「ちょっと、どういうことよ」

「聞こえなかったの? マヤが弐号機パイロットに正式に決定。あなたの指揮下にはいるわ」

「・・・でも、彼女は。それでいいの、あんたは?」

「兼務だもの。確かに痛いけど、しょうがないわね」

「やっぱり私が乗るわ」

「もう無理よ。ここであなたが乗ったら誰にでも動かせることが明らかになるわ」

「・・・本当のことじゃない」

「そうなれば標的になるわ。戦自を含めてね。エヴァの保有は魅力的ですもの」

「軍人や政治家たちがアレを欲しがるってこと?」

「そう、チルドレンだけがあれを動かせる。そしてチルドレンはネルフにしかいない。それがここを守っているのよ」

「でも、使徒がきてるのよ。人間どおしでそんなこと考えてどうするのよ」

「・・・子供みたいなものね。みんな遊びたいのよ。そこにおもちゃがあれば」

「私は違うわよ。・・・・私が乗るはずだったのに」

「あの場にいなかったあなたが悪いんじゃない。だいたい、なにしてたのよ? 加持くんと二人で」 

「べ、別に何もしてないわよ!」

「まあ、いいけど。注意しなさいよ、あの子たちの様子も少し変だったわ」





Mの肖像

〔第2話 迎撃〕

Written by かつ丸




「技術一課伊吹二尉を一尉に昇格。作戦部兼務とする、か。赤木くんも面白がっているとしか思えんな」

司令室。将棋雑誌片手に駒を動かしながら、冬月が司令席に座るゲンドウに話しかける。

「問題ない。一度動かした事実は消えん。特殊事例として、政府や委員会に対して説明できればいい」

「実際の戦闘を考えれば、葛城くんのほうがよかったと思うが」

「弐号機はある意味最強だ。それを任せるには危険すぎる」

冬月の手が止まり、一瞬遠くを見る。

「・・・確かに、使徒よりも街を破壊しそうだな。妥当な選択ということか」

「ああ。葛城一尉は三佐にする。序列ではお前の次になる」

「実質的には変わらんがな。・・・南極に行く段取りはついた。当分は彼女に任せることになるぞ」

ゲンドウが不敵に笑う。

「使徒を倒す執念で、彼女に勝るものはいない。役に立つ間は使えばいい」

「使命か。・・・いや、むしろ宿命だな」








「あら、おかえり、レイ」

タンクトップ姿のミサトがレイを出迎えた。

今日は遅番だと言っていた。まだ出る時間ではないのだろうか。

「ただいま・・」

ようやく固さのとれてきたレイの挨拶に、ミサトが微笑む。

「・・・大丈夫みたいね。シンジくんが心配してたわよ。あなたの元気がないって」

レイが思わずミサトを見る。確かにシンジから何度か体調をきかれていた。しかし、悪いところなどない。だから彼にはそう答えていた。

「私としてはあの子のほうが心配なんだけどね。この間の戦闘でもまた無茶したみたいだし」

冗談ぽくミサトが言う。レイの顔に影が差す。

「・・・どうしたの、レイ?」

レイの変化に気がついたのだろう、ミサトが尋ねる。

「いえ・・・なんでもありません」

答えるレイの顔をしばらく見つめていたが、少しため息をつくと、その肩を叩いた。

「あんまり暗い顔してないで、それじゃシンジくんも気にするわよ」

そう言って微笑む。

「もうすぐあの子も帰ってくるわ。シャワーでも浴びて気分を変えなさい」




雨の音。

部屋に戻ったレイが窓の外を見る。いつの間にか降りだしていたようだ。

ミサトの言う通り、シャワーをあびて、すこし気持ちは楽になった。

身体を巻いたバスタオルをとり、ラフな服装に着替える。Tシャツとスカート。

以前、彼女が独り暮らしをしていたころは、制服の他は寝間着程度しか持っていなかった。

ここに来て以来、すこしずつ着るものは増えている。大方はミサトのお下がりだったが、ミサトの買い物に無理やりのようにつきあわされ、そこで購入したものもある。

何を着るか、そういうことに今までレイは興味を持たなかった。
別に今もたいして興味はないが、違う服を身につけた時、シンジの彼女を見る視線に、なんだか面はゆいものを感じるのも確かだ。

