紅い瞳でこちらに微笑む彼を。

発令所との通信は途絶している。シンジが決めなければならないのだ。

「まだ指令は無効になってはいない。たとえそれが罠であってもね。僕が生き続けることが、僕に定められた運命だったんだ、結果ヒトが滅びても。・・・だが、このまま死ぬ事もできる。生と死は等価値なんだ、自らの死、それが唯一僕の絶対的自由なんだよ」


腕の中でカヲルが話す。何を言っているのか分からない。しかし彼の笑顔にはどこか吹っ切れたような清々しささえ感じられる。己の死を覚悟してるという事だろうか。

「・・・さあ、僕を消してくれ。滅びの時を免れ、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ・・・そうしないと君たちを滅ばさなければならない。君は滅びるべき存在じゃないんだ」

カヲルが見上げる。その視線は一瞬シンジから離れ、そしてまた戻ってきた。

「・・・君たちには未来が必要だ。それこそが・・・・そう、あの人の未来へとつながることだから・・・」

このまま潰す事を促しているのだろうか、しかし、シンジにはそうすることができなかった。

カヲルの紅い瞳に、レイと同じ光を見ていたから。

そのまま固まったように動けない。

その思いが伝わったのか、優しい微笑みを絶やさず、カヲルは口を開いた。

「・・・躊躇することはないさ、君が思っているヒトと僕は確かに似ているけど、別の存在だよ」

ならばいいということにはならない。それでも世界を滅ぼさないためにはカヲルを殺すしかないというのか。これがカヲルでなくてレイなら、シンジは迷わず世界を滅ぼすことを選ぶだろう。
同じようにカヲルを大事に思っている存在がいるなら、それをする資格などシンジにはないのではないか。

昨日見たマヤの顔、シンジには分かっていた、彼女もシンジと同じなのだと。

「僕は死を望んでいるのに・・それでも、僕を消そうとはしないんだね。・・・・本当に君は好意に値するよ」



そして、長い沈黙のあと、カヲルの微笑みが少し皮肉なものに変わった。


「・・・・あの時、弐号機が動かなかったのは、僕のせいなんだ」


一瞬、なんのことか分からず、シンジがカヲルを見る。


「零号機と融合して、そしてどうするのか、それを見届けたいと思ったんだ」


ようやくカヲルの言っている内容が分かった、しかし、意味がわからない。


「・・・・それも彼女が自爆したせいで途中で終わってしまったけどね。残念だよ、あのままでいれば、望みが叶ったのは彼女だったかもしれないのに」


その笑顔には嘲りすら感じられる。徐々に自分の視界が暗くなっていくのがシンジには分かった。


「彼女は君と一つになることを望んでいた。ああやって消えてもなんの意味もないのに、せっかくのチャンスを見過ごしにするなんてね。とても残念だったよ・・・・」






それからはよく覚えていない。

黒く染まった心はシンジを野獣に変え、気がついた時はもう全て終わっていた。

ただ、最後の瞬間、カヲルの言葉を聞いたような気がする。


「ありがとう、君に逢えて嬉しかったよ」、と。


それは理性が戻ってから聞いた空耳かもしれない。



手に残る血の感触、初号機の手は真っ赤に染まっている。

カヲルの姿はもう見つかることはないだろう。

モニター越しにミサトが何か言っている、マヤの声は聞こえない。

我知らず嗚咽をあげながら、シンジは気づいていた。





自分が、罪を犯したことに。









〜つづく〜









かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net



解説:

これで第二部終了です。

ようやっとテレビパートが終わりました。
「新月」が八話からですから完全再話ではありませんけど、長かったですねえ。

最初はここまで来る見込みも展望もなかったですが、それでもファティマとして登場したカヲルを使徒として殲滅するところまでこれましたから。
少しホッとしてたりして(笑)

残る第三部はEOEパートです。

とりあえず本編はしばらくお休みさせていただきます。
第三部でちゃんと最後まで自分なりに納得行く形で終わらせたいと思ってますので、ある程度形が固まるまでは再開しません。

当分は外伝や別の作品でつなぎをしようかなと(^^;

来年の夏とか、そんなにむちゃくちゃ待たせるつもりはありませんけど。目処が立ってないのもたしかかもしれない(^^;;
外伝とかのネタが無くなれば見切り発車でいきなり再開するかもしれませんが(笑)


一応今回区切りですので感想や疑問いただけましたら幸いです。
底が浅いのでネタばらしはあまりしないかもしれませんが、ワシ本人にも気づいてない疑問があるかもしれませんので(笑)





第17話へ
SSインデックスへ

トップページへ