「それで、ダミーシステムは完成したの?」

「まだデータ採取の段階だ。しばらくかかるだろう」

「そう・・・なんだったら協力してあげましょうか? 技術的にはファティマとそう違わないから、すぐにできるけど」

「彼女にどう説明する? 別にさほど急ぐ必要はない。今の計画どおり進めばそれでいい」

「ふっ、まああの子なら問題ないわね。でもいいの? キール議長は焦ってるんでしょう? 冬月先生が言ってたけど」

「全ての計画は順調だ。老人はせっかちなんだろう」

「アダム、エヴァ、そして人類補完計画ね。約束の時は近い・・・か」

「まだあと6体の使徒を倒さねばならん。近いとはいえんさ」

「そのときまでのエデンね、シンジくんとレイにとっては。そしてリツコにも」

「・・・・何が言いたい」

「私ほど諦めは良くないわよ、あの子は。まあその時に慌てないようにね」




夢魔の暗礁

〔第二話 追想〕

Written by かつ丸




「先輩、どうも申し訳ありませんでした」

神妙な様子でマヤが言う。データが書かれた書類に目を通しながら、リツコが微笑む。

「気にしなくていいわ。どっちにしてもミサトにもいずれ説明しなくちゃいけなかったんだし」

「でも、葛城さん、先輩のこと疑ってたみたいです」

「それはしょうがないわ。ミサトは私の事よく分かってるから。見透かされてるのかもしれないわね」

済ました顔でリツコが言う。痛痒など感じていないようだ。

「でも・・・・」

「いいのよ。レイのことを知られない限り、ダミーシステムそのものはオープンになっても。弐号機のファティマに比べれば人道的だしね」

「・・・LCLを取り替えても目を覚ましませんね、あの子。どこにも異常はみられないのに」

マヤの表情が曇る。

「ファティマの仕組みは私にもよく分からないわ。・・・とりあえず、明日の実験お願いね。私も本部には顔を出すつもりだけど、何時になるかわからないから」

「はい、ちゃんとデータ化しておきます。先輩は明日葛城さんとご一緒なんですね」

「そう、あと加持くんとね。二次会は3人でするのかしら。なんだか代わりばえしないけど」





京都。その郊外にある町工場。いや、かつてそうであったところ。

そこに加持は来ていた。 

線の切れた黒電話しか無い事務室に佇み、周りを見渡して呟く。 

「107個めの会社、ここもダミーか。・・・・チルドレン選出のためのマルドゥック機関、やはり実態はないのか」

その彼の言葉に、答えるものはなかった。





「もう、いいかげんにして!!」

金切り声が教室に響く。クラス全員の動きが止まる。

自習時間。だれも真面目に勉強などしていない。

あちこちで集まって談笑している。その平穏が突然破られた。その声によって。

皆の視線の先には、肩を震わせている少女の姿。

「ど、どないしたんやイインチョ」

ケンスケを相手に話をしていたトウジが、戸惑いながらたずねる。

その言葉が聞こえなかったのか、ヒカリは教室の一点を睨むように見つめている。

トウジが視線を移す。そこには教室の隅でよりそう一組の男女がいた。

黒い髪の少年に、かすかに微笑みながら顔を寄せる蒼い髪の少女。

まるで抱き合っているようにみえる。

なにか少年が話している。それを、少女は静かに聞いていた。たまにすこしだけ返事をしている。

さっきまでの喧騒も、そして今、彼ら二人に向けられている好奇の目にも気がついていないようだ。

まるで違う世界にいるように。

「シ、シンジ・・・・綾波・・・」

なかば呆れながら、トウジが呟く。

たまりかねたようにヒカリが二人に近づき、そしていらついた声を出す。

「碇くん、綾波さん、ここは教室よ!」

その言葉に、ようやくシンジたちが現実に帰る。

「え、な、なに・・・委員長」

「なにじゃないわよ。今は授業中よ。あまりいやらしいことしないで」

「い、いやらしいって・・・」

いまだ状況がつかめず、口ごもるシンジ。 彼をなおも追い詰めようとするヒカリの前に、紅い瞳が割って入った。