だから、色々な服を着るのはけして嫌いではない。

昔住んでいたところとは、様子の違う部屋。それでもシンジに言わせれば、モノが少ないそうだ。

変わらないのはビーカーと薬品。そしてゲンドウの眼鏡。

シンジ以外のこの世との絆。彼女を生み出したもの。

それを捨てることは、まだできなかった。



着替え終わったころ、玄関先で物音がした。ミサトは自室にいるはずだ。シンジが帰ってきたのだろうか。

迎えに出ようとした時、声が聞こえた。

「ほんま、えらいめにおーたわ」

「急に降りだすんだものね」

クラスメート。シンジと中の良い二人。ジャージとメガネ。名前は知らない。

毎朝、登校時にシンジを迎えに来ているはずだ。レイは少し先に出るので、ここで会ったことはないが。

一緒に帰ってきたのだろうか。レイがこの家に来てからは初めてだった。

「ミサトさんは、いてるんか?」

「はい、タオル。・・・まだ寝てんのかな。最近徹夜が多いから」

シンジの声も聞こえる。

「ああ、大変な仕事やからな」

「じゃあ、起こさないように静かにしてようぜ」

「・・・傘、貸そうか?」

「なんやねん、さっきから。そんなにワシらが邪魔なんかい」

「そうだよ。ここに来るのも嫌がったし。友達がいのないやつだな。シンジは」

彼らはしばらくそこにいるようだ。別にシンジに用事はない。わざわざ顔をだす必要はないだろう。

ドアの前で、レイは立ちどまっていた。

その時、違う声がする。

「あら、いらっしゃい二人とも。シンジくんもお帰りなさい」

ミサトが出てきたらしい。今からネルフだろうか。

「お、お、お、お邪魔しとります」

「ああっ! こ、この度はご昇進おめでとうございます」

「・・・ありがと」

あまり嬉しそうでも無い。おざなりな口調。

「今夜はハーモニクスの試験があるから遅れないようにね」

「はい」

「レイもわかってるわね」

声が掛かる。返事をしないのは不自然だろう。

「はい」

そう言ってドアを開ける。レイの目に、間抜けな顔をしている二人と、少し顔を赤くしているシンジの姿が写った。

「じゃ、行ってくるわね」

すこし悪戯っぽく微笑んで、ミサトが出ていった。

沈黙。二人はまだ固まっている。

取り繕うように、シンジが彼らに尋ねる。

「ね、ねえ、どうしたの、昇進って。ミサトさんになにかあったの?」

しかし、返事は無い。それどころではないようだ。しかたなくレイが答える。

「三佐に昇進したの」

「えっ、そうなんだ。でも綾波よく知ってたね」

ミサトの襟章が二本線になったのは、もう1週間以上も前だ。あれだけ一緒に過ごしながら全く気がつかないのは、むしろ彼らしいところだろう。

「そ、それどころやないわ」

「そうだよ。どうして綾波がここにいるんだよ」

ようやく固まりから脱したようだ。二人がシンジに詰め寄っている。

「え、だ、だって同じパイロットだし・・・」

しどろもどろになって言い訳しているシンジを後に、レイはドアを閉めた。

明日からは一緒に登校できるかもしれない。







「「「おめでとうございます」」」

「ありがとう」

ミサトの家。リビングルーム。

『祝 三佐』とかかれたタスキをかけ、ビール片手にミサトがお礼を言う。

トウジとケンスケが言いだして、昇進祝いをすることになったのだ。

「でも、私だけじゃないのよ。マヤも昇進したの。ねっ」

そう、マヤもなぜかこの場にきていた。料理は出来合いの他、シンジとマヤで作ったものだ。

「そうなんですか。おめでとうございます」

「おめでとうございますう。わい、鈴原トウジいいます」

「相田ケンスケです!」

「あ、ありがとう」

恥ずかしそうにマヤが言う。

そして宴会が始まった。

