「原因はなんだ?」

「・・・・A10神経に過負荷がかかった形跡があります。エヴァ操縦の影響だと思われますが」

「今頃か・・・・。それで、対応はどうした?」

「過負荷の発生自体はエントリープラグの改良で予防可能です。パイロット両名については、精神汚染の兆候が若干みられますから、当分安静にする必要があります」

「レイもか?」

「・・・レイは・・・LCL内で休養しています。回復はシンジくんよりも早いと思います」

「そうか・・・・ちょうどいい。中断していたダミーシステムの実験を再開しろ」

「・・・・わかりました。・・・葛城三佐にはどう説明しましょう?」

「必要ない。・・・・彼女には今回の事態の責任を取ってもらう」

「営倉入りですか・・・」

「お前が気にすることはない。・・・・・・用事はそれだけか・・・・」

「・・・・・・はい・・・」

「・・・来い・・」





夢魔の暗礁

〔第一話 疑惑〕

Written by かつ丸




「どないしたんや、センセ。ボ〜っとして」

「・・・えっ・・・うん」

昼休みの教室。食事を終え、遊びやお喋りにはしゃいでいるクラスメート達を尻目に、一人シンジは暗い空気を発散していた。

「まだ具合悪いのか。休んでた方が良かったんじゃないのか」

「そやで、センセになんかあったら大変やからな」

心配した2馬鹿が声をかける。しかし、その口調はどこか軽かった。

「うん・・・でも、もう大丈夫だから」

そんな二人にシンジが力のない微笑みを返す。

原因不明の発熱と精神汚染の兆候。
一週間の入院で体調は回復しているはずだが、けして本調子ではない。

「まあ、身体は大丈夫でも、心は満たされてないのかもね」

「ほんま、ここまでころっと変わるやつもめずらしいで」

「な、なに言ってるんだよ」

反論しようとするシンジに、容赦なく攻撃がかけられる。

「なあシンジ、綾波はどうしたんだ?」

「えっ」

「そやそや、まだガッコに来られへんのかいな」

嫌らしい笑みを浮かべた二人に、とまどいながらシンジが言う。

「う、うん・・・・まだ入院してるみたいなんだ」

「なんや、知らんのかいな」

「うん・・・ずっと会ってないから」

暗い表情を見せるシンジに、二人は顔を見合わせる。

「そらあ、難儀やなあ」

「見舞いにもいけないなんて、そんなに悪いのか?」

「いや・・・そんなことはないと思うんだけど」

口ごもるシンジに、後ろから声がかかった。

「碇くん、ちょっといいかしら」

「・・・・なに?委員長」

2年A組のクラス委員、洞木ヒカリ。

おさげとそばかすが似合うなかなか可愛らしい少女。

快活で面倒みがよく、役職にふさわしいクラスのまとめ役だが、シンジは彼女のことがどこか苦手だった。

「綾波さんのプリント。溜まってるから届けてあげて欲しいの」

「うん、別にいいよ」

頷くシンジにプリントを渡しながら、ヒカリが尋ねる。

「碇くんはもう大丈夫なの?」

「えっ・・・うん」

「綾波さん、やっぱり大変なのかしら。・・・碇くんがちゃんと守ってあげてね。男の子なんだから」

真っ直ぐな目でシンジを見る。なぜか責められているようだ。

シンジとレイがエヴァのパイロットだということを、クラスで知らないものはいない。
普段交流はないようだが、彼女なりにレイのことを気にかけてくれているのかもしれない。