「なにが言いたいの?」

聞いた者が凍りつくような冷たい声。その言葉にヒカリが一瞬怖じ気づく。

「あ、綾波さん・・・」

「今は自習・・・・自由な行動が許された時間。なぜあなたは邪魔するの?」

「で、でも教室は神聖な場所だから・・・・」

「・・・・・・・そう」

納得したのか、シンジからレイが身体を離す。

少しホッとしたヒカリやクラスメートの気持ちを裏切るように、レイがシンジ言う。

「行きましょう、碇君」

「え、どこへ」

「・・・・ここではだめだから」

いたいけな瞳がシンジを見つめる。思わず彼は頷いていた。

そして二人が教室を出ていく、唖然とした皆を残して。



「な、なんてこと・・・」

閉じられた入り口のドアを見ながら、ヒカリが呟く。そんな彼女にケンスケが皮肉な目を向ける。

「別にいいじゃないか、キスとかしてたわけでもないのに」

「そや、シンジと綾波はわしらの為に戦ってんねんから」

「だからって、授業さぼっていいわけないじゃない。私探してくる」

そう言って、出て行った二人を追いかけようとするヒカリを2馬鹿が呼び止める。

「なあイインチョ、あんまり野暮なことはしたんなや」

「そうそう、それに見つけても逆に困るかもしれないぜ」

「・・・どういう意味?」

立ちどまり、振り向いたヒカリが尋ねる。

2馬鹿が顔を見合せ、邪な笑みを浮かべる。

「だって、なあ」

「ああ・・・・今頃」

「な、なによいったい」

「センセ、綾波んとこ行くの禁止されとるってゆうてたから」

「最近なんか元気なかったし・・・・まあ、あんまり恨まれるようなまねはしないほうがいいって」

訝しげな顔をするヒカリに、トウジが言う。

「それともシンジが気になるんか?イインチョ」

「違うわよ。馬鹿!」

なぜか怒りに顔を赤くして、ヒカリはトウジを睨みつけた。




学校の屋上。授業中の今、人影は無かった。彼ら二人の他には。

お互い何も喋らず、手すり越しに風景を見ている。

林立する高層ビル。遥か遠くに稜線。まるで写真のようだ。

平和な街。

だから彼らもここにいられる。

普通の中学生として。


「ねえ、綾波・・・・あんまり、さっきみたいなこと言っちゃだめだと思うよ」

レイの方に顔を向け、諭すようにシンジが言う。

「・・・どうして?」

「だって・・・やっぱり学校では人目もあるから、言われてもしかたないよ」

「・・・・・・・碇君はあの人を庇うの?」

少しレイの表情が変わる。

「違うよ・・・・ただ、委員長は綾波のこと心配してたみたいだから、休んでた間」

「そう・・・・でも、関係ないもの」

瞳に冷たい色を宿したまま、レイが言う。

凍ったようなその横顔に、一瞬シンジが言葉を無くす。

「・・・・・綾波」

そのシンジの呼び掛けに我に返ったのか、レイがシンジの方を見る。

もう冷たい印象はない。

どこか不安そうな視線。シンジの動揺が伝わったのか。

思わずシンジは苦笑する。

「もう、いいよ。・・・・もどったら謝ろうね」

レイが頷く。

それに背を押されたように、シンジは彼女を抱き寄せた。


そのぬくもりを確かめるために。








「明日、綾波はどうするの?」

頬を上気させ、制服の乱れを直しているレイに、シンジが話しかける。

言われている意味が分からなかったのか、レイは首をかしげてシンジを見ている。

「ミサトさんは友達の結婚式だし、僕は・・・・父さんと会わないと行けないし」

「碇司令と?」

「うん、言ってなかったっけ・・・・・母さんのお墓参りなんだ」

「そう・・・・」

「マヤさんはいるし、大丈夫だよね。まあ、そんなに遅くならないと思うから」

何か考えこんでいるレイを、宥めるようにシンジが言う。

暫く間があった後、レイが小さく頷く。

頬の赤味はもう消えていた。

そして再び身繕いを始める。まだ時間がかかるようだ。

「久し振りなんだ、父さんと話すの・・・・」

シンジがほとんど呟きに近い声で話す。