初めて会ったマヤのその清楚な雰囲気に惹かれたのか、トウジとケンスケは、ミサトそっちのけでマヤに話しかけている。

レイはペンペンを膝におき、少しずつ箸を進めている。

トウジやケンスケの前でベタベタする気にもなれないのだろう。シンジも誰と話すでも無く、料理や飲み物を味わっていた。


珍しく静かに飲んでいたミサトが、隣に座るシンジに話しかける。

「まだダメなの? こうゆうの」

よそを向いているレイの方をちらりと見て、シンジが答える。

「よく・・・わかりません。前は人が多いのって苦手だったんですけど」

「今はもう平気?」

「・・・いえ、たぶんまだ、苦手なんだと思います」

ミサトの方を向き、逆に尋ねる。

「昇進ですか。それってミサトさんが人に認められたってことですよね。でも、あまり嬉しくないみたいだけど」

苦笑してミサトが答える。

「嬉しくないわけじゃないのよ。でも、別にそれがここにいる目的じゃないから」

「・・・じゃあ、何でここに、ネルフに入ったんですか?」

「さあ、どうしてかしらね。・・・シンジくんはどうなの? やっぱりしょうがないから?」

もう一度シンジがレイを見る。目が合い、一瞬見つめ合うようになる。レイが目をそらす。

「・・・まだ、わかりません。でも、ミサトさんの言うことは、少し、分かるような気がします。」

俯くレイを見ているシンジに、ミサトは少し微笑んだ。


チャイムが鳴る。リツコと加持が入ってくる。 

「せんぱ〜い」

マヤが手を振る。

「本部から直なんでね。そこで一緒になったんだ」

「あやしいわね」

「あら、妬いてるの?」

リツコがひやかす。

「そんなわけないでしょ!」

「この度はおめでとうございます。葛城三佐殿。それから伊吹一尉殿。これからはタメ口聞けなくなるな、葛城」

茶化した口調で加持が言う。 

「なに言ってるのよ、ばーか」

「いや、でも司令と副司令が同時に日本を離れるなんて異例のことだ。これも留守を任せる葛城を信用してるからだよ」

「ふん、所詮、留守番なのよ私は。どうせならアレを任せてくれればいいのに」

「まだ言ってるの、あなた。いい加減あきらめなさい」

呆れた顔をしているリツコにシンジが尋ねる。

「父さん。今、日本にいないんですか?」

「ああ、司令は今、南極よ・・・」








赤紫色の海。

あちこちに塩の柱が立っている。

そこを行く艦隊。中央の空母に、カバーで覆われた長大な物体が置かれている。

空母の艦橋。そこに彼らはいた。

「いかなる生命の存在もゆるさない死の世界、南極、まさに地獄だよ」

「だが、我々はここに立っている。生きたままな」

深刻そうに話す二人に、そこに場違いな存在、中学校の制服を着た少女が話しかける。

「ほんと、セカンドインパクトでずいぶんかわっちゃたのね。ねえ、ペンギンとかはもういないの?」

「・・・ナオコくん。それでなくても君は目立つんだ。頼むからおとなしくしていてくれ」

蒼い髪の少女がいたずらっぽく笑う。

「でも先生、ずっとあんなところに閉じ込められてたんですから、すこしくらいはいいじゃないですか。私、まだ14才だし」

「だれが14だ」

「あら、魂は年をとらないもの。身体が14才なら14ですよ」

うんざりした顔で冬月が言う。

「おい、碇、どうして彼女を連れてきたんだ?」

その、何度目かの同じ問いに、ゲンドウもうんざりしたように答える。

「止むを得まい。目の届かないところに置いておくわけにはいかん」

苦い顔をした二人を尻目に、艦橋には少女のはしゃいだ笑い声が響いていた。






発令所。

正面のモニターに、宇宙空間に浮かぶ使徒の姿が大きく映されている。

「まったく常識外れね」

画面を見ながらミサトが言う。映像が切り替わり海上にできたクレーターが映し出される。