「なんや、イインチョ。 綾波がおらへんからって、シンジにちょっかいかけてるんか? 」

なにげにトウジが突っ込みを入れる。

「な、なに言ってるのよ。そんなわけないじゃない」

顔を赤くして強く否定するヒカリの、その豊かな表情を見ながら、なぜかシンジはここにいない少女のことを思い浮かべていた。





「ダミーシステム? 何ですか、それは?」

ネルフ本部内、セントラルドグマの一室。本来彼に入る権限のない場所。

そこに加持はいた。黄色い瞳の少女とともに。

「チルドレン無しで、エヴァを動かすシステムよ。本部からの直接制御が可能になるわね、完成すれば」

さしたる興味も無さそうにレヰが答える。
彼女の前にはノート型の端末。液晶の発光が、その白い顔を照らしていた。

「チルドレン無しで? つまり弐号機と同じですか。でもすでに実戦配備されているものを、なぜわざわざ」

「アレは内緒で作ったから、オープンにはできないのでしょうね。それに根本的に違うわ。魂が入っていないもの・・・」

「魂・・・ですか?」

加持が怪訝な顔をする。 

「・・・まあ、まだ知る必要は無いでしょうけどね。それで、用事は何? 世間話に来たわけでもないんでしょう?」

「・・・この間の査問、司令はうまく切り抜けられましたが、委員会の一部は動揺しています」

レヰが微笑む。

「ここに侵入された件ね。マギのレコードまで改変してたけど、まあ、あれだけのことがあれば、隠しきれるものではないでしょう」

「その動揺があまりに激しいもんで・・・。俺は知りたいんですよ。使徒がなぜここに、ネルフに来るのか」

「サードインパクトをおこすため・・・でしょ? それを防ぐための組織がネルフ」

からかうようにレヰが言う。苦笑しながら、しかし厳しい目をして加持が続ける。 

「第三使徒から第五使徒までの間、アダムはここにいなかった。この間の使徒も、マギを狙いはしたが、ターミナルドグマには向かっていません。本当にサードインパクトが目的なんですか?」