もうレイの方は見ていない、視線は街の方を向いている。

ようやく制服を整え終え、レイが顔を上げる。

「・・・・いやなの?」

「・・・たぶん、嫌なんじゃないと思う。だけど・・・・怖いのかもしれない・・・」

独り言のように、虚空に向かってシンジが言う。

「何が怖いの?」

その問いかけに、初めてそこにいるのに気づいたようにシンジがレイの方を向き、微笑む。

「・・・ごめん、なんでもないんだ」

そう言って再び視線を前に向ける。

その横顔を、レイはただ見つめているしかなかった。







「ねえ、マヤは明日何してるの?」

その日の夕食。いつものように葛城家で4人が食事をしている。

シンジがつくった料理を肴に、ビールを飲みながらミサトが尋ねる。

「私は零号機の起動試験です。まだチェックが必要なんで」

「じゃあレイもネルフなの?」

もくもくと料理を食べていたレイが頷く。

「日曜だってのにたいへんねえ二人とも」

他人事のようにミサトが言う。

「しょうがないです。仕事ですから」

「感心、感心。でも大丈夫なの? リツコ抜きで」

「はい、別に特別なことはしませんから。先輩がいなくても私と他のスタッフで充分なんです」

胸をはってマヤが答える。

「ふ〜ん、立派じゃない。でも日向くんたちがぼやいてたわよ。最近マヤにあごで使われてるって」

「だって、階級は私が上ですから」

「まあ、そうなんだけどね。そのうちリツコみたいに皆から恐れられるようになるわよ」

意地悪くミサトが言う。

「・・・・それは葛城さんじゃないですか」

「ん、なんか言った?」

「い、いえ・・・・・あ、そういえば明日は帰ってらっしゃらないんですか?」

「へっ?」

「先輩が言ってたんですけど・・・・葛城さんは泊まりになるからって」

無邪気に話すマヤにミサトが怪訝そうな顔をする。

「リツコが?」

「はい、赤飯準備しておけっていわれましたけど」

「・・・・・必要無いわよ!」

理由に思い当たったのか真っ赤な顔をして怒るミサトを、マヤはきょとんとして見ている。

そんな二人をよそに、レイはずっと気にしていた。

焦点の合わない目で、静かに食事をしているシンジのことを。






「やっぱりまだ苦手なのかしらね」

「司令の事? シンジくん、昨日の実験の時も少し暗かったけど、家でもそうだったの?」

「まあねえ、ここんとこレイの前ではあんまり暗い顔はしなかったんだけど」

披露宴の会場。円卓に並んで座りながら、ミサトとリツコが話をしている。

誰かがスピーチをしているが、全く聞いていない。

「普段ほとんど会わないみたいだから、戸惑ってるんでしょう」

「まあ嫌ってるってわけじゃないものね・・・ちゃんと話せればいいんだけど」

「ふふ・・・・立派に保護者やってるじゃない。でも、手のかかる子供は一人じゃないみたいね」

そう言ってミサトの隣の席を指さす。

誰も座っていないそこには、『加持 リョウジ』と書かれたプレートが置かれていた。

ミサトの顔が怒りに歪む。

リツコの表情は変わらない。

その席に座るべき者があらわれるのには、まだ、それから暫くの時間を要した。






見渡す限りに林立する墓標。

それぞれに名前が書かれ、かつてこの世に生きていた人の存在を記している。

何千と並ぶそのうちの一つの前に、一組の親子がいた。

黒い髪の少年が墓標にひざまずき花を供えている。

それを後ろから父親が眺めている。

一見、あたりまえの風景。ただそれまで一度もお互いの視線は合わされていなかった。

「3年ぶりだな、二人でここにくるのは・・・」

「僕は・・・あの時逃げ出して、それからここに来てない・・・・ここに母さんが眠ってるって、ピンと来ないんだ、顔も覚えてないのに」

「人は思い出を忘れることで生きていける。でもけして忘れてはならないこともあるのだ。ユイはかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」