「身体の一部を切り離して爆撃。落下の破壊力とATフィールドの応用、ね。どうするの、確実に近づいてきてるわよ」

リツコの問いにミサトが答える。

「ええ、今度は本体が来るわね。バスターランチャーはあそこまで届くかしら?」

「・・・理論値では可能だけど、命中率は低いわ。それに、現在、ロスト中、位置を把握していないわよ」

「落ちてくる時は確実に真上にくるわ。その時を狙えばいいのよ」

「落下の最中を狙うって事? マギの判断は撤退よ。皆を巻き込むつもり?」

リツコの口調が冷たくなる。

「別に手で受けとめようってんじゃないんだから。・・・それに現時点での責任者は私です」

「・・・自分のことに人を巻き込むものじゃないわ」

リツコが囁くようにミサトに言う。

「あなた私怨で動いてるだけでしょう?」

「ここには最低限の人員のみを配置。日本政府と国連にはD−17を通達。松代にマギのバックアップを頼んで。・・・・・お願い、やることはやっときたいの」

二人の視線が合う。

しばしの沈黙の後、表情を少し崩したリツコが、心配そうな顔で言った。

「ということは弐号機をつかうの? あの子に大丈夫かしら」

「何をいまさら、あんたが決めたんでしょうが」






兵装ビルの最下層。眼下にジオフロントを見下ろすところに、レイたちは集められていた。

ミサトが腕を組んで前に立つ。その正面にシンジ、左側にレイ、そしてシンジの右側にはなぜかマヤが俯いて立っている。

シンジとレイは制服姿、マヤはネルフの制服。シンジも怪訝そうにマヤのことをちらちらと見ている。

「作戦の要綱を伝えます」

ミサトの声が冷たく響く。

「本作戦の目的は、弐号機のバスターランチャーで、衛星軌道から落下する使徒を狙撃すること。ただし、砲手はシンジくん、あなたにやってもらうわ」

「・・・弐号機って、また、綾波が乗るんですか?」

シンジのその問いにミサトが答える。

「いいえ、弐号機の専属パイロットは伊吹一尉になったの。ただ、マヤは戦闘経験がほとんどないから、あなたが砲手をするの」

シンジがマヤを見る。

「マヤさんが、弐号機パイロット? で、でも一度もテストのときには・・・」

「私は技術課と兼務なの。だからシンジくんたちのテストの時は、ずっとモニター室にいたから」

強張った微笑みを浮かべて、マヤが答える。

「た、たいへんですね」

本気で同情したシンジがそう言った時、その左側でレイが片手をあげた。

「私は?」

ミサトが答える。

「零号機は出動の必要はないわ。あなたは、一般職員とともに松代に避難して」

「でも・・・」

ミサトの口調が厳しくなる。

「これは決定事項よ。仮に本部が破壊されたとしても、松代にはマギのバックアップも残る。すべてのエヴァとチルドレンを失うわけにはいかないの」

「私が砲手をします」

「あなたには長距離射撃の実績がないわ。少しでも可能性の高い選択をするのは当然でしょ」

「しかし・・・」

なおも言い募ろうとするレイを、シンジが抑える。

「大丈夫だよ、綾波」

「碇君」

「綾波は見たことないと思うけど、バスターランチャーは凄い威力なんだ。ATフィールドなんか関係ないくらい。だから、心配いらないよ」

そう言って微笑む。レイは何も言えなくなる。

「じゃあ、シンジくんとマヤは準備にかかって。レイはリツコの指示を受けて」




「本気でやるみたいだな」

「・・・あんた、こんなところで何してんのよ。松代へ避難命令が出てた筈よ」

自動販売機、最後かもしれない缶コーヒーを飲むミサトの前に、突然、加持があらわれた。

「逃げそびれちまってね。まあ、どうせだから葛城三佐の仕事っぷりをみせてもらうよ」

「・・好きにすればいいわ。でも発令所には入れないわよ。気がちるから」