「さあ・・・私は使徒じゃないから」

「赤木博士」

韜晦するレヰに、苛立つように加持が詰め寄る。

はぐらかすように席をたち、部屋の奥まで歩いてレヰが振り返った。

顔は微笑んだまま、冷たい瞳が加持を見つめる。 

「ここで答えを言うのは簡単だけど・・・・そうね、ヒントをあげるわ。チルドレンとはなにか、それを調べてごらんなさい」

「チルドレンを? ・・・エヴァを、ではないんですか?」

「物事には順番があるもの。そうすれば少しは見えてくるでしょうね。エヴァも・・・そしてネルフも」

その答えに納得したのか、加持の表情が緩む。

「わかりました。また、なにかあったら伺います」

「どうせ暇だから、いつでもいいわよ。身体目的なら困るけど」

「・・・司令と取り合いする気はありませんよ」

冷汗を浮かべる加持に、レヰが妖しく笑う。

「別に、そういうわけでもないんだけど・・・。若返ったせいかしら、今はシンジくんの方が魅力を感じるわね」

「・・・彼もいろいろと大変なようですが。それじゃあ、失礼します」

「行動には気をつけなさい。あなたはもうマークされてるわよ」

「真実を知るためです。危険は承知の上ですよ」

部屋を出ようとする加持に、優しい口調でレヰが問いかける。

「ミサトちゃんのため、でしょう?」

答えはなく、静かにドアは閉じられた。






「はあ〜、ほんと酷いめにあったわ」

肩を回しながらミサトが言う。

決しておしとやかとはいえないその様子を見て、苦笑しながらマコトが尋ねる。

「一週間ぶりですもんね表に出るのは、大丈夫ですか、お身体は?」

「まあ身体はどうってことないんだけど。あの子達はどうしてるの?」

「シンジくんは昨日退院して、今日からもう学校にいってるはずですよ」

「・・・レイは?」

どこか不安げな顔のミサトに、すまなそうにマコトが答える。

「すみません、レイちゃんは把握してないんです。なにか検査があるとかで赤木博士が・・・。まだ家には帰ってないみたいなんですが」

「そう、いえ、それならいいの」

安心したのか、小さくため息をつく。

「まったく、なんだってあんなことに・・・原因がわかるまで、当分禁止しないと」

「え、なにがですか?」

下を向いてぼやいているミサトに、マコトが怪訝な顔をする。

ミサトが慌てて手を振る。

「な、なんでもないのよ」

そこに声がかけられた。

「あら、もう出てきたの? せっかく静かで仕事がはかどってたのに」

「う、うるさいわよ」

部屋に入ってきた早々に憎まれ口を叩くリツコに、ミサトが顔をしかめる。

「ねえ、原因はわかったの? それにレイはどこにいるの? もう大丈夫なの?」

「そんなに一遍に答えられるわけないでしょう」

呆れたようにリツコが言う。

「レイはもう大丈夫よ。まだ検査が残ってるけどもうしばらくしたら帰れるでしょ。今日の実験にも参加するし」

「実験? なによそれ、聞いてないわよ」

「あなたが休んでる間にも、私たちは仕事してたのよ。・・・はいこれ」

手に持ったファイルから1枚の書類を取り出し、リツコがミサトに渡す。

「別に休んでたわけじゃ・・・・・・機体相互互換試験? 零号機と初号機で?」

「そう、いつも2機のエヴァとチルドレンが準備できるとも限らないもの。そなえは必要でしょ」

「まあ、理屈はわかるけど・・・・でもそんなこと可能なの?」

ミサトが怪訝そうな顔をする。

「あの二人のパーソナルパターンは比較的近いから。まあ試してみる価値はあるわね」

「ふーん、わりといい加減なのね」

自分がいない間に進んだ話に拗ねたようなミサトに、リツコが苦笑する。

「今、マヤが準備をしてるわ。シンジくんはまだ学校だけど、レイのほうはもうすぐ始めるわよ。あなたも来るんでしょう?」

「あたりまえじゃないの、チルドレンはわたしの管轄なんだから」







「シンジくん」

ネルフ本部の自動販売機前。まだ、学校の制服姿のままでジュースを飲んでいたシンジに、後ろから声がかかった。

ショートカットの女性。シンジの隣人。