淡々とゲンドウが話す。彼の妻の名が書かれた墓碑銘を見つめながら。

「あの・・・写真とかないの?」

「残ってはいない。これも遺体の無い墓。ただの飾りだ」

「先生のいってたとおり・・・・全部捨てちゃったんだね」

「・・・全ては心の中だ。今はそれでいい」

どこか含みのあるゲンドウの言葉を、少し訝しく思いながらも、シンジもまた墓標を見続けていた。

まるで何かを語りかけるように。


しばらく会話が途切れた後、ようやく立ち上がったシンジが振り向く。

そして初めてゲンドウを見た。静かな瞳で。


「父さんは知ってるよね。教えて欲しいんだ。・・・・綾波はなんなのか」







静かな旋律が聞こえてきた。


マヤの家のリビングルーム。

ネルフでの実験を終え、特に何もすることも無く、読書をしながら和んでいたレイの耳に。

マヤはデータ整理のためまだ帰っていない。夕食までには戻るだろう。

初めて聞く音楽だったが、それは隣の家に誰かがいることを意味している。

ミサトの帰りが遅いことがはっきりしている以上、残るは一人しかいない。

シンジが帰ってきたのだ。

ここ何日かシンジの様子がおかしいことに、レイは気づいていた。

彼女に対する態度が変わった訳ではない。ただ、ときたまする思いつめたような表情は、それだけでレイを不安にしていた。

今日、ゲンドウに会うことが原因だったのだろうか。

ならば今は、元の彼に戻っているだろうか。

シンジに会って確かめたい。

そう思って彼の帰りを待っていた筈だが、レイの身体は動かなかった。

流れてくる音楽にまるで見入られたかのように。






プレリュードを弾き終わったところで、誰かの気配を感じたような気がした。

瞑っていた瞳を開ける。

しかし、そこには誰もいない。

一瞬蒼い髪を探していた自分に、シンジは思わず苦笑する。

気づかれずにシンジのそばに近づくのはレイの特技の一つだったが、ただの気のせいだったようだ。

この家には自分と、そしてペンペンしかいない。

再び弓を構え直し、アルマンドに移る。

無伴奏チェロ組曲第1番。

得意な曲の一つ。

シンジの母、ユイの命日にはこれを弾くことにしていた。

3年前ゲンドウから逃げだして、墓参をやめた代りに。

チェロは5歳の時に始めた。

自分の技量がどれくらいのレベルなのかはわからない。

しかし、自信が無いわけでは無かった。誰からもやめろとは言われなかったから。

だからユイに聞いて欲しかった。そう思って続けてきた。

ネルフに来てから練習はしていないが、まだ身体が覚えている。

心配していたほど酷い出来ではない。

軽快なテンポのクーラントに続きサラバンドへ。

再びゆっくりとしたメロディを奏でながら、シンジは今日のゲンドウの言葉を思いだしていた。


「人によって造られたヒト」


「エヴァと同じものでできている」


誤魔化すこともできたであろうシンジの問いかけに、彼は真摯な態度で答えてくれた。

なぜレイを造ったのか、その存在の意味は教えては貰えなかったが。

それゆえにシンジには分かった。ゲンドウが本当のことをいっていることが。


ショックが無かったとは言えない。

確かに不安はある。そして漠然とした恐怖も。

ただ、それをレイに悟られるわけにはいかない。

彼女に罪など無いのだから。

迷いを振り切るように、シンジは力を込めた。

彼女の、そして母のもとへと届くように。






隣の家から流れてくる旋律が、ようやく終焉へと向かう。

蒼い髪の少女は、その演奏を聴きながら、いつしか眠りに落ちていた。

リビングのクッションに身体を預けながら静かに寝息を立てている。

だから誰も気づかなかった、彼女自身でさえも。

レイのその瞼から、一筋の透明な液体が流れ落ちたことに。







手渡されたみやげ物を受け取りながら、リツコが問いかける。

「京都はどうだったの?」

「へ? 行ったのは松代だぜ」

韜晦する加持に苦笑しながら、リツコの瞳に真剣な輝きが混じる。 

「あまり深追いすると火傷するわよ。これは友人としての忠告」

バーのカウンター。ミサトはトイレに行って席を外している。

一瞬二人の視線が絡み合った。

「真摯に聞いとくよ・・・・」

先に目を逸らした加持に少し微笑み、リツコがみやげ物に視線を移す。 

「ミサトには?」

「負ける戦はしない主義だ。一度敗戦してると臆病になるよ」

「まだ勝算はあると思うけど・・・」

「りっちゃんは?」

どこか揶揄するようなリツコの口調に、軽い皮肉をこめて加持が尋ねる。