ミサトの口調が少しだけ軟らかくなる。

「ああ、邪魔はしないさ。・・・それよりいいのか? 司令もりっちゃんもいない、今ならアレにのれるぞ」

冗談めかして加持がきく、しかしミサトの顔は笑っていなかった。 

「そうね。でも、それで使徒を倒したとしても、それっきりでお役御免でしょうね。それじゃあんまり意味はないわ」

「たった一体の使徒と心中する気はないか」

「ええ、それにマヤも今からじゃ避難できないもの。エントリープラグの中が一番安全なのよ。だからリツコもなにも言わなかったし」

加持が遠い目をする。

「りっちゃんは、今、松代か。・・・でもいいのか、葛城。自分で直接使徒を倒したいんだろう」

「その気持ちは本当よ。だから作戦部長をしている。今までだってそうだったもの」

「実際に戦うのは彼らだろう?」

ミサトが加持を睨む。 

「分かってるわよ! だけど私はここにいなくちゃいけないのよ。使徒を全て倒すまでは」

「・・・すまない。少し言いすぎた」

加持がミサトから視線を外す。

「とりあえず、そのへんで見てるよ。頑張れよ、葛城」

そう言って去っていく。その加持の背中を見ながら、ミサトが小さく呟いた。

「・・・全部嘘よ。私は怖いのよ。使徒と向き合う事も・・・あなたも」






第2ケイジ。

弐号機の機体から出されたカプセル。そのそばで、金色のプラグスーツを着たマヤが佇んでいた。

覗き窓からカプセルの中を見ている。

「・・・可愛い寝顔。あなたは悩みなんてないのかしら」

そこでは、銀色の髪の少年が微笑んでいる。

「なんでこんなことになっちゃったんだろう。確かにシンジくんやレイちゃんだけ戦わせるのは可哀相だって思ってたけど。・・・先輩、私なんていらないのかな」

小さくため息をつく。

「でもがんばろう。シンジくんの邪魔をしないようにしなくちゃ。昇進してお給料も上がったんだし」

カプセルに触れ、そっと口づける。

「お願い、私を守ってね」






初号機のエントリープラグの中で、指示を待ちながら、シンジはミサトの言葉を思い出していた。

あの宴会の翌日。ネルフからの帰りに、いつかの高台から街を見下ろして、ミサトがいった言葉を。彼女がネルフにいる理由を。

父の呪縛から逃れる。そのために、父の仇である使徒を倒したい。

それが彼女がここにいる理由。

彼の父親と同じく、家庭を顧みなかった彼女の父親。

シンジとゲンドウの関係に自分を重ねているのだろうか。

シンジは彼女のかわりに使徒を倒しているのだろうか。

それは分からない。

ただ、シンジが戦う理由は、彼自身で見つけなくてはならないのだろう。ミサトの想いがどうであれ。


松代にいるレイのことを思う。

逃げてはいけない。

自分からも、ミサトからも、ゲンドウからも、

そしてレイからも。

そのためにも、今は使徒を倒さねばならない。

答えを見つけるために。






発令所。

ミサトの他には青葉と日向だけが残っている。

使徒のジャミングのせいでゲンドウたちとは連絡がとれなかった。だから、これは全て彼女の独断で進められていた。

仮に作戦が失敗しても、その時は本部が無くなっている。彼女は自分の命で責任をとっているはずだ。

気配を感じたのか、ミサトが後ろを向く。だれもいないはずの司令席。そこには蒼い髪の少女が立っていた。

「レイ!」

しかし、その声に答えようとはせず、レイはただ、初号機が映し出された画面を見据えている。 

しばらくミサトがレイをみつめる。そして軽く微笑んだ後、彼女も前を向いて画面をみる。

「回線を開いて・・・シンジくん、マヤ、始めるわよ。距離1万メートルまではマギが誘導可能、だから、その時点までに照準を合わせて、バスターランチャーを最大出力で発射して。もし失敗したら・・・」