「どう、調子は?」

「あ、もう・・・大丈夫です」

心配そうな顔をするマヤに、シンジが答える。

「昨日はごめんね、せっかく退院したのに。今日の実験の準備があったから」

「いえ、そんな・・・・でも、家の中が無茶苦茶だろうと覚悟してたんですけど。・・・ミサトさんになにかあったんですか?」

一瞬マヤが返事に躊躇する。そこに聞き慣れた声が能天気に響いた。

「なにかあったじゃないわよ〜、シンジく〜ん」

「あ、ミサトさん。・・・・よかった、元気そうですね。家が全然きれいだから心配だったんです」

安心したように無邪気な顔をするシンジに、毒気を抜かれたのかミサトが苦笑する。

「どういう意味よ、ったく。あなたも大丈夫みたいね、心配してたんだから」

「すみません・・・でも、僕達どうなったんですか? 綾波は、綾波はどうしてるんですか?」

「・・・病院に連絡したのは私だけど、原因は知らないのよ。でもレイももう元気よ。さっきまで実験してたし。ねえ」

傍らのマヤに振る。慌ててマヤが答える。

「は、はい。レイちゃんもずっと検査してましたけど、特に問題無いみたいだから、もうすぐ帰って来れると思います」

「そうですか・・・よかった」

「でもシンちゃ〜ん、当分レイの部屋には行っちゃだめよん」

悪戯っぽくミサトが言う。

「え、ど、どうして?」

「どうしてって、理由は分かるわよねー」

「・・・・・はい」

悄然とするシンジにミサトが優しく微笑む。

「よろしい。じゃあ、早く着替えてらっしゃい。リツコが待ってるから」

「はい」

鞄をかかえてシンジがロッカールームの方に消えていく。

「少しかわいそうですね、シンジくん」

「しょうがないわよ。使徒が来なかったからいいけど、またあんなことがあったら困るもの」

「・・・・もうないと思いますけど」

そのマヤの呟きは聞こえなかったのか、ミサトが缶コーヒーを買いながら言う。

「さ、シンジくんが着替えおわったら再開よ。あんまり油売ってる暇はないわね」

「はい・・・・ねえ葛城さん、さっきの件、レイちゃんにも言ってくださいね」

突き放す様なマヤの言葉に、ミサトは冷汗を流した。

「レ、レイはあなたの同居人でしょ、あなたが言ってよ」

「そんな・・・・私が恨まれちゃいますよ。お願いしますね」

そう言ってマヤが去っていく。

「はあ、・・・しょうがないか」

レイから浴びせられる冷やかな視線を想像し、ミサトは大きなため息をついた。






実験場を見下ろす制御室。そこにはすでにスタッフが集まっていた。

白いプラグスーツに身を包んだレイの姿も見える。

零号機に乗り込み、モニター越しにそれを確認しながら、一週間ぶりにみる彼女の元気そうな姿に、シンジは安堵していた

それとともに自分の置かれた状況に気づく。

徐々に緊張してくる。

初めての零号機。見知らぬ機体の中。

しかし、この雰囲気はよく知っているような気がした。





「実験開始」

制御室にリツコの声が響く。

「エントリー開始します」

「第一次接続開始」

起動システムが立ち上がっていく。

「シンジくん、どう? 初めての零号機の中は?」

「・・・・・・なんだか、綾波の匂いがします」

そのシンジの呟きに思わず苦笑しかけ、ミサトは傍らのレイに目をやった。

シンジの言葉に頬を赤らめるでもなく、ただじっと零号機を見つめている。

先程、初号機を彼女が動かした時も、今のシンジと同じような感想を洩らしていた。
だから、とりたてて恥ずかしいことだとは思わなかったのだろうか。

「データ受信、再確認、パターングリーン」

「主電源接続完了」

「各拘束問題無し」

オペレーターの言葉にリツコが頷く。

「了解。では、相互換テスト、セカンドステージに移行」

「零号機、第二次コンタクトに入ります」


「どう?」

「やはり、初号機ほどのシンクロ率はでないのね」

ミサトの問いかけに、リツコが答える。

しかし数値はけして悪くないのだろう。リツコの機嫌はなかなかいいようにみえる。