「自分の話はしない主義なの・・・・面白くないもの」

そう答えるリツコの目は、どこか遠くを見ていた。







オレンジ色に光る水槽。

十数体の『レイ』が笑い顔で泳いでいる。

水槽の前に佇みながら、ゲンドウは一人その光景を見つめ続けていた。


魂の入れ物

ダミーシステムの根幹。

彼の妻を模して造られたモノ。

しかし、ユイはここにはいない。

そのことをゲンドウ自身が一番理解していた。

たとえ同じ顔をしていても、同じ声で話しても、それはユイではない。

綾波レイと綾波レヰが別の存在であるように。

彼の妻は、初号機の中に眠る存在ただ一人だった。

だからこれは墓標なのだ。

昼間彼が訪れたものと同じく、ただユイの碑銘が書かれただけの空虚な物体。

しかし幻を見ることはできる。感情の無い笑顔の向こうにも。


かつて、彼を愛し、そして彼を捨てた妻。

あの忌まわしい実験で彼女が消えた時、初めてゲンドウは気づいた。

自分が置いて行かれたことに。

エヴァに取り込まれるその瞬間、モニターに写るユイは笑っていた。

彼女は全てを知っていたのだ。

知っていて、それを選んだ。その強い信念で。

あの日からずっとゲンドウはユイを追い続けている。

それを彼女が望んでいないかもしれなくても。

もう一度会うため、全てを捨てようとした。人間の心も。息子も。

しかし、捨てきってはいない。今だ悩み続けている。皆をまきこみながら。

それが己の弱さのせいだとわかってはいたが。


レイについて話した後、シンジはゲンドウを責めることはしなかった。

強い衝撃を受けたことは青ざめた顔からも容易に見て取れたが、彼は別れ際笑顔でゲンドウに言った。

ありがとう、と。

そこには、妻の面影が確かにあった。ユイと相似た魂が。

だから、ゲンドウには目を逸らすことしかできなかった。

これからもきっとそうなのだろう。





「シンジくん一人で大丈夫?」

夕食を済ませたダイニング。からかうような口調でマヤが言う。

「そんな子供じゃないんですから。それにミサトさんの遅いのなんてしょっちゅうですし」

「そうね、じゃあレイちゃん、そろそろ帰りましょう」

黙ってシンジを見つめていたレイが頷く。

「おやすみなさい」

笑顔で二人を送ってドアを閉めた後、シンジの顔には少し影が差していた。





暗い夜道。車も人も通らない。

ミサトを肩口に背負いながら、その重さを加持は懐かしく感じていた。

8年前、たった何カ月かのままごとのような生活。

彼女がハイヒールなど履く前、あの頃は自分も銃など見たことも無かった。遠い昔。

突然の別れ話の理由があの頃は分からなかった。先程彼女に教えられるまでは。

酔いに任せたのだろう。
父親と自分を重ねていた、それが怖くて逃げた。そう告白されたことは、愉快なことではない。

父の呪縛、そう言っていた。それを解き放ちたかったとも。
だから今ここにいると。

彼が愛したのはそういう女性だった。

感情に溺れる弱さを持ちながらも、それを乗り越える強さを決して失わない。

それはあの頃から変わっていないように思う。

彼女を追うようにゲヒルンに入り、そして今、こうして一緒にいる。

そのことに後悔は無い。

たとえネルフがどんな組織でも、加持の真実は、ミサトと共にあった。 






玄関のドアが開く音がした。

時計を見る。もう日が変わっている。

なんとなく寝つけず、まだ起きていたシンジが耳をすますと、ろれつのまわっていないミサトの声に混じって誰か別の声がする。

一度入った連絡では、加持と三次会をするということだったので、おそらく彼だろう。 

部屋から出て、玄関に向かう。

そこには、酔っぱらってほとんど意識を失っているいるミサトと、彼女を背負うようにして運んでいる加持の姿があった。 

「お、おかえりなさい」

「よお・・・・・・さあこっちだ、しっかりしろ」

挨拶もそこそこに、ミサトを彼女の部屋に運びいれる。

万年床で散らかりきったそこに呆れたそぶりもみせず、加持がミサトを布団に横たえる。

手慣れたその様子を、シンジはただ眺めていた。

「じゃあ、俺はこれで帰るから・・・」

「あ、なにか飲む物でも持ってきましょうか?」

「いや、いいよ。明日も仕事だからね。ありがとう」

そう言って、シンジの肩を叩く。

男臭い微笑み。

視線を逸らすようにミサトの方を見て、シンジが呟く。

「ミサトさんがこんなに酔っぱらうなんて・・・」