「そのときはどうすればいいんですか」

ミサトが苦笑する。

「どうしようもないわね。高速で近づく使徒にマギのサポート無しで再度ランチャーを打ち込むか、それともエヴァの手で地表寸前で受けとめるか。どちらにしても成功する見込みはほとんどゼロね」


「目標、直上付近で停止。落下に移ります」

「では、作戦開始!」

「はい」

「了解」




レイはただ画面を見つめていた。

零号機は松代に運ばれている。彼女がここにいてもなにもすることはない。

弐号機が座る。初号機がランチャーを構え、上を向く。

オペレーターが使徒の距離をカウントする。

「距離、2万」

弐号機が一瞬動く。ケーブルでつながっているため、ランチャーの照準がぶれる。

「マヤ!我慢して」

ミサトの叫び声。レイの背筋が凍る。足が震えている。

空中に小さな光が見える。弐号機がまた動く。

初号機が弐号機を引き寄せる。まるで抱くように。

「距離、1万5千」

再び照準を合わせる。光が少しずつ大きくなる。オレンジ色の光。

「1万2千!」

初号機が迫り来る使徒を見据える。

「シンジくん!!」

ミサトが叫ぶ。

発令所の時が止まる。

閃光。2機のエヴァから発せられた光の玉が、空気を巻き込むようにして、空に登っていく。

沈黙。

そして、爆発音。

「やったの?」

ミサトの問いかけに、悲鳴のような声が答える。

「・・・以前反応残っています!!」

「外したの!?」

「いえ、予想進路より反応位置、質量が大きく変化しています!命中はしたようです!」

ミサトが唇をかむ。

「巨大すぎたのね。殲滅にはいたらず、か。使徒の位置は? 進路は?」

「かなりスピードを落としていますが、確実にこちらに落ちてきています! 距離8千」

「至急、軌道を再計算! シンジくんは第2射の準備をして!」

発令所のやりとりを聞いていたシンジが答える。

「ミサトさん、僕は受けとめてみます!」

「受けとめるって、シンジくん!?」

「ランチャーはマヤさんでも撃てます! 確率が低いのなら、少しでも・・・」

ミサトが頷く。

「多くの手段をこうじる必要があるわね。わかったわ。マヤ、あなたが撃ちなさい」

「は、はい」

「軌道計算できました!」

「距離5千!」

オペレーターたちの声。

「マヤは発射準備! シンジくんは落下予想位置に急いで!!」

「了解」

初号機が外部電源を切り離し走り出す。バスターランチャーを受け取った弐号機が、砲塔を上に向ける。

オレンジ色の光は、まだ空にある。みるみる大きくなる。

「マヤ、頼んだわよ」

「・・・はい」

すでにマギのサポートは受けられない。大雑把な弾道計算のみをたよりに撃つしかない。

「距離2千」

「撃ちます!」

閃光。しかし、光の玉はそのまま中空へと消えていく。

「やはり肉眼じゃ無理か。シンジくん!」

「距離千!!まもなく地表に!!」

初号機が走る。空中から空気摩擦で真っ赤に燃えた使徒が落ちてくる。

初号機の速度が上がる。

使徒が地上に落ちる寸前、初号機がATフィールドを展開、使徒を受けとめた。

空気が赤く染まる。まるでマグマのように。

熱と衝撃を一度に受け、初号機の機体がきしむ。


「碇君!!」

レイの叫びが響く。


初号機が踏みとどまる。シンジが咆哮する。

使徒が押し返される。すでにランチャーによって半ば以上が吹き飛ばされている。

もう抵抗する力はない。

落下の反動と初号機のATフィールドで、使徒の身体が砕かれていく。


そして爆発。一瞬画面が白色に染まる。

衝撃が発令所まで伝わったような気がする。

足の震えは止まらない。視線をそらさず見ていたレイの瞳に、ゆっくりと回復した画面が映し出される。

仁王立ちになった初号機。まるで鬼神のように。

「目標、完全に消滅。初号機のパイロットに異常ありません」

オペレーターの声が響く。

大きなため息が聞こえる。

「シンジくん、マヤ、よくやったわ」

組んでいた腕をとき、大きく伸びをしてミサトが振り向く。