それが何を意味するのかはわからない。
ただ、自分の不在の時に決められたこの実験に、ミサトは何か不審なものを感じていた。

顔を前に向けながら、横目でリツコとマヤに視線をやる。

モニターを見つめながら、なにか話をしている。

小さな声。

しかし、ここまでは聞こえない会話のなかで、一瞬、リツコを見るマヤの表情が歪んだのを、ミサトは見逃さなかった。





「第三次接続開始」

エントリープラグの中に、制御室のマヤの声が響く。

「A10神経接続開始」

そしてリツコの声。

違和感があるとはいえ、接続手順自体は初号機の時と変わらない。

だが、いつものようにシンクロのために集中していたシンジの頭の中に、突然何かが入り込んできた。

青と白、そして赤。

色がイメージとなって渦巻く。そして形を作っていく。

・・・・少女の姿に。

「あや・・・・なみ?」

綾波レイ。

今のシンジに最も近い存在。

彼女の映像が、シンジの中でまるで破裂したかのように溢れていく。

包帯を巻いてベッドで寝ている。制服をきて道路に佇んでいる。ゲンドウと親しげに話している。

平手打ち。みつめる瞳。満月。ただれたエントリープラグ。儚げな微笑み。

華奢な身体。白い肌。閉じたまぶた。乳房。苦痛に歪む顔。そして・・・。

「あ・・あやなみ・・・・なのか?」

頭を抑えながらシンジがつぶやく。

彼女が入ってこようとしているのか、入ってきた何かによってシンジの中のレイが溢れ出したのか、それは分からない。

まるでレイによって脳を犯されている様な感覚。

とぎれそうになる意識の中で、シンジは自分を見ている存在に気がついた。

蒼い髪、赤い瞳。

「・・・あやなみ? ・・・・いや・・・ちがうのか?」

邪悪な表情をしたそれが、こちらに向かってくる。まるでシンジを飲み込む様に。

見開かれた紅い瞳に、声を上げることもできず、シンジの意識はブラックアウトした。







ネルフ本部の一室。厳しい表情をしたミサトとリツコが対峙している。

長い沈黙の後、ミサトが尋ねる。

「パイロットの精神汚染と零号機の暴走。この事件、先の暴走事故と関係あるの?」

「今はなんとも言えないわ。ただ、データをレイに戻して早急に追試する必要があるわね」

「それは仕事に支障がでないうちにお願いするけど・・・まだレイを帰さないつもり? だいたい、いったい何の検査をしてたのよ」

動揺した素振りもみせず、リツコが答える。

「シンジくんはあと2、3日は入院が必要でしょう? その時にはレイの検査の結果もでてるわ」

素っ気ないその返事に納得できなかったのか、ミサトがさらに問い詰める。

「・・・・・まだ、答えて貰ってない質問があるんだけど。赤木博士」

「別に・・・・男子と女子とでは検査項目が違う、それだけのことよ。葛城三佐」

ミサトがリツコを睨む。

「・・・・零号機が暴れてた時のレイの様子、あんたも見たでしょう? あんなに取り乱して・・・もう昔のあの子じゃないのよ」

「・・・そうね」

「そこんとこ、ちゃんと考えてあげてね」

そういって部屋から出ていく。それを見送ろうともせず、リツコは嘲笑う様に呟いた。

「あいかわらず偽善的ね、ミサト。・・・・あなたの手も、もう汚れているわよ」





明りの消えた病室。

眠れないまま、シンジは今日のことを考えていた。

あまりよくは覚えていない。

しかし、記憶を失う寸前のイメージ、レイにそっくりな別の存在。

それだけは、なぜかはっきりと覚えていた。

いや、あれはレイだったのかもしれない。シンジの知らない綾波レイ。

どちらかはわからない。しかしあの時は、恐怖しか感じなかった。

自分に襲いかかる、あまりにも異質な感触。

いつかのレヰの言葉を思い出す。


人ではない。


それでもいいと思っていた。

レイという存在が自分には必要なのだと。

でも、自分は逃げていたのかもしれないと思う。

レイに向き合うことから、彼女に溺れることで。

何一つ知らないのだ、彼女のことは。


本当にそれでいいのだろうか?