「まあ、そんな時もあるさ」

同じようにミサトを見ている加持の声は優しい。

「すまないが、葛城のことよろしく頼む」

「はい」

「それじゃあな」

そう言って加持は家を出ていった。

それを見送った後、再びシンジはミサトの部屋を覗いた。

すでに眠りについている。

買ったばかりの服が皺になるだろうが、放っておくしかないだろう。

とりあえず彼女に毛布を掛ける。

安らかな寝顔。

潰れるまで飲んだミサトの気持ちが、少しだけ分かるような気がした。






翌朝、二日酔いで起きてこないミサトを置いてシンジは家を出た。

玄関をでたところでレイが彼を待っている。

シンジは手に持った彼女の弁当を渡し、寄り添って学校に向かう。

いつもの光景。

昨日の夕食時から、ずっとシンジをうかがっている様なレイに、シンジは笑顔で応えていた。

そうすることしかできなかったから。

彼の表情に安心したのか微笑みを返すレイを見て、シンジは思わず彼女の手を握り締める。

少し驚いた様子のレイも、抵抗せずに指を絡めてくる。

伝わってくるレイのぬくもりだけが、今のシンジにとっては真実に思えた。






ターミナルドグマ。

カードキーを使おうとした加持の後頭部に堅い物があてられた。 

拳銃の感触。

気配を感じさせなかった相手に驚きつつも、おちついて加持は両手を上げる。

そのまま少し振り返ると、そこには彼のよく知っている女性がいた。 

「やあ・・・二日酔いの調子はどうだい?」

「おかげでやっと醒めたわ」

銃口を動かさないまま、ミサトが言う。

昨夜、彼の胸の中で泣いていた時の、崩れ落ちそうな風情は微塵も無い。

そこにいるのは一人の軍人だった。

「碇司令の命令かい?」

「私の独断よ。これ以上バイトを続けると、死ぬわ」

「碇司令は俺を利用してる。まだいけるさ。だが葛城に隠し事をしていたのは謝るよ」

「昨日のお礼よ。チャラにするわ」

厳しい顔を崩さないミサトに、加持が微笑む。 

「そりゃどうも。ただ、司令やりっちゃんも君に隠し事をしている。それが、これさ」

そう言ってカードキーをスロットルに通す。

ゆっくりと開いた扉の向こうに、ミサトは見た。

仮面をつけ巨大な十字架に張りつけにされた、上半身だけの巨人の姿を。

「これは・・・・エヴァ? いえ、まさか」

ミサトの顔が青ざめる。

「そう、セカンドインパクトからその全ての要であり、始まりでもある・・・・アダムだ」

「アダム。あの第一使徒がここに・・・」

呆然としたまま巨人を見つめている。

「・・・・父の仇。なぜ?」

「理由はわからない。使徒をおびき寄せるためなのか。使徒から守っているのか」

「守る? なんのために?」

ミサトが加持を睨む。 

「さあな、それを知ってるのは司令と副司令だけだろう」

「・・・・・ネルフは・・・司令は・・・・何をしようとしているの?」

そのミサトの問いかけに、いらえは無かった。




〜つづく〜








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katu@osaka.104.net



解説:

暗い! 暗すぎる!(^^;;

まあシンジとレイでキャピキャピしたつきあいにはなりにくいしなあ。
この話は周りの大人たちもシリアスモードに入っているせいもあって、話全体がどんよりしてますね(笑)
マヤの出番もほとんどないし(^^;

今回も使徒でてきませんが、キモは当然「ふたりっきりの墓参り」です。
セリフまわしはほとんど同じですが、シンジからゲンドウへの問いかけが、この三部作で言わせたかったことの一つです。

もうひとつのキモがチェロの演奏。
原作ではプレリュード(序曲)のほんのさわりを弾いたところで、SALがやってきたので止めてしまいましたが、ここは当然最後まで演ってもらおうと(笑)
「アルマンド」とか「クーラント」とかはパートの名称です。
専門用語で一般的ではないのですが、流れを伝えるのに必要だったもので(^^;
あ、別に私は音楽関係詳しいわけではありません。(爆)
この曲や同じくバッハのパルティータとかは好きなんでよく聴きますけど・・・暗いな(^^;;

ソースの遊びはしてません(笑)
間になにか思わせぶりな部分がありますが、そこは別口で・・・・・。
全然たいしたものではありませんが、希望される方にはお送りしますよ(にや)




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