「レイ、お説教は後でゆっくりとしてあげるわ。ケイジに迎えに行ってあげなさい」

そう言って、レイに片目をつぶる。

その言葉になにも言い返せないまま、レイはその場に崩れた。






しばらく休んだ後、レイは作戦司令室に向かった。

シンジとマヤも既に戻って来ていた。

ようやく回復した回線。遠距離のためか画像は届いていない。先程から、ミサトがゲンドウに報告をしている。

『伊吹一尉はいるかね』

一通り報告が済んだ後、ゲンドウがマヤを呼ぶ。少し前まで泣いていたのだろう、目を少し赤くしたまま、おずおずとマヤが前に進む。

「・・・はい」

『君には苦労をかける。すまないがよろしくたのむ』

「はい、ありがとうございます」

直立不動になって、マヤが答える。

『・・・初号機パイロットはいるか』

「は、はい」

『話は聞いた。よくやったな、シンジ』

その言葉にシンジが一瞬呆然とする。

「・・・・は、はい」

ゲンドウの言葉に固まっていたシンジは、レイの姿に気づいていなかった。







屋台。使徒殲滅のご褒美ということで、シンジたちはラーメンを食べに来ていた。
ミサトのおごりだ。マヤはともかく、シンジとレイはただ夕食の場所が変わっただけだったが。

「引っ越しですか?」

「そう、シンジくんたちと同じマンションよ」

少し嬉しそうにマヤが言う。もう戦いのことは忘れたようだ。

「ああ、一尉になったから、課長待遇でうちのマンションに住めるのね」

「ええ、どうせなら隣の部屋にしてもらおうかしら、そのほうが便利ですよね」

いたずらっぽくミサトが笑う。

「いいけど、彼氏なんか連れ込んでたら、すぐに広めてあげるわよん」

「いませんよう彼氏なんて」

はしゃぐ二人と興味深げに聞いているシンジをよそに、レイはただもくもくとラーメンを食べている。

いや、本部を出て以来、注文の時以外ほとんど口を開いていなかった。

レイが箸を置く。まだかなり残っている。

それを気にするふうも見せず、何か考えるように前を見つめている。

「綾波?」

いつもと少し違う様子に気づいたシンジが問いかける。レイが倒れたことは聞いていない。

「どうかしたの?」

その言葉にレイがかぶりを振る。

しかしシンジの方を見ようとはしない。

いや、どこも見ていないのかもしれない。その紅い瞳は、まるで何も写していないかのように、空虚な輝きを持っていた。



そんなレイをミサトが見つめる。

「・・・・ねえ、レイ」

顔をあげ、レイもミサトの方を向く。



「あなた、マヤと暮らしてみる?」



しばし、沈黙があり、やがて、レイはゆっくりと頷いた。









〜つづく〜








かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net


解説:

この辺からだんだんマヤの危ない趣味が露呈されていきます・・・・(^^;
マヤちゃんファンの人には異議があるかもしれませんが、エヴァSS界のデフォということで(笑)
あ、でも私もマヤ好きですよ・・・・ミサトの次くらい。
ちなみに強いて順位をつければリツコ>ミサト>マヤ>マナ>>>>ヒカリ>マユミかなあ。
リツコからマナまではそんなに差が無いです。
レイは別格・・・というか彼女はシンジのものだから(笑)
あと誰かいたっけ?(爆)

で、原作で説明されなかったミサトの昇進理由・・・・マヤ昇進の玉突き人事(^^;;
当然原作とは違いますが、人事の実態なんてこんなものでしょうね。(笑)
だいたいネルフの組織系統がよくわからない。
ミサトが三佐はいいけど、じゃあゲンドウの階級は何? 総司令は職名だしなあ。
もとが人工進化研究所の所長だから、まあ軍人ではないか(^^;;
DEATHのセリフからして科学者でもないみたいなんだけんども。
あのヒゲの正体はなんでしょうね(笑)
やはりユイに巻き込まれただけの、ただの青年だったのね、きっと(^^;;;




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