ネルフ本部、セントラルドグマ。

何本もの配線や配管でつながれた巨大な試験管。LCLで満たされている。

その中には、レイが入っていた。生まれたままの姿で。

試験管の外では、ゲンドウとリツコがレイを見つめていた。

「葛城三佐から、レイをいつ帰すのかと聞かれました」

「・・・零号機の再起動実験はいつだ?」

試験管の方を向いたまま、呟くようにゲンドウが尋ねる。

「明日か、明後日には可能です」

「明日実施しろ。そうすれば明後日には帰せるだろう」

「はい・・・ですが」

リツコが口ごもる。

「どうした?」

「一応これでダミーの基本データは取れますが、まだ完璧とはいえません。やはりもう何度かデータを採取する必要があるでしょう」

「その時は通わせればいい。さほど時間はかかるまい」

「はい・・・・・しかしよろしいのですか? シンジくんとレイは、このままで」

リツコがゲンドウを見る。サングラスでその瞳の奥は伺いしれない。

「問題ない。シンジたちはただの駒だ。それで戦う気になるのなら放っておけ」

冷たく言い放つ。

この男らしいと思いながらも、リツコは、彼の真意を図りかねていた。





リビングルーム。

久し振りに帰った自宅。

今まで飲めなかった缶ビールを立て続けに飲み干しながら、ミサトは今日の実験のことを考えていた。

夕食の時にマヤを締め上げて、本当の目的、ダミーシステムのことは聞き出した。

エヴァの遠隔操作。子供たちを戦場に送らない。

それ自体はむしろミサトにとっても望ましいことだ。

しかし何かが動いている。ミサトの知らないところで。

ミサトを見るマヤの目がどこか怯えていたことが、それを語っていた。


ネルフという組織。普通では見えない、しかし確かにある闇の部分。

ミサトの中に、小さな疑念が生まれ始めていた。







暴走事故から2日が経過し、シンジはようやく帰宅することができた。

家の中を見て呆然とする。

足の踏み場も無いリビング、積み上げられた空き缶、得体のしれない生ゴミと汚れた食器で埋まった流し台。

「おかえり〜、シンジく〜ん」

部屋をこのようにした犯人が、缶ビールを掲げてシンジを出迎える。

家で会うのは久し振りだった。

「・・・ただいま、ミサトさん」

屈託の無い微笑みで、シンジはミサトに応えた。




小一時間かかって家中の掃除と洗い物を終え、一息ついたシンジがミサトに尋ねる。

「ミサトさん・・・今日、夕食の準備は・・・」

「なあに、私に作って欲しいの?」

「い、いえ・・・」

意地悪い答えに何も言えなくなったシンジに、笑いながらミサトが言う。

「ふふふ・・・4人分準備しておいて。マヤと一緒に帰ってくるはずだから。今日はお祝いね、ぱあっとやりましょ」

「は、はい!・・・・じゃあ僕、買い物に行ってきます」

それまで以上に明るい表情になり、シンジが動き出す。

その様子を、ミサトも嬉しそうに見ていた。





「レイを帰したのか?」

司令室。

ソファーで詰め将棋をしながら、司令席に座るゲンドウに冬月が問いかけた。

「ああ、零号機の再起動実験は成功した。当分用事はない」

「ロンギヌスの槍は?」

「昨夜の内に作業は終えている。予定どおりだ」

口許を隠すように指をくんだまま、よどみなくゲンドウが答える。

「そうか・・・・・あまりレイにこだわらなくなったな、碇。やはりナオコくんのせいかね」

「・・・アレは関係ない。必要だからだ、計画の遂行のために」

その言葉に若干の動揺が含まれているのを、冬月は聞き逃さなかった。

遠回しに尋ねる。

「シンジくんたちの精神汚染、原因は分かったのか? やはりレイとの接触は危険なのではないか?」

「問題ない。シンジといることでレイの覚醒は抑えられる」

「距離が近すぎるのではないのか? 中学生だぞ、まだ」

「・・・あの時は選択の余地は無かった。5年前の二の舞は避けねばならん」

その答えに冬月が思わず嘆息する。そして小さく呟く。

「レイを守るためか。結局はこだわっているわけだな、レイとナオコくんに・・・・いや、『レイ』にか」







4人分のおかずがテーブルに並べられている。茶碗は伏せられている。ごはんはまだよそわれていない。

どっしりと座り、何本めかになる缶ビールをちびちびと飲んでいるミサトとは対照的に、シンジはそわそわと落ち着かない様子をしていた。

ずっと玄関の方を気にしながら、立ったり座ったりを繰り返している。

ミサトはそんなシンジの様子を、酒の肴にするかのようにずっと眺めていた。


チャイムが鳴る。

シンジが玄関に駆け寄る。

シンジが開けるより早く、外からドアが開けられ、ショートカットの女性が入ってくる。

「あら、シンジくん、出迎えてくれたの?」

茶化すようにマヤが笑いながら言う。

「えっ、い、いえ」

「なんだ、違うの?」

「い、いえ、そんな」

「マヤ〜、あんまりいじめちゃ駄目よ〜」

リビングからミサトの声がする。

「ふふふっ、ごめんね、シンジくん。それじゃぁ、ごゆっくり」

そう言ってマヤがシンジの横をすり抜けて中に入っていく。

一瞬呆然としたシンジの目に、開かれたドアの向こうで隠れるように立っている蒼い髪の少女の姿が写った。

「綾波・・・・」

思わず見つめ合う。10日ぶりに間近にみる紅い瞳。

なぜだろう。そこにはどこか不安そうな光が見える気がした。

ゆっくりとシンジが近づく。レイは動かない。

触れ合う程に近くに立つ。そして、その頬に触れる。かわらない感触。

「おかえり、綾波」

そして軽く口づける。

「・・・・ただいま」

頬を赤らめながら、小さくレイも呟いた。


その瞬間だけ、シンジは忘れていた。

あの時感じた不安も、そして疑問も。



〜つづく〜








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katu@osaka.104.net



解説:

原作がシリアスになるに従い、徐々に話が暗くなっていきます(笑)
第14話と15話は使徒がでてきませんから、逆に書きにくかったですね。
物語部分の密度が濃いですから。
今回は原作では総集編に当たる部分で、委員会のじじいどもを少しは書いたほうがよかったのかもしれませんが、あえてはしょりました。
説明キャラとしてレヰと加持に会話させて誤魔化すという手法で(^^;;
同じこと次々話でもしてるんですけどね(爆) 

で、14話といえばレイのモノローグですが・・・詩才がないのでこれもすっ飛ばしました(笑)

というかこの回、レイほとんどでてこないんですね。最後だけ。
外伝の副産物ですが、展開としては逆に書きやすかったような気がします。
「ダミープラグ」は出しとかないといけないし、今までの流れでシンジがレイのそばを簡単に離れたりしないでしょうから(^^;;

あと、ようやくヒカリを出すことができました(笑)
これで主要キャラはほとんど出せたのかな?
あとはキールたちくらいですけど、ネタはさんざん振ってますから、いつでもいいでしょうね。





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